303 拠点防衛兵器「炭の大樹」
『炭の大樹』起動。それにより、戦況は大きく変化する。
まずは、上空。
ヤマブキの弾幕を避けつつ、反撃を繰り返しているヴェスタ。当たれば鉄でも融かす大火球も、一向にヤマブキに命中する様子がない。
故に、その牽制で隙を作って、接近戦を仕掛けたいところだが、なかなかその機はやって来ない。
・・・向こうの方がずっと派手に魔法を連発してる。ガス欠は向こうの方が早いはず!
そう信じて、ヴェスタは持久戦に挑む。先程は下方向からの奇襲で危うい場面もあったが、今はそれも警戒している。
そして、案の定、また何か地上から飛んできた。
「さっきと同じ槍、じゃねえ。何だ?」
細長い形状は同じだが、色が黒い。それに、僅かに曲がったりしていて、どうやら木の枝のようだ。
1m前後の長さに切り揃えられたような黒い枝が、数十本、飛んできた。
知らないものには近づかない。魔法を用いた戦闘の基本だ。ヴェスタはその黒い枝を余裕をもって躱す。
「こんくらいなら問題は・・・い!?」
回避したヴェスタが目撃したのは、追加で飛んできた黒い枝。それも100本以上。未だにヤマブキからの雷撃と槍の攻撃があることを考えれば、回避しきれる数ではない。
「冗談じゃねえ!」
一か八か、飛来する黒い枝の群れに、魔石片を投げ込む。
魔石片はいつも通り、爆炎を広げて半径数mを焼き尽くす。
すると、その部分の黒い枝は、焼き落とすことに成功したようだ。
「ふう。」
ひやひやしたが、どうにかやり過ごせた。一息ついたところで、悪寒を感じ、回避行動をとる。
飛来した矢が、頬を掠めた。
「あ、てめっ、弾切れじゃなかったのかよ!」
実は少し前に、ヤマブキは矢を撃ち尽くしていた。ヤマブキから弓矢による攻撃が来なくなった事に気づいて、目視で確認したら、ヤマブキが持っている矢筒が空になっていたのだ。
そのため、弾幕の隙間を埋めるように飛んで来る矢がなくなって、ヴェスタも余裕ができ始めていたのだが。
「たった今、追加を届けていただいたでござる。」
ヤマブキの言葉通り、ヤマブキが足からぶら下げている矢筒には、たっぷり黒い矢が詰め込まれていた。
「さあ、続きと行こう!」
「くっそ、上等だ!」
どうやら黒い枝はもう飛んでこないらしい。ならば、状況は最初と同じに逆戻りだ。
とはいえ、ヴェスタも既に持久戦の覚悟を決めている。後は、スタミナか魔力、もしくは集中力を切らした方の負けだ。
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そして、地上。こちらも形勢が大きく変わる。
高さ数十mの巨大ゴーレムが、黒く染まっていた。表面を、蠢く黒いモノが覆っているのだ。
それは、真っ黒な木の根だった。
クロと、マサキ、シンが戦っていた最中、唐突に地面から無数の黒い木の根が飛び出し、マサキとシンの巨大ゴーレムに絡みついた。
マサキは『光の盾』ですべて弾き、尚もマサキに覆い被さろうとする木の根を、輝く剣で切り払う。
しかし、シンのゴーレムは、それを防ぎきれなかった。大質量のゴーレムの手足により、強引に引き千切りはするが、千切るよりも追加で生えて来る根の方が多い。
そして、覆う被さる根の厚さが一定以上になった時、ゴーレムは身動きを取れなくなった。
「シン!・・・くそっ!」
マサキはシンを救出しようと、ゴーレムにまとわりつく根を斬るが、焼け石に水だ。
「何なんだ、これは?」
「1対1(サシ)でやろうって意味だ。」
困惑するマサキに、クロが声をかける。
マサキは、シンの救出を諦めて、クロを見る。黒い根は、シンの動きを封じてはいるが、ゴーレムを破壊している様子はない。シンがすぐに危険だというわけではないだろう。
ならば、目的であるクロを倒し、それからこの根に対処すればいい。
しかし、マサキには解せない点があった。
「1対1で、勝てると思うのか?」
シンが介入するまでも、マサキとクロは1対1で戦っていた。クロは『光の盾』を破れず、一方的にやられていた。
マサキから見て、クロの勝機があるようには見えない。
「・・・・・・」
クロは答えない。表情もなく、その真意は読み取れない。
マサキは魔力視でクロの感情を見ようとするが、戦いに臨む覚悟以外にはよく見えない。希望を持っているようにも、絶望しているようにも見える。
・・・わからないが、何か策はあるんだろう。それでも、正面から叩き潰す。それが、<勇者>の務めだ。
マサキは、輝く剣「クレイヴ・ソリッシュ」を構え、ゆっくりと前進する。
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「戦闘の停止を要請します。」
黒い根に包まれたゴーレムの中、シンにそんな音声が届いて来た。
どこからどうやって伝わって来ているのかわからないが、それは<疾風>マシロの声だった。
「どういうつもりだ?」
「私の見立てでは、あなたは本気でやれば、この包囲を破れるでしょう。」
「その通りだ。」
もし人体ならば、全身をくまなく覆われて締め上げられれば、抵抗のしようがない。
だが、これはゴーレムであり、身体を動かすのに、関節も何も必要ない。巨大ゴーレムの質量と、シンの膨大な魔力をもってすれば、ごり押しでこの黒い根を引き千切りながら動くことができる。
だが、それも容易くはない。
力任せの運動は、シンの魔力を激しく消耗するし、拘束する根もさらに追加されるだろう。
それを、マシロは見透かしている。
「ここで無為に破ろうとしても、私はあなたをそう易々と逃がしはしない。互いに大きく消耗することになる。」
「だろうな。」
「貴方達の目的は、マスター、<赤鉄>のクロの討伐ですね?」
「うむ。」
「では、ここで無為に消耗などせず、<勇者>とクロの決着をもって、この戦いの決着としませんか?」
「・・・・・・」
シンとしては、できることならマサキに助力したい。マサキが負けるとは思えないが、クロは不気味だ。何が起きるかわからない。故に、早期に決着をつけたいところだ。
とはいえ、ここで<疾風>と消耗戦をやってしまうと、マサキに助力する力は残らないかもしれない。
「いいだろう。今しばらくは、このままでいてやる。」
「感謝します。」
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ふう、とマシロは安堵の息を吐く。
・・・交渉が成立してよかった。危ないところでしたね。
『炭の大樹』に接続し、上空のヤマブキへの援護と矢の供給。そして、<大山>シンの拘束。これにより、クロがマサキとの戦いに集中できる状況を作り上げることができた。
押され気味だった戦況を、逆転の目がある程度までは押し返すことができた。
拠点防衛兵器『炭の大樹』。マシロが地道に育てて来た、炭でできたこの大樹に神経等を接続し、己の体の一部として扱う。枝から根まで自在に操作し、大きな力を振るう他、これらは感覚器の役割も担う。
戦場を掌握し得る、強力な武器だ。
だが、リスクもある。
操作すべき対象が非常に多いため、十全に機能させようとすると、脳にとんでもない負担がかかる。
また、伸ばした枝や根が攻撃されると、その感覚もマシロに伝わる。これもまた負担が大きい。
脳まで再生し得る魔族でなければ、これを使用しただけで死にかねない代物だ。
また、魔族ならば死にはしないが、脳へのダメージが積み重なれば、失神は免れない。
試験運転を何度かやって確認した限りでは、10分も全力稼働すれば、マシロは気絶する。
根へのダメージが多い現状では、5分程度しかもたないかもしれない。
もし今の交渉が決裂し、シンとの消耗戦が始まっていれば、1~2分でマシロが敗れていただろう。
・・・残り時間は3分程でしょうか?・・・いや、意地でも決着までもたせて見せましょう。マスター、頼みますよ。




