260 5月の定例会談
クロの家を襲った魔族を撃退し、その報酬でテツヤの待遇も改善された後、クロの家は通常通りの生活が続いた。
時折、嫌がらせのように狩人がやって来たが、いずれもヤマブキが難なく追い返していた。
尚、テツヤが捕らえた魔族は、クロの実験台となって滅びた。その過程で、指示した魔族がゲイザーという魔族の族長だと判明している。
それを知ったクロは、「面倒な奴が来た」と愚痴をこぼしていた。
その後もテツヤは製錬業を手伝うことで、報酬として食事や生活用品をもらい、生活していた。初めは色々と不便を感じたが、慣れてしまえばどうということもなかった。
ただし、結局テツヤは5月になるまで、リースにイーストランドまで運んでもらうのを了承してもらえなかった。そういう意味では、進歩がない半月だったとも言える。
当のリースはと言えば、化け狸達から闇魔法で分身の像を精緻に映し出す技術を学び、大喜びだった。
以前はただの水の塊だった分身は、今ではスタイルのいい長身の美女になっている。青い真っ直ぐな長髪が目立つ。
「いや~、こんな小さな魔獣の技術なんてたかが知れてるかと思ってたけど、聞いてみれば良い技術ね。この発想はなかったわ。」
「俺らとしても、噂に名高いドラゴン様に教えることがあるなんて意外でしたよ。まあ、喜んでもらえたなら光栄です。」
「いやいや、これは誇っていい技術よ。すべての魔獣の救世主になりえるんじゃない?これを駆使すれば、魔獣の社会進出も夢じゃないわ!」
それ以来、リースと化け狸達はよく魔法談義に花を咲かせていた。
そんなこんなで迎えた5月1日。リースが待ち望んだ日がやって来た。
アイビス山脈の高地に入る手前の森にある小屋。そこでユルルの眷属であるピキルとの定期会談を行う。
クロ達が小屋に到着すると、ピキルは既に席に着いていた。リザードマン、もとい蛇竜人達も一緒だ。
「やあ。先月は不在だったから、ムラサキ君の飯が待ち遠しくて早めに来てしまったよ。」
「ああ、先月は悪かったな。」
「いやいや、事情はわかっている。気に病むことはない。」
ピキルは魔眼により相手の心を読む。目を合わせれば記憶まで読み取れるというのだから恐ろしい。
だがクロはそれに臆することなく向かい合う。
「しかし、だいぶ流暢になったな。」
「そうだろう?この2ヶ月、町に通って学んだんだ。」
元々、ピキルは読心の魔眼で見えてしまう他人の心が煩わしくて山に籠ったはずだ。その彼がわざわざ町に出たというのだから、その本気度合いが伺える。
「それもこれも、アカリさん!あなたに私の愛を伝えるため!」
「へっ!?」
席に着こうとしていたアカリが、ぎょっとして身を固める。周囲はピキルのアカリへの感情はある程度予想していたので、驚かない。ただ、「こいつ、キャラ変わってない?」と数人が思った。
で、当の本人、アカリは、まるで彼の好意に気付いていなかったようだ。いや、以前確かに告白は聞いていたはずだが、本気だと思っていなかったのだろう。
アカリは視線を激しく泳がせた後、一瞬ピキルと目が合い、そして、
「・・・『ガレージ』!」
今までに見たこともない速度で『ガレージ』に逃げた。
「ああっ!アカリさーん!」
「おお、今のは速いな。」
「着実に実力をつけていますね、アカリさん。」
「お前ら、今論じるところ、そこか?」
クロとマシロはアカリの退避行動の速さを評価し、ムラサキはそれに呆れている。ヤマブキとダンゾウはノーコメント。アカネはよくわかっていない。テツヤはここには来ていない。
「逃げられたものは仕方ない。時間をかけて、私の愛を伝えるとしましょう。」
「そうか。」
興味なし、とクロは適当な返事をする。
そこで、ピキルが表情を変えて、真面目な雰囲気になった。
「さて、この2ヶ月でそちらは色々あったようだし、何か依頼もあるようだが・・・まずは食事を楽しませてもらおう。」
「ああ、冷める前に食べたほうがいい。ムラサキ、頼む。」
「はいよ。」
ムラサキが合図すると、アカリが『ガレージ』から食事を出した。アカリ本人は手しか『ガレージ』から出さなかった。
その対応にまたピキルは残念そうしたが、食べ始めれば一気に表情が明るくなった。
「おお、これは、また新しい!」
「最近見つけた新種のキノコだ。色々試して、スープに行きついた。今のところ、これがベストだな。」
「なるほど、これは味も悪くはないが、何よりの長所は香り。確かにこれはいい。」
ピキルとムラサキが料理の話に花を咲かせている。その脇で同じスープを味わうクロは、新種キノコの毒見に使った魔族を思い出していた。
ムラサキはよく新種のキノコを採取して来るが、異様な魔力を宿した物も含まれていて、クロでも毒見を躊躇うものが多かった。そこで、先日捕獲した魔族を、これ幸いと毒見に使ったのだ。
・・・ハズレのキノコの中に、魔族が異様にダメージ受けてるのがあったんだよなあ。毒なら反応は一時的なもので済むはずなんだが、結局そのままほっといたら死んだし。あれは対魔族用の武器になるかもしれないが、滅多に見つからないってムラサキが言ってたなあ。
実験の試行回数が1回だけなので、そのキノコがどう作用して魔族が死んだのかわからなかった。あの魔族特有の何かが原因だった可能性もあるが、もし魔族特攻の毒が含まれているなら、戦うためにも自分たちがその毒でやられないためにも、研究が必要だ。
数十分後、食事が終わると本題に入る。クロ達の状況は、ピキルが食事をしながら記憶を読み取ったことで、報告の必要はない。そして、これから依頼することの内容も伝わっている。
「で、その竜族が今、小屋の外にいる、と。」
竜族と聞いて、ピキルの後ろに控える蛇竜人達が顔をしかめた。
その理由をピキルが代弁する。
「もう聞いてるかもしれないが、蛇竜人達は、大昔に今の竜人族達と争って負けた。その竜人族と共に暮らし、崇敬される竜族は、まあ、言ってみれば対立する宗派みたいなものさ。ユルル様を奉じる我らと、神竜とやらを奉じる竜人族と竜族。相容れない存在だな。」
「そこを曲げて頼みたいのよ!」
急に小屋の中に水の塊が生じ、形を変えて、女性の姿になった。
「この方が、そうですか。」
ピキルは一見して、それが竜の分身だと見抜いた。まあ、クロ達の心を読めば一発だから当たり前だが。
「歴史的な対立はわかるけれど、それは昔の話。信仰対象が違っても、取引くらいは可能なはず。会うだけでいいのよ。駄目かしら?」
ピキルは腕を組んで悩む。
「それはそうですが、その会う対象が問題です。ユルル様は我らの神。異教徒に易々と会わせるわけにはいきません。」
「うーん。・・・何とかならない?」
「宗旨替えしますか?」
「そ、それはちょっと・・・」
リースもこれと言って取引材料を用意していたわけではないようだ。
それも仕方ないかもしれない。ユルルの眷属達もユルル自身も、何かを欲しているわけではない。基本的に無欲な連中だ。彼らが欲しいものがわからなければ、取引材料も用意しようがない。
しばし悩んだピキルが、席を立った。
「直接「見て」も構いませんか?」
「・・・・・・どうぞ。」
ピキルの読心の魔眼は、リースの分身相手では機能しないらしい。リースの本体を見る必要があるのだろう。
読心の魔眼については、リースにも伝えてある。直接目を合わせれば、リースが知る竜族の秘密なども漏れてしまう。そのリスクを負ったうえでも、リースは魔力の源泉たるユルルに会いたいらしい。
「ただし、秘密は守ってよね。」
「もちろん。そういうのには慣れています。それに、あなたの秘密もユルル様はきっとご存じでしょう。」
「・・・まさに神様ってわけね。ますます会ってみたくなったわ。」
そんな会話をしつつ、ピキルは小屋から出てリースを向き合う。
10mを超えるリースの威容も、その10倍以上のユルルと日常的に付き合うピキルには、何の威圧にもならないようだ。
そしてほんの数秒の内にピキルは結論を出した。
「あなたの話を私からユルル様にお伝えしましょう。我らが主が許可を出せば、会談は可能です。来月までお待ちください。」
「1ヶ月くらい大したことないわ。よろしく頼むわね。」
そうして5月の定例会談はスムーズに話が進み、お開きとなった。
アカリは終始『ガレージ』から出てこなかった。




