302 「光の盾」の性質
クロの前に、<勇者>マサキと、<大山>シンの巨大ゴーレムが立っている。
それぞれが、光の神子と土の神子である。この世界におけるヒト種の最高戦力と言っていいだろう。
この2人を相手に、マシロが準備完了するまでの数十秒を稼がなければならない。
・・・こんなことなら、初めから『炭の大樹』を起動しておけばよかったか。
ここを戦場とするにあたり、クロ達はできるだけ家から離れた位置で戦いたかった。理想としては、クロの家がある荒れ地の外縁部辺りである。
ところが、その位置は『炭の大樹』の射程ギリギリであり、本領を発揮できない。そのため、家に近づけずに済ませられれば、それに越したことはないと考え、最初から『大樹』を使う案は採用しなかった。
第一、あれを使い始めると、マシロはほぼ移動できなくなる。敵が想定外の攻め方をしてきた場合、対応できなくなる恐れがあった。
そして、この状況になったわけだが。クロとしては実に悩ましい。
何しろ、マサキだけでも、ここまで一方的に押されていたのだ。外縁部で戦ったいたはずが、いつの間にやら家の近くだ。
それもこれも、マサキの身を守る『光の盾』のせいである。
直接攻撃も飛び道具も弾かれ、どの方向から攻撃しても無駄。クロの全力攻撃も易々と弾く。
しかも、弾かれるたびに強制的に後退させられるので、マサキの前進に合わせて後退せざるを得ない。
・・・やはり、まともな手段では突破できないか。可能性のある手がまだいくつかあるが、この状況で試すのは難しいな。
残る複数の案のうち、最も有望な方法は、1対1の状況でないと狙いにくい。シンが隣にいる状況では困難だろう。
そんな思考を、加速した頭で考えているうちに、敵が動いた。
まずは、シンがゴーレムから無数の石槍を射出。
・・・これは問題ない。
クロは冷静に、自分に当たるものだけを剣で弾いた。その視線は、常にマサキを捉えている。
・・・警戒すべきは、これだ。
無数の石槍に紛れて、細く集束された光線がクロを襲う。
クロは、その起点を目視し、軌道を予測して回避する。
そして、すぐに移動。マサキの魔力が、クロを囲むように集まって来ているのが見えたからだ。
・・・前兆が見えれば、回避も可能か。
移動し続ければ、先程のように『盾』の檻に閉じ込められることはない。
そう思ったが、移動先にまたマサキの魔力。
「む。コイツ・・・」
「見えてるようだが、それでも逃がしはしない。」
クロの移動先を読んで、『盾』を展開するマサキ。そうこうしている間に、また巨大ゴーレムが拳を振り下ろす構え。
離れる方向に移動しようとするが、やはり『盾』が現れて阻む。
・・・覆うことができる面積は大したことがないが、こちらの移動に合わせて水平移動してきやがる。
これは、マサキの想定を上回る速度で移動しなければ、抜けられない。
しかし、クロはここまでの攻防で、すでに自身の最速を見せてしまっていた。
自力で出せる速度では、この窮地を脱せない。
ならば、利用できる物はないかと思案し、1つ思いついた。
ゴーレムの拳がいざ、振り下ろされようとしたタイミングで、クロは全速力で離れる方向に走り出す。しかし、そこにはもちろん『光の盾』。
クロは速度を維持したまま、その『盾』に殴りかかる。
「力押しでは・・・」
そう評価しようとしたマサキの言葉が終わらぬうちに、クロの拳が『盾』に当たった。
案の定、クロは『盾』に弾かれた。
だが、マサキの想定外だったのは、弾かれたクロが、予想以上に高速で吹っ飛んだことだ。
『盾』に跳びかかり、やや斜め上から拳を振り下ろしたクロは、突っ込んだ方向と真逆の方向に弾かれた。弾かれた方向がやや上を向いていたため、地面に着かずに、高速で飛んで行ったのだ。
吹っ飛んだクロは、ゴーレムの拳の着弾地点を通過し、ゴーレムの股下を抜け、その背後に回った位置でようやく地面に着いた。
ゴロゴロと転がった後で、すぐに起き上がる。
「ふう、予想通りだったな。」
クロはここまでマサキと戦った結果から、『光の盾』の性質をだいたい把握していた。
『光の盾』は、あらゆる攻撃を弾き返すが、その弾き返す方向は、どうやら一定らしい。必ず、攻撃してきた物体の進行方向と真逆に飛ばすのだ。
壁で跳ね返るボールのような軌道ではなく、真逆の方向に進行方向を変えられる。
また、弾き飛ばす速度は、突っ込んで来た物体の速度に比例するようだ。
そこで、クロは全速力で斜め上から『盾』に突っ込むことで、高速で斜め上に撃ち出されたのだった。
突然、進行方向が真逆に変わるのだから、身体にかかる負担は大きいが、そこはクロの治癒力でカバー。おそらく普通の人間がこんな速度で弾き返されたら、それだけで致死レベルのダメージを負うだろう。
・・・そう考えれば、あの『盾』、なかなかひどい武器だが、だんだん仕組みもわかりかけて来た。
当たった物が、壁に跳ね返るようにではなく、真逆に進路を変えられる。これだけでも、『光の盾』が物理的な壁ではないと示している。
さらに、直接攻撃時の感触から、やはり『光の盾』は、壁にぶつかったような感覚ではなく、攻撃の軌道を無理やり変えられたように感じた。
つまり、攻撃して来た物に対し、何らかの干渉を行って弾き返すのが、『光の盾』の正体だ。
光の神子の固有魔法であるとして、空間を歪曲させる光属性魔法の可能性も考えたが、こうして何度も体感することで、そうではないとクロは結論した。
・・・近づいて来た物に、何らかの条件を設定して、干渉する魔法。どちらかと言えば、闇魔法に類するものだ。ご丁寧に光る演出を付けてやがるから勘違いしやすいが、アレの本質は闇魔法だ。ならば、付け入る隙がある。
クロが体勢を立て直した時、マサキもクロに指先を向ける。『レーザー』の構えだ。シンの巨大ゴーレムも、身体を組み替えて、クロに向き直った。
・・・真白の準備完了までもう少し。これを使うか。
マサキの『レーザー』を回避しつつ、クロは魔力を込めて地面を踏む。
「『選定採取』」
クロの魔力が地面を這い、その中に隠されていた武器が反応する。
地面や地中にある特定の金属をピックアップする魔法。それを使って、地中に隠していた数十本の槍を、飛び出させた。
その槍の1本が、マサキの足の裏に当たったが、当然、『光の盾』に弾かれて地中に戻る。
10本ほどが巨大ゴーレムに刺さったが、貫通はできないし、体勢を崩すほどではない。
一見すると足止めにもならない攻撃。マサキもシンもその意図を理解しかねたが、次のクロの言葉で意味を悟ることになった。
「行ったぞ、山吹!」
「御意!」
クロの声に返事をした、上空で戦っていたヤマブキは、下から飛んできた十数本の槍を悠々と回避する。
そのヤマブキと戦っていたヴェスタは、突然の追加攻撃に驚いた。辛うじて当たりはしなかったが、バランスを崩す。
それを確認したヤマブキは、ヴェスタに『サンダーボルト』で追い打ちをかけつつ、クロからのハンドサインを見る。
クロは、親指を下に向けて、振り下ろしていた。それは、ハンドサインと呼ぶべきものではなかったが、意図は理解した。
「下に向けて撃つのは良い、でござったな。」
素早く人間形態に『変化』し、矢筒から金属製の矢を取り出し、番える。鳥形態でなくなったため、落下し始めるが、お構いなしに真下に狙いをつける。
「南無八幡!」
射出するは、威力が高すぎる故に使用に制限を設けられた矢、「雉貫」。剛弓「黒藤」によって撃ち出され、風魔法と『レールガン』で加速したその矢は、軽々と音速を超え、真上から巨大ゴーレムを貫いた。
強烈な衝撃を受け、崩れかかるゴーレム。
「シン!」
「・・・問題ない!」
マサキが声をかけると、ゴーレムの内から大声が響いた。直後、ゴーレムが再生を始める。
ヤマブキの矢は、ゴーレムの中心を捉えていたが、矢の貫通した先を見ると、内部で大きく軌道が逸れていた。
・・・本体を守る部分が特別堅いのか?
詳細はわからないが、シンの防御は、巨大ゴーレムという外殻の他に、もう一枚何かあるようだ。
「ヴェスタを狙うとは・・・」
マサキがクロを睨むが、クロは悪びれもせずにニヤリと笑う。
「あんたら2人が硬すぎるんだ。攻撃が通りそうな方を狙うのは当然だろ?」
「・・・否定はしない。でも、こんな不意打ちはもう許さないよ。」
「そうか。だが、こちらの準備は整ったぞ。」
クロは、家の傍に聳える、黒い大樹を見る。風にそよぐだけだった枝葉が、ざわめいていた。
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「神経、接続。・・・認識拡張開始。・・・拡張・・・拡張・・・拡張・・・・・・完了。」
マシロは、『炭の大樹』の根元に立ち、目を閉じていた。手には、『大樹』の幹から延びた数十本の黒い糸が刺さり、繋がっている。また、足の裏も同様に根と繋がっていた。
「感覚器、調整開始。・・・・・・嗅覚、よし。・・・・・・触覚、よし。・・・・・・振動検知、よし。・・・運動機能確認。・・・・・・・・・・・・・・・問題なし。」
枝が動き、葉が散る。地中で根が蠢く。そのすべてを、マシロは自分の手足のように感じていた。
「拠点防衛兵器『炭の大樹』、起動開始。この地を脅かす全てを、排除しましょう。」




