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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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252 テツヤから見たクロの家

 ・・・さて、困ったぞ。


 時は4月18日の早朝。テツヤはクロに用意された小屋の前で腕組みをして悩んでいた。


 結局、昨晩はこの何もない小屋で鎧を着たまま寝たテツヤ。雨風は凌げるが、扉すらないこの小屋では虫や小動物に襲われる危険があったため、鎧で身を守らなければ、安心して眠ることなどできなかった。もっとも、こんな環境では真の意味で安心などできなかったが。


 そして今、悩んでいるのは、この小屋に如何にして生活空間を作るか、ということだ。


 ここを出て王都に宿泊する案は早々に却下した。

 昨日情報収集に出かけた時は気づいていなかったが、帝国のスパイが監視している恐れがある。顔を隠して世間話に耳を傾ける程度ならまだしも、宿泊は危険だと思った。


 ・・・昨日の夜の感じだと、あの家に入れてもらうのは無理そうだし。


 クロの態度は実に明確だった。

 リースに対しては普通に接するのに、テツヤには冷たい感じがした。言葉そのものは普通なのだが、どうにも殺気が含まれている気がしてならなかった。リース相手ならともかく、テツヤに対してこれ以上の譲歩は期待できないだろう。

 なお、当のリースは、昨夜と同じ態勢で寝息を立てている。


 ・・・のんきなもんだ。・・・お?


 まだ夜も明けきらぬ頃だというのに、クロの家から2つの人影が出て来た。

 まだ暗くて目視ではよく見えないが、魔力視で見れば、魔力の色からクロとマシロだと判明。

 両者、軽く体をほぐした後で、武器を構えて向かい合う。


 ・・・朝から鍛錬か。魔族と言えども必要なんだな。精が出ることで。


 そんな感想を抱いた直後だ。クロとマシロが目にも留まらぬ速度で攻防を始めた。


「ちょっ・・・」


 とても鍛錬で済みそうにない攻撃の応酬。いずれも当たれば致命傷が間違いない速度で武器を振るっている。いや、テツヤの目では、マシロの方の動きは捉えきれていない。


 ・・・あのメイドさん、以前見たのより断然速いぞ!?今戦ったら、勝てるかどうか、ってそれどころじゃねえ!


 あれはどう見ても殺し合いだ。そう判断したテツヤは急いで鎧を着用。ほんの数秒でそれは完了したが、その頃には向こうの決着はついていた。

 マシロの黒い剣が、クロの首を貫き、首の左半分が断裂していた。その剣を引き抜けば、クロの首から大量の血があふれる。


「くそっ!」


 ・・・間に合わなかった!


 慌ててテツヤは2人のもとに駆け寄ったが、すぐにその足を止めることになった。


 テツヤが見ている前で、クロは首を半分斬られて致死量の出血があったにもかかわらず、立ったままだった。そのうえ、平然とした顔で出血部を押さえると、すぐに血が止まる。


「お見事。フェイントがどんどん上手くなってるな。」

「進歩しなければ、すぐにマスターに追いつかれてしまいますからね。」

「この分じゃ、俺が追いつくなんてありえなさそうだがな。俺の勝率はまだ10%代だぞ?」

「そこは、相性の問題ということで。」

「その理由に甘んじてると、命がいくつあっても足りないんだがなあ。」


 そう言いつつ、お前は命がいくつあるんだ、と問いたくなるほど、クロは何事もなかったかのように立っていた。

 そして、テツヤの方を見る。


「あと、うるさいぞ、お前。こっちは忙しいんだ。」

「え?いや・・・」

「御心配には及びませんよ。魔族ですので。」


 テツヤが答えるまでもなく、先回りしてマシロが答えた。

 我に返ったテツヤは、そこでようやくこの2人がそう易々とは死なない魔族であることを思い出した。


 同時に、自分が人外の者と話していると実感が湧いた。それ以上話すことはなく、テツヤはすごすごと自分の小屋に戻った。


 ・・・本当にここに滞在でいいんだろうか?スパイに見つかるリスクを無視してでも、町に行った方がいいかなあ。




 その後1時間程悩んだテツヤだったが、町に行く踏ん切りはつかなかった。

 気づけば日が昇り、クロの家が騒がしくなってきた。

 朝食の匂いが漂ってきて、テツヤは自分の腹の虫が鳴ったのを聞いた。


 同じくその匂いに反応したのか、リースが目を覚ます。大きな長い体を、ぐーーんと上に伸ばして、大きく口を開けた。周囲の木より上まで伸びていたので、町から見えたかもしれない。


「はあ、おはよう。眠れた?あ、やっぱ鎧着て寝たのね。」


 リースはわざわざ水分身を作って、その分身に笑わせる。


「笑うなよ。仕方なかったんだって。こんなところで武装もなしに寝れるか。」

「まあ、そうよねえ。彼らとは仲間ってわけでもないし。」


 リースは顔をクロの家に向けて、鼻を鳴らす。本体の方の鼻だ。


「いい匂いねえ。私には量が足りないけど。許可もらって狩りに行こうかしら?あなたも食べる?」

「昨日は大目に見てもらったけど、多分、2度目はアウトだろ。別の方法を考えてみるよ。」

「へえ。で、別の方法って?」

「う・・・」


 テツヤは即答できなかった。そういえば、食事の問題もあった。

 昨日、クロから狩りと伐採を禁止された。そうなると、木の実とかの採取も禁止かもしれない。


 悩んだあげく、テツヤは恥を忍んでクロの家に向かい、クロに食料を分けてもらえないか頼むことにした。

 しかし、結果は予想通り。


「これ以上、譲歩する必要はないな。」


 断られた。

 本来、この地はヒト種を排斥しているようなものだ。追い出すべき人間を滞在させているだけでも十分すぎる譲歩なのだろう。


「どうしたもんかなあ・・・」


 途方に暮れるテツヤの脇で、ついでとばかりにリースがクロに狩りの許可を申請。


「間引き対象なら狩っていいぞ。リストは・・・おう、あんがと。・・・ほれ。」

「Yeah!Thank you!」


 そちらはあっさりと通り、リースは意気揚々と空を飛んで狩りに出かけた。さらっと英語が出ていたが、竜族は英語の方がメインなのだろうか。

 そんな食事と関係ない事柄に思考が飛ぶほど、テツヤにはもう案がなかった。



 そのまましばらく呆けていると、クロ達が家から出てきて、森の外へ向かっていく。

 それを見送っていた紫色の猫、ムラサキに尋ねると、


「製錬業だよ。わかるか?」

「え?製錬業はわかるけど。鉱石とかから金属地金を作るやつだよな?」

「そう。それそれ。まあ、ウチは鉱石じゃなくてゴミからだけどな。」

「それって、都市鉱山!?・・・しかも、ここで?え?クロが?」


 都市鉱山とは、リサイクル製錬を言い表した一つの例えだ。都市から出るゴミが、鉱石の代わりとなる様子からそう呼ばれる。テツヤも前世でその話は聞き及んでおり、前世においては、一部の廃棄物は下手な鉱石よりもよっぽど貴金属の含有率が高いと言われていた。

 さらに驚いたのが、こんなところでそれをやっていたことだ。


「え?あいつ、傭兵、だよな?」

「そうだよ。でも最近はこっちがメインで、傭兵は副業かな~。ほら、立派な炉があるだろ?」

「これ、炉だったのか。」


 外からは大きな長方形の建屋しか見えないが、この中身が製錬炉であるらしい。しかも、2つある。かなり大規模にやっているのが見て取れた。


「ちょっと前から、フレアネス経由で帝国にも流してるんだぜ。」

「マジかよ・・・いや、ちょっと待て。それ、どんくらい?」

「さあ?具体的な数字はオレは知らねーけど。でも、それなりの軍隊の武装を整えるくらいには作ってんじゃないか?」

「ってことは、最近、帝国の金属資源の供給状況が改善されてたのは・・・」

「ウチが原因だろうなあ。」


 テツヤは唖然とする。いくら傭兵が金次第で誰にでもつくとはいえ、<赤鉄>のクロは明確に帝国と敵対していると思われていた。ところが実際には、帝国の命綱ともいえる資源供給の一端を担っていた。これに驚かずして、何に驚くというのか。


「敵に塩を送ってるのか?」

「まあ、そうなってるな。送ってるのは金属だけどな。」

「帝国と敵対してるわけじゃなかったのか。」

「いや、敵対してるけど。」

「ん?」

「ん?」


 顔を見合わせるテツヤとムラサキ。


「敵に塩を送る、って、敵対してる相手に、必要なものを送ってやる、って行為で合ってるよな?」


 ムラサキは、故事の意味を取り違えたと思ったようだ。だが、そうではない。


「いや、そうじゃなくて、なんで敵にわざわざ?」

「ああ、オレもそれは疑問に思ってクロに聞いたんだが、金になるなら何でもいい、ってさ。で、そのうえで、帝国と戦うのをやめるつもりはない、だとさ。まあ、あいつの目的はこの土地を守ることだから、これもそれにつながるんだろうさ。」

「あー、なんとなくわかった。」


 先も述べた通り、現状、クロの製錬業は、帝国の命綱を握っている。

 この状態で帝国がフレアネス側への侵攻を再開すれば、クロからの金属供給が止まることは間違いない。そうすれば、帝国は戦争を継続できなくなる。

 帝国が別の供給元を見つければそれまでだが、それまでは少なくとも戦わずしてここを守ることができる。金銭も得られて一石二鳥だ。


「それはそうと、ほれ。」


 ムラサキは唐突に何かをテツヤに差し出した。

 風魔法の『エアハンド』のような空気の塊で支えられたそれは、白いご飯とみそ汁だった。簡素な木の椀に盛られている。


「これは・・・」

「クロには内緒だぞ。さっさと食っちまえ。」

「すまん。恩に着る。」


 すぐさまそれらを手に取ったテツヤは、急いでそれらを食べた。

 それは、急いで食べてしまうのが惜しいくらいに旨かった。まさかこんな人外魔境で、下手なレストラン以上の味が味わえるとは思ってもみなかった。


 1分ほどでかっ込んだテツヤは、椀をムラサキに返す。


「ごちそうさまでした。」

「お粗末様。」

「・・・美味かった。いつもこんなに旨いのか?」

「そう言ってもらえると嬉しいねえ。オレの趣味だよ。」

「いい趣味だ。」


 ここで初めて人情に触れた気がした。こんな人間の形をしていない猫の方が人情味があるとか、どんな皮肉だろう。


「おっと、戻って来たな。」


 ムラサキはそう言って、家に引っ込んだ。クロに椀を見られないようにするためだろう。

 家の東側に目を向けると、確かにクロ達が粗大ごみのようなものを各々抱えてやってきた。小柄な狸達まで持てるサイズの物を背負って歩いている。

 なんとなくそれを眺めていて、気づいたことを尋ねてみる。尋ねる相手は、唯一手ぶらの女性だ。服装がいかにも魔女で、初見は敬遠したが、よくみると中身は普通の女性だ。日本人顔だったのもとっつきやすかった。


「台車とか使わないのか?」

「へ?あ、ああ、昨日の・・・」


 女性は急に話しかけてきたテツヤに驚いたようだった。


 ・・・クロの仲間ってどいつも隙が無い感じだけど、この子だけはなんか普通だな。


「えっと、これは鍛錬も兼ねているんです。だから、あえて手で持って運んでるんです。」

「へえ~。君はやんないの?」

「わ、私ですか?あ、わ、私もやった方がいいかな・・・」


 予想外の問いだったせいか、女性がしどろもどろになる。

 すると、周囲を歩いていた狸達が陽気に話しかけてきた。それぞれかなりの重量物を背負っているのに、苦にした様子がない。


「嬢ちゃんは無理しなくていいぜ!」

「アカリさんがムキムキになったら、俺ちょっとショックだなー。」

「そーそー、これは男の仕事!」


 なるほど、と納得しかけたテツヤだったが、そこへ大股で歩いて来た影が狸達の脇で止まった。


「面白い意見ですね。私は女ではない、と?」


 長身のマシロが、狸達を見下ろす。彼らの数倍の荷を片手で担ぎながら。

 狸達が油をさしていない機械のような動きで振り向き、マシロを見上げる。

 そしてサッと顔を蒼褪めさせた後、逃げ出した。


「「「すみませんでした!姐御おおおおお!」」」


 そんな恐怖にまみれた声を上げながら、狸達は全速力で荷を倉庫へと運んで行った。


 それを見ていたテツヤの感想はと言えば。


 ・・・この人も、そういうとこ、気にするんだなあ。


 テツヤから見れば、マシロと初めて会ったのは戦場であり、傭兵としての印象が強い。そのため、マシロは女を棄てているのかと思っていたが、そうでもないらしい。

 そうであれば、姐御という呼び方には難色を示すのではないか。テツヤはそう予想したが。


「姉・・・姉ではありませんが、女性と認識しているなら、良いでしょう。」


 ・・・あ、それでいいんだ。


 テツヤにはマシロの判断基準がいまいち理解できなかった。


 そこで、急にマシロの視線がテツヤに向く。


「さっきから失礼な思考をしていませんか?」

「・・・そ、そんなことは・・・いや、申し訳ありません。」


 そんなことはない、と言おうとしたテツヤだったが、マシロの読心能力を思い出して、正直に謝った。


「口に出していないから、ノーカウントとします。」


 そう言い捨てて、マシロはすたすたと歩いて行った。その歩みは、とても50kgを軽く超えていそうな重量物を担いでいるとは思えないほど、軽快だった。

 それを見送ったテツヤがぽつりとつぶやく。


「恐いな、あの人。」


 以前、一度戦って勝った相手のはずなのに、今は無敵の鎧もあるはずなのに、なぜだか敵う気がしなかった。


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