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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
336/457

269 クロ一行は西へ

 5月26日。領地境界線の線引き作業は順調に進み、開始から10日で、予定通り行程の3分の1をクリアしていた。


「山の上には本当に何もいませんでしたね。」

「ああ。」


 クロの思惑通り、ブラウンには、山の上には何もいなかったと思わせることができた。ピキルたちとの連携がうまくいったようである。この分なら帰りも問題ないだろう。


 山を越えたことで、遂にクロは初めてアイビス山脈の西側へと到達したわけであるが、その先は東側と変わらない森になっていた。

 ただし、東側と同じということは、魔力濃度が濃く、所々に異質な土地が存在しているわけで、またそこに住まう魔獣たちも変わり者が多い。


 西側の森に入ってからというもの、『ロケットブースト』で加速する鳥や、木に同化した猿、土の中を這いずる魚など、妙な魔獣たちに出会いはしたが、突拍子の無さで言えば、これくらいの連中は東の森にもいた。対処には困らず、足を止めるほどではなかった。

 何より、一行の興味はその先にあった。


「ブラウン、そろそろか?」

「おそらく・・・しかし、何分、曖昧な文献が元ですから、はっきりとはわかりません。本当に存在するかも微妙ですし。」


 この地は魔境とは呼ばれているが、まったく人が足を踏む入れたことがないというわけではない。

 過去には幾人かの冒険家がこの森を探索し、手記を残している。

 そういった資料をスミレがまとめ、ブラウンに託していたのだ。


 そして、その資料によれば、この西側の森には「魔界」と呼ばれる土地があるらしい。


「魔界っつっても、別に異空間ってわけじゃないんだろ?」

「多分な。」

「本当に魔物とかいるような異界だったら、私引っ込みますね。」

「私はちょっと楽しみ!」


 今日の同行メンバーはムラサキとアカリ、それにアカネだ。


「本当に安全を考えるなら、確かにアカリは初め、『ガレージ』に隠れてた方がいいかもな。」

「え、んー。でも、やっぱり一緒に行きます。私だけ安全圏ってのも申し訳ないですし。」

「気にしなくてもいいんだが。」

「そうそう。この旅の生命線でもあるしな、アカリは。」


 そんな会話をするクロ達に、マシロの背に乗った状態のブラウンが声をかける。


「いや、皆さんが魔界という単語にどんなイメージを持っているかはわかりませんが、単にそれを見た冒険家の第一印象がそうだっただけで、いくらなんでもすぐに命の危険があるような場所ではないんじゃないでしょうか?」

「その油断が命取りですよ。」

「しかし、ここまでも問題ありませんでしたし・・・」


 そこへ、上空に上がっていたヤマブキが降りて来た。


「各々方、前方に異様な土地がありますぞ。」

「ついに魔界発見か。」

「どのように異様なのです?」


 ヤマブキは鳥形態のまま首を捻って悩む。


「ううむ、何と申しますか・・・土地に「蓋」がされているでござる。」

「「「はあ?」」」




 ヤマブキの証言の意図がわからないまま、「見ればわかる」というヤマブキに従い、数十分、一行が森を掻き分け進むと、確かに異様な光景が見えて来た。


「これは・・・」

「なるほど。」

「確かに、「蓋」ですね。」


 目の前に広がるのは、昼間にもかかわらず、夜のように暗い荒れ地。日が届かぬせいか、草もほとんど生えていない。所々に枯れ木のようなものが見えたが、よく見れば何かの鉱物のようだ。

 そして見上げると、一面暗緑色の空。いや、空ではなく、空を覆っているモノの下側が見えているのだ。


「あれは上空から見ると、木のように見えたでござる。」

「あれが木、ですか?・・・確かに根っこと幹のようにも見えますね。」

「よーく見ると葉っぱも見えるぞ。時々チラチラと光も差してるみたいだ。」


 このメンバーの中でヤマブキに次いで目がいいクロがそれに気づいた。


「皆!これ、何だろう?」


 アカネが見つけたのは、地面から上へと伸びる細長い紐のようなものだ。アカネはその周囲をくるくると回り、観察する。

 その紐は上へ上へと伸び、上空の木に繋がっている。


「根っこ、か?」

「それにしちゃ細すぎだろ。こんなんで、あのデカい木の栄養が賄えるかよ。」

「養分を吸い上げる目的ではないようですよ。」


 マシロが顎で指した方を見れば、別の紐が、木のような形の鉱物から延びていた。紐は、木のような鉱物に絡みついている。


「係留ロープ、ですか?」

「そうみたいだな。単に飛ばされないためのものか。」

「あの木々は、何で浮いてるんでしょう?」

「風魔法あたりじゃないか?もしくは、中身が空洞で、水素でも詰まってるのか。」

「水素って・・・爆発しちゃうんじゃ?」

「火でも着かない限りは・・・いや、火が着く要因はいくらでもあるか。」


 自然で考えてもまず、雷がある。それに、この魔獣が蔓延るこの森では、火を吹く魔獣が何種もいる。


「では、やはり風魔法では?」

「ヘリウムって可能性もあるが・・・まあ、この世界的にはそっちのほうが妥当か。」

「あんな重量を、魔木が自身の魔法で浮かせ続けるのは難しいのでは?」


 ブラウンの言う通り、上空を覆う木は、1本1本が結構な大木に見える。


「中身スッカスカの空洞なら、見た目大きくても軽いだろう。あり得なくはない。」

「係留してるあたり、見た目より軽いってのはありそうだな。これがないと風で飛んでっちまうのかもな。」


 クロとムラサキの考察を聞いたアカネが興味津々で尋ねる。


養父様とうさま!この紐、切ってみてもいい?」

「「「・・・・・・」」」


 全員、沈黙。

 切っていいのか?と問われれば、安全を考えれば、未知のモノに手を出すべきではない。

 だが、興味はある。大いにある。もしかすれば、それによってこの不思議な木々の生態を少しでも理解できるかもしれない。


「まさか、落ちて来るなんてことはねえだろうし・・・」

「紐はいくつもありますし、1本くらい・・・」

「やってみるか。」



 いざという時に全力で避難する態勢を整えつつ、作業開始。


 まず、言い出したアカネが、噛みついてみる。


「ぎぎぎぎぎ・・・ダメ。かったい!」

「炎はどうだ?」


 続いてアカネは炎を火炎放射器のように吐き出して、焼き切ろうとする。

 が、紐は無傷だ。


「はあ、もうダメ。」

「この火力でダメだとすると、焼き切るのは無理そうだな。」


 そこでヤマブキが名乗り出る。


「拙者の雷も試しますか?」

「それはやめとこう。上の木にまで電流が走った時にどうなるかわからん。」


 さっきは否定したが、もし本当に水素でも詰まっていたら、目も当てられない。


「無念・・・」


 次にマシロが、ブラウンを乗せたまま噛みついてみる。


「これは、私の「黒剣」でも無理ですね。」

「じゃあ、最後は力業だな。」


 クロがそう言って、「黒嘴」を抜く。

 おそらく、このメンバーの中で、単発火力ではこの一撃が一番重いだろう。


「せえ、の!」


 大上段から振り下ろしたクロの斬撃が紐に直撃。

 紐が大きく揺れた。だが、それでも切れなかった。


「マジかよ。クロの剣でも切れないとか、どんだけ堅いんだ?」

「いや、堅いっていうより、受け流された。この紐、それほどピンと張ってるわけじゃない。」

「よく見ると、少し傷つきましたね。」


 本当に微小な傷だが、確かに傷が入っていた。


「それを考慮しても硬すぎませんか?本当に有機物でしょうか?」

「堅いだけじゃなく、多少柔軟性もある。重くもないだろうし、武器や防具に使えたら、理想的な素材だな。」


 紐を掴んで、引っ張ったりしながらクロが言う。


「そうですが・・・採取ができませんね。」

「あと何十回か同じところにやれば切れそうだが、試すか?」

「確かに資料として1本持ち帰りたくはありますね。」

「じゃあ・・・」


 と、クロが剣を構えたところで、マシロが皆に声をかけた。


「皆さん、静かに。あちらを。」


 マシロが顎で指した方向には、体長40cm程の小さな鳥が歩いていた。

 形はミミズクに見える。暗い茶色の羽で、この土地では保護色になる。

 見た目は地味だが、地面の上をちょこちょこと歩き、時折、地面をつついて何か食べている。


「食べてるのは、虫か?」

「光が届かず、草も生えない、こんな土地でも、地中には虫がいるんですね。」

「この外縁部だけかもしれんがな。」


 クロ達が今いる位置は、「魔界」に入ってすぐの場所だ。なので、まだ傍に普通の森がある。

 虫だって何かしら食べるものがなければ生きていけないし、生きて行けない場所には棲まない。「魔界」の奥までこの光景が続いていて、草も何もないのだとしたら、きっと奥地には虫すら棲まないだろう。


 クロ達がそのミミズクを観察しようと、そっと接近すると、それに気づいたのか、ミミズクはピタリと動きを止めてクロ達を見た。

 いや、「見た」という表現は語弊がある。「向いた」と言うべきだろう。ミミズクは目を閉じていた。


 ・・・目を閉じてる?だとしたら、耳がいいのか。


 フクロウやミミズクの仲間は夜に狩りをするが、必ずしもその大きな目で獲物を探しているわけではない。音を頼りに獲物を探る種もいる。

 だが、このミミズクは、何故、目を閉じているのか?

 その理由は次の瞬間にわかった。



 ミミズクが突然変身した。


 そう感じるほど、その姿が大きく変わった。

 実際にミミズクが行った行動は、目を開き、口を大きく開けて、頭の飾り羽を逆立てただけだ。

 しかし、その異様に大きい眼は黄色で、口の中はピンクに近い赤。そして飾り羽は目を引く青色だった。そのいずれの色も、美しいというよりは、原色でどぎつい色をしていた。

 地味な暗茶色一色から突然、どぎつい原色が何色も現れたのだ。まるで変身のようだし、誰でも驚く。


 クロは、前世のテレビで、こういうミミズクがいると聞いていた事を思い出した。名前は忘れたが、こうして敵を威嚇するのだ。その顔がパペット人形のようで面白いと評されてすらいた。

 前世のそのミミズクは、ただ驚くだけ、ただ威嚇するだけ。なので、害はなく、可愛いとすら言える。


 だが、コイツは違った。

 このミミズクが変身を見せた途端、クロ達は全員動きを止めてしまった。口すら動かせない。


 ・・・金縛りか!やられた!


 この世界では、ただ驚かすだけの威嚇が、強力な攻撃の起点になる。驚いて隙ができた精神には、闇魔法が効きやすいのだ。

 そして、今、クロ達を縛っているのは『パラライズ』。対象を麻痺させるシンプルな魔法だ。


 ・・・あのミミズクが驚かせてから『パラライズ』を使ったのか、それともあの黄色い眼が『パラライズ』の効果を持つ魔眼だったのか、どっちかわからんが、この状況はマズイ!


 何しろ、「魔界」と呼ばれるような土地で、全員仲良く行動不能だ。普通に考えて、次の瞬間にも全滅しかねない状況である。


「・・・っの、動け・・・!」


 唯一、抗魔力が高いクロだけが、気合で体をわずかに動かせる程度には浅かったらしい。

 どうにか体を動かし始め、剣を構えてミミズクを確認しようとした。


 だが、ミミズクはすでにはるか遠くまで走って逃げた後だった。遠方に辛うじてその姿が見えた。


 ・・・狩りのためじゃなく、逃げるための攻撃だったか。


 クロがホッと息をついたその時、ようやく口だけ動かせるようになったらしいマシロが、ぎこちない声でクロを呼んだ。


「マスター・・・後ろ、です・・・」


 クロが振り返ると、ミミズクがいた方向とは反対側、一行の背後を取る形で、1匹の大型獣がいた。

 裂けた口に無数の牙が並んで見える。口の隙間からは唾液と荒い息が漏れている。全身は暗紫色の毛に覆われている。頭部はオオカミに見えるが、手足はサルに近い。その手足4本のうち右の2本で、あの細い紐に掴まり、宙に浮いたままこちらを見ていた。

 

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