297 迎撃準備
フレアネス王国から、クロ討伐への協力宣言があったその日。クロも仲間達にその旨を伝えた。
仲間達は各々反応を見せる。
「何もクロさんが全部おっ被る必要ねえでしょう!?」
「いや、ある。これ以外、お前らを守る方法がない。」
「そりゃあ、儂等は非力ですけども!世界が相手だって戦います!そんな覚悟、とっくの昔に決めてんだ!」
ダンゾウが啖呵を切り、化け狸達が賛同するが、クロは首を横に振る。
「ダメだ。そうなったら、お前らはもうまともな生活に戻れない。生き延びられても、ここを出て行くことになるだろう。そうなったら、俺がこの土地を守ってきた意味がない。」
「あんた、まさか最初から・・・」
ダンゾウは察した。クロがこの森を自分の領地として買い上げていたのは、自分のためではなく、ここに住処を得た魔獣たちのためであり、最終的には、それまで受けた悪評を一手に引き受けて、自分だけ消えるつもりだったのではないか、と。
ダンゾウがクロを睨んでも、クロは黙ったまま。
マシロに目を向けると、ダンゾウの推測を肯定するように頷いた。
「そんなことされても、嬉しくなんか、・・・」
「悪いな。うまくやれば、こんな形で遺さなくてもよかったのかもしれんが・・・俺のミスだ。」
「・・・・・・」
ダンゾウは何も言えなくなった。それを、先代もヤマブキも黙って見ている。
「製錬業とこの領地を任せていいか?」
「・・・・・・わかりました。」
そこで、話の区切りを待っていたのだろう、アカネがクロに飛びついた。
「ねえ、養父様!死んじゃうわけじゃないんでしょ?負けないよね?」
「もちろん、負けるつもりはない。ただ、ここには戻れないかもな。」
「その時は、私も連れてって!」
「んー、アカネの安全を考えれば、ここにダンゾウ達と残った方がいいんだが。」
「嫌だ!どうせ、養母様も養父様と一緒に行くんでしょ?」
アカネがマシロを見上げれば、マシロは肯定する。
「もちろんです。私はマスターについて行きますよ。」
「しょうがないな。」
2人は置いて行けそうにない、と判断したクロは、2人に同行を許可した。
「ヤマブキはどうする?」
クロがヤマブキに水を向けると、ヤマブキはニヤリと笑った。
「おや、お忘れでござるか?拙者、クロ殿の行く末を見届ける任を継続中なのでござるが。」
「そういえば、そうだったな。」
元々ヤマブキは、雷の神獣として、雷の神から、クロがこの世に与える影響を見定めるように指示されていた。害あるなら滅しろ、とは言われていたが、そうでなかった場合の指示がなかったので、最後まで見守る腹積もりらしい。
ダンゾウを始めとする化け狸達がここを守り、その他はクロと共に行くことが決まった。
もっとも、それはクロが生き延びた場合の話だ。
「さて、勇者共が来るのは、通常の移動手段なら、数日後って話だったが・・・」
「マスターはどこで迎え撃つつもりですか?」
「森に被害を及ぼしたくないし、王都の脇の平原辺りがいいんじゃないか?」
クロが全力で戦えば、周囲にどれだけの被害が及ぶかわからない。平原にも獣や魔獣は棲んでいるが、森に比べればまばらだし、逃げる場所もある。森よりはマシだろう。
そうして、武装や負傷した際のための食料等をまとめて、出発しようとした時だ。
森を抜けて平原に出ようとした時、マシロがクロを引き留めた。
「マスター。どうやら平原には出られないようです。」
「何?」
マシロの嗅覚で察知したのは、森と平原の境界に並んだ王国軍の兵士達。感知できる限り、北から南まで、隙間なく配置されており、完全に封鎖されているようだ。
「俺の討伐に協力する、ってのは、俺から提案したことだが・・・こういう形にしたか。」
「どうしますか?突破は容易ですが。」
封鎖している兵士は決して多くない。かつてノースウェルで不死身の騎士達と大立ち回りをしたクロとマシロからすれば、簡単に突破できる程度だ。
「いや、それじゃあ、フレアネスの立つ瀬がない。取引先に潰れられちゃあ敵わん。・・・仕方ない。家に戻るか。」
渋々と家に戻るクロに、ヤマブキが声をかける。
「何、悪いことばかりではありますまい。家の方が武器も豊富ですし、戦いやすいでしょう。」
「それはそうだが、工房が心配だ。」
戦闘の余波で工房が壊れてしまえば、製錬業の操業に支障が出る。
不安そうなクロに、マシロも進言する。
「問題ないでしょう。従業員さえ無事なら、すぐに直せます。狸達を避難させましょう。」
化け狸達は、そもそもほとんどがクロの家に住んでいない。森の中に勝手に住居を建造して住んでいる。クロの家に寝泊りしているのは、先代とその側近だけだ。森の中の住居に避難すればいいだろう。
「それなら、アカネも避難だ。」
「ええ!?私も戦う!」
「ダメだ。」
「ダメです。」
クロとマシロが同時に否定した。それでもアカネはしばらく食い下がったが、最終的には渋々と避難する狸達に同行した。
その後、マサキ達が来るまで、家に残ったクロ、マシロ、ヤマブキは、迎撃のための準備を行った。
使えそうな武器をメンテナンスしながら、クロが言う。
「別に戦うのは俺だけでいいんだぞ。」
ヤマブキ用の矢を量産しながら、マシロが答える。
「御冗談を。3人のネームド相手に、1人で挑むのは無謀すぎます。それを見過ごすくらいなら、私は自決します。」
「大げさな。」
「いや、本気です。私に二度も主を見殺しにさせるおつもりですか?」
マシロは、前の主、ハヤトを見殺しにしたことを悔やんでいる。そのハヤトからの命令に従っただけだし、その場に残っても一緒に死ぬだけだったことは理解しているが、それでも後悔は残る。
「わかった、わかった。素直に感謝しとく。ありがとよ。」
「それでいいです。」
ついでに、とヤマブキにも言っておく。
「ヤマブキはなんで戦う。」
「面白そうだから、でござるな。」
「・・・勝手にしろ。」
「おう、勝手にするでござる。」
そうして3人は、魔族であることをいいことに、寝ずに準備を続けたのだった。
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その頃、フレアネス王国の王都、その中心の王城では、国王のジョナサンがイライラしていた。
「あいつら、なんで森から出てこないんだ?」
ジョナサンのプランでは、クロ達が封鎖を突破しに来て、それにある程度の抵抗をした後、逃がす予定だった。そして、その際に勇者達の戦力や情報をこっそり渡すつもりだった。
フレアネス王国としては、製錬業も大事だが、それ以上に対帝国の戦力として、クロが重要なのだ。どうにか生き延びてもらわなければならない。
それなのに、クロ達は全く動きを見せない。森の中まで監視を送ると、内通していると勘繰られるため控えていたが、そのせいで、クロ達が、フレアネスに気を使って突破を止めたことが伝わっていなかった。
「くそ。アイツの自力に期待するしかないか。まだ死なれては困るぞ、<赤鉄>。」
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八神の住む領域、神界。肉体をもたない神たちが存在し得る異界である。
闇の神が個人のスペースとして確保した部屋で、闇の神はじっとクロの様子を見ていた。
「いよいよだ。いよいよ、ここまでの仕込みが実を結ぶ瞬間が来る。きっと光のと土のも見ておるのだろうが、くくく、勝つのはワシだ。」
闇の神は、ほくそ笑みながら、片手の魔力を蠢かせる。黒い色の闇属性の魔力。生物の精神を操る力だ。
「重要なのは、タイミングだ。・・・心配ない。成功するとも。仮に失敗したとしても、またやり直すのみ。」
闇の神は、瞬きもせずにクロの様子を見守る。




