311 復讐魔法「ヴェンジェンス」
「ぶち殺す」
その声を聞いたマサキは、その声の主が誰だか、一瞬わからなかった。
地獄の底から響いて来たような恐ろしい声で、とても目の前のクロが発したものとは思えなかった。
そして、次の瞬間起こった変化に目を疑った。
闇。
真っ暗な闇が見えた。
マサキの目の前、クロがいた場所を中心に、ブラックホールのような闇が広がっていた。
マサキは瞬きをして、何度も見返して、理解した。
肉眼では、今まで通り、瀕死のクロが見える。
だが、魔力視で見ると、闇が広がっていた。
黒色の、闇属性の魔力かと思ったが、そうではない。
それは、「無」だった。
魔力視をはじめとする魔力感知は、微弱な魔力を波のように飛ばして、反射して来たそれを分析して感知する。
しかし、今のクロの周囲は、飛ばした魔力感知波が飲み込まれ、何も感知できないのだ。
・・・何が起きてるんだ?何がどうなったら、こんな闇が?
兎にも角にも、今のクロが危険だというのはわかる。
マサキは『レーザー』を放とうと構えた。
ところが、突然マサキの視界が切り替わった。激しく動く、よくわからない視界になっている。
「なん、だ!?」
一拍遅れて、視界が回転していることに気がつき、そして、その原因は、自分が回転しているせいだと気がついた。
・・・なんで僕が回転して?
そして、何かに激突する。『光の盾』のおかげで、その衝突によるダメージはないが、急に激痛に襲われた。
触ってみれば、ぶつかったのが地面だと理解できた。
では、痛みの原因は?
痛む左腕を見ると、肩から先がなかった。
ーーーーーーーーーーーー
「マサキ!?」
その状況を、上から見ていたヴェスタは、当事者のマサキよりも理解できていた。
クロの周囲が魔力感知で見て闇になったのはヴェスタも見えていた。
そして、マサキが『レーザー』を使おうと左腕をあげた瞬間、クロが目にも留まらぬ速度で突進したのだ。
それはまるで、交通事故のようで、マサキは回転しながら跳ね飛ばされた。
・・・まさか、こうもあっさり『光の盾』が破られるなんて!
ヴェスタはもはやなりふり構わず降下を開始した。
しかし、そこに、ヤマブキの声が届く。
「申し訳ない。事ここに至っては、拙者も余裕がなくなった。」
突然、ヴェスタの視界が緑色の煙で遮られた。
「うっ!?げほっ!」
目が痛み、息を吸おうとすると、喉が焼けるようで、息ができない。
「かような卑怯と言える代物、使いたくはなかったのでござるが、止むを得まい。」
「これ、ゲホッ!は!?」
「塩素、というものだそうで。人体には毒故、あまり吸い込まぬほうが良い。」
ヤマブキの原子魔法の適性は、塩素や臭素などの、ハロゲンと呼ばれる元素のみであった。
その使い道は現状ほどんどなく、また、戦闘に使うには毒としてしか使えないため、ヤマブキは使用を控えていた。
「では、さらば。もしまた相見えた時には、次こそ正々堂々と勝負いたそう。」
「・・・・・・!」
反論しようとしたヴェスタだが、声も出ない。
そのうちに、電撃の1発で、ヴェスタの意識は刈り取られた。
ーーーーーーーーーーーー
神域。闇の神は、自室で歓喜の声を上げていた。
「よし!いいぞ!完璧な仕上がりだ!ハハハハハハハハ!」
隣にいる不機嫌な炎の神が、闇の神に尋ねる。
「お前の方は成功か。まったく・・・俺の狐をダシに使ったな?」
「そうとも!あ奴の復讐魔法『ヴェンジェンス』を完全に起動させるには、もっともっと強い憎悪が必要だった。理性など吹き飛ばすほどのな!あ奴は理性が強固であったため、中々ここに至らなかったが・・・だからこそのこの威力よ!見たか?あの『光の盾』を易々とぶち破ったぞ!」
闇の神の言葉に、炎の神は呆れて答える。
「はあ。お前が先程俺に言ったことをそのまま返してやる。自分で作った盾を自分で壊して喜ぶな。」
「何、あんな盾、光の神の発注に応じただけのものだ。むしろ、こうして破壊するために作ったようなものだ。ワシが求める最強の兵器の指標としてなあ!」
炎の神は、現世の映像に視線を戻す。
「兵器ねえ。あの闇の神子は、そのために作ったってわけか。だが、1発限りの兵器なんぞ・・・おや?」
復讐魔法『ヴェンジェンス』は、術者に比類なき力を与えるが、代償として、その反動で術者が死ぬ。
故に、マサキへ突進を決めたクロは、反動で死ぬはずなのだが・・・
「なんで、アレはまだ生きてるんだ?」
「ハハハハハ!これだ、これこそがワシの求めていたもの!1度限りの力では足りん。『ヴェンジェンス』を継続的に運用する方法はないか?その結論が、これだ!反動による肉体の損傷に耐え、再生するこの力!こいつだからこそできた!魔族であり、かつ、人並外れた魔法回復力を持つ、コイツだからこそだ!」
神々が見る映像では、突進の反動でぐちゃぐちゃになったクロの身体が、瞬時に再生されていくのが見えた。四散したはずの肉片が、元に戻って行く。
「魔族の肉体は、本体から離れれば、崩れるのではなかったか?」
「まだ己の身体と認識しているうちに戻せば、問題ない。このレベルになれば、肉体から離れたと認識するより、再生の方が早い。どれだけ小さな肉片だろうと、そこに魔力が残っていれば、まだクロの肉体の一部だ。」
「とんでもねえ暴論に聞こえるが、事実、再生しちまってるしなあ。・・・て、ことは、こいつ不死身か?」
壊れた肉体が元に戻るなら、材料不足は起きない。さらに、今のクロは、規格外の魔法回復力で、どんどん魔力が集まっているため、魔力不足もない。飛んできた魔力感知波さえ吸収しているのだ。もはや、魔力の所有権を無視して強引に吸収している。魔力を枯渇させる方法は、ないと言っていいだろう。
「その通り!不死身の破壊兵器の完成だ!さあ、その威力を見せるのは、ここからが本番だぞ!仇を取ってみせろ!」
闇の神の声が届いたかは知らないが、再びクロが動き始める。
またも突進。しかし、その速度は、先程のマシロの決死の突進よりもさらに速く、到底ヒトの目で追えるものではない。
クロの身体はゴーレムの足を貫き、粉砕する。
貫いた後のクロは、全身の肉が削がれて、魔法強化チタン製の骨格だけになっているが、すぐに肉が集まって来る。
ゴーレムを貫いた後、そのまま飛んで行きそうになるが、急停止。そして、空中で再加速して、再度ゴーレムを貫く。それで両足を潰した。
「おい、今こいつ、空中で方向転換しなかったか?」
「気づいたようだな。そうだ!今のお前なら、金属操作だけで十分その速度が出せる!手足を使う必要すらなし!」
炎の神からの質問に答えるのではなく、闇の神はクロに向かって叫んでいた。
再び呆れる炎の神を余所に、画面の向こうでは、クロがどんどん巨大ゴーレムを崩していく。




