T27 雲の中の怪物
4月15日。テツヤとヘンリーは昨日から海の上に出ていた。
先に宣言された通り、海に出てからはほとんど下に下りず、高高度を飛行している。ここまでに数回、海釣りのために下りたが、結果は散々だった。
釣りをしていると、頻繁に海獣に襲われるのだ。2人の実力なら撃退することは容易だが、ひっきりなしに襲われては、釣りどころではない。
結局、倒した海獣の1匹を解体して、当面の食料とした。
「まあ、予想の範囲内だよ。前に海に来た時もこうだったしね。」
「なら、先に言ってくれよ・・・」
正直なところ、海獣の肉は臭みが強くて、お世辞にも旨いとは言えない。脂身が多く、そこを避けてしまうと可食部はとても少なかった。
止む無く脂身に手を出したものの、これまた適切な調味料がなければまともに食えそうにない。そして、この浮遊島の調味料はそれほど多くなかった。
残った保存食で口直しをしつつ、この先の予定を話し合う。
「あとどのくらいで陸地に出るんだ?」
「2日か3日かな。あ、でも途中に島があったと思うから、そこまでは1日くらい。」
「よし、そこに寄ろう。是非寄ろう。」
安易に海上ルートを選択した過去の自分をぶん殴ってやりたい。テツヤはそんな気分だった。
遭難中だというなら、こんな状況も我慢しよう。だが、テツヤは遭難者ではない。貧しいわけでもない。
ならば、こんなまずいものを食う必要などないはずだ。1日も早く、陸地で美味いものを食べたい。そう思った。
ヘンリーも否やはないようで、すぐに了承する。
「はいは~い。じゃあ、進路を変えて・・・ん?」
浮遊島を操作し始めたヘンリーが、首を傾げて動きを止めた。
「どうした?」
「においが・・・空気が、妙だ。」
「におい?」
言われてテツヤは鼻をあちこちに向けて匂いを嗅いでみるが、何も感じ取れない。
「ああ、ごめん。僕はそういうの敏感なんだ。風の神子だからかな?」
風魔法は空気を操る。であれば、それのスペシャリストであるヘンリーならば、その空気に混じる違和感や、通常感じ取れない微量の臭気にも反応することもあるだろう。
「とにかく、この空に、何かいるよ。僕ら以外にね。」
「・・・鳥か?」
テツヤはそんな希望的観測を口に出しつつも、全身鎧を装着し始める。テツヤもまた、理屈はわからないが、嫌なものを感じていた。
「確かに、たまにこんな高さまで飛んで来る鳥、魔獣もいるけど、これは、多分違う。何というか・・・濃い。」
「濃い、か。」
・・・濃度、もしくは強さ、そんな感覚で表されるなら、魔力か?つまり、強大な魔力を持った何かがいる、ってことか。
テツヤは鎧を装着し終え、臨戦態勢に入る。
「ヘンリー、方向はわかるか?俺が探って来る。」
「多分、あの雲の中だよ。」
ヘンリーが指さした先には、暗い雲の塊があった。暗い灰色で、雷雲にも見える。
「でも、テツヤ。不用意に近づかない方がいいと思う。島の速度を上げるから・・・」
ヘンリーが逃走を勧めようとした時だ。
一陣の風が、2人がいる浮遊島を襲った。
それ自体に破壊力はない。干していた肉や洗濯物が揺れる程度。だが、その風に含まれたものは、2人を戦慄させるに十分な代物だった。
「っ!なん、だ、この魔力!?」
あまりにも濃密な魔力。一瞬、魔力視の視界が水色一色になった。攻撃の意図がないただの風で、これだけの魔力が乗る。これを送ったものはどんな化物なのか。
しかし、ヘンリーはテツヤよりも多くの情報をそれから得ていた。
「ヤバい!狙われた!全速で逃げる!テツヤ、掴まれ!」
ヘンリーは、その魔力に込められた術者の意思まで読み取った。今の弱風は、攻撃の前段階である。強力な攻撃を当てるために、マーキングされたのだ。
慌ててテツヤは手近なソファーに掴まった。たしかこれは、浮遊島と一体化していたはずだ。
それとほぼ同時に、島は急加速する。
風の神子の面目躍如。地に根を張った大木すら薙ぎ倒しそうな強風に乗せて、浮遊島は飛び出した。
高速で流れていく雲に、テツヤは前世で乗った新幹線を思い出した。あれと同じくらいの速度が出ている気がする。ヘンリーが周囲の空気ごと飛ばしているから無事だが、そうでなければ、鎧の補助を使って掴まっていたとしても、振り落とされたに違いない。
怪物がいたと思われる雷雲が、どんどん遠くなっていく。
「逃げ切った、のか?」
「いや、まだ敵の魔力が残って・・・」
言葉の途中で、「それ」は一瞬のうちに起こった。
テツヤに知覚できたのは、真っ白な視界だけだ。突如としてまばゆい光に包まれ、目が眩んだ。辛うじて魔力視が捕らえたのは、これも真っ白な視界。単に何も見えなかったのではない。濃密な光属性の魔力を感じたのだ。
テツヤ達を襲ったのは、光魔法『ライトストリーム』。一般的な魔導士が使うと、スポットライトのように対象を照らすことができる。光適性が特別高い勇者マサキが使うと、対象を焼き殺す光学兵器になる。
そして、「これ」は、マサキのそれを上回る代物だった。
超長射程にして、着弾までのタイムロスがほぼ0(ゼロ)。極太のレーザーとも言うべき攻撃だった。途中に邪魔な物質があれば屈折してしまうこともあるが、この時は補助者が周囲の空気を操作して屈折を抑制していた。
そしてその威力は、まるで太陽の欠片が地に落ちて来たかのような光と高熱。地上のまともな物質では灰も残らない。耐えられるのは、意思もつ物質、魔法金属くらいだろう。
光に包まれたテツヤは意識を失った。その直前に、落下するような感覚を感じながら。
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「驚いた~。あれを受けて、形を留めているなんて。」
「あの鎧はアダマンタイト製だそうです。そんなこともあるでしょう。」
「じゃあ、中身はまだ生きてるかもしれんね。とどめ、いっとく?」
「無理だとわかって言っているでしょう?もう雲の中に入りました。私の光はもう届かない。」
「お?じゃあ、見逃す?」
「いいえ。この下は海です。アダマンタイトの重さなら沈むでしょう。それで溺死してくれれば楽ですが・・・念のため、レーヴナスチに確認を依頼します。」
「アイツ、腰重いじゃん。行ってくれるかな?」
「使いくらいは出すでしょう。アレが生きていたら、我々の計画に支障をきたす恐れが、僅かにですが、あります。それは理解しているはず。・・・イネインは生かして捕らえたいようですがね。」
「あれ?これ、イネインに了承取ってないの?フィエルテならすぐ行って来れるじゃない。」
「どうせ彼と話し合っても平行線になるだけです。計画の是非ならともかく、彼がアレを欲しがっているのは、単純に趣味ですからね。」
「サカガミ、ねえ。まあ、あたしも興味はあるけど、計画の邪魔になるなら、要らないかな~。」
「そうでしょうとも。もしイネインがごねても、他の全員がこちら側なら問題ありません。リーベ、その時はあなたもこちらに票を投じなさい。」
「念を押さなくても・・・」
「あなたが優柔不断だから、こうして約束を取り付けているのです。自覚なさい。」
「しょうがないなあ。」
そうして、1匹は北へと飛び去り、もう1匹は光の中に姿を消した。




