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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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028 盾の使い方

「へぇ~、じゃあ、料理とかされないんですかぁ?」


 スミレと出会って半月ほど経った。この城に住み始めてから1か月半になる。この半月、アルバイトのごとく城の雑用を手伝って過ごしていた。うかつに城を出られないのだから仕方がない。その間、時々スミレがクロの自室にやってきて、こうして質問攻めしてくる。


「簡単なのはする。襲ってきた獣を返り討ちにしたときとか。生で食えなくもないが、大抵は『ヒート』で火を熾して焼くな。ああ、調味料は特につけない。持ち歩くのが面倒だし。」

「オレは塩胡椒くらい持って歩け、って思うんだけどな。あ!調味料使わないのが魔族の常識じゃないからな?こいつが特殊なだけだぞ。」


 クロが質問に答え、ムラサキが補足する。マシロはいつも通り城のメイドの手伝いをしていて、ここにはいない。


「あれぇ?『ヒート』って着火剤も無しに火を熾せましたっけぇ?」

「ああ、魔族の魔法はだいたいリミッターがないんだ。リミッターが付けられる前の古い魔法だからな。」

「あ~、そうでしたねぇ。ちょっと羨ましいですぅ。」

「そうでもないぞ。火をつけるなら『ファイア』のほうが魔力効率がいい。」


 魔法で現象を引き起こす場合、魔力なしで同じ現象を起こすよりも少ないエネルギーで済む。あらゆるエネルギーに無駄なく変換される魔力エネルギーならではの効果だ。故に、『ヒート』による加熱で発火点まで熱するより、対象に着火する炎魔法『ファイア』のほうが効率がいい。クロは炎魔法が使えないから止む無く『ヒート』を使っているに過ぎない。


「そうですねぇ~。あぁ、でも鉄板焼きなら『ヒート』のほうがいいですよぉ。」


 スミレがクロの盾を見て言う。確かにクロの盾は鉄板を強化して少し曲げただけのものだ。


「なるほど。いいなそれ。今度機会があったらやってみよう。」

「おお!スミレちゃん、天才!流石!」


 ムラサキが前足を拍手するようにパシパシ合わせて絶賛する。褒められたスミレは胸を張ってドヤ顔を見せる。


「ふっふっふ。そうでしょう、そうでしょう~。ムラサキちゃんは可愛いですねぇ~。」


 そういいながらスミレはそっと両手をムラサキに伸ばす。浮かれていたムラサキと、油を持ち歩くべきか思案していたクロは反応が遅れる。気づいたときにはムラサキは怪しい笑みを浮かべたスミレに抱きかかえられていた。


「あ。」

「『フォース・コンフェス』」

「ちょっ。」

「大人しくしてねぇ。」


 そうスミレが言うと、抵抗しようとしていたムラサキはあっさり力を抜く。ようやく捕まえた、と意気揚々とスミレがムラサキに質問をしようとすると、殺気に気付いてハッと顔を上げる。

 そこには椅子に立てかけてある長剣の柄を右手の人差し指でトントンと叩きながら、スミレを睨むクロがいた。何度か会うようになってから緩和されていた、クロの死を想起する目が復活していた。いや、出会った時以上に強くなっている。


「じょ、冗談ですよぉ~。」


 スミレが魔力の供給を止めて『フォース・コンフェス』を解除する。それを確認したクロは溜息を吐いて目力を緩める。


「ふぅ。いや~凄い迫力ですねぇ。クロさん恐いですぅ。」

「オレはスミレさんのほうが恐いですぅ・・・」


 ムラサキがスミレに背を撫でられながら、スミレの口調を真似する。僅かに震えているように見える。

 その時、部屋の入口からノックの音が聞こえた。スミレがその方向に気が向いた隙にムラサキはスミレの腕から抜け出す。それを確認したクロは椅子から立ち上がり、来客を出迎える。魔力視で誰が来たかはもう見えている。ちなみに、クロが設定した者以外が部屋に勝手に入ると原子魔法によるトラップが作動するようになっている。

 扉を開けると、執事のヴォルフがマシロを伴って立っていた。


「ご歓談中のところ、失礼します。仕事ですよ。」


 クロが椅子に座り、ヴォルフも対面の椅子に座る。今日は執事としてではなく、依頼主として来ていることを示している。マシロはいつも通りクロの横に立ち、ムラサキはベッドの上だ。寝てはいない。


「私、外しましょうかぁ?」

「いえ、スミレさん。あなたも聞いてください。依頼ではありませんが、どのみち情報はお伝えすることになりますから、手間が省けます。」

「わかりましたぁ。」


 スミレは椅子に座り直し、姿勢を正す。さっきまでの取材はプライベート。ここからは仕事、ということだろう。

 ・・・プライベートで自白魔法を使うなよ、って今更か。


「さて、まずは戦況の確認から。6月14日に陛下が戦線を押し返し、以降はその戦線の維持に努めていました。6月末から7月初めにかけて、クロ殿には敵将校の暗殺3件、別動隊を小隊4つ、中隊1つ潰していただきました。おかげで戦線を維持できました。改めて感謝します。」


 この世界の暦は前世とほぼ同じだ。ただし1年の始まりは春で、1~3月が春、4~6月が夏、といった具合だ。1月が30日きっかりで、月の満ち欠けにおおよそ合わせてある。12月の末に太陽と月の周期に合わせて数日の調整日がある。ちなみに今日は8月4日。秋の半ばだ。


「ふえぇ~、クロさん凄いんですねぇ。」

「こそこそ倒しやすい奴を狩ってただけだ。暗殺は全部ムラサキだしな。」

「しかし、うまくやっていただきました。帝国では<疾風>と<赤鉄>が現れた事だけ伝わっていますが、クロ殿達の能力や戦闘方法については漏れていないようです。」

「そりゃよかった。」


 クロの懸念事項の一つが情報漏洩だ。戦い方を知られてしまえば、対策される。戦闘では通信兵を優先的に倒すようにはしていたが、どうしても二言三言喋られてしまう。どこまで漏れているか心配していた。


「7月上旬、クロ殿が帰還してから帝国の攻勢が散発的になりました。この隙に反攻を、という意見もありましたが、そこまでの戦線維持のための損耗が激しく、7月いっぱい体勢を立て直すのに使いました。」

「結構厳しいのか?物資とか。」


 ・・・食うに困ってる様子は見られないが。いや、ムラサキは不満を言っていたから、一部は制限されているんだろうけど。


「いえ、物資は、余裕があるとは言いませんが大丈夫です。カイ連邦からの支援もありますし。問題は人手です。新兵をいきなり戦場に出すわけにもいきませんからね。」

「まあ、そうだな。」


 フレアネス王国の兵士は銃と魔法を併用して戦う。魔法を実践レベルまで鍛えるには、年単位の修練が必要だ。さらに銃を使う戦場で活かせるレベルとなれば、普通は十数年はかかる。故に新兵はこの一月弱でまず実戦での銃の使い方を習った程度だろう。魔法は、補助ならいいが、攻撃魔法はほとんど鍛えていまい。生兵法は大けがの元だ。


「そして最低限の軍備が整った今、反攻作戦が開始されることとなりました。クロ殿にはいつも通り遊撃に出てください。明後日には開戦と思われますから、今夜発ってください。」

「了解した。」

「帝国の動きはどうですか?」


 マシロが質問する。


「6月のカイ連邦戦線で帝国兵のほとんどが爆死したのが痛かったようで、再編に手間取っているようです。今回、急ごしらえの新兵を動員してでも攻めるのは、今が好機だからです。大陸の境界、リュウセン運河まで押し返せれば、防衛しやすくなりますし、講和の道も見えてきます。」

「講和ね・・・できるのか?」

「人種差別は根深いですからねぇ~。」

「しないよりはマシです。一時的でもいいのですよ。正直、この10年近くに及ぶ長い戦争でいろいろと問題を抱えているのですよ、この国は。それを整理する時間が得られるなら、それでいい。」

「そうか。」


 クロからすれば、10年もよく続けていられるものだ、と思う。どんな問題を抱えているのか、時間さえあれば解決できるものなのか、講和できなかったらどうするのか、クロはそんなことは知らない。考えない。それを考えるのは政治家の仕事で、人間のやることだ。人間をやめたクロがやるべきは、自分の生活を守ることだ。快適な生活と、自分の夢のために金が必要だから、人間社会を利用して金を得る。それだけだ。


「ところで、帝国が弱ってる、ってのがガセ、つまり罠だったら?」

「十分あり得るでしょう。だからこそクロ殿に行ってもらうのです。主軍の方にも切り札を出しますが、万が一の時は身元がばれたとしても援護に向かってください。」

「・・・それは勘弁願いたい。」


 クロとしては、自身が魔族であることを周知されたくはない。今でこそ王城に引きこもっているから快適に暮らせているが、いずれ自宅ができて、街に通うようになった時、魔族だとばれれば買い物も難しくなる。


「もちろん、無理強いはしません。ただ、我々としては、もうあなた方のことがばれても対処可能なように準備できている、とご理解ください。」

「・・・・・・」

「よろしいですか?他に質問は?」


 ヴォルフはマシロやムラサキにも視線を送るが、二人は特に異論はないようだ。


「わかった。今夜発つ。」

「ご武運を。では失礼します。」

「じゃあ、私も~。今日はありがとうございましたぁ。」


 ヴォルフが席を立ち、礼儀正しくお辞儀をして去っていく。スミレは当然のようにその後ろをついていった。

 二人が去った後、クロは大きく溜息を吐く。

 ・・・無事に帰って来られるといいなあ。



 数日後、西大陸北東部ミツルギ山の3合目付近。間伐された林に木漏れ日がさす。クロは犬形態のマシロの背に乗って狭い獣道を移動している。ムラサキも一緒だ。林の向こうの広い林道に帝国兵の中隊がいる。


「見えましたか?」

「ああ、俺にも見えた。・・・パッと見、特殊な装備はなさそうだ。」

「今のところ、敵兵の気配にも異常なし。まだこちらに気付いていません。」

「よし、じゃあ、初の実戦投入と行きますか。」


 クロは紐で括って背負っていた盾を外し、宙に浮かせる。2枚をくっつけ、一括操作を始める。


「ムラサキ、降りろ。パターン3で、あとは臨機応変に。一人も逃がすな。」

「了解。」

「はいよ。」


 ムラサキはひょいとマシロの背から飛び降りて、草むらに入っていく。それを確認したクロは左手で鞍に掴まり、右手に戦闘形態にした長柄長剣「黒嘴」を構える。盾は頭上だ。マシロはそのまま獣道を走り、敵部隊の遥か後方の林道に出る。十分な距離をとった。敵はまだ気づいていない。


「行きます。」

「おう。」


 マシロが全速力で走り出す。2人に装備を合わせて200kg近い塊が、時速300kmはあろうかという速度で林道を突き進む。地を蹴る轟音に帝国兵たちが振り向く。彼らが銃を構える前にマシロが合図を送る。


「盾を!」


 合図に合わせてクロが頭上の盾を前面に構える。視界が塞がれるが、マシロには関係ない。嗅覚式魔力感知で周囲は完全に把握できている。

 むしろ辛いのはクロだ。盾を決まった位置に固定するには、『移動』の魔法をかけ続けなければならず、それに必要な運動エネルギーは魔力で送らなければならない。予想以上の空気抵抗に大きく魔力を搾り取られる。それに歯を食いしばって魔力を供給し続けると、負荷が増してくる。敵兵の銃撃だ。盾でカバーしきれない弾がマシロを掠めるが、マシロはまるで意に介さず突進する。

 帝国兵からすれば溜まったものではない。鉄板を前面に掲げた巨大な塊が銃撃をものともせず高速で突っ込んでくるのだ。慌てて林に逃げ込むが、通信機をいじっていた通信兵を含む数名の兵士が避け切れずに轢殺される。

 部隊を薙ぎ払うように走り抜けたところでマシロが急制動をかけ、クロが飛び降りる。同時に盾を敵に向けて構える。

 ・・・真白の『換装』が終わるまで3、2、1、よし!

 マシロの『換装』は4秒でできるようになっていた。マシロが獣人形態になり、「黒剣」を両手に構えたのを確認すると、クロは左右の林に逃れた敵兵に向かって走る。

 敵兵は動揺しながらも林に隠れて銃を撃ってくる。普通ならこうして隠れられると討ち漏らしがありそうだが、魔力感知で見れば、生きた人間は容易に見つけられる。

 ・・・左右共に半分が撤退を始めている。追う必要があるな。

 クロは右に向かう。左はムラサキが待ち構えているはずだ。

 以前は銃弾を浴びながら強引に突っ込んでいたが、今回は盾に身を隠して進む。

 ・・・これは、予想以上にいいな。

 銃撃を受けると、その衝撃で足が止まってしまうが、盾で受ければそれがない。よりスムーズに進める。さらに思い付きで試してみる。

 ある程度接近したところで盾を先行させる。シールドバッシュもどきだ。


「は!?ぐおっ!」


 まだ距離があると見て銃を撃っていた帝国兵が突然突っ込んできた盾にぶつかり、昏倒する。その間にクロは別の敵兵に接近する。木を盾に撃ってくるが、まず銃を叩き落とし、返す刀で突く。ナイフで応戦しようとした敵兵は、リーチの差と予想以上の重い一撃に反撃も防御もできずに喉を貫かれる。

 クロは盾で昏倒させた敵兵のほうに振り返ると、盾を操作してギロチンのごとく昏倒した敵兵にとどめを刺す。

 ・・・盾なしで突っ込んだ際に2,3発腹にもらったな。チタン装甲のおかげで内臓まで達してないが、結構衝撃が来た。真白のようにはいかないか。

 当のマシロはというと、木々の間を走り回り、木を盾に銃弾をよけ。死角に回って敵を斬る。三角跳びで上に登ったかと思えば高速で地面に降り立ったリ、三次元的な動きで敵を翻弄し、蹂躙している。

 ・・・やっぱり真白は速いな。この状況だと手間取れば逃げられるし、使える物は使わせてもらうか。

 クロは倒した敵兵から武器を奪うと、数十m離れた木に隠れた敵兵に向かって手榴弾を投げる。クロが銃を撃って来ないことで遠距離攻撃が乏しいと思っていた敵兵は逃げ遅れて破片を浴びた。

 残った敵兵が銃を撃ってくるが、クロもまた盾に隠れて銃を撃ちながら接近する。銃が当たればもうけもの。接近したら斬り倒す。それを繰り返して逃げる敵兵を追い、一人残らず殲滅した。

 盾の有用性を実感した一戦だった。


本日の愚痴

ストレスで寝不足だって医者に言って処方された睡眠薬が効かねえ・・・それどころか逆に眠れなかった。なんだこれ。

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