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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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T29 リース・アメノ

あけましておめでとうございます。

正月ですが、本小説は季節を無視して進行します。

マイペース、マイペース。

「なんだ、古代人じゃなかったの?」


 そう言って、リースと名乗った水で形成された女性の像は、わかりやすく落胆を表現した。顔の輪郭もよくわからない大雑把な水像だが、全身の動きで表現している。

 いきなりテツヤに「古代人か?」と問うて来たリースに対し、テツヤはとりあえず自己紹介をして、自分が気絶した日付を教えた。すると、リースは落胆したのだった。


「ようやく失われた過去の記録を辿れると思ったのに、今さっき沈んだばかりだなんて!がっかりだわ。アダマンタイト製の鎧なんて採算の合わないモノ、現代じゃあり得ないから、古代文明の遺産だと思ったのに。」

「えっと、なんか申し訳ない。」


 沈んだのはテツヤのせいではないし、彼女の目的もテツヤにはまったく関係ないのだが、なんだか失望させたようで、とりあえずテツヤは謝った。


「ああ、ごめんごめん。あなたは悪くないのにね。・・・まあ、今回は単なる人助けだったと考えれば、そう悪くないかしら。」

「ヒト、助け?」


 目の前の水でできた女性も、背後の青い竜も、あきらかにヒトではなく、その姿は「人助け」という単語とどうにも結びつかない。むしろ竜の方は、ヒトを丸飲みにでもしていそうだ。

 視線に気づいたリースが、面倒そうに説明する。


「ああ、「外」じゃ竜は珍しいものね。好奇の目を受けるのは仕方ないでしょう。我慢します。あ、一応説明すると、竜が本体で、「これ」は対人用の人形のようなものなので。」

「あ、そうなんすか。」


 テツヤは、水の女性はスライム的な何かかと思っていた。


「一応、誤解のないように自己紹介しておきましょう。私はリース・アメノ・クエレブレ。呼び名はリースで結構です。2つの姓は敬愛する方々からいただいたものなので、気安く呼ばないように。私は見ての通り竜族で、考古学者をやっています。まあ、公式なものではないですが。今回貴方を拾ったのは、海底に眠る、沈んだ大陸の遺産を探してのことです。かつて世界にはここ以外にもいくつも大陸があったのは御存じでしょう?」

「えっと、何かで聞いたような・・・」


 ふう、とリースは溜息を吐く。水の分身は呆れた様子を表し、竜の本体は大きく息を吐いた。


「まあ、いいでしょう。無学なヒトの子はその程度でしょうしね。とにかく、私は沈んだ大陸の歴史を調べているんです。その手掛かりは海底にあるはずなので。」


 かつてこの世界にあった大陸は、現存するこの大陸を除いて、苛烈極まる大魔法の撃ち合いで沈んだと言われている。

 生き残った者達は残った大陸に移住したというが、当然、大陸と共に沈んでしまった国も人もたくさんあっただろう。そして、それらと共に過去の歴史も多くが失われている。リースはそれを解明したいのだ。


「へえ~。竜が考古学をねえ。」


 テツヤは感心半分、無学と言われた仕返し半分の気持ちを乗せて呟いた。

 その声に反応し、リースは弱めの殺気をテツヤに向ける。


「む、いけませんか?竜族が考古学を志して。・・・まさか、竜族を蛮族か何かと思っていませんか?」

「えーっと・・・」


 テツヤは答えに窮するが、本音を言えば、Yesである。竜と言えば、幻想世界ファンタジーにおける暴力の化身であり、欲望に忠実な獣というイメージが根強い。

 それを見抜いたのか、それとも彼女自身にコンプレックスがあるのか、テツヤの返事を待たずにリースは怒り出す。


「まったくもう!これだから人間族は!ヒトの形をしていないだけで野蛮と決めつけて!常に自分たちが最も賢いと勘違いをしている!どこの世界の話ですかっ!」


 ・・・たぶん、前世はそうだと思う。


 口には出さずに、テツヤはそんな感想を抱いた。


「いいでしょう。竜族がいかに文明的で、人間などよりも進んだ知恵を持っていることを思い知らせてやりましょう。」

「へ?」


 急に竜が手を伸ばし、テツヤを鎧ごと鷲掴みにする。まだ満足に体が動かないテツヤに回避する術はない。


「残念ながら、竜の島に人間を入れることはできません。私の発掘旅行に同行させてあげましょう!」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!俺は、ああああああ!」


 自分が追われている身の上だと説明しようと思ったが、言葉を待たずにリースが離陸、加速し始めたため、喋るどころではなくなってしまった。


ーーーーーーーーーーーー


「潜水もできないなんて、なんて貧弱な生物なのかしら!」


 リースに拉致されて数時間後。テツヤは彼女からそんな風になじられていたが、テツヤには反論する気も起きない。


 鷲掴みにされたまましばらく空を飛んだ。その際に、さっきまでいた場所は、海に浮かぶ小さな孤島だったことに気付いた。

 そして、適当な場所で突然リースは急降下。勢いよく海に飛び込んだ。もし鎧を着ていなかったら、テツヤは海面に叩きつけられた衝撃で大ダメージを受けていただろう。

 そのままリースはどんどん海底へと潜り、探索を始めた。これもまた、鎧の自動防衛機能がなかったら、急激な水圧の変化でテツヤは死んでいただろう。

 しかし、さっき海底に沈んだ時もそうだったが、鎧の空気ボンベは大した容量がない。すぐにテツヤは酸欠に陥った。潜って数分後、テツヤが全力でリースの手を叩いて限界を訴え、ついさっき、陸まで戻ってきたところだ。ここもまた無人島なのだろう。人気ひとけがない。


 そうして長時間の潜水を急に体験させられたテツヤは、ひどく疲弊していた。


 ・・・潜水ができないって、当たり前だろ。人間はそんな風にできてねえ!


 そう口に出したいが、テツヤの口はようやく吸うことができた空気を必死に取り込んでいて、喋る余裕はない。



 リースに呆れた様子で見られながら、数分かけてどうにか呼吸を整え、やっとこさ反論する。


「あんたら竜はどうか知らんけど、人間は数分も呼吸止めてたら限界だ!それに急な水圧の変化にも耐えられないから、一気に潜るのはやめてくれ!」

「はあ?」


 必死に正論を訴えたテツヤだったが、リースは「何を言っているのかわからない」という様子だ。

 これは、プライドが高い種族にあると聞く、他種族を理解する気がない、という奴だろうか。

 そう身構えたテツヤだったが、リースが告げた言葉は意外なものだった。


「水中呼吸も水圧緩衝も、魔法でできるでしょ。なんでやらないの?」

「え?魔法?」

「『シーブレス』に、『ウォーターボール』で体を覆う!初歩中の初歩じゃない。親とかから習わなかった?」


 どちらの魔法も、テツヤは聞いたことがある。

 『シーブレス』は水中で呼吸するための魔法だ。口と鼻の周囲の水を操作し、水が入らないようにしたうえで、その水から酸素を取り出す。知り合いの水魔法使いは、使いこなすには慣れが必要だと言っていた。

 『ウォーターボール』は確かに水魔法の初歩だ。水を集めて球体にする魔法だったと思う。だが、そんな使い方があるとは知らなかった。


「俺は異世界人だから、親とかは、こっちにはいないな。」

「あらそう?でも、教えてくれる奴くらいいたでしょう?ボッチだったわけじゃないわよね?」

「ボッチじゃねえけど・・・」


 <夜明け>のメンバーを思い出す。転生後すぐに会ったわけではないが、本格的に魔法を学べたのは彼らに会ってからで、テツヤにとっての魔法の師匠は彼らだった。

 その<夜明け>の主力メンバーの大半が失われたことを思い出し、テツヤはうつむく。

 リースは急に黙り込んだテツヤを見て首を傾げたが、その悲し気な様子は読み取れたのだろう。黙ってテツヤが話し始めるのを待った。


 少しして、気を取り直したテツヤが話を続ける。


「その魔法は聞いたことあるけど、俺は水適性が低いから使えない。」

「低いって・・・低くてもこれくらいは使えるでしょ。」

「いや、『ウォーターボール』はともかく、『シーブレス』は無理だろ。」

「え?いけるでしょ。低いってどんくらいよ。」

「どんくらいって・・・」


 言いかけて、テツヤは属性適性の数値評価方法を知らないことに気付いた。一応、教会とかでは数値の基準も設けているが、まだ一般的ではない。


 それから何度か互いに水魔法を使ってみたりして検証した結果、竜族の基準と人間族の基準がだいぶ違うことがわかった。竜族の「低い」は、ヒトにとって戦場で一応使える程度、数値にしてレベル5程度。軍の基準によっては適性があると名乗っても良いレベルであることがわかった。

 すなわち、ヒトの場合には適性がなければ使えないような魔法でも、竜族は生活魔法のごとく誰でも使えるということだ。潜水のほか、風魔法による飛行、炎魔法による耐熱結界、土魔法による建築まで。闇魔法を利用した念話のようなものですら、当たり前に使えるものらしい。


 ますますリースは呆れた様子を表し、大きく溜息を吐く。息がテツヤの顔を叩いた。


「まったく、貧弱種族とは思っていたけど、ここまでとは・・・しょうがない。探索に同行させるのは無理そうね。」

「理解いただけたようで何よりだ。」


 貧弱、貧弱と言われ続けてちょっと頭に来ているテツヤだが、ここで無暗に反論して、また深海へダイブさせられてはたまらない。


 ・・・とりあえず、諦めてもらえたならそれでいいな。人がいる島か、東大陸にでも送ってもらえないか、頼んでみるか?


 そんなことを考えたテツヤだが、期待は早々に裏切られる。


「じゃあ、歴史の講義と行きましょう。長くなるけど、構わないわよね?」

「ええ・・・」


 尋ねている口調でありながら、答えを聞いていないことが丸わかりの発言だった。

 テツヤはまだまだリースから解放されないようである。


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