310 復讐の起点
今回、短めです。
時が止まったクロの視界に、黒い猿が現れる。クロにとっては見慣れた、闇の神の端末だ。
「死んだなぁ?」
「・・・・・・」
猿が、ゴーレムの足元を覗き込んで、そう言う。
クロは、返事をする気力もない。頭が空っぽだった。
「炎の神も、酷なことをする。こんなタイミングで力を与えなければ、この狐が参戦することもなかったろうに。」
「・・・・・・」
「まあ、一時でも望みが叶ったのだ。この狐は満足だったのではないか?」
「・・・うるせえ。」
ニヤニヤと笑う猿の顔が癇に障る。
「おお、そうだ。今日はお前に記憶を一部、返そうと思っていたのだった。ほれ。」
猿は一瞬のうちにクロの目の前に移動し、クロの額を指でつついた。
・・・前世の記憶が欠落してるのは、コイツのせいだったか。
そんなことを考えたが、それよりも蘇って来た記憶のほうが重要だった。
戻った記憶は完全ではない。だが、自分が人間を憎悪するようになったきっかけを思い出した。
クロは、元々は人間嫌いというわけではなかった。人付き合いは苦手な方だったが、憎むほどではなかった。
ただ、人間以外の生き物が、懸命に生きる姿に感動し、それを守りたいと思っていただけだった。
人間と、その他の動植物が、共生する世界、なんてものを想像していたかもしれない。
ただ、ある些細な出来事で、クロはそんな世界はあり得ないと断じることになった。
細かい状況は覚えていない。ただ、建物の中に、人間の領域に迷い込んだ1匹の虫がいた。
縄張り意識がある獣ならまだしも、虫の視点では、どこからどこまでが人間の領域なのかなど、区別できないだろう。
建物の中は、ある意味、人間の縄張りとも言える。縄張りに侵入した外敵を排除するのは当然の行いだが、相手は虫。外敵などと呼べはしない。獣だって、ただの虫をいちいち縄張りから追い出したりはしないだろう。
だからクロは、その時、その虫を外へと誘導しようと思った。手間はかかるが、彼も懸命に生きているのだ。それを面倒だ、というだけで殺すのは憚られた。
しかし、クロがその虫のもとに行く前に、1人の人間がその虫に気づいた。
そして、無造作に近づくと、躊躇いなくその虫を踏み潰したのだ。
それだけならまだよかったかもしれない。怒り、悲しむだけで済んだ。
だが、その人間は、嗜虐的な笑みを浮かべて、楽しそうに、ゆっくりと踏み潰していた。
・・・人間とは、こういう生物か。
生きる糧としてでもなく、身を守るためでもなく、ただ無意味に、愉しむためだけに、他の生物を殺す。それが人間だと理解した。
それ以降、何もを見ても、人間が他生物を軽んじているように見えてならなかった。
山に入った人間が襲われたというから、その山の熊を殺し回る。縄張りを侵したのは人間の方なのに。
増えすぎて人里に来るようなったというから間引く。増えすぎたのは人間の方のくせに。
もちろん、人間みんなが邪悪なわけではない、と理性では理解している。他生物に理解がある人間も一定数いるとはわかっている。
けれども、感情が、人間を許せなかった。
そうして、クロは、人間を殺す、全ての人間への復讐者になった。
気がつけば、黒い猿はもういない。
時間は再び動き始めていた。
クロは、ゴーレムの足の裏に張り付いた、血や皮、臓物などを見た。それが、たった今、思い出した記憶と被る。
そして、その時と同じように、無意識のうちに、口をついて言葉が出た。
「ぶち殺す」




