257 領地を狙う者達
クロが家に戻ったときには、決着がついていた。
マシロが魔族を1人倒したことを報告。次に魔族を1人拘束しているテツヤを発見。そしてもう1人の魔族を探したところ、リースから声をかけられた。
「侵入してきた魔族なら、私が1人片付けたわよ。」
「そうなのか?」
「造作もなかったわ。あ、でも、役に立ったんだから、源泉への紹介、ちゃんとお願いね。」
「わかってる。恩義には応えるさ。」
おそらくは、マシロ1人でも問題はなかっただろう。それでも、より早く片付けてくれたのだから、恩義には違いない。もし、恩を売るためにやったことならクロも対応を変えるが、リースにその様子はない。
そして、恩義に応えると言ったからには、もう1人にも報いなければならない。
クロはテツヤの元へと戻る。テツヤは気絶している魔族の上に座ったままだった。
「もう1人は見つかったか?」
「リースが片付けたらしい。流石は竜族ってところだな。」
「そうか。やっぱ強いんだなあ、あいつ。」
「・・・・・・」
クロは話しながらテツヤを観察するが、恩の押し売りをしようという様子はない。
であれば、筋は通さなければならない。人間嫌いとしては、あまり友好的な態度はとりたくないのだが。
「ハア。刺客を捕まえてもらった以上は、報いないといかんな。テツヤって言ったか。足りないものがあれば用意する。」
「ほんとか?正直助かる。家具や飯を調達しようにも、町にはあまり出たく無くてな。」
テツヤが帝国から追われている件は聞いている。近くの町ははフレアネス王国の王都だが、それでもどこに帝国の密偵がいるかわからない。不用意に町に出れば、その場で捕まることはなくても、居場所を知られてしまうだろう。
「本気で帝国から逃げたいなら、隠れてても見つかるのは時間の問題だろ。どっかまともな組織に身を寄せたらどうだ?」
「あー、確かになあ。見つかったらそれまで、っていう状況は、長続きしないだろうし。」
隠れ続けるのが不可能であれば、帝国に対抗できる力のある国の庇護下に入るべきだ。そうすれば、たとえ見つかっても、帝国も迂闊にテツヤに手出しできない。
それに、いずれ帝国と戦うつもりのテツヤとしては、そういった国と渡りをつけるのは必要なことだ。
とはいえ、帝国と戦える国、すなわち帝国との戦争で勝ったことがある国となれば、この世に2つしかない。フレアネス王国とイーストランド王国だ。神聖国ノースウェルは、もう国としてカウントできるか怪しい。
フレアネスは目と鼻の先だが、獣人至上主義の国だ。人間族のテツヤが馴染めるとは思えない。
そうなると、テツヤも一度は目指したイーストランドに行くべきだが・・・
「でも、移動手段がなあ。・・・イーストランドまで送ってもらうのは、報酬に入るか?」
「そこまではできんな。あっちの大陸まで行くのは、俺たちでも手間と時間がかかる。」
前回と同様、ペアリングを持ったヤマブキが東大陸まで行けば、『ガレージ』でテツヤを送り届けられる。
だが、この方法には問題がある。
まず、テツヤに『ガレージ』の存在を知られたくないこと。いずれ気づかれるとしても、無駄に広めることもない。
そして何より、ヤマブキが長期間不在になるのも困る。
最近は、不審な侵入者が多い。ほとんどはアルバリーの手の者だろう。広い領地を監視できるヤマブキの代わりは今のところいない。
クロ達がいれば、最低限の防衛能力はあるが、領地全体を守ることはできない。アルバリーに嫌がらせ狩猟を許すことになる。
「リースに頼んで送ってもらうんだな。」
「あいつに?・・・それは難題だな・・・」
リースは他種族を見下しており、さらに興味があることには熱心だが、それ以外には関心がない。うまいこと彼女の興味を引かなければ、彼女の協力は得られないだろう。
「それはともかく、飯は世話になってもいいのか?」
「ああ。ムラサキ、問題ないか?」
「1人増えたところで構わねえよ。むしろ、まともに味の分かる奴に食ってもらえるのはうれしいからな。大歓迎さ。」
「助かるよ。」
「ただし、ウチには入れてやれんから、飯時になったらこっちに運ぶ。机と椅子は、調達してくるまでは適当なものを用意しよう。」
そうして、雨風をしのぐだけだったテツヤの小屋に、家具が備えられた。
初めは土魔法で作った簡素な机と椅子。数日後に、テツヤがいない間にまともな木製の家具に代わっていた。アカリが『ガレージ』で運んできたものをこっそり設置したことは、テツヤは気が付かなかった。
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「失敗か。ツキがなかった。」
西大陸北西部の山奥にある、魔族の集落。そこにある比較的立派な建物。その3階のベランダから外を見ていた男は、使用していた魔法を止め、溜息を吐いた。
男の外見は30歳くらいの人間族に見える。しかし実年齢は100歳を超えていた。
男はゲイザーと呼ばれ、多くの魔族を束ねる族長を務める強者だった。
ゲイザーがベランダから室内に戻り、ソファーに腰かけると、執事風の魔族が丁寧に茶を淹れた。
「あの3人は駄目でしたか。」
「ああ。奴らだけで勝つのは難しいとは思っていたが、これほどとは。」
彼らには、クロの家まで辿り着き、クロの戦力を確認するように指示していた。本拠地の奥まで侵攻することで、クロの切り札を1つでも引き出せれば、次に活かせる。そのつもりで送り出したのだが。
「雷の神子に、竜。奴らには荷が重い相手だった。」
「それは、本当ですか?クロはそんな連中まで手駒に?」
執事風の魔族は驚いた顔をしたが、ゲイザーはそれを否定するように手を振った。
「いや、奴の配下というわけではないようだ。一時的な逗留だろう。で、一宿一飯の恩として、撃退に力を貸した・・・そんなところだろう。だから、ツキがなかった、と言ったのだ。」
戦力分析のために切った手札が、通りすがりの者に喰われてしまった。分析は碌にできず、手札を失っただけ。運がないとしか言いようがない。
「こうなると、もっと初期から見ていなかったのが悔やまれるな。人伝の情報は精度が低い。例の神獣との戦い、この目で見れば、もっと情報を得られただろうに。」
「過ぎたことは仕方ありますまい。・・・今後は如何様に?」
「しばらくは様子見だ。竜共が退かないことには、何も始められん。」
「かしこまりました。」
ゲイザーの一派の最大の強みは情報収集能力だ。ゲイザーは規格外の遠視魔法により、ここから世界中のどこでも見ることができる。
本格的に仕掛けるのは、勝つ算段を付けてから。魔族であるゲイザー達に、時間の制限はない。いくらでも機を待つことができるのだ。
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フレアネス王国西部。カイ連邦との国境にほど近い山の麓に築かれた、要塞のような街。それが鉱山都市アルバリーである。
昔からフレアネスの金属供給を担ってきたアルバリーは、金属製品を作る多くの工場が並び立ち、その従業員が大勢住まう大都市だ。
また、戦時には武器の量産を担うため、重要な軍事拠点でもある。そのため、敵国から狙われても対処できるように、城壁で囲まれた要塞となっていた。
そんな街の背後にそびえる山は、黒い山肌で、いびつな形をしていた。
これは、長年にわたって鉱石を掘り続けた結果である。
まともな鉱石が産出しなくなっても、ひたすらに掘り続けた結果、山はいびつな形になり、それを埋めるように、製錬の副産物である黒いスラグが大量に投棄された。その結果が、現在の姿であった。
大昔には豊かな森があったであろう山は、見る影もない。
しかし、アルバリーの住民たちは、この山を見ても、申し訳ないとも思わないし、悲しむこともない。むしろ、この山は彼らの誇りとなっていた。
「ヒトの力が大いなる山まで変えて見せた」と彼らは嘯く。そうして、自分たちの仕事に高いプライドを持った彼らは、利益にならなくなりつつあっても、鉱業をやめない。
本来、自然との共存を好む傾向がある獣人族の中では、異質な集団だった。
そんな土地を収めるのは、町の名と同じ名を持った、アルバリー伯爵。
その邸宅に、伝令の兵士が駆け込んだ。伝令から執事に伝わり、そして上階でくつろぐ伯爵の耳に、その内容が伝わった。
「奴がここへ来る、と?」
「狩人たちは、そう申していたようです。」
4月も終わりに近づいた今日。クロの領地から這う這うの体で逃げ出した2人の狩人は、どうにかアルバリーへと帰還し、ギルドに報告したのだった。任務の失敗と、クロからの伝言を。
「いつ来るかは言っていたのか?」
「それはギルドでも確認したそうですが、狩人たちから情報は得られませんでした。」
「ふん。元々、奴らには然程期待しておらぬ。・・・だが、まあ、「良い」領主ならば、情報を持ち帰ったことは評価すべきか。適当に礼金を送っておけ。」
「手配します。・・・奴への備えはいかがいたしますか?」
「必要ないわい。ただの脅しだ。今まで来なかった奴が、今更ここに来るか?私の攻撃の手を緩めたくて、適当に言ったにすぎん。」
アルバリー伯爵は知らないが、クロが今まで報復に来なかったのは、単に手が空かなかっただけだ。彼は、自身の幸運に気づかない。いや、恨みを溜め込んだクロが、溜めた分だけ派手に報復を行うこと思えば、むしろ不運かもしれない。
「仮に来たとしても、ここは要塞だぞ。帝国軍が攻めてきても押し返せるだけの備えがある。普段の警備で十分だ。」
確かに、いつ来るかわからない敵に対して、過度に警戒させていると兵士が疲弊する。そう言った点では伯爵の判断も間違ってはいないだろう。
アルバリーの戦力も、確かに拠点防衛に必要なだけの者が揃っている。北方の戦線が何度窮地に陥っても、拠点防衛を言い訳に、私兵の派遣を断って来たのだから、それはもう潤沢に残っている。
ただし、伯爵の見解が誤っているのは、軍隊に対抗するために必要な備えと、超越した個人に対抗するために必要な備えは異なる、という点を見落としているところだ。
クロがこのアルバリーを訪問するのは、そう遠い話ではないと、彼はその当日まで気づかない。




