T30 リース先生の歴史授業
「さて、どこから話しましょうか。」
テツヤに拒否権はなく、リースの歴史授業が始まる。
テツヤは逃げたくても逃げられない。ここが海に浮かぶ孤島である以上、逃げ場がないのだ。テツヤは鎧の機能で飛行できるが、海を渡るほど長くは飛べない。リースがいずれかの大陸に連れて行ってくれるまで、テツヤの生殺与奪は彼女に握られている。
「そうね。まず、知的生命体という枠に、魔獣は入ると思う?」
「魔獣?」
パッと浮かんだ印象では、テツヤは「入らない」と答えたくなった。
だが、思い返してみると、「魔獣の知恵はヒトと変わらないレベルだ」と聞いた覚えがある。テツヤは魔獣に遭遇したことがほとんどないため、実際にどの程度かわからないが、安易に「知的生命でない」と決めてしまうのは早計に感じた。
そして、リースの意図を推察すれば、答えは自ずと予想できる。
「入る、かな。」
「そう!その通り。まずはそこの認識が誤っていると、この先の話が受け入れがたいからね。」
この時点でテツヤには先の展開が予想できたが、黙って聞く。
「この世界の知的生命体たちは、どのようにして生まれたか。我ら竜族に、人間族、竜人族、獣人族、そして魔獣たち。魔族は、まあ、生命体と表現していいか微妙だから、今回は割愛。」
「魔族が生命体じゃない?」
テツヤの興味をそそる話が出て来たので、食いつく。テツヤは以前に魔族である<赤鉄>のクロと邂逅し、その仲間の魔族、<疾風>とも交戦している。
だが、テツヤがさらに問い詰める前に、リースは大きな手をテツヤの前に出して制止する。
「今回のテーマは歴史!魔族の話は、興味があるなら後でしてあげるわ。」
「む・・・」
そしてリースは講義を再開する。水の分身は、さながら教室で黒板の前を左右に行き来する教師の如く振舞っている。何か板書するわけでもないが。
「一番最初に知的生命となったのは、魔獣。獣たちが土地の魔力にあてられて変異した結果、と言われてるわ。まあ、仮説にすぎないけどね。証拠があるわけでもないし。で、その魔獣の中の1つが、人間族だった。元は猿だと言われてるわね。まあ、あんたも猿に似てるし、当然の推測よね。」
「そんなに似てるか?」
あくまでリースから見た感想であり、決してテツヤが猿顔というわけではない。
ともあれ、この辺りはテツヤは驚きもしない。予想できていた話だ。前世でも人間は猿から進化したと言われているのだから、この世界でも同様のことがあったのだろう、と理解できる。
「硬い鱗もなく、鋭い爪も牙もない。まともに戦ってはどんな魔獣にも勝てなかった猿たちは・・・ほんとに貧弱ね、あんたら。」
「うるさい。先を話せよ。」
「おっと、そうね。・・・人間族は知恵を求めて進化した種よ。魔力は生物の願望を読み取って実現させる性質があるからね。人間族は他の魔獣を凌駕する知恵を身に着けた。」
リースは少し嫌悪を表現しながら話す。プライドが高い竜族としては、他種族の優れた点を認めるのは嫌なのだろう。それでも捻じ曲げずに説明する辺り、リースは根は誠実な性格なのだろうと感じられる。
「そして、その知恵は、魔力を扱うにあたり相性がよかった。やがて人間族は魔力の扱いを覚え、繁栄するようになった。」
「へえ~。」
テツヤの前世では、道具を使い始めたことが人間の繁栄の起点だったと記憶している。こちらの世界では、魔力を使うことが起点となったらしい。
「人間族の繁栄によって、今度は他の魔獣たちが劣勢に立たされることになったわ。人間族は貪欲だからね。見境なくあらゆる土地を自分たちの物にしようとした。」
「・・・・・・」
この辺りは、反論のしようもなく事実である。人間はとにかくあらゆるものを人間の管理下に置きたがる。制御できないモノ、理解できないモノが恐ろしいのだ。
その結果、他生物の生活圏を奪って行ったのは、前世の歴史でも変わらない。
「でも魔獣たちもやられっぱなしじゃない。更なる変異で特殊な力を身に付けたり、まったく別の種に進化したり。・・・そうして生まれたのが、我々竜族であり、人間への羨望と嫉妬を持って進化したのが、獣人族や竜人族よ。進化元はまあ、説明するまでもないわね。」
「なるほどねえ。」
獣人族がなぜ獣の形質を持ったまま、ヒトの姿をしているのか、テツヤは疑問だったが、「人間になりたい」と思った獣が魔力で変異したものだったらしい。
「なんであんたら竜族は人型にならなかったんだ?」
「竜族が?人型に?」
リースはフン、と鼻息を出し、心底見下した様子を醸し出しながら答える。
「そりゃ、さっきから言ってるように、この方が強いからよ。ヒトの真似をしなきゃヒトに勝る知恵を得られないなんて、精神が貧弱な証拠。我ら竜族は、強靭な肉体と知恵を両立させた最強の種族なのよ。」
「あ、そうっすか。」
「む・・・まあ、我らの生まれ故郷が、強靭な肉体がなければ生きられないほど過酷だったせいもあるわ。」
悔しがりもしないテツヤに、リースはちょっとムッとしつつ、補足した。
「活火山が中心になった島で、たびたび嵐が襲い、冬にはブリザードも毎日のように吹く。こんな環境で生きるには、こんな竜鱗でも備えなきゃ、無理だったのよ。」
過酷な環境で生きようとする意志が、あらゆる攻撃を防ぐ竜鱗を生み出し、強靭な肉体を育て、知恵も身に着けた竜族。進化が一瞬で済まないことを考えれば、恒常的に過酷な環境だったのだろう。
そんな土地で生きざるを得なかった竜族の祖先は、どんな境遇だったのか。テツヤには想像もできない。
「ああ、話が進まないわね。とにかく、そうして現代まで生きる知的生命体達は生まれたわけ。その後は文明が発達していくんだけど、八神が登場して魔法を授けたことをきっかけに発展が加速するわ。それまで術者の感情とかによって発動が不安定だった魔法が、八神が作った術式によって安定して使えるようになった。あ、八神がどうやって生まれたとかはまだ研究段階だから、質問しないでね。」
「お、おう。」
正直、そこも気になっていたテツヤだが、先手を打たれてしまった。
「八神への信仰を中心に、各種族が発展。そして、広がる縄張りがぶつかれば、当然戦争が起きる。あっちこっちで争い、殺し合い、奪い合った。戦争は技術の発達と魔法研究の進展で、どんどん激化。しまいには大陸を粉々に砕いてしまう魔法まで開発されて、それでほとんどの大陸は海の藻屑。ほんと馬鹿よねえ。」
「竜族はその戦争に関わらなかったのか?」
「参戦した記録はあるけど、大抵は防衛目的よ。我々は人間族や獣人族みたいにバカスカ子供を生まないもの。そんなに広い土地は必要ないの。人間族みたいに、必要以上の物を求めたりもしない。竜族が戦ったのは、攻め込んできた他種族の撃退と、故郷を脅かす脅威を未然に滅ぼすための戦いだけよ。」
「・・・・・・」
語っているリース自身が竜族である以上、その歴史が客観的なものか、この場では判断できない。
だが、リースは悲しげな様子になって、続きを語る。
「でも、竜人族はそうではなかったのは認めないといけないわね。我々は竜人族とは故郷を同じくする仲間なんだけれど、彼らは見た目通り人間に近いから・・・ある時から、戦争に積極的に関わるようになったわ。当時の竜族たちは引き留めたそうだけど、止まってくれなかったみたいで。」
「竜人族・・・」
今現在、テツヤにとって竜人族とは、帝国の秘匿戦力の印象が強い。現代でも、竜人族は戦争に介入している。
「竜人族の介入で戦争がさらに激化したそうよ。大陸を沈めてしまった責任の一端が竜人族にもあると言われても、否定はできないわね。・・・でも、今残っている大陸、パンゲアを残して他の大陸が全て沈んでしまった時、流石に竜人たちも自分たちの行いの愚かさに気づいて、戦争から手を引いたわ。
同時期か、その少し前に、八神が魔法にリミッターをかけた。基本的に現世に干渉しないスタンスの八神がこの頃から積極的に干渉し始めるんだけど、結果を見れば、動くのが遅すぎたって感じるのは否めないわよねえ。」
「干渉って言うと、神子か?」
「そう。あと神獣もね。ま、それらのシステムはだいぶ昔からあったらしいんだけど、昔は神子も自由気ままにやってたらしいわ。」
「今もだいぶ自由にやらせてもらってるけど。」
テツヤ自身、雷の神子だ。だが、雷の神に束縛されている印象はない。
「ところで、それって何年くらい前の話なんだ?」
「ん?種族同士の戦争が始まったのは、異世界人が現れて歴史を記録し始める前だから、正確なところはわからないけど、竜族が残した記録によれば、3000年くらい前かしら。」
「そんな前から・・・って、そっちじゃなくて、大陸が沈んだ時期だよ。」
「ああ、そっち?それは200年くらい前ね。私はその200年以上前の異物を探してるってわけよ!」
リースは大きな胸を張って高らかに自分の目的を宣言する。
だが、テツヤはそれに微塵も興味がない。ただ、200年前、という情報に対して感想を述べる。
「割と最近なんだな。」
200年というと、歴史で言えば結構な時間だが、「大陸が沈んだ」という点から、地学的な視点で見ると最近だ。
「そう?200年もあったら、世界の国々が総入れ替えするくらいあると思うけど。」
あくまでリースは歴史的な視点だ。
「いや、いくら何でも総入れ替えはないだろ。」
「あるわよ。・・・ああ、あんた異世界人だったわね。こっちの世界じゃ、そっちの世界より技術革新が速いの。知ってるでしょう?」
「あ、そうか。」
この世界は、テツヤの前世から最新技術を知る異世界人を召喚して、その異世界人が技術を伝えることでどんどん技術が発展している。前世では科学者や技術者が何年もかけて試行錯誤した物を、ここでは完成品の形が初めから提供されるのだ。それは前世と比べ物にならないほど早く発展するだろう。
そして技術は真っ先に戦争に利用される。戦争の様相は次々と変わり、国の興亡もその分早い。
「ところで、異世界人っていつからこっちに来るようになったんだ?」
「お、生徒から積極的な質問。いいわね。それも歴史に関する重要な要素だから、説明しておきましょう。」
リースは水分身から細い水鉄砲を地面に放って、地面に何か書き始めた。
初めは絵かと思ったが、並びからして文字のようだった。それを何列か書く。最後の列だけ、英語だと理解できた。
「ここから、ここまでがこの世界で異世界人が現れる前に使われていた言語。今では文字はほとんど使われず、エルフ語として森人の中で口伝で伝わっているだけよ。・・・で、これが初めの異世界人が伝えた英語。これは読めるでしょう?」
テツヤは頷く。
「英語を伝え、この世界の人々と異世界人の交流を可能にしたのが、アリスと呼ばれる異世界人。その伝説は様々な物語で描かれているけど、どれも童話じみていて、私は事実だと思ってないわ。どこかに当時の記録とか残ってそうなんだけど、まだ見つかってない。これもきっと海底ね。」
「なんで記録があるって思うんだ?」
「だって、アリスは文字も同時に伝えたんだもの。教わった文字を使って記録するのは自然なことじゃない?」
「そうかなあ。」
考古学者であるリースとしては、記録するのが当たり前なのだろうが、当時の人間たちがそう感じたかはわからない。
「ともかく、異世界人と交流が可能になったことで、異世界の技術も取り入れられ始めた。現代に残る歴史の記録も、ほとんどがその頃から始まってる。当然、暦もね。」
「じゃあ、今は1004年だから・・・」
「そ。アリスが英語を伝えてから、歴史の記録が始まるまでタイムラグはあるでしょうけど、ざっと1000年くらい前。それが異世界人来訪の始まり。」
「1000年かー。」
流石に4桁までいくと遠い昔に感じる。1000年以上前にこの世界に訪れたアリスという先駆者に、テツヤは思いを馳せる。
魔法が存在する、前世の常識が通じない世界で、言葉も通じない中、現地人に英語を教えた。どんな苦労があったのか、想像もできない。
授業開始前と比べて、すっかり積極的になったテツヤを、リースは満足そうに見る。
そして、総括。
「さあ、歴史探求の意義は理解できたかしら?そのアリスはどうやって当時の人々と付き合っていたのか。技術はどうやって広まっていったか。凄惨な戦争の詳細は?そこから学べる教訓は?それらを知るには、海底探索ってわけよ。」
「へえ~。」
「む、気のない返事ね。まあ、いいわ。それでも最初よりはマシな態度になったしね。・・・あ、そうそう。何か質問があれば受け付けるけど。もちろん、歴史に関してね。」
テツヤは少し悩み、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば、今の話、当たり前にこの世界にたっぷり魔力がある前提で進んでたけど、魔力ってどこから生じてるんだ?」
リースはすぐには答えず、悩むようにして黙り込んだ。




