M28 戦友との激励会
5月30日。5月の最終日であるこの日の夜。マサキはヴェスタに連れられ、シンと共に町へと繰り出していた。
「ったく、忙しねーよなあ。前のが終わってから2ヶ月経ってないんだぜ?」
イーストランドの王都の、大通りから外れた小径に入りながら、ヴェスタが不満を露にする。
夜に賑わう飲食店等の喧騒が離れていくのを聞きながら、シンが答える。
「確かに早いが、それが帝国の強みよな。」
数日前、北の国境を監視している部隊から、帝国軍に動きあり、との報が入った。
ノースウェルへ執政官のソンを送って間もないところへやって来た凶報。国内の安定化も、軍の整備も不十分なこのタイミングで、帝国が動く。もしこのまま攻め込まれれば、非常にまずいことになる。
先の神聖国ノースウェルとの戦争で、帝国側も多大な被害を受けたはずなのに、2ヶ月足らずで再侵攻の動きだ。そんなことが可能なのは、人も物資も豊富な帝国ならではだろう。
マサキは声を潜めて意見を出す。
「誰かが言ってたけど、この前の戦争でやられた帝国軍の2万人は、初めから予定された捨て駒だった、って見方もあるそうだよ。もしそれが本当なら、立て直しの速さも頷ける。」
「けっ!2万を捨て駒とか、正気の沙汰じゃねーけどな!」
ヴェスタの怒りはもっともだ。数字の上ではただの2万。だが、現実を見れば、2万の人間だ。1人1人に人生があり、家族がある、人間である。
それをあっさりと2万も投げ捨てる。信じ難い行いだ。
「なればこそ、負けるわけにいくまい。そのために我らが行くのだろう?」
「そうだけどよお。」
帝国軍の再侵攻の動きに対し、イーストランドはすぐさまネームド達の出陣を決めた。すなわち、<勇者>マサキ、<炎星>ヴェスタ、<大山>シンの3名である。
明日から本格的に出発の準備に入り、その夜には激励会のようなものが計画されている。そして明後日には出発だ。
そんな時、ヴェスタが、忙しくなる前に3人で飲もう、と言い出したのだ。その理由は・・・
「ようやくあれやこれやと忙しかったのが落ち着いて、スーの奴に負けずにアタイもマサキとイチャイチャしてやろうかと思ったら、これだぞ!?ふざけんなっつの!」
「ヴェスタには感謝してるよ。」
ヴェスタが忙しかったのは、このイーストランドの内政に意見を出し、その改善策の実施にまで携わっていたためだ。
以前までは、他所から嫁いできた身の上を考えて、過度な干渉は控えていたのだが、リー国王の狼狽ぶりを見るに見かねて、手伝い始めたのだった。
それが数日前の執政官の見送りあたりでようやく一段落、と言ったところだったのに、帝国に対応するため出陣しなければならなくなった。
戦場に出れば、マサキと夫婦として振舞う暇などない。日頃、マサキといちゃいちゃしているスー姫を妬ま・・・もとい、羨ましく感じているヴェスタとしては、悔しい状況だ。
「感謝してるんなら、アタイの部屋にも来いよ!」
「いや、その、そうしたいのは山々なんだけど・・・」
ヴェスタの「部屋に来い」とは、すなわち夜の話である。
そして、マサキが彼女の部屋に行かないのは、今、ヴェスタが戦場に出られなくなっては困るためだ。
「わかってる!わかってるけどよ、やりようはあるだろ?ひに・・・」
ヴェスタが言いかけた言葉を、シンが遮る。
「こら、ヴェスタ。仮にも往来だぞ。大声で言うことではない。」
「うっ、そうだった・・・」
大通りからは既に離れて、ややさびれた感のある道にいるが、人気がないわけではない。ちらほらと、酔った様子の人達が見られた。
「しかし、そんなことなら、望み通りのソレを城でやればよかったろう。」
「そ、それも考えたんだが・・・」
自分で言いかけたくせに、今頃何を恥ずかしがっているのか、ややどもりながらヴェスタが答えた。
「やっぱ、戦場に出る前は、戦友と飲む方が優先かと思ってな。城に入ってからは、なんか堅っ苦しいだろ。」
「確かに、この3人で飲みに行くなんて久しぶりだな。」
同意したマサキは、少し前のことを思い出す。
姫との結婚なんて話が出る前は、よく3人で飲んだものだった。
そして行く店は大抵決まっていた。
小さな通りの小さなバーに3人が入る。
「こんばんわ。」
「おう、兄ちゃん。それに連れの2人も。久しいな。」
このバーは、マサキが戦場での悩みを抱えたときによく来ていた店だ。すっかり行きつけになっていたが、城に上がってからはあまり来ていなかった。
「もう、明日準備で、明後日には出発だからな。激励会さ。」
「戦場に行けば、俺らとてどうなるかわからん。出発前に羽目を外しておくのも悪くはない。」
「ははあ、なるほど。あっちじゃ羽目は外せねえってわけだ。」
ヴェスタとシンの言葉を聞いたバーのマスターは、王城の方に視線を向けて答えた。
その時、先にカウンターで酔いつぶれていた男がピクリと動いた。
マサキはそれに気づいたが、酔っ払いが変な動きをするのはよくあることだ。気にせず注文を述べる。
「じゃ、マスター。まず、エール3つで。」
「あいよ。」
種類を述べずに言えば、マスターが適当に選んでくれる。
マサキ達は手近なテーブル席に着いた。
・・・さて、こうして気楽に飲むのは久しぶりだ。マスターは今日はどんな酒を出してくれるかな。
そんなことを考えていたマサキの目の前に、突然、空のジョッキが叩き付けられた。ジョッキが机とぶつかってドン、と音を立てる。
見上げれば、マサキの横に、先程カウンターで酔いつぶれていた男が立っていた。
「あんた、兵士?」
「・・・・・・」
「マサキ、コイツ・・・」
返答に困ったマサキに、横のヴェスタが耳打ちして来た。
「コイツ、強いぞ。並じゃねえ。」
「・・・ああ。でも、初めて見る顔だ。」
魔力視で見れば、男の魔力量が半端ではないことがわかる。見るからにネームドかそれに準ずる実力者だ。さらに、身に纏う魔力の色が、黄色で統一され、金髪が輝いて見えた。明らかに、高レベルの雷魔法使いである。
マサキはこの国の兵士を皆把握しているわけではないが、これほどの実力者なら会えば忘れないはずだ。少なくとも、話題くらいにはなるはず。それすら聞かないということは、最近この町に来た流れ者か。
ひそひそと話して答えないマサキに業を煮やしたのか、男が無理やりマサキの対面に座る。思わずシンが席を譲ってしまうほどの勢いだった。
「聞いてんのか!?あんたら、兵士だろ?戦場に出る、って言うんだから。」
「まあ、兵士と言えなくもないか。一兵卒というわけでもないが。」
シンがマサキの代わりに答えると、ぐるん、と男は顔だけシンの方に向いた。
「そりゃわかるよ。あんたらの実力で一般兵なんて言われたら、そのほうが驚くわ。」
こちらが一見で男の実力を感じた通り、男もマサキ達の実力を感じ取っているようだ。
金髪の男は改めてマサキに向き直ると、急に頭を下げた。勢い余って、机に頭突きする形となる。ゴン!と派手な音が鳴ったが、机も彼の頭も無事なようだ。
「頼む!俺を戦場に出させてくれ!」
「「「は?」」」
意味不明の依頼に首を傾げる3人に、マスターが補足する。
「その兄ちゃん、故あって、この国の要人と会いたいんだとさ。」
「要人?」
「それが何で、戦争に出る話に?」
「そこで武功を上げて、お目通りを願う権利が欲しいんだと。」
マスターの補足説明の間、男は机に頭を擦り付け続けている。
「まあ、確かに一般人が要人と会うには、それが手っ取り早いであろう。お主、中々の腕前のようだし、非現実的な話でもない。・・・だが、従軍するだけなら、こんなところで頭を下げなくても、然るべき場所があろう。」
シンが言う通り、イーストランド王国では現在、不足している兵力を補うため、兵士を募集している。従軍したいと言うなら、どこでもできるはずだ。
「いや、それじゃダメなんだ!」
「なんでだよ。」
若干めんどくさそうにヴェスタが問うと、男は語り始めた。
「俺だって、1回、兵士募集ってところに行ってみたさ!ところが、「初めは荷運び程度だから安心してください~」とか言うんだぜ!?違う違う!俺はさっさと戦功をあげて、王様とかその辺の人に話さなきゃいけないことがあるんだよ!時間がねえんだ!悠長に下積みしてる場合じゃない!」
突然、捲し立てられて、やや面食らったが、マサキがそれに答える。
「えっと、話なら聞くけど・・・」
マサキは勇者であり、次期国王である。「王様とかその辺の人」に当てはまるだろう。
そう思って言ったのだが、男は誤解したようだ。
「いや、無理だって!この国の戸籍もない俺は、明らかに不審者だぞ?信用できる奴だって証明が必要なんだ!いきなり城に行ったって、門前払いは目に見えてる!」
「あー、まあ、確かにな。」
ヴェスタが半笑いで相槌を打つ。
言われてみれば、この男は素性不明で怪しい。そのうえ腕も立つと来た。要人を狙った暗殺者と疑われても仕方がない。
「いや、一応、僕は勇・・・」
「兄ちゃん。」
男の誤解を解こうとマサキが自己紹介しようとすると、マスターが遮った。
振り返ってマスターを見ると、マスターは首を横に振った。
・・・素性不明の奴に、迂闊に身元を明かすなってことかな?でも、この人、そんなに悪い奴にも見えないけれども。
酔っぱらってはいるが、彼が必死なのは伝わって来る。マサキの基準では、この男が悪人には見えなかった。
とはいえ、用心に越したことはない。
そこへ、耳聡く男がツッコんで来る。
「何だよ?ゆう、何だ?」
「・・・勇者と一緒に戦ったことがあるんだ。」
「本当か!?」
苦し紛れの嘘だったが、男の食いつきようからすると、誤魔化せたらしい。
ところが、勇者の話題になると、男がさらに饒舌になった。
「なあ、勇者ってやっぱ日本人か?」
「え?あー、そうみたいだね。」
「やっぱりか!マサキって名前は人に聞いたらすぐわかったんだよ。名前的に日本人じゃねえかなって思ってたが、やっぱそうかー。」
うんうん、と男は大げさに頷いた後、突然両手で机を軽く叩いた。
「そうだ!それ聞いて、俺は最初、勇者と接触しようと思ったんだよ!」
「う、うん。」
今、まさに接触してます、とはもはや言いづらい。嘘をついたマサキとしては。
「同じ日本人なら、話も通じるかなー、と思ってさ。」
「え、日本人?」
染めた様子もない自然な金髪だが、よく見れば確かに日本人の顔だ。
だが、男はマサキの疑問をスルーして話を続ける。
「そんで勇者の行方を聞いてみたら、王城だっていうじゃねえか。しかも、姫さんと結婚して次期国王!?しかも他国から来たお嬢様の側室付き?・・・ふっざけんなぁーーー!!!」
男は叫びながら、またジョッキを机に叩き付ける。
一方、シンは口元を抑えて笑いをこらえる。
「お、嬢・・・様・・・くっ。」
「おい、旦那。ちょっと表出ようか。」
「あ、すまん。ちょっ、ヴェスタ、引っ張るな。今の俺は目が見えな、痛っ!?」
シンは店のあちこちに体をぶつけながら、ヴェスタに引きずられて外へ出た。
マサキは心配でそれを追おうとしたが、男に腕を掴まれた。
「なんだよ、その実に勇者らしい成功者ルート!?こちとら、仲間全滅どころか敵になって、追われる身だぞ!?そのうえ人外魔境の掘立小屋から、竜に鷲掴みにされて輸送だ!俺なりに頑張ってきたつもりだけど、惨めになるじゃねえかよぉ~。」
「いや、えーと、その・・・」
マサキは何か言おうと考えたが、男の発言は支離滅裂で意味不明だ。なんともフォローのしようがない。
それに、自分の状況を「成功者」と評されるのは、納得いかなかった。
「あの、勇者にも勇者の苦労があるよ。」
男はピタリと動きを止め、マサキに目を合わせた。
じっと男に睨まれ、もしやバレたか、とマサキが思ったあたりで、男が目を伏せた。
「はあ、わかってるよ、そんなこと。じゃあ俺が勇者の立場になりたいか、って言われりゃ、お断りだしな。」
「理由を聞いても?」
「俺には似合わねえ。少なくとも、次期国王、なんて立場はな。俺は結局のところ、自分の上に立つ何かに、逆らいたいだけなんだ。具体的にああしてやろう、こうしてやろう、なんてビジョンがあるんじゃなくて、ただ現状に不満を持って、それをぶち壊したいだけなんだ。」
「それは・・・」
「ああ、悪い。言い方が悪かった。平和を壊そうなんて気はない。ただ、上の奴に下が苦しめられてるのを見たら、誰であろうとその上の奴に逆らって、その状況を変えてやりたいって思うのさ。変えた後、どうすれば下の奴らが幸せになるかなんて、俺にはわからないけどな。」
語る男の手元に、マスターがそっとエールが入ったジョッキを置いた。
「お、ありがと。」
「気にせず好きに話しな。・・・ちゃんと数えてる。」
マスターはニヤリと笑って小さな紙きれを見せた。結構な数の小さな線が引かれている。彼が飲んだ酒の数だろう。
「うっ、わかった。・・・で、何だっけ。・・・ああ、そう。俺はとにかく、俺にできるのは、現状を変える事だけだ。その後、良い国、良い世界にするのは、きっとその勇者とかがやることなんだろう。」
「・・・・・・そうだね。」
マサキは、自分にかかる責任を改めて自覚した。戦争に勝てば終わりではない。その後、どのように国を立て直すか。それもマサキの仕事なのだ。
「だから、俺は別に勇者を否定するわけじゃない。ただ・・・」
「ただ?」
「爆発しろ、とは思う。」
「そ、そう・・・」
マサキには、同意も反論もできなかった。
「って、回りくどくなっちまった。とにかく、あんたらの実力なら、軍での発言権もありそうだから、お願いするんだ。俺を即戦力として投入してくれ!信用は戦場で勝ちとって見せる!」
「でも、大事な話があるんでしょう?戦場で万が一があったら、話せなくなってしまうかも・・・」
「その点は心配いらねえ!俺にはこれが・・・」
男の手が、横の何かを掴もうとして、空を切った。
「あ、宿屋に置いて来たんだった。・・・しゃあねえ、表で俺の実力見せてやる!」
男がマサキの腕を掴んで引っ張る。
「しょうがないなあ。」
やれやれ、と立ち上がるマサキに、マスターが声をかける。
「あ、兄ちゃん、そいつの勘定まだだから、逃がさないようにしてくれよ。」
「わかった。」
男とマサキは表に出たが、結局、実力を見せ合うことはなかった。
表に出た瞬間、ヴェスタに電撃を喰らって悶絶するシンを見てしまったからだ。
「う、腕を上げたな、ヴェスタ・・・」
「巨人無しの旦那なら、こんなもんよ。むしろ、目が潰れても旦那が衰えてないってわかって、アタイは嬉しいぜ。笑った件も、これでチャラだ。」
2人のやり取りを見て、男はすっかり戦意が削がれたらしい。
「なんつーか、うん。実力見せるのは、酔いが醒めてからにするわ。」
「うん。その方がいいと思う。」
「俺は、勘定払って宿に帰るわ。明日の朝にしよう。場所はどこがいい?」
「シン、彼の推薦をお願いしていいかな。」
マサキに呼ばれたシンは、ふらふらと起き上がる。
「ああ。明日はお前たちは忙しかろう。では、・・・名前を聞いていなかったな。」
「おっと、悪い。テツヤ、逆神哲也だ。」
「では、テツヤ。明日、城門前広場に8時だ。」
「おう、よろしく頼むぜ。」
テツヤは店に入って勘定を済ませると、すぐに走って帰って行った。
マサキ達は店に入り、元の席に座る。マスターが用意してくれていたエールを飲みながら、話し始めた。
「何だったのかね、アイツは。」
「さて、な。マサキに普通に触れていたあたり、敵ではなかろうが。」
マサキは常に『光の盾』で守られている。マサキに対する敵意があれば、『光の盾』が反応して弾くはずだ。
「でも、結構な実力者だった。彼が味方になってくれれば、結構助かるんじゃないかな。」
「そりゃ、そうだがよお。身元不明の怪しい奴なんて、そうそう信用できないぜ。」
テツヤは戦功をあげて信用を勝ち取る、と言っていたが、短期間ではたとえ戦功をあげても信用はできないだろう。本格的なスパイなら、敵に信用されるために働いて見せるくらい、やってのけそうだ。
「それについては心配なかろう。最悪、魔法で自白させてもよい。」
「あー、その手があったなあ。旦那、えぐいこと思いつくな。」
「あちらで貴族相手にいざこざがあれば、まず警戒すべき魔法だからな。むしろヴェスタはなぜその発想がない?」
「アタイは物心ついた時から、戦いと研究ばっかだったからな。」
シンがこれ見よがしに溜息をついて見せる。
「はあ。マサキよ、本当にコイツを嫁にしてよかったのか?」
「え、あれは正直、僕の意志と関係ないところで決まったし・・・」
実際、マサキのスー及びヴェスタとの結婚は、嫁2人と国王の間で決められ、マサキが口を挟む隙は無かった。
「なんだと、てめー!」
ヴェスタが素早くマサキの頭を捕まえ、ヘッドロックを仕掛ける。害意がないのは『光の盾』が反応しないことから明らかだが、それでもマサキは頭蓋がきしむ音を聞いた気がした。
「あだだだだだだ!ごめん、ごめん!」
「嫌なら別れてもいいんだぜぇ!」
「そんなことない、そんなことない!」
「アタイを愛してると言ってみろ!」
「愛してます!」
そんなやり取りを見て、シンはさらに深い溜息をついて、エールを呷った。
「やれやれ、十分いちゃついておるではないか。・・・マスター、もう1杯。」
明後日には再び戦場だ。束の間の平和はもうすぐ終わる。




