030 クロ対ヨセフ
ヨセフは呼吸を整え、構えを維持しながら目の前の男を観察する。テツヤと部下たちを逃がしてから何分過ぎただろうか。体感にすると何時間も経ったようにも感じられるが、ヨセフは長い戦闘経験からまだ30分も経っていないと計算する。だが少なくとも20分は戦い続けたはずだ。それなのに目の前の黒い男は微塵も疲弊した様子はない。
一騎打ちが始まてから20分以上、この黒い男はヨセフに斬りかかっては投げ飛ばされを繰り返していた。初めは単純な突進。それが通用しないと見るや魔法で操作する鉄板と組み合わせた波状攻撃、さらにフェイントも駆使し始めた。しかし熟練の武術家であるヨセフにはフェイントを見切るのも容易く、また対多数にも慣れているため、そのすべてを捌いて見せた。投げ飛ばすだけでなく、倒れたところへの踏みつけなどの追撃も加えている。男が受けたダメージはかなりのもので、普通の人間なら10回は死んでいる。
しかし男はそのすべての傷をあっという間に回復し、再び向かってくる。袈裟斬りはフェイント。途中で止めてさらに踏み込み、突きに切り替えてくるつもりなのが見て取れた。手甲で刃の横を叩いて軌道を逸らし、それから足払いのように低空で飛んできた鉄板をバックステップでかわす。斬撃の軌道をずらされ、態勢が崩れた男は突きへの切り替えが遅れる。その動きに合わせてヨセフは踏み込み、突きを躱しながら男の腕を取り、足を払って投げ飛ばす。転倒した男に追撃を仕掛けようとするが、男は起き上がって距離を取る。
・・・徐々に対応され始めてるな。だが問題ねえ。この程度、<ノースウェルの人形達>に比べれば大したことはない。援軍まで粘るだけだ。
ヨセフは以前東方で経験した悪夢を思い出す。銃も持たず、攻撃魔法すら使わず、剣のみで向かってくる無数の騎士たち。いや、鎧も盾もない者達を騎士と呼んでいいかはわからないが、ノースウェルの騎士たちはまさしく剣だけで向かって来た。そして、人間離れした動きで砲撃を躱し、銃弾を受けても怯みもせずに斬りかかって来た。どんな攻撃で、何度殺しても再生し立ち上がってくる無数の騎士たちはまさに悪夢だった。ヨセフはその戦場の最前線で生き延びたのだ。
目の前の黒い男の戦い方はあの<ノースウェルの人形達>を思い出させる戦い方だった。ヨセフにとっては、今回は複数に同時に襲い掛かられることがない分、ずっとマシだった。
・・・だから、そんなことされても、驚きゃしねえよ。
今、ヨセフは再び襲い掛かって来た男を、腕の関節を極めて捕らえたところだった。だが、男はすぐに自らの腕をへし折り、反撃して来た。それを予測済みだったヨセフはすぐに離れる。
男は舌打ちをしながら立ち上がる。すると、見る見るうちに折れた右腕が再生する。
ヨセフはそれを見ながら、あと何分粘れば援軍が来てくれるだろうか、と考えていると、男が口を開いた。
「どうやら時間切れらしい。・・・見事だ。」
急に賞賛してくる敵に、ヨセフはその意図を考える。
・・・時間切れ?なんだ?こっちの援軍が来たのか?それとも王国側の援軍か?前者だといいが。
そこでヨセフは男が自分の後方を見ていることに気がつく。振り向きはしないが、一瞬、意識が後方に向く。
その瞬間、男が今までよりもさらに速い速度で突進して来た。
・・・ただのひっかけか!小賢しい!
すぐに迎え撃つ構えをとるヨセフ。だが、その構えはすぐに崩れることになった。
ドオン!ドオン、ドオン!
轟音と共にヨセフの膝が折れる。音はヨセフの左方向から来ていた。チラリとヨセフがそちらを見ると、地面に銃が転がっていた。部下が使っていた単発式歩兵銃だ。連射できない分、命中精度は高い。それが、僅かに地面から浮いていた。
それを見てヨセフはようやく理解する。
・・・畜生!こいつ、狙ってやがった!<赤鉄>が金属を操り、銃を遠隔操作するって情報は聞いてたのに!くそっ!
ヨセフはずっと剣と鉄板だけで攻撃してくる男を見て、銃という戦場における基本的な武器を忘れていた。かつて戦った、銃を使わず剣だけで戦うノースウェルの騎士たちを思い出していたこともある。だが、いくら後悔しようと撃ち抜かれた膝は動かない。
膝立ちになりながらも、ヨセフは歯を食いしばって上半身だけで構えをとる。男が繰り出す斬撃は脳天唐竹割。何度か受けてその剣の重量を把握しているヨセフとしては避けたいところだが、この脚では躱せない。さらにその斬撃は今までで最も速い。横に払おうとしても肩に落ちる可能性が高い。だが、それしかなかった。
「ふんっ!」
両手で強引に剣を払う。それでも躱しきれずに斬られるだろうと覚悟を決めていたが、意外にもあっさり剣は払われ、横に飛んで行った。
そこでヨセフはその斬撃がフェイントだったことにようやく気がつく。しかし、気づいたときには両手首を掴まれていた。
投げるかへし折るか、どちらが来てもその動きに合わせて男を投げ飛ばすつもりで身構えたヨセフだったが、突然両手首を何かに貫かれた。
「ぐう!?」
何をされたのか分からず、ヨセフは思わず呻く。同時に男はヨセフの手首を離した。離された手首にはど真ん中に大穴が空き、骨まで砕かれていた。そして、男の手のひらにも穴が開いていた。
ヨセフの背後に回りながら男が言う。
「あんた程の奴を捕まえるんだ。出し惜しみはしない。」
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クロは黒いロープを取り出し、両膝と両手首を破壊した隊長、ヨセフを拘束する。両腕と両足を縛り、踏みつけて地面に倒す。
そこまでしてから自分の両手を見た。穴はもう塞がりかけている。
・・・隠し剣は無事機能したな。かなり痛いが、威力は申し分ない。
隠し剣は、腕に仕込んだチタン装甲の一部だ。『移動』魔法で動かし、手のひらから剣の形をしたチタン板が飛び出す。
クロは手をかざして魔法で「黒嘴」を引き寄せる。それを脇に置いて、縛った隊長の脚の近くにしゃがみ、その脚を調べ始める。
「じっとしてろよ。」
「何をす、ぐおお!?」
クロは指を銃創に突っ込んだ。当然ヨセフが悶え苦しむ。拷問をしているわけではない。指先に固いものが当たったのを確認すると、魔力を流してそれを操作し、取り出す。銃弾を摘出しているのだ。
「3発当たったよな?残りは貫通か。よし、『ヒール』」
銃弾を摘出したら、『ヒール』でヨセフを治癒する。完全には直さず、というか『ヒール』では治しきれないが、止血だけ行う。
「俺を生け捕りにするのか?」
「そうだ。」
ここまでされてようやく隊長もクロの目的に気がついたようだ。
クロは人間が嫌いだが、人間が作る道具や芸術作品、そしてその技術は好きだった。今拘束している男はおそらく武術の達人。この身そのものが芸術作品と言っても過言ではない。それを壊すのをもったいないと思い、なおかつ、あわよくばその技術を自分のものにしたいと思った。
クロにとってはただそれだけだったのだが、ヨセフはそうは思わない。今まで相対した帝国兵を一人残らず殺して来た<赤鉄>がわざわざ自分を捕まえる。欲しいのはきっと情報だろう。自分だけが持っている情報を考えて、ヨセフはすぐに組織のことを思い浮かべた。
そんなヨセフの考えなど知らず、クロは北の方に目を向ける。
「帰って来たようだが・・・遅いな。」
クロが戦闘中にヨセフの後方を見たのは、何もひっかけではなく、帰還するマシロをその強化された視力で遠くに見つけたからだ。といっても、その特徴的は白色が見えただけだが。クロはヨセフをマシロが戻ってくるまでに片付けると勝手に決めていたので、時間切れ、と言ったのだった。
しかし、いつものマシロならとっくにこちらまで走ってくるのに、なかなかこちらまで来ない。どうしたのか、と気にして目を凝らすのと、ヨセフの声が耳に入るのは同時だった。
「すまん、テツヤ。」
クロがヨセフを見下ろすと、ヨセフは口に何かをくわえていた。それがなにかのピンだとわかった瞬間、ヨセフの腹の下から何かが爆発し、クロは吹っ飛んだ。
クロは地面に落ちて転がると、すぐに起き上がり、ヨセフを探す。しかし残っていたのはヨセフだったものの肉片と下半身だけだった。
ヨセフは組織の情報が洩れ、テツヤの目的が達成できなくなるのを恐れて自決した。舌を嚙んだだけでは回復魔法で治癒されるし、黙秘しようとも自白させる魔法も存在する。だから自分から何の情報も得られないように自爆したのだ。
だが、クロはそんなヨセフの事情など知らない。
「くそっ。帝国万歳ってか?ふざけんなよ・・・」
死んでしまった者は仕方がない、とクロは「黒嘴」を回収し、改めてマシロの方を確認する。
その眼には、力なく手足をぶら下げて運ばれるマシロと、それを運ぶムラサキの姿が映った。




