308 最終局面へ
神獣となったアカネの『紅炎砲』が、<勇者>マサキの『光の盾』を破ろうとしている。
その異変に最初に気づいたのは、上空で戦い続けていたヴェスタだった。
「なんなんだ、あの炎は!?」
長年、炎魔法を扱い、より高い威力を出す工夫を重ねて来たヴェスタにとって、アカネの紅炎は驚くべきものだった。
ヒトが試行錯誤の末に生み出す工夫ではなく、神の力による力業ではあるが、それでもかつてない威力の炎魔法であることには変わりない。
炎の外からでは、その中に包まれているマサキの様子は見えない。
それでもヴェスタは、嫌な予感がした。
マサキの『光の盾』は、絶対ではない。また、その原理が魔法である以上、より強い力が加えられれば、壊れない保証はない。
その出力の源が八神だったとしても、神の力を上回る存在がいないと、どうして言えよう?
ヴェスタは飛行する向きを下に変えて、マサキの助力に向かおうとする。
・・・アタイの『EMシールド』なら、いくらか軽減できるはず!
しかし、そのヴェスタの行方を、槍と雷が遮る。
「どこへ行く?拙者との勝負がついておらぬぞ!」
「今それどころじゃねえっ!」
強引に突破を試みるヴェスタだが、ヤマブキが張る弾幕があまりにも厚い。それも、先程までの攻防よりも、激しく感じる。
「てめえ、今まで手を抜いてやがったな?」
「まさか。長期戦を見据えた温存、という奴でござる。アカネ殿の晴れ舞台、横槍を入れさせるわけには参らぬ。」
「ちっ!」
結局ヴェスタは、ヤマブキに邪魔され、マサキの救援には向かえなかった。
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次に、ヴェスタより数秒遅れて、シンがマサキの異常に気がつく。
初めは余裕を見せて、わざと炎を受けているのかと思っていたが、そもそもマサキは相手を侮るような性格ではない。
慎重な性格ではあるが、それを加味しても、攻撃を受けてから今まで反撃しないのはおかしい。
・・・マサキ、まさか、効いているのか!?
マシロとの取引に基づき、今まで傍観していたシンも、これには動かざるを得ない。
「<疾風>!この横槍で、取引はナシだ!」
「そうですね。ですが、そう易々と邪魔させはしません!」
シンの巨大ゴーレムが動き始める。それを、その全身を包む黒い根が抑え込もうとする。
だが、黒い根はブチブチと千切れ、払いのけられていく。
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「くぅっ・・・」
マシロは、神経の繋がった根が引き千切られる痛みに呻く。感度を調整し、根が感じ取る感覚はある程度弱めて伝えているが、それでも太い根が同時に何十本も千切られれば、相当な激痛だ。
しかし、マシロの意識は、その痛みではなく、千切れた原因に向いていた。
・・・<大山>の力が想定以上だったとはいえ、こうも簡単に振り解かれるわけが・・・まさか、根が脆くなっている?・・・そうか、この熱。まさか裏目に出るとは・・・
アカネが戦う場所からかなり離れたこの『炭の大樹』の根元でさえ、相当な暑さになっていた。ならば、そのすぐ近くにいるシンの巨大ゴーレムも、それに巻き付いている『大樹』の根も、かなり高温になっているはず。
マシロの魔法強化炭素繊維は、生半可な熱ではびくともしないが、一定以上の温度になれば燃えてしまう。おそらくは、その温度を超えてしまっているのだろう。
マシロは膝を地面に着く。『炭の大樹』と接続した黒い糸も切れていく。
時間的にも、マシロはもう限界だった。これ以上、『炭の大樹』を操作することはできない。
「アカネ・・・」
霞む視界で、遠方で戦うアカネを見守る。
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・・・行ける、行ける!
アカネは、『紅炎砲』の威力がどんどん上がっていくのを感じていた。
そして、これが敵に有効打を与えているのが見える。アカネの嗅覚式魔力感知が、敵の苦しむ感情を伝えていた。
・・・私が、戦える!私が、皆を助けられる!
今まさに、アカネは自分の望みを叶えている瞬間だった。
母のように強くなりたい。そして、恩人である養父母や仲間達を助けたい。そう思っても、今までは自分の無力を嘆き、歯噛みするばかりだった。
それが今、できている。こんなに嬉しいことはない。
高揚する感情が、さらに炎の勢いを増す。
「いっけええええ!」
トドメ、とばかりに火力を上げたその時、アカネは敵意を感知する。
自分を攻撃しようとする者が、攻撃の直前に発する気配だ。
アカネは『紅炎砲』を継続しながら回避しようとするが、その攻撃は、アカネの想定よりも速かった。
紅い炎の中から、一条の光線が飛び出す。回避不能の光速攻撃。『レーザー』だ。
しかし、その光線は、アカネに当たる直前で鉄の板に遮られた。
いつの間にか、クロが盾をアカネの前に滑り込ませていた。熱で半分ほど融解した状態だったが、それがちょうどアカネの首から下を守るような形になっていた。
「養父様!」
「振り返らなくていい。そのまま行け。」
「はい!」
クロは、アカネが攻撃を開始してから、アカネの後方、十数mのところまで離れていた。
それくらい離れないと、巻き添えで死にそうだったからだ。
強化されたアカネの炎は、余波だけで周囲のあらゆるものを融解させていた。
十数m離れた今の位置でさえ、クロは全身にやけどを負い、目も見えていなかった。魔力視だけは辛うじて生きていて、アカネの位置だけは把握できる。
アカネが振り返れば、自分の攻撃の余波で、クロが死にかけていることに気づいてしまう。それは避けたくて、振り返らせなかった。
続けて何度か『レーザー』が飛んできたが、狙いが甘く、外れるか、もしくはクロの盾の残骸に防がれていた。
・・・もう少し、もう少し!
・・・もう少しだ。
アカネは『紅炎砲』を放射し続ける。クロは、その熱に耐え続ける。
一度は諦めた勝利が、目前だった。
その時、ふと、周囲が暗くなったのに、アカネが気づいた。
アカネが見上げると、そこには、黒い根の拘束を振り解き、自由になった巨大ゴーレムが、アカネに向かって足を上げ、踏みつけようとする姿があった。




