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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
348/457

279 アナライザー

 6月某日、フレアネス王国の王都。獣人族の国の中心であるここは、雑多な種が住んでいるために、住宅街は様々な建物が規則性もなく詰め込まれている。地下に住みたがる奴もいれば、木の上に住みたがる奴もいるせいだろう。

 こういう町は区画整理も非常に困難で、どこに誰の家があるのか、すべてを把握している者は存在しないと言っていい。

 そのため、知らないうちに空き家になっている家もそこそこあり、そこに無法者が住み着くこともままある。


 無法者といっても様々だ。盗賊のような悪党から、職に就けなかった貧乏人まで。

 そして、王都西門に近い空き家の1つには、ヒトですらない連中が住みついていた。


「ふーむ。」


 その空き家の2階では、老人が机に広げた書類を前に、腕組みして唸っていた。


「どうしました?コンダクター。」


 傍に居た若者が声をかける。

 老人の通り名はコンダクター。魔族の中でも指折りの実力者で、魔族の一部を統括する族長の一人でもある。また、魔族の集落の中では、最年長の魔族でもある。


「何、この先の展開について、予想が難しくなってきてな。」

「前に、我々は勝ち馬に乗っている、と言いませんでしたか?」


 コンダクターは頷く。今、コンダクターと話している男は、サイレンスという通り名の魔族だ。見た目は若いが、結構なベテランである。数十年前からコンダクターの片腕として仕えている。


「そうだ。儂等は勝ち馬に乗っておる。・・・だが、勝率が100%とは言い難くなってきた。」

「はあ。」


 サイレンスとしては、その勝ち馬が何であるかすら知らされていないので、事の深刻さも実感できない。ただ、今のように悠長に構えていられなくなる、とは感じた。しかし、そう感じたとしても、詳細がわからない以上、サイレンスにはどうもできない。

 そういうサイレンスの心情を察してか、コンダクターが、睨んでいた書類をサイレンスに手渡した。

 書類には、数字が並んでいる。


対象A

膂力:レベル6

耐久:レベル6

敏捷:レベル5

魔力容量:レベル6

魔法制御力:レベル6

魔法回復力:レベル7

抗魔力:レベル9


対象B

膂力:レベル8

耐久:レベル8

敏捷:レベル7

魔力容量:レベル8

魔法制御力:レベル8

魔法回復力:レベル9

抗魔力:レベル11


「これは、アナライザーの?」

「そうだ。分析を頼んでいたものがようやく届いた。」


 アナライザーとは、魔族の集落にいる偏屈な魔族だ。

 コンダクターに次いで長く生きており、魔法の腕前も族長並みだが、その性格故、族長には名を連ねていない。

 どんな性格か、一言で表すなら、マッドサイエンティストである。

 魔族という種の大半が魔法の研究家である中で、さらに研究に傾倒している。戦闘はからっきしのくせに、好奇心で戦場にまで首を突っ込む。

 しかし、その甲斐あってか、魔法使いの力量を測ることを得意としており、何度か戦闘を見れば、対象の力量を分析、数値化までやってのける。

 最近は、闇魔法による記憶共有を活用して、本人が戦場に赴かずとも分析ができるようになっている。


「使者を立てて、分析を頼んでいたのだ。随分と時間がかかったが。」

「寝る間も惜しむワーカーホリックが遅れるとは珍しいですね。」


 魔族は睡眠なしで活動しても身体に影響はない。しかし、精神には影響するので、多くの魔族はヒトであった時と同じように睡眠をとる。


「まあ、今回の分析は難題だったからのう。無理もない。」

「難題ですか?」


 サイレンスは改めて分析結果を見る。

 対象Aは、軍の一兵卒の平均がレベル5であることを考慮すれば、ベテラン兵士くらいの実力はあるが、そこ止まり、という印象だ。ネームドの域に達するには、突出しているのが抗魔力だけ、というのは苦しい。

 対して、対象Bはステータスだけで十分ネームド級だ。敏捷だけやや低いが、工夫で補える程度。多くの戦場で安定した活躍が期待できるだろう。


 分析結果を見ただけでは、コンダクターの言う「難題」の意味が分からない。

 サイレンスが頭を捻っていると、コンダクターが答えを示す。


「そのAとBは、同一人物だ。」

「・・・は?・・・いや、あり得ないでしょう。」


 生物の身体機能のスペックというのは、体調や精神状態で変動する。

 アナライザーの分析値は、その平均値を見ているはずだ。それに、いくら変動すると言っても、体調や精神状態だけで、レベルが2段階も上がるはずがない。例えばレベル4と6の差は、一般的な成人男性と、何度も戦場を潜り抜けたベテラン兵士くらい違う。鍛えることで伸びることはあるが、それでもレベル1~2くらい。少なくとも、全能力がまとめて2段階も上がるはずがない。


「バフの有無ですか?いや、それにしたって・・・」


 木魔法で身体強化すれば、確かに膂力や敏捷が上昇する。一流の木魔法使いなら、これくらい上がるかもしれない。

 だが、それで上がるのは身体能力に関するところだけのはず。魔法の能力まで上がるのは解せない。


 しかし、サイレンスの言葉を、コンダクターは首肯する。


「その通り。Bはバフの効果だ。」

「こんな強力な強化魔法が存在するんですか?」

「前代未聞、というわけではないが・・・まあ、奴のアレはかつてない代物だろうな。」


 そこで、サイレンスはこれが誰のステータスか察した。


「まさか、これは・・・」

「そうだ。クロのデータだ。Aが集落にいた頃の数値。Bがここ最近、戦闘時の奴を測定したものだ。」

「・・・・・・」


 サイレンスは息を呑む。クロの能力が何らかの魔法で大きく変動するとは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 いくつか問いたいことがあったが、サイレンスは順を追って尋ねる。


「まず、奴の素の状態のステータスが低いのが驚きです。」


 ステータスの平均がレベル6。ベテラン兵士並のステータスだが、魔族の平均から考えれば低い方だ。魔族化により、肉体の最適化、魔法の能力の向上が起きる魔族は、大抵、どのステータスもレベル7以上に達する。

 平均がレベル7以上となればネームド級だが、だからこそ100年前の戦争では、少数の魔族が世界を相手に戦えたのだ。


「だろう?ボマーの奴も油断するわけだ。こんなステータスならば、たとえ不意打ちでも負ける気がせん。・・・普通はな。」


 ボマーとは、クロを従者として従えていた魔族の族長の一人だ。族長の中でも屈指の武闘派だったが、クロが入念な準備と不意打ちによって仕留めた。


「儂が見誤ったのは、クロの奴の伸び幅だ。儂の見立てでは、奴はまだこの強化魔法を全開で使っておらん。6割か、5割。体への反動を警戒し、抑えて使っていると思われる。」

「これで、ですか。」


 サイレンスは改めてBのステータスを見る。平均レベル8。長所の少ないAのステータスから一転、安定感のある隙の無い構成になっている。

 加えて言えば、抗魔力がレベル10を超えている。これは、世界屈指のレベルであり、ともすれば、八神からの干渉すら弾きかねない代物だ。


「つまり、コンダクターの見立てでは、全力稼働すれば・・・」

「全ステータスがレベル10か、それ以上、となるだろうな。その片鱗はあの戦いで発揮されておろう。」

「どれです?」

「戦艦を吹っ飛ばした、アレじゃよ。」

「ああ・・・」


 クロが昨年の帝国との戦いの最中、帝国の最新鋭戦艦を破壊し、西大陸の北岸から東側の平野まで飛ばした事件だ。

 戦艦という大質量を、超長距離飛ばすという、常識外れの魔法。あれが実現可能な存在がいるとすれば、八神の魔力を直接授かる神獣の類だけだろう。


「ただし、全開で使った場合の反動は、途轍も無いものじゃろう。それについては前例がある。」

「アレの前例が?」

「復讐魔法じゃ。感情に呼応して発動するという点で、クロの魔法と似ているが、知られているのはオンオフだけの機能じゃな。」

「話には聞いたことはありますが。」


 復讐魔法。術式を用いない原始魔法で、術者の感情に呼応して勝手に発動する。制御が効かないのが難点だが、効果は非常に大きい。


「あれは自爆技では?」

「そうだ。だから、クロも全開稼働すれば死に至るじゃろう。」

「それは、恐れる必要があるのですか?」


 一発限りの自爆技。当たれば怖いが、その手の特攻には躱し方というものがある。逆に言えば、回避さえしてしまえば勝手に自滅してくれるのだから、御しやすいとすら言えるかもしれない。

 サイレンスの意見に対し、コンダクターは腕組みで悩む姿勢に戻った。


「そうだ。確率は極端に低い。だが、1%でもあり得るならば、考慮はしておかねば。」


 コンダクターは独り言をブツブツと呟く。

 サイレンスの予想では、コンダクターは、クロがその自爆特攻でもって「勝ち馬」を倒してしまうことを懸念しているのだろう。

 しかし、コンダクターが「勝ち馬」の正体を話す気がない以上、そこを尋ねても無駄だ。


 仕方ないので、サイレンスは話題を変える。


「ところで、ボマーと言えば、魔族化の研究をしてましたよね。」

「ん?ああ、そうだな。」


 魔族として転生したクロを調べたのもボマーであり、魔族化の動物実験を行っていたのもボマーだった。結局、成功例はムラサキだけだったが。


「今更ですが、なぜコンダクターは彼の研究に協力してあげなかったんですか?我々の知見を教えれば、彼の研究ももっと効率的に進んだでしょうに。」

「例えば?」

「魔族化の方法は、何も魔族の体の一部を食べる事だけじゃない、ってことですよ。」

「ああ、それか。」


 コンダクターはふう、と溜息をつく。呆れているというよりは、何かを残念に思うように。


「お前が言ってるのは、昔の話だろう?」

「ええ。コンダクターが話してくださったじゃないですか。何十年前かは忘れましたが、コンダクターは、魔王様の血を浴びて魔族になったって。」

「・・・だから、食べなくても血を浴びただけで、魔族化し得ると?」

「違いますか?」

「なら、お前はどうやって魔族化した?」


 そう問われて、サイレンスはハッとした。


「・・・コンダクターから、指をいただきました。」

「そうだ。魔族化の条件は、魔族の体の一部を食べること。それは間違っておらん。血をかけただけで魔族化できたのは、魔王様の特権よ。」

「そういうことでしたか。申し訳ありません。」


 サイレンスは詫びつつも理解した。なるほど、ボマーの研究は無駄ではなかったわけだ。

 しかし、そうすると別の疑問がわく。


「では、なぜ魔王様だけ?」

「それは、単純な話よ。魔族の血もまた、世代を経れば薄まるということじゃな。わかるか?」

「・・・確かに、薄まるかもしれませんね。」


 ヒトを魔族化するのは、魔族細胞である。魔族細胞がヒトの体に入り、ヒトの細胞を魔族細胞に置き換えることで魔族化する。

 その際、入り込んだ魔族細胞をコピーしていくのではなく、元のヒトの細胞を、魔族細胞に作り替えていくのだ。でなければ、元の人格や身体機能を継承し得ない。

 そうなると、魔族化した者の細胞は、その前の世代に比べて、原初の魔族細胞からどんどん離れていくことになる。


「薄まることで、魔族化の成功率はどんどん下がっていく。原初の魔族細胞は、血を浴びるどころか、身体に触れただけで対象を魔族化したそうだ。魔王様は第二世代だったため、まだ魔族化の成功率も高く、条件も緩かった。だが、ボマーは・・・第五世代あたりだったか?それは、100匹実験しても成功するまい。それに、魔族細胞はそもそもヒトを強化するために作られたもの。獣には適合しにくい。ムラサキとやらが成功したのは、奇跡じゃな。」

「ヒトのための?・・・コンダクターは、魔族の起こりをご存じなのですか?」


 魔族を創りだしたのは、300年前の科学者、ライアン・バーナードという異世界人であったと言われている。彼が魔族を創りだしたすぐ後、八神の命令で神子と神獣が総出で彼を粛清した。

 しかし、彼がどうやって魔族を創り出したのか、粛清され、滅ぼされたはずの魔族がどうやって今日まで残って来たのか、どこにも記録が残っていない。


 そんな長年の謎を知っているのか。サイレンスの問いに、コンダクターは平然と答えた。


「ああ、知っておる。知ってしまい、八神から身を守るために、魔族になったのだからな。」


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