306 矛と盾
意識を失い、自動反撃術式『呪い人形』で別人格に切り替わって暴れるクロと、<勇者>マサキの激しい攻防は、数分間続いた。
クロの猛攻は、すべてマサキの『光の盾』に弾き返される。
マサキの反撃は、高速で動き回るクロを捉えきれない。
互いに有効打を与えられずに続いた戦いも、ついに決着の時が訪れる。
背後に回ったクロを、振り向いて追おうとしたマサキ。そのマサキの正面に、マサキの周囲を一周して回り込んで来たクロが立つ。
そして、己のすべてを込めた、渾身の正拳突きを放った。
『呪い人形』発動から膨れ上がり続けていた魔法出力。そのすべてを拳の加速に使用し、反動による自己の損傷も厭わずに放たれた一撃。
しかし、その渾身の拳も、マサキの鼻先で停止した。あとほんの数mm。しかし、届かない。
動きの止まったクロに、マサキは冷静に反撃。光熱によって焼き切る光の剣「クレイヴ・ソリッシュ」により、胴を両断。さらに逆袈裟に斬り上げ、唐竹割。3度、クロを深々と斬り裂いた。
けれども、クロは倒れない。鉄すら焼き切る「クレイヴ・ソリッシュ」も、魔法強化チタン製のクロの骨格は斬れず。骨の周囲の肉や内臓が焼き切られても、全身の骨格を魔法で操作して、強引に立っている。
もう1発、とクロが拳を振り上げた。しかし、振り上げてから、その拳に力が入っていないことに、クロ自身が気づいた。
同時に、マサキがクロを突き飛ばす。マサキの掌底はクロには直接は触れず。その表面の『光の盾』で弾き飛ばした形だ。
転倒したクロはすぐに起き上がるが、膝立ちの状態から立ち上がることができない。
「くそ・・・ここまでか。」
その言葉を発すると同時に、クロの雰囲気が変わった。頭を潰され、意識を失う前の状態に戻った。『呪い人形』が解除されたのである。
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見守っていたマシロは、クロの状態をよく把握できていた。
・・・全力を出し、そのうえで届きませんでしたか。
クロは、本当にすべてを出し切っていた。
『レーザー』の反射が通じなかった以上、残る希望は、最大火力でのゴリ押ししかない。
『呪い人形』による復讐魔法の発動率上昇。さらには、新型復讐魔法まで使用し、マサキやシンにまとわりついていた亡霊たちの魔力まで利用した。
かつて、戦艦を飛翔させたあの時の出力を再現していた。いや、それ以上だったかもしれない。
それでもなお、<勇者>の『光の盾』は貫けなかった。
・・・人類を救うべく、八神から授けられた加護。マスターのすべてをかけても、あれほどの代償を払っても、通じませんか。非情なものです。
そして、クロはもう動けない。
クロは魔族の中でもトップクラスの再生能力と魔法回復力を有しているため、ほとんど不死身のように見える。
だが、限度はあるのだ。今のクロは、もはや魔力がほとんど残っていなかった。
原因は、『光の盾』による反射。クロは、攻撃するたびに、攻撃に使った手足の進行方向を真逆に変えられ、骨も肉も多大なダメージを受けていた。
持ち前の再生能力で瞬時に再生させてはいたが、それに消費する魔力は膨大だった。クロの魔法回復力でも補えないほどに。
数分程の時間があれば、また再生可能なレベルまで魔力が回復するだろうが、そんな時間は与えられないだろう。
もはや打つ手なし。敗北後の立ち回りを思案すべき頃合いだ。
最後に、マシロは動けなくなっているクロの傍に、細い根を1本近づけ、声を伝える。
「ここまでですか、マスター。」
「・・・ああ。付き合ってもらったのに、負けちまった。それに、お前には、また主を失うような気分を味わわせちまう。それは本当に悪いと思ってる。」
「・・・いえ。」
マシロが守るべき主人を失うのは、ハヤトに続き2度目だ。
確かに悔しいが、クロを責めるつもりはない。
「いずれも私の力不足によるもの。むしろ、この悔しさの原因は私にあります。」
「相変わらず自分に厳しいな。だが、この場はちゃんと生き延びろよ。仇討ちなんて必要ない。」
「貴方が言いますか、それを。」
「言うさ。これが、復讐者の末路なんだからな。」
クロは、自分の復讐が正しいと思ったことは一度もない。やってはいけない悪行と認識したうえでやっている。
復讐など、成そうが成すまいが、どこの誰も利益を得られない。得られるのは復讐者の自己満足程度。それさえも、本当に満足できるか怪しいところだ。
それでも、やらないわけにはいかない。それが復讐者だ。
どれだけ不毛だと理性が理解しても、感情が復讐を止めさせてくれない。
こんなものに、自分の大事な者達には、なってほしくない。
なってしまえば、応援はするが、ならないに越したことはない。
何しろ、復讐者の末路とは、大抵こんなものだ。
その行いが悪である以上、粛清者が必ず現れる。むしろ、現れなければならない。
「わかってたことだ。俺については、これで問題ない。」
「・・・・・・わかりました。・・・後の、この地のことはお任せを。」
「ああ。マシロになら、安心して任せられる。」
そんな会話をしているうちに、マサキがクロの傍まで歩いて来た。
マシロは根を引っ込めて、また遠方からクロ達を見る。その最期を見届けようと。
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マサキは、動けなくなったクロにゆっくりと近づきながら、内心冷や汗をかいていた。
・・・驚いた。さっきの攻撃、『光の盾』に抗っていた。
そうなのだ。先程の、クロの渾身の正拳突きは、『光の盾』に止められてはいたが、弾かれてはいなかった。攻撃方向と逆に強制的に弾き返す『光の盾』の力に、力ずくで抗っていたのだ。
それの意味するところは、クロの力が、『光の盾』の力、すなわち神の魔法出力に拮抗しかけていた、ということだ。
・・・スタミナ切れのようだが、もし、あとほんの少し、クロのスタミナが残っていれば、あるいは+αの追加の力が加わっていれば、『盾』を貫かれていたかもしれない。
マサキは剣を構えつつ、クロに声をかける。
「最後は見事な一撃だった。今まで見た中で、これ以上ない威力だったよ。」
「お褒めに与り光栄だね。そっちこそ、まさしく最強の盾だ。正義を語るに相応しいな。」
クロの言葉が、本音なのか皮肉なのか、マサキには判別つかなかった。魔力の色を見てもわからないならば、両方の意味かもしれない。
「正義、か。そうありたいとは思う。」
「そうか。せいぜい、傲慢にならないように気をつけろよ。」
マサキは、魔法について学んだことを思い出した。
光属性は、正義を意味する。正義感の強い者が、光属性の適性が高い傾向にある。
だが、同時に、光属性は傲慢も意味する。己の正義を過信した者が、陥りやすい落とし穴だと聞いた。
「その忠告、心に留めておこう。」
クロは顔を上げず、介錯を待っているかのように見える。
マサキは剣を構え直した。もうクロに抵抗の意思はない。近づいて見れば、クロの身体に残る魔力が、もう残り少ないことが目に見えた。
マサキはクロにとどめを刺そうとしたが、手が止まってしまう。
・・・えっと、どこを斬れば?
我ながら間抜けだとは思うが、どこを斬るのがトドメとして適切か、わからなかった。
何しろ、先程までの攻防で、クロはどこを斬っても致命傷にならず、骨も全く斬れなかった。
魔力が残り少ないのだから、どこを斬ろうが魔力の枯渇で死ぬだろうが、真面目なマサキは、つい適切な部位を探してしまう。
そんな、数秒の間。それが、命運を分けた。
・・・よし、やはり首がいいだろう。
ようやく狙いをつけて、マサキが剣に光の刀身を出現させ、いざ振り下ろそうとした時だ。
急に視界が真っ赤になり、マサキはたじろぐ。
「なんだ!?」
「これは・・・」
膝をついていたクロも、驚いた声を漏らす。
見渡すと、マサキの周囲がすべて、まるで色眼鏡でもかけたように赤く見えた。
少し遅れて、それが魔力の色だと気がつく。魔力視をやめて肉眼だけで見れば、景色に変わりはない。
改めて魔力視を使う。やはり視界は真っ赤だ。
そして、赤色が濃い方へ視線を巡らせると・・・
そこには、赤茶色の狐が、濃い赤色の魔力を纏って、駆けて来ていた。




