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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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283 海底遺跡に真実を求めて その8

 研究日誌を読み終えたスミレは、書庫の外からの物音に気がついた。

 懐中時計を見ると、リースが迎えに来る時間はとっくに過ぎていた。


「あちゃあ~。」


 もしかしたら、この音はリースが扉をノックしている音で、ずっと前から鳴り続けていたのかもしれない。それを、本に夢中になっていたスミレが気がつかなかったのではないか。スミレはそう思った。

 慌てて扉を開けようと駆け寄った時に、はたと気がつく。


 ・・・あれ?リースさんなら、扉を自分で開けて、声をかければ済みますよね?


 そう気づくと同時に、書庫の入口の銅像から警告音が発せられた。


「付近に八神の眷属がいるため、隠蔽状態を解除できません。眷属が離れるまで、出入り禁止となります。」

「眷属が?」


 ・・・神子の誰かがここに来ている、ということですか。その誰かが、ここを無理やり開けようとしている?


 この書庫のマニュアルによれば、八神の眷属は、この建物自体を認識できないはずだ。

 外で何が起きているのか?扉に耳を当てても、防音が完璧すぎて何も聞こえない。ただ、時々大きな何かが建物に当たり、その轟音と振動が伝わって来るだけだ。

 敵の接近を知らせているのだろう、銅像が持った松明が赤く点滅し続けている。




 数分後、外の轟音が止んだ。続いて、銅像の松明の明かりも消える。


「もう、開けられますかねぇ。」


 そう言ってスミレが扉に近づいた時、扉の方が先に開いた。

 開いた扉の先にいたのは、リースであった。だが、様子がおかしい。


 全身いたるところに傷があり、出血もひどい。目は片方潰れ、腕も右側がない。胴にも深い傷があり、如何に竜と言えども、致命傷に見えた。


「リースさん!?」

「スミレ、ごめん・・・あなただけでも、逃げて。」

「逃げる、って・・・それより、いったい何が・・・」


 事情を問おうとした瞬間、再び書庫の銅像が警告を発し始めた。


「警告。八神の眷属が接近。扉を閉めてくだ・・・中断。捕捉されました。隠蔽機能を停止。防衛機構を起動します。扉を閉めてください。」

「閉めるって・・・」


 今、扉には半死半生のリースが横たわっていて閉められない。リースのサイズでは中に入れない以上、扉を閉めるにはリースを外へ叩き出すしかないが・・・


 ・・・いくら私が外道でも、友人を放り出せるわけないでしょ!


 スミレは無茶を承知で、リースを中へ引っ張り込もうとする。


「ちょっと、スミレ。なにしてんの。早く逃げなさい。」

「いいから!リースさん、もっと小さくなれませんか!?それか、首だけで生きられるとか、そういう機能ありません!?」

「はは、それは、ちょっと無理ね。」


 そんなやり取りをしている間に、書庫の防衛機構が作動し始めた。土魔法で周囲の岩石を高速射出し始めた。

 岩の弾丸が飛んだ先を見ると、リースによく似た青色の竜が高速接近してくるのが見えた。

 大砲のような岩石弾の連射がその竜を襲うが、竜の周辺の水の流れで軌道を逸らされ、1発も当たっていない。


「アレは?」

「水神竜レーヴナスチ様、よ。私の師。見つかっちゃって・・・ここ、壊すんだって。抵抗してみたけど・・・やっぱ格が違ったわ。」

「神竜・・・」


 竜族を統率するリーダー達が、神竜と呼ばれていることは、スミレも以前から知っていた。

 今までは、そういう者がいる、という程度の認識だったが、先程読んだライアンの日誌と、この状況から、スミレにはあの竜、レーヴナスチが、ただの竜族のリーダーだけに収まるものではないと理解した。


 しかし、まだあの日誌を読んでいないリースには、この状況が理解できないのだろう。悲し気に嘆く。


「なんで、レーヴ様は、ここを潰すの?ここには貴重な資料がいっぱいあるのに。私にはわからないわ。」

「・・・アレのルーツがここに記されていて、それを公表されると都合が悪いんでしょう。」

「あの方のルーツ?・・・それは、ちょっと、読んでみたい・・・」


 そこでリースの言葉は途切れた。


「リースさん?」


 返事はなく、リースの目は閉じられていた。


 スミレは素早く周囲を見渡す。

 敵の接近までまだ数十秒かかりそうだ。防衛機構の弾幕は全く当たっていないが、多少の足止めにはなっているらしい。

 海上までの距離を思い出す。確か100m以上あった。何事も無ければ、水魔法を駆使して浮上可能だが、あの水神竜がそれを見逃してくれるとも思えない。特に、水神を名乗る以上、水魔法を得意とするはずだ。水中では勝ち目がない。


 ・・・脱出は不可能。となれば、撃退しか・・・リースさんが手も足も出なかった相手に?圧倒的強者である竜族の、その頂点と1対1で?


 勝てるわけがない。誰だってそう思う。

 わずかでも生存時間を長くしたいならば、リースを外に押し出して扉を閉め、防衛機構をフル稼働させることだ。そうすれば、もしかしたら、この頑丈な建物を破壊できずに、敵は去ってくれるかもしれない。


 だが、スミレはそうしない。

 銅像に近づくと、銅像に掴みかかって叫ぶ。


「攻撃がなまっちょろい!もっとマシな攻撃機能はないんですか!?」

「本書庫の防衛機能に搭載された攻撃機能は、『ソイルショット』のみです。扉を閉めればシールドが・・・」

「そんなシールド!かの水神竜サマに通じると思ってんですか!竜族の頂点!300年生きた神獣!魔族化までしたバケモンに!」


 スミレは乱暴に銅像から手を放すと、その場に屈み込んだ。

 そして、腰に提げていたナイフを取り出す。このナイフは地味だが、魔剣であり、貫通力と強度は折り紙付きだ。

 そのナイフで床を思いっきり突く。魔法で強化された石材でも、何回か突けば欠けた。

 その石の欠片を手に、スミレは扉に向かう。向かいながら、土魔法で石片を加工。円錐の先を丸めたような砲弾の形にする。そして、弾頭部分に薄い切れ目を入れた。


「ごめんなさいね、リースさん。」


 スミレは扉に横たわったリースの首から、1枚、鱗を千切り取った。そしてその竜鱗を、石の砲弾の切れ目に差し込む。


「ただの石では、強化しても竜鱗を貫けない。それどころか、アレを守る水流も貫通できないでしょう。でも、水魔法が得意なリースさんの竜鱗なら?」


 スミレは大きく振りかぶり、全力でその砲弾を水神竜に投げた。

 土魔法でさらに加速された砲弾は、まるで水の抵抗などないかのように突き進み、水神竜を守る水の流れも貫いて、その体に届いた。


「ギャアオっ!?」


 決して深い傷ではない。だが、まさか自分を傷つけるような攻撃が来るとは思ってもいなかったのだろう。水中でも届く様な悲鳴を上げて、水神竜が動きを止めた。


 それを目視したスミレは、勇ましくガッツポーズ。


「っしゃあ!!神だろうと何だろうと、私の本と友を害する奴は、叩き潰してやりますよ!」


 この書庫は、別にスミレのものではないのだが、スミレはすっかりその気になっていた。


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