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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
321/457

254 侵入者の正体

 侵入者が入って来た北側に向かって、クロは森の中を走っていた。

 獣道があればそこを通り、なければ草を踏み倒して走る。場所によっては跳び上がって木を蹴り、宙を進む。

 マシロが作った魔法強化炭素繊維製の服は、生い茂る草が被さっても、傷も引っ掛かりも生じない。

 魔獣の森の草木は頑丈で逞しい。今、クロが踏み潰した草も、数時間後には立ち直っていることだろう。魔力は植物の意志さえ汲み取り、より強靭な体になっていく。


 森を走るクロの傍に、空間の穴が開き、並走したままアカリが顔を出した。


「クロさん、ヤマブキさんから連絡です。」

「おう、あ、もうちょっと顔引っ込めろ。草が危ないぞ。」

「うわっ!?あ、ありがとうございます。」


 アカリが穴から出していたのは頭半分くらいだったが、クロが今走っている場所は獣道ですらない藪の上だ。時折、長い草が顔の高さまで伸びている。


「ヤマブキさんがいつもの警告をしたところ、侵入者は4以上のグループに分かれて分散したそうです。」

「厄介な・・・このまま進んで、かち合うか?」

「ちょっと待ってください・・・」


 アカリの指輪が1つ光る。ヤマブキとリンクしているものだ。

 アカリがハンドサインを送って数秒で、アカリが返答を得た。


「右に2°だけ進路を変えてください!その速度なら、それで一番人数が多いグループに接敵できるはずだそうです!」

「2°とか、わからん。だが、大体わかった。あとは目で探す。」

「御武運を!」


 そう言って、アカリはすぐに引っ込んだ。藪の中で顔を出しつつけるのは危険なのもあるし、アカリの『ガレージ』は出入口を1つずつしか開けられない。無意味に開けっぱなしにしていると、何かあった時に対応が遅れてしまう。



 アカリからの連絡からおよそ1分後、クロは1kmほど先に侵入者の集団を見つけた。

 適当な獣道を進んでいるらしい。1列になって8人が歩いている。


 ・・・ここに8人なら、残り6人。4以上にばらけたって言ってたが、随分偏った分け方だな。


 この8人を主戦力として、残りは偵察か奇襲役?

 それとも、3人の手練れが単独行動を希望したか。


 いずれにせよ、ヤマブキの警告を受けて領内に留まっている以上、敵である。排除することに変わりはない。


 クロは魔力視の目を凝らし、敵の動きを観察する。

 警戒心はあるが、戦闘態勢に入っていない。もし相手が手練れで、クロの接近に気づいていれば、魔法の発動準備くらいは少なくともしていそうだが、そんな様子はない。


 ・・・気づかれていないのか?結構ガサガサ走っているんだが。


 クロはそう思ったが、常識で考えれば、様々な野生の獣が息づく森で、1km以上先で揺れた草に気づけるのは、余程勘の良い狩人だけだ。


 ・・・試してみるか。


 クロは隠し持っていた五寸釘を1本取り出す。


「『丑の刻参り』」


 キーワードを詠唱して、投げる。

 鍛錬を続け、ヒトの範疇どころか、生物の限界に挑戦しているようなクロの膂力で投げたそれは、人間の反射神経で反応できる速度ではない。もちろん、獣人でも無理だ。

 1km以上先から、5秒程度で届く亜音速の釘。風を切る音に気がついたとしても、まっすぐに飛んで来る釘は非常に小さく見える。常時魔力視でも行っていれば、その込められた魔力の量で気づけたかもしれないが、彼らには無理だった。


 クロが投げた釘は狙いあやまたず列の最後尾の男の頭部に直撃した。釘は深々と刺さり、そして込められた術式に従い、7度、男の頭の中をズタズタに切り刻んだ。


 遠くで悲鳴が上がる中、クロは首を傾げた。


「あれ?当たった?」


 クロとしては、今の攻撃は牽制のつもりだった。

 クロは、以前、傭兵や狩人たちが徒党を組んで大規模に家を襲撃された時、その結果がこの辺りの傭兵たちに与えた衝撃をそれなりに認識していた。

 ヤマブキ達が襲撃者を全滅させた結果、後日、王都の傭兵ギルドに行ったら、ギルド内が過疎状態になっていたのだ。

 1人も生かして返さなかったとしても、これなら襲撃の結果も方々(ほうぼう)に伝わるというもの。つまり、クロの目論見通り、「クロの家に手を出した者は恐ろしい目に逢う」と知れ渡り、抑止力となったわけだ。


 そんな認識が広まった中での侵入者。弱いわけがない、と思っていた。境界線を越えた際に見えた魔力量は大したことがなかったが、何かしら強みを持った連中だろうと思っていた。


 ところが、結果は、牽制で死ぬ始末。しかも、仲間が死んだ事に気づいた連中はパニックになっていて、クロに注意を向けている者がいない。


 ・・・まさか、ド素人か?いや、まさかそんな。


 そう思って、2本目を放ってみる。


「『丑の刻参り・裏式』」


 改良版の『丑の刻参り』。標的に着弾せずとも、指定の座標に辿り着いた瞬間、多数の鉄片に分裂して周囲を7回切り刻む。


 その結果、列の前半分の4人が頭やら胸やらを刻まれて死んだ。

 あまりにも無抵抗。死ぬことで発動する未知の固有魔法でも持ってるんじゃないかと邪推するほど。

 しかし、警戒しながら近づいてみても、何も起きる様子はなく、動転した残り3人が弓矢を構えて来たが、容易く回避できるような弱弱しい射撃だった。


 未だに半信半疑のクロは、とりあえず近づいて、1人斬り倒してみた。のろのろと腰のナイフに手をやろうとした敵を、縦に斬り潰す。

 その敵は、重機で潰されたかのように破壊され、血肉も中身も四方に飛び散った。

 クロは、自分の顔や手に付いた血を舐めながら、残り2人を観察する。

 震える手で攻撃しようとしたその2人が、クロと目を合わせただけで、動きを止めてしまった。


 ここまで見れば、もう流石に疑いようがない。

 こいつらはド素人である。そう判断せざるを得なかった。


「ちっとオーバーキルだったか。」


 これは釘を2本も使うまでもなかった。まあ、拾えばまた使えるのだから、もったいないわけではないが。


「おい。」


 クロが声をかけてみるが、2人は息を呑むだけで、声が出ていない。


「リーダーはどっちだ?」


 問われた2人は、震える手で、クロの後方の地面を指差す。クロには、振り向かずともそこに誰も立っていないことはわかった。


「ああ、殺っちまったか。」


 どうやら、2本目の釘で倒した中にいたようだ。

 ふう、と溜息をつく。情報を得るなら、リーダーに尋問するのが一番だと思ったが、それは無理らしい。


「じゃあ、仕方ないな。・・・話を聞くのは1人でいいんだが、どっちが死ぬ?」


ーーーーーーーーーーーー


 クロが生き残りに尋問をしている頃、ヤマブキもまた困惑していた。


「むう。これはどういうことでござろう。」


 分散した敵のうち、3人1組で動いた敵を怪しいと考え、ヤマブキはそれを上空から追い、適当な高い木の上に陣取ると、矢を3本連続で放った。

 まさか初手から当たりはすまい。そう思ったのだが、なんとあっさり命中。


 もしや罠か?書物で見た『死んだフリ』という奴か?

 警戒しつつ近づくと、3人は本当に死んでいた。


 その場でしばらく悩んだヤマブキは、はっと気がついた。


「単独で動く3名が、本命でござるか!」


 ヤマブキが警告した際、侵入者達は、8人、3人、1人、1人、1人に分かれた。ただし、単独行動を始めた3人はすぐに足取りが掴めなくなったため、隠形を得意とする斥候の類と見た。

 そして見えているのは、比較的ゆっくりと迂回する8人と、まっすぐ家に向かう3人。

 まず見えているものから、とヤマブキは3人のグループを追ったのだった。


 しかし、この3人。あっさりやられたあたり、とても敵の主力とは思えない。

 ならば、この3人は囮で、すぐに隠れた3人が怪しい。8人の方はクロが向かった。苦戦の報もないならば、そちらも本命ではないと推測した。


 ヤマブキはすぐにアカリに連絡を取る。ハンドサインは、呼び出しを意味するものだ。

 数秒でアカリが空間の穴から出て来た。


「ヤマブキさん!」

「おお、アカリ殿!某としたことが、敵を見失ってしまいました!敵の本命は、バラバラに動く3名にて!」

「クロさんも同じことを言ってました!すぐ上に!」

「もちろんでござる!」


 鳥形態に戻って飛び上がったヤマブキは、必死に目を凝らすが、1人も見つけられない。

 ついて来たアカリが謝る。


「すみません!すぐに敵に手練れが3人混じっていることを伝えればよかったんですが。」


 アカリが侵入者の報せをヤマブキに伝えたとき、その数しか伝えなかった。というか、アカリの魔力視では、監視用の鏡に映った映像だけで敵の魔力の多寡を判断することはできなかったのだ。

 伝える順番を、ヤマブキより先にクロにしていれば、あるいはヤマブキに鏡を直接見せていれば、ヤマブキにも敵に手練れが混じっていることに気づいて、それらを重点的にマークしたことだろう。


 後悔するアカリに、ヤマブキは周囲に目を凝らしながら言う。


「クロ殿が言っておられた。失敗を当人が後悔しているならば、わざわざ周りから追加で責めることはない、と。アカリ殿は反省しておられる。次に活かせばよい。」

「・・・ありがとうございます。・・・私も探します!」

「うむ!某、正面しか見えぬ故、後方を頼みまする!」

「はい!」


ーーーーーーーーーーーー


「と、というわけでして・・・彼らのことはまったくわからないんです!本当です!」


 怯えながら説明する2人の侵入者の話を、クロは腕を組んで聞いていた。

 クロの脅しの結果、2人は競うように事情を話し始めた。

 尚、その話を聞いている間に、アカリに視界共有でハンドサインを送った。「すぐに他を探せ」と。流石に敵の前で堂々とアカリを呼び出すわけにはいかない。簡単な連絡が限界だった。


 ともあれ、2人の話をまとめると、クロが予想していた通り、彼らの依頼者は鉱山都市アルバリーの領主だった。

 彼らは一般的な狩人で、魔獣と戦うこともできない平凡な実力らしい。そんな連中に、「指定地点で狩りをして来い」といった内容の依頼が来たのだという。その指定地点は、もちろんクロの領内だ。

 初めての場所で良く知らないとはいえ、非常に魅力的な額の報酬だったため、3チームがそれを受けた。1チーム4人で、計12人だ。

 1人、出発直前で欠席したものの、11人いれば十分、と彼らはここへ来た。


 そして、この近くまで来た時、3人の男女に声をかけられたのだという。

 彼らは「この辺りでよく狩りをする者だ」と言った。初めての土地では、現地の狩人について行くと非常に助かる。渡りに船、と思った彼らは、快く彼らの同行を受け入れた。


 そしてここに来て、遠方から風魔法で警告の声が届いてきた瞬間、3人の男女はあっという間に姿を消した。

 同時に、1チーム、1人欠けて3人になっていたチームが、何故か迷いなく藪に突進。

 訳が分からず、残りの8人は獣道に沿って移動していたのだという。


「ここでの狩りは禁止だと、警告しただろう?」

「その、領主様から、言葉で惑わす鳥の魔獣がいる、って聞いてて・・・気にすることはない、と。」


 クロは頭を押さえて溜息をついた。

 アルバリーの領主が細かいところまでこちらを調べているのはわかった。それにしても、手口が悪質だ。何も知らない狩人を騙して特攻させるなど。

 それに、「言葉で惑わす」などという噂を流されては、わざわざ警告する意味がなくなってしまう。

 クロは、自分が善や正義だなどとは決して思わないが、アルバリーの領主のやり方は、決して正しいものとは思えなかった。


 ・・・忙しさにかまけて放置していたが、本格的に対処する必要があるか。


 覚悟を決めたクロは、生き残りの2人に告げる。


「事情は分かった。本来なら、警告を無視した奴は問答無用で皆殺しだが・・・」

「「ひいっ・・・」」

「お前らには伝言を頼もう。依頼主の領主に伝えろ。回りくどい嫌がらせなんてしなくても、近いうちにそっちに出向くってな。」

「「は、はいぃ!」」


 2人は脚をもつれさせながら、ふらふらと北へ向かって行った。


 ・・・あれだと、アルバリーまで戻れるかも不安だな。まあ、どうでもいいが。


 今の伝言は、伝わればラッキー、くらいのものだ。それに、伝わったとしても、アルバリーが嫌がらせを止めるとも思えない。

 これは、宣戦布告だ。喧嘩を売って来たのはあちら。向こうから見れば、先に経済的に打撃を与えたのはクロの方、となるのだろうが、実力行使は向こうが先だ。しかも、クロの側には被害者も出ている。

 アルバリーの人々はもちろん、全世界に伝わるように、派手に報復しなければならない。今の伝言が伝わらなければ、また別のルートで伝えればいい。


「ともあれ、まずは件の不審者3人の対処だな。」


 この辺でよく狩りをするという3人。「この辺」はクロの領地の境界線付近だ。そんな危険な場所でよく狩りをする狩人がいるだろうか?

 仮にいたとしても、先の襲撃者皆殺し事件で、ここらの傭兵・狩人には、その危険性が十分に伝わっているはず。堂々と領内に入って来たのはおかしい。

 まず間違いなく、言う通りの狩人ではないだろう。


 境界線で記録した、人並外れた魔力量。素性を偽る必要がある者。クロを狙っている。

 これらの要素から、クロは敵の正体の予想がついた。


「魔族か。コンダクターが交渉して来たから、手を引いたかと思いきや・・・あの爺、他の部族を無視して動いてやがったな。」


 クロは急いで家に向かった。


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