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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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031 ギリギリの生還

 ムラサキの頭上にマシロが浮かんでいる。両手足はだらんと下がっているが、その両手には「黒剣」が握られたままだ。

 ムラサキが使っているのは窒素魔法『エアテイル』。風魔法『エアハンド』を窒素魔法で真似たものだ。『エアハンド』は一定以上の風魔法使いが好んで使う魔法だ。空気を集めて手の形に固め、遠隔で物を動かせる。拳を作って殴れば打撃攻撃になるし、握って捕まえることもできる。さらには自分をその手に乗せて空を飛ぶことすら可能だ。ムラサキの『エアテイル』も効果はほぼ同じ。ただ手の形ではなく、自分の尻尾の延長といった感じだ。長さは5m程度だが、かなりの力が出せる。現に今、100kgを超えるマシロを運んでいる。ただし、ムラサキは魔力量が大きい方ではない。したがって、


「あー、重い!」


 ムラサキは唐突にマシロを地面に落とした。魔力が減って来たので休憩するためだ。


「急に落とすのはひどいと思います。」


 マシロが顔だけムラサキに向けて言う。


「お前が重すぎるのが悪い。」

「これでも脂肪はギリギリまで落としているのですが。」


 口答えするマシロを睨んだまま、ムラサキはここまでの経緯を思い返す。

 マシロが逃げる敵兵を追っていったとき、ムラサキは隠れて様子を窺っていた。しばらくはクロの戦闘を眺めていたが、相手がクロを殺せるほどの力がないと判断したムラサキはマシロを追った。

 帝国兵の斬殺死体を辿って行けばいいのだから、臭いを追うまでもなく追跡は容易だった。しかししばらく進んで砦の前に辿り着くと、火薬の臭いがするエリアのど真ん中にマシロが倒れていた。

 頭が上半分ない状態で、一見すると死んでいるように見えたが、よく見ると再生中だった。こんな敵の砦の真ん前で寝てたらいつ敵に見つかるかわからない。というか、普通既に見つかってなければおかしいのだが、なぜか砦の帝国兵が気づいた様子はなかった。

 ムラサキは火薬の臭いが地中から来ているのを感じ取ると、触らぬ神に祟りなし、とばかりに『エアテイル』で空中を移動し、マシロの元まで移動。マシロの腹の上で少し休憩してから『エアテイル』でマシロを運んだ。

 そこからが長かった。万が一こんなところを敵に見つかればやばいと森に隠れ、草陰に隠れながら移動した。その間、100kgを超えるマシロを担ぎながらだ。

 マシロが起きるまでの辛抱と思ってしばらく歩き、ようやくマシロが目覚める。ところがマシロは回復に魔力を使いすぎてしばらく歩けないと言った。仕方がないので結局クロがいるところまでムラサキが運ぶことになったのだ。


「その割に重すぎだろ。何kgあるんだ?」

「装備を含めて110kgというところですか。」

「・・・装備を除くと?」

「105kgです。」

「重すぎだろ!もっと痩せろ!」

「ですから脂肪はもう落とせるだけ落としているんですよ。むしろムラサキのパワーが足りないのが問題では?」

「てめえ・・・」


 体重20kgにも満たないムラサキが、魔法を使っているとはいえ100kgを超えるマシロを長距離担いで歩けるというだけでかなりすごいのだが、マシロ基準では足りないらしい。


「ですからいつもトレーニングを勧めているではありませんか。ムラサキももっと鍛えるべきです。」

「ふん!オレは鍛える必要なんてないんだよ!ほれ!」


 ムラサキは休憩を終えて再びマシロを『エアテイル』で持ち上げて運ぶ。

 マシロは胴に透明な縄が巻き付けられた状態だ。できるだけ回復を早めるため、手足は力を抜いてぶら下げている。しかし「黒剣」は持ったままだ。


「おい、その剣、仕舞えよ。」

「できるだげ動きたくないのです。心配しなくても手袋とつながってますから落ちませんよ。」

「背中が切れそうで怖いんだよ。」

「回転を止めていますから、そうそう切れはしませんよ。」


 マシロの「黒剣」は、一見すると真っ黒な極薄の長剣だが、その刃には何本もの極細の魔法強化炭素繊維が張られており、魔力を流すとそれが高速回転する。すなわちチェーンソーだ。故に、魔力を供給しなければ、切れ味は良くない。


「それでもこええよ。・・・おい、当たってるぞ。」


 「黒剣」の先端がムラサキの背に当たっていた。といっても掠る程度だが。


「当ててるんですよ。」

「てめっ、もういい!てめえなんかこれで十分だ!」


 とうとうムラサキはマシロを地面に下ろし、『エアテイル』をマシロの腕に巻き直すと、そのまま引きずり始めた。


「ちょっと、痛いですよ。」

「痛いならもっと痛そうに言え!このアイアンメイド!」

「鉄を操るのはマスターの方ですよ?」

「そういうこと言ってんじゃねー!」


 終始、大して表情も変えずに答えるマシロに憤慨しながらもムラサキはマシロをクロの元へと運んで行った。


ーーーーーーーーーーーー


 クロは、動かずにムラサキに引きずられるがままのマシロを見て、突如走り出す。かつて爆風から逃れたときのような全力疾走でムラサキのもとに辿り着くなり、マシロの横に膝をつく。


「うわっ!」

「真白!」


 クロのあまりの速度にムラサキが驚くが、クロは無視してマシロを凝視している。

 マシロがクロの声に反応して上体を起こす。


「申し訳ありません。逃げられました。」

「それよりも!無事なんだな?」

「・・・魔力をかなり消耗しましたが、体は問題ありません。時間さえいただければ、動けるようになります。」

「そうか。よかった。」


 安堵のため息を吐いてクロはようやく落ち着く。マシロはそんなクロを意外そうに見つめていた。ムラサキはやれやれと息を吐いて『エアテイル』を解除する。


「ここまでこいつ運ぶの大変だったんだぜ。オレはもう疲れた。クロ、交代。」

「おう。ありがとな、ムラサキ。」


 クロは「黒嘴」に手早くロープを付けて、ロープを肩にかけて前にぶら下げる。空いた両手でマシロを抱え、背負う。


「すみません。お手数おかけします。」

「いいさ。いつも乗っけてもらってるんだ。今日は俺が足をやるだけだ。」


 そうして歩きながら互いに何があったか報告する。そして報告を聞くうちに、マシロの安否で頭がいっぱいになっていたクロは、ようやく事の重大さに気がつき始めた。


「あー、てことは、俺らが魔族と知られるのも時間の問題か。」

「おそらく戦闘方法に関する情報も・・・申し訳ありません。」

「それについてはいいって。いずれはバレることだったんだし、王国側も対処可能って言ってたし。」

「・・・ありがとうございます。」


 マシロはクロが不機嫌でないことを感じ取り、気を使っているわけではないと理解した。ただ、なぜ上機嫌なのかがわからなかったが。

 クロは背負われたまま頭を下げるマシロの髪が顔に当たり、その感触がちょっと楽しくなっていた。以前、犬形態のマシロに抱きついて寝たときの安心感を思い出したのだ。正直もっとその髪に触れていたいが、もちろん、真正面から髪に触るのも躊躇われる。マシロなら許可してくれそうだが、なんとなく恥ずかしかった。

 とりあえず自分がそんなことを考えているのを悟られたくないクロは真面目な話題で話を進める。


「むしろ反省すべきは戦い方だな。対魔法経験が足りなさすぎる。」

「そうですね。奴の強化魔法による急加速を予測できていれば、捕まることはなかったはずです。」

「魔法の発動には前兆があるからな。それさえ見切れればいいんだが・・・帰ったら城の連中と試合してみるか。」

「そうしましょう。」

「おい、そこの脳筋夫婦。」


 今後の鍛錬について相談していたクロとマシロに、ムラサキが口を挟む。


「夫婦?」

「夫婦ではねえなあ。」

「ええ。違いますね。」

「じゃあ、なんだよ。飼い主と犬か?」

「いや、真白とは対等だし。」

「そうですね。表向きは主従関係にしていますが、対等です。」


 クロは少し悩んで、一つ、適切な表現を見つける。


「そうだなあ・・・姉弟?」

「ああ、それです。兄妹。」

「血どころか心臓を分けた兄妹ってか?はいはい。」


 ムラサキが適当にまとめると、クロがそれに食いつく。


「おお、そうだな。そういえば真白は俺の心臓を使って魔族化したわけだが、その影響は・・・」

「ちょっと待て!話が進まねー!」


 急に考察を始めるクロをムラサキが強引に止める。もともとムラサキが話に割り込んできたのだ。


「ああ、そうだった。で、なんだムラサキ?」

「今後の筋トレ話は二人で勝手にやればいいが、オレは帰ってすぐの話をしたい。この後はもう前線には出ないだろ?」

「ああ、この負傷だ。もう無理はするべきじゃない。」

「で、だ。オレも今回は特に頑張った。」

「ああ、真白が生還できたのはムラサキの手柄だよ。ありがとう。流石は俺の相棒だ。」

「ふふん、もっと褒めていいぜ。ほら、マシロも。」


 褒められて上機嫌のムラサキが猫のままなのにそうとわかるドヤ顔でマシロを見る。


「・・・調子に乗っていると痛い目を見ますよ?」

「素直に褒められねーのかてめーは!」

「・・・礼は言います。感謝します。」

「お、おう。まあ、いいよ、それで。」


 初めてマシロから礼を言われてムラサキは戸惑うが、すぐに気を取り直して話を続ける。


「それでだ。こんな頑張ったんだから、今回くらい御馳走を食べても許されるよな?」


 そう言ってムラサキはクロを見つめる。

 クロは基本的に倹約家で、食事は最低限しかしないし、その質もコストがどうのこうのと言って大衆食堂レベルしか食べない。そのあまりの質素さに耐えかねたムラサキは、貯めたお小遣いで一人だけ王都の高級レストランに入ったことがあった。確かに料理はうまかったが、一人の食事にどこか味気ないものを感じた。だから今回は3人そろって食べたいと思ったのだ。


「ふむ・・・無駄遣いは好ましくないが、ムラサキがそこまで言うなら、今回はいいか。マシロは?」

「マスターがそういうのであれば、私も構いません。」

「よし!決まり!言質とったぞ!」


 大喜びで小躍りするムラサキ。なぜムラサキがそこまで美食にこだわるのか理解できないマシロ。対してクロは別のことに思い至る。


「そういえば、ムラサキ。よくマシロを長距離運べたな。」

「ふっ。オレにかかればあの程度・・・」


 調子に乗ってドヤ顔を見せるムラサキ。対するクロもにやにやと笑っている。


「俺の記憶が確かなら、旅立った時点でムラサキにはそんな魔法出力も魔力量もなかったよなあ。」

「え?あ・・・」


 ムラサキはクロが言いたいことがわかって固まる。


「つまり、成長してたんだなあ。というより、鍛えてたんだろ?」

「う・・・」

「あら、オレには鍛錬なんて必要ないって言っていたのに、隠れて鍛錬をしていたんじゃないですか。」


 魔力容量や魔法制御力は鍛錬で伸びる。その伸びしろも成長速度も個人差があるが、大抵は先天的な才能を覆すほどの変化はない。しかしムラサキは、もともと魔力量が極端に少なかったのに、今は100kgもの重量物を長距離運べるまでに成長している。仮に人一倍成長速度が速かったのだとしても、並外れた量の鍛錬をしていたことは想像に難くない。


「ううっ!」

「なんだ、ムラサキ。言ってくれればよかったのに。」

「ええ。鍛錬するなら共にやろうじゃありませんか。」


 にやにやと笑う二人から、ムラサキはじりじりと離れる。マシロの貴重な笑顔だが、まるで嬉しくない。


「ち、違う!お、オレはお前らのような脳筋とは違うんだあ!」

「あ、待て!」


 駆けだすムラサキを、クロはマシロを背負ったまま走って追う。結局そのまま王国軍司令部まで楽しくランニングとなった。


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