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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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261 各国の情勢-フレアネス-

 5月10日。フレアネス王都の城では、ようやく国王が帰国してから2日が経っていた。

 先月中旬、クロと取引をしたジョナサン国王は、急にイーストランド王国を訪問するため旅立ってしまい、一時城は騒然となった。

 城の事務を一手に引き受けるブラウンが過労死するのではないかと心配されたが、彼の元々の所属である諜報部隊<草>の仲間たちの援護や、メイドたちが業務外でも手伝ったことにより、どうにか国王不在中の城と国の運営はできた。


 その国王がようやく帰国。そうすれば当然、溜まった業務が国王に押し寄せて来た。

 国王が目を通さなければならない書類はもちろん、国政に関わる重要な会議も国王待ちで止まっていた。

 それらをブラウンだけでなく、城中のメイドたちまで国王を取り囲むように持ってくれば、流石の国王もそれらを消化するために尽力するほかなかった。


 2日経って、ようやくそれも落ち着いて来たこの日の午前。急に国王の執務室からドン、と大きな音が鳴った。

 近くで掃除をしていたメイドたちが、執務室の扉に視線を向ける。そして、1人がそっと様子を見ようと扉に近づくが、他のメイドに止められた。

 いくら心配だからと言って、国王の部屋を覗き見るなど、不敬である。それに、国王の傍には秘書役のメイド長もいるのだから、下っ端のメイドが首を突っ込む必要はない。

 もしトラブルだったとしても、国王はこの国で一番強いのだ。荒事になれば、国王が自力で解決するだろうし、もし国王が負けるような場合は、下っ端がそこへ行っても死人が増えるだけだ。

 そういうわけで、国王の部屋で起きたトラブルには、呼ばれない限り下っ端が首を突っ込んではいけない、という不文律が出来上がっていた。


 とはいえ、気にはなる。メイドたちは掃除の手を止めずにひそひそと話す。


「何事かしら?お疲れの陛下が荒れてるとか?」

「いや、さっきロクス様が入って行ったわよ。鼻息荒くしてね。それじゃない?」

「あー、ロクス様と陛下、最近折り合い悪いらしいわね。なんでか知らないけど。」

「方針の違いとかじゃない?」

「何の方針よ。」

「何って・・・軍事とか、政治とか。」

「適当ねぇ。・・・まあ、そのどちらでも、私達にはよくわからないんだけど。」


ーーーーーーーーーーーー


「何故、吾輩の反攻計画が却下されるのですか!?」


 国王の執務室で鳴った大きな音は、ロクスが机を叩いた音であった。

 向かい合うジョナサン国王は、めんどくさそうに答える。


「だから、昨日の会議で散々協議しただろう。で、非現実的だって結論が出た。」

「それが、納得いかないのです!」


 国王が帰国してすぐに開かれた昨日の会議。軍事の責任者である4人の司令官のうち、前線にいるラッドを覗いた3人とその副官達が集まり、今後の方針を話し合った。

 その場でロクスは帝国への反攻計画を提示したのだが、満場一致で却下された。


「アクシーもホフマンも、お前以外の司令官全員が「不可能だ」と判断した。これ以上の理由がいるのか?」

「何故、不可能なのです!」


 ジョナサンは大きく溜息を吐いた。溜まった業務は落ち着いたとはいえ、完全に消化できたわけではない。ジョナサンとしては、早いところ片付けてしまいたいのだが、ロクスが睨んでいるうちは、書類に目を向けることはできない。


「まず、兵力が不十分だ。お前は足りると思ってるのか?」

「確かに万全ではありますまい。ですが、停戦から4ヶ月、次々に募兵に応じる者が増えております!戦争に勝機を見出し、希望を持って従軍する新兵が多いのです!今が軍の士気がもっとも充実している時!この機を逃す手はありません!何より、これ以上待っては、帝国側の準備が整ってしまう!東の戦線の状況は御存じでしょう!」

「まあ、一理あるが・・・」


 確かに、停戦以降、減った戦力を補うため、積極的に兵を募集した。すると、これまでが嘘のように兵士がどんどん集まって来た。以前のような敗色濃厚の防衛戦ではない、勝ち目のある戦だと国民が感じたからだろう。

 結果、新兵たちの士気は高い。厳しい訓練にも耐え、みるみる実力をつけている。停戦直後に従軍した者たちは、既に実戦投入可能なレベルに達しつつある、と報告も受けていた。

 また、戦況に関しても、ロクスの言うことは間違っていない。万全になるのを待って、帝国側の準備を許す猶予を与えるのは下策だ。東部戦線が落ち着いた今、帝国にも余裕ができたことだろう。


「それでも、許可できん。」

「何故です!」

「兵士の数はそろっても、質に不安がある。新兵ばかりで本当に行けるか?」

「訓練は十分に積んでおります!」

「実戦は、訓練通りに行く方が稀だぞ。」

「そこは、実戦の中で学ぶ他ありますまい!」

「その初戦が問題だろ。」


 現在の国境は南北に流れるモスト川と、その東に広がるミタテ平野だ。その境界の全体に両軍が展開し、睨み合っている状態だ。停戦したとはいえ、どちらがいつ破棄するかもわからない状況故、どちらも警戒は怠らない。

 反攻作戦となれば、そのがっちり固められた防衛線に突入することになる。どんな策を講じるにせよ、難しい戦いになることは想像に難くない。そこへ臨機応変な対応に不安がある新兵を投入するとなれば、不安しかない。


「開戦直後に、何割の新兵が生き残るやら。そんなことになれば、元の木阿弥だ。」

「修羅場を越えてこそ、屈強な兵士となるのです!」

「そりゃあ、そうだが・・・それをやるなら、手駒が足りんだろう。」


 ジョナサンの言う手駒とは、ネームドのことだ。

 経験不足の新兵を難しい作戦に投入して経験を積ませつつ、生き残らせるには、一騎当千の力を持つネームドの参戦が不可欠だ。それにより、新兵たちは適度に経験を積みつつ、無理なところはネームドが請け負ってくれる。

 ところが、現在フレアネスにはネームドやそれに類する実力者が圧倒的に不足している。参戦可能なのはせいぜい、土魔法のスペシャリストである<土竜>ホシヤマとその部下たち。そして炎の神子であるジョナサン国王本人だ。

 傭兵にもネームドはいたが、先のクロの家でのトラブルで、国内の傭兵は過疎状態だ。


「だからこそ、奴を軍の管理下に置くべきだと言ったのです!」


 その対策案としてロクスが提唱したのが、<赤鉄>クロをフレアネス国王直轄軍に組み込むというものだった。


「あいつは傭兵だろ。」

「陛下の権限で組み込んでしまえばいい!なぜ我らが奴の都合に合わせなければならんのです!」

「あいつはフレアネス国民じゃないし、俺と対等の立場だ。一方的に従わせるなんて無理だろ。」

「対等なわけがないではないですか!奴はただの野良魔族です!」

「・・・・・・ハア。」


 クロに関する議論は、これまでもロクスと何度もやった。

 ロクスは、クロの戦力を軍に組み込んで国の意思で使えるようにすべきだと断固として主張している。

 ジョナサンとしても、それができれば楽なのは否定しない。

 だが、クロとそれなりに付き合いがあるジョナサンにはわかる。クロは他者に従うような者ではない。下手に押さえつければ、苛烈な反撃を受ける。対等な立場で取引をしておくのがベストだ。


 しかし、根っからの軍人であるロクスにはそれが理解できない。立場の上下はあって当たり前。下は上に従って当然。それができない者は反乱分子として粛清する。そういうスタイルだ。対等な取引など、考えたこともないのだろう。

 また、魔族を無法者として見下しているのもある。確かに無法者ではあるが。


「・・・確かに、一般的には、傭兵が直轄軍に引き上げられるのは名誉なことだ。」

「そうでしょう!奴も泣いて喜ぶはず・・・」

「だが、あいつはそんなもの喜ばん。むしろ、そんな話を打診しただけで取引が難しくなるおそれがある。絶対にそんな話をあいつにするなよ。」

「な、何を言うのです!これ以上の名誉が・・・」

「話は終わりだ。」


 いい加減に付き合いきれなくなったジョナサンは、威圧と共にロクスの言葉を遮った。

 上下関係に厳しいロクスは、地位も実力も上のジョナサンに逆らうことはない。不満を露にしつつも、口を閉じた。


 それを見てジョナサンは威圧をやめ、軽く息を吐く。


「まあ、お前の計画、考慮はしておこう。受け手ばかりじゃあ、なめられるしな。クロの参戦が叶うなら、まったく不可能ってわけでもないだろう。」


 反攻ができないからと言って、防衛の準備ばかりしていては、帝国に猶予を与えてしまう。攻める姿勢を見せれば、帝国は防衛も考慮した準備が必要となり、準備が整うのを遅らせることができる。


「・・・よろしくお願いします。」


 自分の案が部分的にでも通ったからか、ロクスは頭を下げて退室した。それでも、渋々といった様子なのは、納得しきれていないのだろう。


「はあ、あいつも有能と言えば有能なんだが・・・頭固いんだよなあ。」


 ロクスを見送ったジョナサンは、そんなことをつぶやきながら、手元の書類に視線を落とした。

 

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