033 戦の後
戦地からの帰路、平原を通る街道脇でクロ達は野営をしていた。
今はマシロとムラサキが見張りで、クロは寝ていた。しかし、クロはふと目を覚ました。背中に一定のリズムを刻む揺れを感じる。今、クロは犬形態のマシロの腹に背を預けていた。
就寝前にクロが頼んでみたところ、近くにいた方が緊急時に助けやすいから、とマシロが了承してくれた。クロとしては欲を言えばその真っ白なサラサラの毛に埋もれたかったところだが、マシロが了承してくれた理由を考えれば、装備を外させるわけにもいかない。結局、鞍は付けたまま、その鞍に寄り掛かっていた。鞍自体は強化炭素繊維の布製で柔らかいが、「黒剣」などの武装が収められているため、今は固い。
それでもそこらの岩にもたれるよりもずっと安心感があるので、クロは満足して寝ていた。
しかし交代の時間前にクロは目を覚ました。二度寝すべきか考えていると、ムラサキが話しかけてきた。どうやらクロが起きたことには気づかず、マシロに話しかけているようだ。
「なあ、マシロ。お前って、敵を斬るとき何考えてる?」
「・・・それは戦術的な話ですか?」
「いや、違う。なんていうか・・・罪悪感とかないのか?」
「戦闘中はありません。雑念があれば、殺されるのはこちらです。」
「そうか。まあ、そうだよな。」
「しかし戦闘終了後は、それらしいものを感じることはあります。」
「お前でもあるのか。」
「おそらく普通の人間に比べれば微々たるものでしょうが。それでも私は人に助けられ、人と共に生きて来た身です。人を殺すことを躊躇う気持ちはあります。」
マシロは一度言葉を切って、遠くを見るように顔を北の方に向ける。
「今朝、例の中隊の前に、小隊を一つ潰したでしょう?私はそこで3人斬りました。」
「・・・・・・」
「1人目は自信に満ちた男でした。恐怖はなく、真っ先に向かってきました。負けた経験がない、腕っぷしの強い人間だったのでしょう。しかし慢心が大きな隙を生んでいたので容易く胴を斬れました。2人目は覚悟を決めた男でした。戦場の厳しさを知ったうえで、何かを守るために戦地に来たのでしょう。武器ごと両腕を斬り落とし、頭部を縦に割きました。3人目は怯えた女でした。望んで戦地に来たのではないことがわかりました。逃げる背を追って髪ごと首をはねました。」
「・・・・・・」
「それぞれがそれぞれの人生を生きていました。彼らが傷つけた者もいれば、彼らを支えにしている者もいるでしょうし、彼らが助けた者もいたでしょう。そんな彼らを私は殺しました。悪いことをしたとは思います。」
「・・・そうだよな。オレもそこでは1人殺った。窒息させて・・・窒息死ってひでえ死に様だよな。ひどい殺し方してるよな。オレはお前みたいに敵の感情とか読み取れないから、殺した相手がどんな奴だったかなんてわからないけどさ。・・・悪いことしてるよな。」
ムラサキは目に見えて落ち込んでいる。元はと言えば、戦争に参加したのはムラサキが言い出したことだ。帝国軍に住処を追われた恨みから始めた事だったはずだ。だからこそ、ムラサキは今まで、罪悪感を感じても言い出せなかったのかもしれない。
「悪いことですが、必要なことです。」
マシロはそんなムラサキに同情など見せず、睨むようにして言う。
「要は縄張り争いです。向こうが奪いに来る限り、戦わなければ奪われます。縄張りを失ったものの悲惨さは理解できるでしょう?」
「ああ。」
ムラサキは即答する。かつて住処を追われた身だ。人に飼われて生きていた生活から一転、野生に放り出された。ムラサキはそこを詳しく語ることはないが、その時の苦労は筆舌に尽くしがたいものがあっただろう。
「ならば戦うしかない。我々にも守る物があるのだから。相手が生きた人間であることを忘れろとは言いません。しかし、戦闘中だけは、相手の人生など考えるべきではない。躊躇すれば死ぬのはこちらです。・・・ムラサキ、あなたが作戦行動中、積極的に攻撃しないのは、隠密行動のためだけではない。躊躇っているのでしょう?」
クロも薄々気づいてはいた。ムラサキがその気になれば、小隊一つ、一瞬で無酸素空間に包み込んで意識を奪い、窒息死させることができる。それをしないのは、ムラサキが殺人を躊躇っているからだ。クロやマシロが攻撃されそうになった時だけ、援護している。
「ああ、そうだよ。わかってる。やらなきゃいけないのもわかってる。だが・・・そうそう割り切れるもんじゃねえよ。」
不貞腐れるように言うムラサキに、マシロは溜息をつくように鼻を鳴らした。普段なら憎まれ口をたたき合う二人だが・・・
「わかっていますよ。割り切るには時間が必要です。ハヤトも苦労していました。・・・むしろ割り切れていないのに最低限の仕事はできているのですから、まあ、働けている方ではないですか?兵士の中には罪悪感から脱走するものすらいるのですから。」
「え?お、おう。」
マシロの珍しいフォローにムラサキが困惑している。
「ただ、ムラサキはちょっと人間臭すぎると思います。猫のくせに人間にそこまで同情するとは。・・・マスターはどう思います?」
「げっ!?」
・・・やっぱり真白は気づいてたか。というかムラサキはまだ気づいてなかったのか。
「ああ、ムラサキは俺なんかよりよっぽど人間っぽいよな。悪いことじゃないと思うぞ。」
「え、あの、うぇ?はあ、どうも。」
「混乱しすぎだろ。俺は別に、言い出しっぺが弱音吐くな、とか言うつもりはないぞ?」
「そ、そうか・・・てか、地味にひどい言い方だな。」
「そうか?」
・・・割と普通だと思ってたが、違うのか?
「あ、ところでクロ、お前はどうなんだよ?」
「罪悪感の話か?あるぞ、一応。」
「あんだけ楽しそうに殺しまくっておいて?」
「殺しまくっててもだ。暴れ終わって落ち着くと、ふっと顔を出す。」
「で?」
「恨みで上書きされて忘れる。」
「ああ、そうですか。」
・・・なんで聞いたオレが馬鹿だった、みたいな雰囲気出してるんだ。俺だって罪悪感ぐらいあるわ。見れば無理やり徴兵されたっぽい奴もいるし、殺した奴の中に別の分野で凄い才能を持った奴がいたかもしれない。そう考えればもったいないとは思う。だが、真白が言った通り、やらなきゃやられる。俺には敵を見逃す余裕も、全員を殺さずに捕縛する余力もない。必要ならできるだけやるが、自分やこいつらの命を懸けてまですることじゃない。とにかく自分の身内が優先だ。
そこまで考えてクロは体を起こして立ち上がる。
「さて、話も一段落したところで、準備だな。」
「ええ、そうですね。」
「何の?・・・って、おいおい。」
マシロが犬形態のまま立ち、ムラサキはようやく気がつく。クロは愛剣「黒嘴」を抜き、構える。
「マスターは気がついて目を覚ましたのですか?」
「多分。起きてすぐは気のせいかとも思ったが、真白が反応したから確信を得た。数と方角は?」
「手練れと思われる魔力量が20、南側から囲むように近づいています。しかし人間や獣人ではないような感じがします。ああ、昼間見たゴーレムが近いですね。」
「・・・それ全部、奥の奴に魔力でつながってないか?」
「ああ、確かに奥から魔力が供給されています。すべて同じ魔力ですね。供給者はまだ探知範囲外です。」
それを聞いてクロは敵の正体に見当がついた。そして記憶を頼りに敵の方向を予想し、目を凝らす。距離だけならクロの方が遠くまで探知できる。
そして見覚えがある膨大な魔力の塊を認識した。
「視認した。ムラサキ、準備しろ。」
「まさか・・・」
ムラサキも見当がついたようで、苦笑いをする。
「<人形姫>だな。」




