291 アルバリーの惨劇 -生存者-
「アルバリーが、呪われた?」
「そうだ。今はあそこは廃墟だよ。そして、誰も近づいちゃなんねえ。」
突如、滅亡したと情報が入ったアルバリーについて、事情を知る情報屋を捕まえた<草>は、人気のない路地裏で話を聞いていた。
事の顛末を見た情報屋は、その「呪い」から逃れるため、ここ、アルバリーの隣町に避難してきたようだ。
「呪い、というと、闇魔法か何か?」
精神を操る闇属性魔法は、古くは外敵を呪い殺すために使用されたと言われている。むしろ、そのための呪いが闇魔法の源流だとも言われる。
その問いには、情報屋は首を横に振った。
「そういうんじゃない、と思う。俺も詳しく話わからねえんだ。何が何だかわからねえうちに、皆バタバタと死んでったんだからな。外傷も無し、毒気の臭いもしねえ。なのに都市の大半の奴らがあっという間に血を吐いて死んだ。呪いとしか、言いようがないんだ。」
ようやく情報屋から、アルバリーの現状について情報が出て来た。
しかし、<草>は、その情報に違和感があった。
「それだけで正体不明の呪いと断じることはできないだろう?それはもしかして、感染・・・」
「しっ!」
情報屋は慌てて<草>の口を塞いだ。
「んなこたあ、わかってんだよ。だから迂闊に市井に情報を流したくねえんだ。そんな噂が広まってみろ。俺達生き残りに居場所なんてなくなる!」
<草>は、事情を理解し、首を縦に振った。
もしアルバリー滅亡の原因が感染症だった場合、生き残った者達も感染している可能性が高い。そうでなくても、感染者として周囲から見られる。
そうなれば、どの町も彼らを受け入れはしまい。自分達まで感染したくはないからだ。
仮にそうなってしまえば、生き残り達は別の場所に住処を探すしかない。
アルバリーに戻る?あんな呪われた土地に戻りたくはない。たとえ故郷だったとしても、原因不明の死がばら撒かれた場所だ。生きたいならば、戻るべきではない。
では、どこかに集まって新たに村でも作るか?言うのは簡単だが、自給自足の村を作るのは容易なことではない。何より、そこが「ヒトの住処」だと認識されるまで、獣や魔獣にひっきりなしに襲われるだろう。生き残り達だけでできることではなかった。
結果、アルバリーの生き残り達は、事情を伏せて、こっそり近隣の町に移住するしかなかったのだ。
<草>は、声を潜めておそるおそる尋ねる。
「あなたは、大丈夫なのですか?」
「感染」という単語は使わずに尋ねたが、情報屋には意図が伝わった。
「死んだ連中は、一晩前まで元気だった。前兆も何もねえ。もし俺があいつらと同じものにかかってたなら、とっくに死んでる。・・・確たる証拠とは言えないが、それで信じてもらえないか?情報屋としては、こんな不確かな話をしたかないんだが、四の五の言ってられる状況じゃなくてな。第一、死因が「それ」だと決まったわけでもない。」
「・・・わかりました。」
<草>は一応、納得した。情報屋が感染者でないと信じたわけではないが、<草>もまた命を懸けて情報を得に来たのだ。リスクは覚悟の上である。
それよりも追及すべきは、アルバリー市民の死因である。情報屋が言う通り、感染症であると確定したわけではない。
「詳しい経緯を聞いてもいいですか?」
「・・・ここまでの話を理解したうえで、そう言うなら、構わねえよ。ここじゃなんだ。宿に行こう。」
そうして2人は路地裏を出て、情報屋が宿泊している宿に向かった。
その道すがら、<草>は想像した。もし、自分が感染者だったら?
情報屋は否定しているが、その可能性を全く無視しているわけでもないだろう。
もし、感染者だったら?それも、かかれば1日ともたず、対処法もない死の病だったとしたら。
自分だったら、こんな街中には入れない。誰とも接触せず、誰も巻き込まないように自死を選ぶだろう。<草>はそう思う。
しかし、それは既に命を捨てる覚悟を決めた自分だからこその感想だ。もし普通の一市民がそうなった場合も想像する。
周りを巻き込みたくない。しかし、自分も死にたくない。野山で1人で生きていく力なんてない。
そうなれば、選択肢は少ない。おそるおそる、誰も巻き込まないことを祈りながら、町に入るだろう。
すると、今度は、周囲が自分を感染者として叩き出すことを恐れるだろう。町行く人の誰も彼もが、自分を町から追い出す敵に見えるかもしれない。
そうなれば、こんな何気ない町並みが、敵だらけの恐ろしい場所に変わる。それでもそこから出ることもできないとなれば・・・精神がもつだろうか?
<草>は、隣を歩く情報屋を見る。彼にはそんな気負いは見られない。隠しているだけかもしれないが。
・・・調査隊の成功を祈りましょう。仮に病だった場合、治療法が見つかれば、こんな不幸な想像は、現実にはならないはず。
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翌日、7月12日。いよいよアルバリーに調査隊が突入した。
堅固な外壁に備え付けられた大門は、閉じていた。しかし、脇に通用口がある。
通用口は、施錠されていなかった。調査隊は慎重にそこから入った。
「うっ・・・」
「予想はしていたが、ひでえな。」
「誰だよ、町中で泊まりたいとか言った奴。」
「すまん。撤回する。」
都市の内部には、無数の死体が転がっていた。それが、死後1週間以上経っているのだ。しかも、大半が野ざらしである。
腐乱し、崩れ、鳥に啄まれたものも少なくない。
「冬ならまだマシだったかね・・・」
「五十歩百歩ってやつだ。凄惨なことに変わりねえさ。」
おぞましい光景に、少々立ち止まりはしたものの、調査隊は皆覚悟を決めた者達だ。すぐに行動を開始する。
万が一に備えて、マスクや手袋を着用しながら、死体を調べる。
「こいつはダメだな。壊れすぎて訳が分からん。」
「鳥に喰われてない奴はあるか?」
「家の中を見てみよう。」
部隊を複数に分けて、家を順に回っていく。そのうちの1部隊は、伯爵邸に向かった。
そして、それぞれが10軒ほど調べたあたりで、招集がかかった。
「見つけたぞ。比較的状態がいい。」
調査隊が集まって、崩れていない死体を調べる。
「外傷、あるか?」
「いや・・・ないですね。喀血だけしか。」
血を吐いた様子はあるが、外傷無し。
次に毒を調べる。科学的な分析器具も持ってきてはいるが、それより手っ取り早いモノも用意していた。
「ジロウは?」
「ここに。調べさせますか?」
「頼む。」
隊長の指示を受けて、犬を連れていた隊員が前に出る。
この犬はジロウと名付けられた、いわゆる警察犬のようなものだ。特別に訓練された魔獣で、獣人の鼻でも嗅ぎ分けにくいかすかな臭いを嗅ぎ分け、追跡する能力を鍛えられている。シェパードに近い外見だ。
ジロウがそっと死体に歩み寄って、全身を嗅ぐ。
ジロウは、毒物だけでなく、有害な細菌、ウィルスまで感知できる。嗅覚と嗅覚式魔力感知の併用によるものだ。なかなか精度が高い。
魔獣であるため、知能も高く、獣人たちとの意思疎通も正確にできるし、万が一自身が毒や病を受けても、抵抗力が高い。
ジロウはしばらく臭いを嗅いでいたが、やがて飼い主に向き直って、首を横に振った。
「何もないのか?」
飼い主の問いに、ジロウは首を縦に振る。
「そんなバカな。」
隊員の1人が、そんな声を漏らした。
ジロウが「何もない」ということは、毒でも病でもない、ということだ。死後1週間以上経っているとはいえ、ジロウが痕跡すら嗅ぎ分けられないとは考えにくい。それほど、ジロウは実績があった。
腕を組んで唸っていた隊長が、決断を下す。
「やむを得ん。時間はかかるが、この遺体を徹底的に調査するぞ。万が一を考えれば、外には出せん。ここでやる。」
「「・・・了解。」」
隊長も隊員も、できることなら、こんな場所に長居はしたくない。この大量死の原因が未だにわからない以上、いつ自分達もこうなるかわからないのだ。
だが、誰かが原因を明らかにしなくては。そんな使命感で踏み止まる。
そして、持ち込んだ器具を展開し、いざ解剖しようとした時だ。
伯爵邸を見に行っていた部隊が帰還した。
「こちらでしたか、隊長。」
「戻ったか。伯爵様は?」
「・・・・・・」
伯爵邸を見て来た部隊の部隊長は、首を横に振った。
「そうか・・・」
「ああ、でも、良い知らせも。生存者がいました。」
「何!」
彼らは伯爵邸を調べた後、その帰り道で物音に気がつき、調べてみると、家に住んでいる者が居たという。
「どうやら、全滅ではなく、一部は生き残ったそうで。その生き残りはほとんどが近隣の町へと脱出したそうです。ただ、彼は足が悪い父親を置いて行けないから、と残っていたようです。」
「・・・生き残りがいるのは、幸いだな。話を聞きたい。案内してくれ。」
「もちろんです。」
「お前たちは陣地から食料を持って来い。腹を空かしているだろうからな。」
「了解!」
遺体の解剖は後回しにして、調査隊は生存者に話を聞きに行った。
そうして、<草>と調査隊は、それぞれ別の場所で別の者から、事の経緯を聞くことになった。




