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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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262 各国の情勢-ノースウェル-

 神聖国ノースウェル。いや、今は「国」と呼んでよいか不明確な状態だ。

 その首都マリナスの中央に位置する大聖堂。その中にある、大聖堂の規模からすれば小さな会議室に、2人の男女が向かい合っていた。

 小さいと言っても30人程度は入ることができる会議室に、2人は少なく感じるが、それはつい先程まで、ノースウェルの首脳陣がここに集まって会議をしていたからだ。

 現在は5月2日。この国のトップを失った敗戦から1ヶ月が経とうとしていた。


 この1ヶ月弱、ノースウェルはただただ混乱の中にあった。

 神聖国を統率していた教皇が行方不明になったことも大きいが、何より「木の神の加護」と呼ばれていた、どんな傷もたちどころに治る状態がなくなってしまったことが最も大きかった。

 その加護に頼り切っていた神聖国には、碌に医療機関がなかった。全くないわけではないが、必要に迫られなければ発展はしないものだ。敗戦後に加護を失ったことに気が付いてから慌てて整備し始めたが、1ヶ月経った今もまだまだ配備しきれていない。医療機関がないために、病で多大な被害が出ている地域もある。


 統率者を失い、政治機能がマヒしている状態でこの混乱だ。生き残った首脳陣、すなわち教皇の部下として各種業務に携わっていた枢機卿達も、これらの混乱に対処するのに精一杯で、戦った相手国のことなど、連絡が来るまで頭から抜け落ちていた。



 昨日、戦勝国であるイーストランド王国から隼便で届いた手紙には、ノースウェルはイーストランド王国の属国になる旨が書かれていた。

 国のシステムはそのままで、定期的にイーストランドへ食料をはじめとした様々な物を納めるように、とのことだ。

 それを受け、本日首脳陣を集めて会議を開く運びとなったわけだ。


 いざ集まってみると、ノースウェルの危機的状況がよくわかった。

 議長席が空席。疲弊しきった枢機卿達。騎士団も団長不在で、副団長が代理出席だ。

 イーストランドからの要求を受け入れるにせよ反発するにせよ、まずはノースウェルを統率するトップを新たに決めなければいけない。


 そういうわけで、次期教皇をどのように決めるか、まず話し合われた。

 ところが、立候補も指名も、誰も選べなかった。

 一番の理由は、前教皇が偉大過ぎたこと。事務処理能力、戦闘能力、カリスマ性。全てを備えた完璧な人物だった。

 その後継者に誰がなるか?そう考えると、自分が、とは言えず、また他の誰かを推薦することもできなかった。

 彼の代わりは他の誰にもできない。きっと、誰がなってもあらゆるところから不満が出て来る。前教皇を知る者ほど、そう考えてしまう。


 数時間話し合って、突破口が見つからず、「それぞれ案を考えて、また後日」ということで解散となったのだ。

 しかし、数日くらい間を置いたところで案が出そうもないことも、イーストランド側があまり待ってくれないことも、皆気づいていた。



 そんな暗い雰囲気で解散したとき、副騎士団長ルートリクスが、不意に1人の女性を呼び止めたのだ。


「シルビア殿、少しよろしいでしょうか?」


 呼び止められたのは、会議に枢機卿達の補佐として来ていた、シルビアという修道女。元は教皇の側近だった女性だ。

 神聖国の建国当時を知る最古参の1人だが、あくまで地位もない一修道女。今の会議では側仕えに徹していた。


 そんな一介の修道女を副騎士団長が呼び止めた。それは解散しようとしていたお偉方が一瞬注目するくらいの出来事ではあったが・・・皆すぐに興味を失い、去って行った。

 そうして会議室に居残った2人は席に着いて向かい合った。


「何用でしょうか、ルートリクス様。」

「あまりかしこまらないでください。私はあなたの意見を聞きたくて呼び止めたのです。先の会議について、あなたの思うところを聞きたい。」

「私のような者が・・・」


 シルビアは自身の地位を考慮して、遠慮しようとしたが、ルートリクスはそれを遮る。


「遠慮は無用です。ここには私とあなたしかいない。地位はないものと考えて、正直なところを教えていただきたい。建国当時を知り、教皇様とマリス様を最もよく知る、あなたの意見を聞きたいのです。」


 ルートリクスの言葉に、シルビアは身を固めた。

 「建国当時を知る」というのも「教皇のことをよく知る」というのも、問題ない。隠しているようなことではない。

 だが、「マリス」という名前は、彼の口から出るはずのない言葉だ。

 前教皇アペティがひた隠しにしていたマリス・ノースウェルのことは、シルビアを含むごく一部の者しか知らない秘密だ。それは、彼女がいなくなった今も変わりない。というか、公開していい情報なのか、判断できる者がいないから、とりあえず隠している事実だ。

 なぜルートリクスがマリスを知っているのか。それがシルビアは気になったが、それを問うこと自体が、危うい気がして口をつぐんだ。もし、ルートリクスが鎌をかけているなら、「なぜ知っている」と問うことは、マリスの存在を肯定することになりかねない。


 そんなシルビアの思考を察したのだろう。ルートリクスは語り始めた。


「私がマリス様のことを知ったのは、偶然でした。・・・私が原始獣人の部隊を優遇しているのは御存じですか?」

「噂には聞いています。」


 原始獣人部隊は、その容姿と種族的な差別により、ほとんどの者から忌み嫌われている部隊だ。ルートリクスはそれを擁護するどころか、重用しているため、周囲から変わり者として見られている。

 先程、ルートリクスがシルビアを呼び止めても、周囲の者がさして気にしなかったのは、彼が変わり者として認識されているため、「そんなこともあるか」と考えられたためだ。


「以前、その部隊の1人が問題を起こしたことがありましてね。私はその責任者として、教皇様からお説教を受けました。」

「教皇様が?」


 シルビアが知る限り、前教皇は非常に寛容な人物だ。そもそも原始獣人をこの国に受け入れることを決めたのも前教皇ではなかったか。

 であれば、そのことで前教皇がルートリクスを叱責することは考えにくい。


「教皇様の人となりを知るあなたには意外でしょうが、まあ、体面というものがありますから。実際、その説教も形式的なものでした。」

「なるほど。」


 きっと前教皇個人としては、そんなトラブルで一々説教までする必要はないと思っただろう。しかし、多くの人々を取りまとめる立場にある以上、全体の意見は尊重しなければならない。そこで、形だけでもルートリクスに説教をしたわけだ。


「その説教の際、ふと見た窓の外で、私は教皇様を見つけました。」

「・・・っ!」


 シルビアは上げそうになった悲鳴を押さえた。


「驚きましたよ。目の前にいる教皇様は確かに本物。しかし、窓の外、町の中を歩く教皇様も、魔力を見ればすぐに本人だとわかりました。・・・通常なら、あんな遠方を見ることはできないんでしょうけれど。」


 ルートリクスは光魔法を得手とする。そのため、遠視魔法もお手の物だ。


「教皇様が2人いる。しかも、どちらも間違いなく本物で、魔力を見れば同一人物だとわかりました。それで察したのです。教皇様は只者ではない・・・いや、ヒトではない、と。」

「・・・分身の魔法もあるかもしれませんよ。」

「未知の固有魔法?確かにありえなくはありませんが・・・あの方の超人っぷりを見れば、ヒトではないと言われた方が納得がいきますよ。・・・ああ、ご心配なく。それで何か咎めようというのではないのです。」


 警戒を強めているシルビアに気付き、ルートリクスは彼女をなだめた。


「ともかく、教皇様の秘密が気になった私は、説教の後、外の教皇様が赴いた教会に行ってみたのです。そうしたら、すぐに会えましたよ。」


 誰に会ったのかは言うまでもない。マリス・ノースウェルだ。


「一目見てわかりました。我らの加護は神の加護ではなく、マリス様の御慈悲だと。マリス様は聡明な方でした。私がそれを察したのをすぐに見抜き、私に様々なことを教えてくださいました。」

「マリス様が・・・」


 ルートリクスがマリスを知っていたのは、マリス本人が説明したためだった。

 そうであれば、シルビアが口を噤む理由はない。


「最後にマリス様は、この秘密を知る方の名を教えてくださいました。これに関して困ったことがあれば、彼らに相談すればよい、と。正直、教わった直後は、この秘密は墓場まで胸に秘めておこうと思ったのですが・・・マリス様は、この現状を、あの時すでに予想されていたのかもしれませんね。」

「マリス様ならば・・・ええ、きっとそうでしょう。」


 この時から、2人は秘密を共有する仲間となった。

 誰にも話せない秘密を抱え続けるのは、存外に苦しいものだ。2人の間の空気が明るくなる。

 しかし、いつまでも喜んではいられない。


「本題に戻ります。この秘密を踏まえたうえで、この国の将来について、あなたの意見を聞きたい。」

「そういうことであれば・・・」


 この秘密を知る者はもう多くない。ほとんどが先の戦いで死んでしまった。少なくとも、まつりごとに意見しうる立場にいるのはこの2人を除けば皆無だろう。

 ならば、差し出がましいと感じても、話さなければならない。シルビアはそう感じた。


「まず、教皇様の代わりなど、誰にも出来はしません。人の身では不可能です。」


 ルートリクスは大きくうなずく。


「誰が次期教皇になっても、大きく見劣りすることでしょう。さらに、木の神の加護がなくなる以上、求心力の低下は不可避です。」

「そうですね・・・民衆は、加護を失った原因を教皇様が亡くなられたせいだと考えているでしょうから。」


 前教皇が亡くなって加護が失われた。ならば、民衆は次の教皇が立つことで加護の再開を期待することだろう。しかし、それはありえない。アペティの龍脈とマリスの固有魔法で成り立っていたシステムだ。再現は不可能である。民衆が次期教皇に失望することは避けられない。


「マリス様は、民が教えを支えに自立することを望んでおられました。1人の超人が引っ張っていく国では、それは叶いません。」

「つまり、民主制に移行すべき、と?」

「私は政治には疎いですが、それがマリス様の望みかと。」

「ふむ・・・」


 ルートリクスは腕を組んで思考に沈む。シルビアはじっと結論を待った。



 やがて、ルートリクスは口を開いた。


「次の会議で、案として出すのはいいでしょう。しかし、おそらくは無理でしょうな。」

「何故です?」

「国のシステムが大きく変わることになります。船頭もいないこの状況下では、そのような改革は難航することでしょう。」

「では、船頭がいればよろしいのですね?・・・あなたでは駄目ですか、ルートリクス様。」

「私が?」


 ルートリクスは驚き、そして自嘲するように笑った。


「残念ながら、それも無理があります。私は周囲からの信用がない。私が旗を振っても、ついて来る者はわずかでしょう。騎士団長の位も他の者に譲るつもりですから。」


 先も述べた通り、ルートリクスに対する周囲の評価は「変わり者」だ。同調者だけの小さなグループではリーダーもできるだろうが、国という大きなグループを指揮するにはいささか不利な評価である。


「しかし、それでは、どうすれば・・・」


 俯くシルビアに対し、ルートリクスは微笑んで彼女を励ます。


「落ち込まないでください。今は無理ですが、目指すべき地点としてはいいものだと思います。それに、おかげさまで1つ、良い案が思いつきました。」

「良い案、ですか?」

「ええ。私に似合う、奇策の類ですよ。共犯者になっていただけるとありがたいのですが、よろしいですか?」

「・・・この国のためになるならば。」


 2人は握手を交わし、策の準備を始めた。


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