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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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290 アルバリーの惨劇 -凶報-

 7月3日にアルバリー滅亡の報を受けたフレアネス王城は一気に慌ただしくなった。


 即座に緊急会議が開かれた。各地を治める領主たちは集合に時間がかかるため、とりあえずは王都在住の貴族達が集まった。


 しかし、いざ集まってみたものの、話は全く進まなかった。

 朝に届いたその手紙には、本当に概要しか書かれておらず、被害の全容や経緯は書かれていなかった。

 しかも、情報源である手紙の送り主は聞いた事も無い名前。真実かどうかも怪しい。


 だが、そこに書かれていた1人の名前は、国王が知っていた。故に、その人物を呼び出していた。

 彼女が来れば、事態の進展が見込めるだろう。そう国王は思っていたのだが、来たのはブラウンであった。


「スミレはどうした?」

「それが、休暇から戻っていません。」

「こんな時に休暇だと!?」


 短気な貴族が怒声を上げるが、これを国王は掌一つで黙らせる。


「どこへ行くかは言っていたか?」

「外洋へ遺跡探索に行くと。5月の半ばに出て、1ヶ月ほどで戻ると言っていましたが・・・何かあったのかもしれません。」


 ブラウンの内心では、彼女の好奇心を刺激するものがあれば、何もなくても戻って来ない可能性があると思っていたが、それは口に出さないでおいた。

 ブラウンの返答を受けた国王は腕を組んで悩む。


「そうか・・・」

「あの、諜報の命令であれば、我々がやりますが。」


 国王がスミレに用があるとすれば、情報収集だろう。そう思ってブラウンは進言した。

 ブラウンが所属する<草>は、もともと国王直轄の諜報部隊だ。むしろ、スミレを使うのは裏ルートであり、<草>を使う方が正道である。


 すると、国王は件の手紙をブラウンに差し出した。ブラウンは歩み寄ってそれを受け取る。


「その最後の部分だ。情報屋を名乗るその男は、詳細はスミレに伝えると言っている。」

「そう、ですね。」


 ここに来るまでに概要だけ聞いていたブラウンは、手紙の内容自体には驚かない。それに、この事態もいずれ起きるだろうとは思っていた。ただ、こうして手紙の実物を見ると、いろいろなことが伝わって来た。

 例えば、送り主はひどく動揺している。殴り書きの文字は、よく見れば震えている。書き手の恐怖が伝わって来るかのようだ。

 しかし、今ブラウンがいるのは、この国の政を決める権力者たちの前だ。揺れ動く感情を押し込めて、返事をした。

 そして、手紙の末尾を読み返す。そのうえで、意見を述べる。


「スミレは、情報収集に各町の情報屋を使っていると言っていました。この手紙の送り主は、その1人、アルバリーの情報屋でしょう。緊急事態につき、すぐに知らせねばならないと思って、この手紙を送ったと思います。ただ、彼はこの王城にスミレ以外の知己がいません。彼が直接詳細を説明しても、信用されないと思ったのでは?」


 ブラウンの意見を聞いて、数名の貴族が頷いた。どこの誰とも知れぬ男から、急に凶報を知らせられても、信用はできない。むしろ罠を疑うだろう。

 対して、国王はそう思わないようだ。


「だとしても、書いておいて損はないだろう。詳細を書かなかった理由としては足りん。」

「それは、そうですが・・・」

「書く時間がなかった?状況次第ではあり得るが、そんなに切羽詰まってたら、もっと短い文章で書くだろう。・・・おそらく、事の詳細が世間に漏れると、この情報屋、あるいはその仲間の誰かに不利益が生じる。そんなところじゃないか?」


 国王の推察に、一同、息を呑んだ。

 愚王ではないとはわかっていたが、自らそこまで冷静に分析するとは。

 そして、それ以上に、世に公表できないような惨事が起きたのだ、ということにも気づいた。


 1人の貴族が口を開く。


「しかし、そうするとどうしますか?当のスミレがいない以上、他の誰を使者に立てれば・・・」


 情報屋は、信頼できるものに情報を渡したいと思っている。適当な兵士を送っても、情報屋は話してくれないだろう。

 第一、その情報屋の居場所も顔もわからないのだ。


 対処に悩む貴族たちに対し、国王は冷静だった。


「情報屋への接触は困難だろう。となれば、自前で調査するしかない。まずは、アルバリー駐在の連中に連絡を取ってみろ。もう死んでるかもしれんが、ダメ元だ。」

「は、はい!」


 控えていた衛兵の一人がすぐに会議室を出た。


「次に、軍から調査隊を出す。ホフマン、何部隊出せる?」


 軍を預かる4人の司令官の1人、ホフマン司令官が答える。

 ロクス司令官とアクシー司令官は国境警備で不在。ここにはラッド司令官もいるが、即応能力ではホフマン軍が勝る。


「今は非番ですから、いくらでも。ただし、緊急時のために半数は残したいですね。」

「では、何部隊出すかは任せる。調査向きの奴を選んでくれ。それと、魔獣との不意遭遇戦に対応できるだけの戦力は入れておけ。」

「承知しました。」


 ホフマン司令官は、副官に指示を出し、副官が急いで会議室を出て行った。


「魔獣、ですか。」


 貴族の1人が声を零した。

 成程、あり得る話である。町が一つ滅びる原因として、天災の他には、魔獣もあり得る。

 魔獣は時として一個体が急激に進化することがある。詳しい原因はわかっていないが、それは一地方の生態系を破壊することもあるのだ。町一つ消滅してもおかしくない。


 貴族達は、国王はそういった魔獣災害を想定したのだろう、と考えたが、ブラウンだけは別の意図を感じた。


 ・・・おそらくやったのはクロさんでしょう。調査に出た先で、彼か、その仲間と鉢合わせる可能性を考慮したのか。戦闘は避けるべきだけれど、状況によっては戦わざるを得ないこともある。


 さらに、そこからブラウンは、国王が出した1つ目の指示の違和感にも気づいた。

 国王は「アルバリー駐在の誰か」に連絡しろと言った。本来、真っ先に安否を確認すべきアルバリー伯爵の名を出さなかった。

 国王もわかっているだろう。今回の事件は、クロの復讐であり、その対象はアルバリー伯爵であると。

 ならば、クロが当の本人を討ち漏らすはずがない。アルバリー全体が滅んだのは、その余波に過ぎないのだろう。


 ・・・懸念していたことが現実になってしまった。これから我々は、クロさんとどう接すればいいのか。


 ブラウンがそう悩んでいる間に、国王は次の指示を出している。


「あと、この情報屋にも一応、当たっておこう。ブラウン、<草>から何人か出せるか?」

「・・・はい、指示しておきます。」


 思索に耽っていたブラウンは、一瞬反応が遅れた。

 そのブラウンを国王は1秒ほどじっと見たが、特に何も言わずに次の指示を始めていた。


 ブラウンは、すぐに会議室を出た。国王の指示に従うのもあるが、自分が事の真相の一端を知っていることを貴族達に知られたくないのもあった。


ーーーーーーーーーーーー


 凶報が王城にもたらされた1週間後の7月11日。ホフマン軍所属の調査隊が、アルバリーに到着した。

 鉱山都市であり、軍需品の工場もあるアルバリーは、いざという時のため、大きな防壁が街を取り囲んでいる。

 もっとも、最近ではその工場でさえ、原料不足でまともに稼働していなかったのだが。


 調査隊の兵士たちは、まず都市の入り口付近に陣を張った。


「外見は変わりありませんね。」

「やっぱり誤報かな。」

「そうだったら、さっさと町に入りてえな。こんなとこに陣地張るより楽だよ。」

「楽観視はいかんぞ。油断するな。」


 そんな言葉を交わしながら、調査隊は陣地設営を進める。都市内の調査は明日からの予定だ。


ーーーーーーーーーーーー


 一方、同日、アルバリーの隣町で、<草>の1人が件の情報屋を見つけていた。


 ブラウンは、仲間に情報屋捜索の指示を出す際に、スミレが言っていたことを思い出した。

 情報屋は、利に聡い商人ともつながりがある。

 ならば、アルバリーと取引がある商人で、利益を上げている者は、アルバリーの情報屋とつながりがある可能性が高い。

 そこで、ブラウンは、アルバリー近隣の商人達に当たるように指示していたのだ。


 それが功を奏し、<草>はその情報屋を見つけ出した。

 酒場の隅で酒を飲んでいた彼に、声をかける。


「アルバリーの件で手紙を出したのはお前か?」

「・・・国の使いか?スミレの姐さんはどうした?」

「彼女は別の用事で来れない。身分の証明はこれでいいか?」


 <草>は国王の印章が押された命令書を、一部だけ開いて見せる。命令の内容までは見せない。


「確かに国のモンみたいだな。だが、姐さん以外に話す気はないぜ。」

「なぜだ?」

「あんたが道すがら情報を漏らさない保証がねえ。あんたは国から信用されてるみたいだが、俺とは初対面だ。」


 やはり、情報屋は、事件の詳細が世間に広まることを恐れているようだ。


「話したくないなら、仕方ない。我々が自力で調査するだけだ。」

「・・・やめとけ。あんなところ、調査すべきじゃない。」

「そう言われても、既に軍の調査隊が出ている。」


 その言葉を耳にした瞬間、情報屋の顔色が変わった。


「ばっ・・・お前!ああ、もう、こっち来い!」


 情報屋は周囲を気にしながら、<草>の腕を引きつつ、慌てて酒場を出た。支払いの金は多めに、店主に投げつけていた。

 そして、人気ひとけのないところまで来てから、声を潜めつつ、しかし強い口調で言う。


「馬鹿!早くその連中を止めろ!死にてえのか!?」

「そう言われても、何がどう危険なのか、わからないことには・・・」

「ああ、畜生!しょうがねえ、説明してやる。その代わり、その辺の奴に漏らすなよ。俺達が生きて行けなくなっちまう。」

「もちろんだ。」


 <草>の諜報員は、信用を得ようと即答したが、内心では動揺していた。

 情報が公開されることが、情報屋の不利益になる、とは聞いていたが、まさか生死にかかわるほどだとは。


 情報屋は、周囲をしきりに気にしながら、説明を始めた。


「一言で言えば、呪われちまったんだよ、アルバリーは。」


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