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第8章 黒
357/457

T33 「剣聖」

「よう、テツヤ。久しぶりだな。」


 6月28日。林の中で帝国軍と交戦中に、そんな声をかけられたテツヤは、その人物を見て、状況を把握して、これから起きることを論理的に考えて、自分の死を覚悟した。




 ライデン帝国と戦争が再開されてから半月以上経った今日。イーストランド王国軍は、テツヤを含むネームド達の活躍もあって、徐々に戦線を北西へと押し上げていた。

 目指すは、北大陸と東大陸を隔てるサンシャン山脈と、海とをつなぐ巨大な石の壁、ヘカトンケイルの谷である。

 破壊困難な石壁がそびえるこの谷は、その壁の裂け目しか通ることができず、防衛には持って来いの地形なのだ。

 この谷を押さえることができれば、帝国に対する立派な防壁になる。イーストランドの首脳陣は、ここまで進軍できれば、そこを国境として講和に持ち込む案を温めている。


 戦線を押し上げ、目標の谷も遠くに見えるようになった頃、いよいよ帝国軍の抵抗も激しくなってきた。

 一度に投入される兵士の数や、砲撃の激しさが一気に増した。

 おそらくは、後方からの増援が来たのだろう。帝国は広く、兵士も物資も豊富だ。

 戦力の逐次投入は通常、下策だが、今回はイーストランドの国力回復を阻害するために、攻勢を早めたのだろう。開戦に間に合わなかった帝国の戦力がようやく到着した形だ。


 戦争はここからが本番。ネームド達の力でゴリ押しできるのはここまでだ。ここからは策を弄さなければ、数で押されることになる。


 というわけで、今日はホン将軍指揮のもと、作戦を立てた。

 初手はまずシンプルに。土の巨人を作るために目立つシンを囮に、敵の主軍を誘引。ヴェスタもそこで暴れて敵を引き付ける。

 その隙にテツヤとマサキが少数の部隊を率いて、敵を側面から叩く。

 敵へのダメージを最大化するなら包囲も1つのやり方だが、今のイーストランド王国軍では、包囲できるほどの戦力がない。横っ面を叩いて敵の勢いを削ぐのがやっとだ。


「主軍で受け止めて、別動隊が叩く。よくあるセオリーだが、まずはこんなところだろう。」


 この作戦で意外性があるとすれば、一見防衛向きの能力を持つ勇者マサキが、攻め手に回る点だろうか。しかし、それ以外は至ってシンプルである。



 そういうわけで、テツヤは別動隊として少人数を率い、林の中を進んでいた。敵に悟られないように、慎重に進軍した。

 ところが、林の中で帝国兵と遭遇。互いに予定外だったのか、両者とも慌てつつも即座に戦闘を開始した。


 こういった不意遭遇戦もあり得ると警戒はしていたが、何しろ視界が利きにくい林の中だ。注意していたって、驚くものは驚く。

 木々を盾に、銃や魔法を撃ちあう。そんな中で、テツヤは敵の銃撃をものともせず走り回り、敵を倒していった。

 敵の数が多く、時間はかかったが、数十人も殴り倒せば、敵は撤退を始めた。


 ・・・奴らも俺達の主軍の裏に回ろうとしていたのか?それなら、この遭遇はむしろ幸運だったか。


 そう思って一息ついた瞬間だった。


「よう、テツヤ。久しぶりだな。」


 そんな声をかけられたのは。

 木の陰に隠れていたその姿にテツヤは話しかけられるまで気づかなかった。とても気に隠れきれそうもない大柄な体のくせに、見事に気配を消していた。


 その姿は、見紛うはずもない、かつての仲間だった。


「メーチのおっさん・・・」

「お、そのコードネームも久しぶりだな。だが、もう不要だぜ。クロード・トルゴイ。クロードって呼べ。」


 そう言いつつ、メーチ、もといクロードは、腰に提げた刀の鯉口を切る。


 この状況から、テツヤは自身の敗北を悟った。既にクロードの間合いに入ってしまっている。この状況は絶望的だ。



 テツヤはクロードの実力を知っている。

 クロードは独特の剣術を用いる。魔法を併用した剣術だ。使い手は少なく、現存する使い手はクロードだけだろう。

 クロードが通っていた剣術道場に封じられていた秘伝書に記されていたという古い流派。

 それは、敵に防御も回避も許さず、そしてあらゆるものを一刀に斬ることができる、とうたったものだったらしい。


 ただし、それには、「理論上は」という注釈がつく。

 この流派を編み出した開祖は、完成させた頃には老齢で、実践できなかったという。

 開祖が実演した剣術は、確かに多くの剣士を感嘆させるに足るものだったが、一度使っただけで開祖は体力と魔力を使い果たして倒れ、刀も折れてしまったらしい。

 その結果、1対1ならまだしも、実戦的ではない、という評価を得て、封印されたらしい。


 それを現代に復活させたのがクロードだ。

 技の実行で大幅に消耗する体力と魔力は、クロード本人の才能と努力で補った。

 開祖が完成までに人生を費やしたその技を、クロードは天性のセンスによって、数年で会得した。

 そして、秘伝書と共に封印されていた太刀は、その技の実行に耐えられる、世界で唯一の太刀だった。


 この太刀は、自分の流派が世に広まらなかったことを嘆いた開祖が、いつか誰かが実現してくれることを願って作り上げたものだったそうだ。

 決して折れぬ刀という願いを込めて「ヒヒイロカネ」と銘打たれたこの太刀は、作成者の望み通り、非常に頑丈な太刀になったが、残念ながら、伝承の緋緋色金のような軽さはなく、常人には振るうことのできない超重量武器となってしまった。

 何しろ、材質がアダマンタイトである。圧倒的な頑丈さの代償として非常に重いこの金属は、使い勝手が悪いのだ。


 だが、そんな太刀をクロードは軽々と振るう。彼の怪力があって初めてこの剣術は実現する。



 テツヤは一度、彼の剣術を見せてもらった。

 テツヤの全身鎧、アダマンプレートの開発時の話だ。絶対安心の最強の鎧を作っている、とテツヤと博士が自慢した時、クロードが試してみたい、というので、試し切りを行うことになったのだ。

 その当時は、テツヤも博士も、まさか斬られるとは思っていなかった。この鎧の有能さを証明する実験になると思っていた。


 ところが、結果は驚くべきものだった。

 実験対象の腕のパーツから数m離れたところで構えたクロード。次の瞬間、テツヤが認識できたのは、既に腕のパーツを斬り終えたクロードの姿だった。

 腕のパーツは綺麗に両断。テツヤと博士は唖然とし、立ち会ったセレブロ達は拍手した。


「アダマンタイトを切るとか、どういうことじゃあ!」

「言ったじゃねえか、何でも切れるって。」

「その自信をへし折ってやろうと・・・ぐぬぬぬぬ!」


 その後、博士は悔しがりながらも腕のパーツを修理した。クロードは「胴体も試したい」と言ったが、流石に許可されなかった。



 クロードの剣術とは、すなわち、目にも留まらぬ速さで接近し、一撃で敵を仕留めることを追求した剣である。

 相手が反応できない速度で攻撃すれば、敵は防御も回避もできない、ということである。


 言うは易し行うは難し。これをヒトの身で実行するには、多くの障害がある。

 この速度を実現するには、肉体を鍛えるのはもちろん、木魔法による身体強化、雷魔法による反応速度強化、闇魔法による思考速度加速、風魔法による空気抵抗の軽減、等々、多くの技術が必要になる。

 そして、仮にそれができても、次に問題となるのが、この高速攻撃の際、自分の反応も追いつかないということだ。

 魔法による反応強化は、敵だって使う。それも込みで、敵に反応を許さずに斬るには、自分でも反応できないほど速く動かなければならない。

 そんな状況で的確に動くにはどうすればよいか?

 件の剣術の開祖は、無数の型を作ることでそれを解決した。


 その型とは、あらゆる状況を想定し、状況に応じて対応する動きを事前に決めておき、その動きを体に覚えさせる。そして、頭が反応するのを待たずに、身体が勝手に型を実行するようにする。

 これもまた、無数にある型を無意識に刷り込むまで反復練習が必要になる。

 クロードはそれをやってのけた。

 結果、たとえ敵が物陰に隠れていようが、一瞬のうちに斬り捨てることができる。それはまるで、障害物をすり抜けたかのように見えるだろう。



 長い説明になったが、つまるところ、テツヤが今、クロードと会話できる距離にいるということは、既に彼の間合いに入っているということであり、次の瞬間、自分の首が飛んでいてもおかしくない状況だということだ。

 クロードがアダマンプレートを斬ることができるのは、証明済み。鎧を当てにはできない。


 何とか距離を取りたい。テツヤは言葉で時間稼ぎを試みる。


「じゃあ、クロード。なんで帝国につく?俺達は帝国をひっくり返そうと誓い合った仲間じゃないか。」

「そうだな。だが、昔の話だ。」

「なぜ寝返った?」

「どっちでもいいのさ、俺は。強敵と戦えればな。」


 それは、皇帝の洗脳によるものというよりは、本音に聞こえた。確かにクロードは、<夜明け>にいた時から、帝国の未来を思うというよりは、強敵との戦いを求めているようだった。

 今の彼は、もしかしたら、立場が変わっただけで、中身は変わっていないのかもしれない。


「それに、前に言ったと思うんだが・・・」


 クロードが太刀を抜いた。そして正眼に構える。


「俺は、てめえのその鎧を綺麗にぶった切ってみたいと思ってんだよ。」

「・・・言ってたな。」


 確かに言っていた。だが、その時は中身は入っていなかったと思う。


「かつての仲間のよしみだ。覚悟する時間くらいはくれてやるぜ。生憎、逃がしはしないけどな。」

「くっ・・・」


 テツヤは必死に考える。どうすればクロードの剣撃を回避できるか。

 あえて踏み込み、反撃してみるか?・・・いいや、速度に差がありすぎる。せめてクロードの半分くらいの速度がないと、クロードの型を崩すに至らない。

 遠距離攻撃?・・・銃やレールガンを構えるより、斬られる方が早い。

 周囲の木を盾にする?・・・クロードの型には障害物をすり抜ける方法がいくらでもある。


「2、1、・・・」


 いつの間にか、クロードがカウントダウンを行っていた。


「ゼロだ!」


 その声と同時に、テツヤは賭けに出た。

 左腕を全速力で首の左側に添えた。その左腕をさらに右手で支える。クロードの攻撃が、左から自分の首を狙うと読んでの防御だった。

 狙うのが胴体だったら、あるいは首でも右からだったら、アウトだ。


 ガギャッ!!!


 金属同士が激しくぶつかり、擦れる音がした。テツヤにだけ、自分の肉や骨が千切れる音が聞こえた。


「おお?」

「っっっつぁ!」


 襲ってくる激痛に、テツヤは呻き声を上げた。

 防御は成功。しかし、クロードの太刀が、テツヤの左腕を半ばまで切り裂いていた。


 クロードはやや驚きながら、太刀を引く。合わせてテツヤも後退したが、激しい痛みのせいで足取りがおぼつかない。


「ってぇ・・・」

「驚いたな。前斬った時より、堅くなってねえか?それ。」


 テツヤの防御が成功したのは、クロードの攻撃位置の予想が当たっただけではなく、クロードの想定より鎧が堅かったおかげだった。


「まあ、いいや。もうその堅さも覚えたぜ。次は腕も首もまとめて斬ってやるよ。」


 ・・・次はない、か。


 テツヤとしては、せっかく拾った命だ。逃げたいところだが、速度で劣る以上、逃げ切れないのは明白だ。

 切り札の使用が頭に過る。1発限りの爆弾だ。使えば最低でもクロードを道連れにできる。

 しかし、同時に周囲の味方も巻き添えになるだろう。そう考えると、使うべきか悩んでしまう。


 そして、悩んでいる時間は与えられなかった。


「じゃあな。」


 クロードの姿が消えたように見えた。


 ・・・死んだ。


 テツヤはそう覚悟した。




 しかし、次にテツヤの目に映ったのは、あの世ではなく、テツヤを背にかばい、クロードを止めている男だった。


「こりゃあ・・・お前、まさか!?」

「テツヤ、大丈夫か!?」


 割り込んできたのは、テツヤとは別に動いていたはずの勇者マサキだった。


 マサキが、千切れかけたテツヤの左腕を掴む。


「痛っ!?」

「あ、ごめん。ちょっと我慢して。『リペア・アーム』」


 マサキの木魔法で、あっという間に血が止まり、腕が繋がった。まだ痺れてうまく動かないが、指の感覚がある。


「「速いなオイ!」」


 あまりの再生の速さに、テツヤだけでなく、敵のクロードまで驚きの声を上げた。


「練習したから。でも、応急処置だよ。早く戻ってちゃんと診てもらって!」

「練習って・・・」


 <夜明け>には、木魔法使いの治療師の仲間もいた。彼の木魔法も、他の素人のそれより回復が早いことはあったが、マサキのこれは異常な速度だ。


 ・・・軍医の先生方が、マサキは治療師泣かせだって言ってたのが理解できたぜ。


 こんなやり取りの間にも、クロードは数回攻撃を試みているが、すべてマサキの『光の盾』に防がれている。


「まいったね。『斬魔』も通じないとは。」

「そんな力押しじゃあ、コレは破れないよ。」


 テツヤの応急処置を終えたマサキが立ち上がり、悠々とクロードに近づく。そして、無造作に右手をクロードに向けた。人差し指で指差す形だ。

 咄嗟にクロードが回避行動をとる。


「『レーザー』」

「あっぶねえ!」


 マサキの指から生じた光が、一直線に伸び、クロードの頭を掠めて、木を何本か貫いた。

 なんとか『レーザー』を回避したクロードは、冷や汗をかきながら後退する。


「なるほど、コイツが<勇者>か!<勇者>とだけは戦うな、って言われてたが、確かにこりゃ敵わん!悪いが逃げるぜ。テツヤ、首洗って待っとけよ!」


 そうしてクロードは、捨て台詞を吐きながら、追撃の『レーザー』を避けながら、去っていった。



 この後、クロードが各地で暴れることで、戦況は帝国側に傾く。クロードの圧倒的な強さはすぐに知れ渡り、<剣聖>と呼ばれるようになった。

 戦局は、<剣聖>を自由に暴れさせたい帝国と、<剣聖>をいかに<勇者>で抑えるか苦心するイーストランドの複雑な駆け引きとなっていった。


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