T22 凶弾
セレブロは、皇帝の居住区入口から別行動をとっていた。
エントランスでリーダー達がモリス軍師とやり合っている間に、内部へ先行。敵との遭遇を避けつつ中庭に直行し、そこからリーダー達の動きを見ていた。
居住区の構造について事前情報がない以上、ここでの作戦は賭けの要素が大きくなる。その場その場で最適な行動を自分で判断しなければならない。
セレブロは自ら中庭に陣取ることを選択した。
セレブロは認識阻害魔法『ソリチュード』で身を隠すことができるが、手練れの魔法使い相手ではそれも絶対ではない。そしてここまで得た情報から、少なくとも皇帝には通じない可能性が高いと踏んでいた。
ならば、この状況下でセレブロの能力を活かすにはどうするか。
まずは『ソリチュード』に頼らずに身を隠し、屋敷の構造や状況を把握する。隠れながら見渡すには中庭が最適だった。
中庭からリーダー達の動きを見ていれば、細部はわからずとも、概ねは把握できた。
そして、3階まで上り、メイドに案内されて進んでいたところから、セレブロは皇帝がいる部屋を把握。
リーダー達が時間を稼ぎつつゆっくり歩いているうちに、皇帝がいる部屋から見て、中庭を挟んで反対側の屋上まで登った。
そしてライフルのスコープ越しに観察し、リーダー達が入る前、メイドが扉を開けだ時点で部屋の中の配置を把握。そして皇帝の位置を記憶した。
その時、皇帝と目が合った気がしたが、気のせいだと思う。
そして、リーダー達が部屋に入り、扉が閉まってから30秒後。打合せ通りに撃った。
セレブロが今回の作戦で、リーダーと話し合っていたのは、皇帝と対峙した時の段取り。
リーダーは皇帝を見つけたら30秒以内に倒す。それができなかったら、リーダー達はさりげなく射線を開けるので、セレブロが狙撃する。そう決めていた。
皇帝の部屋に窓があればベストだったが、屋敷の構造を中庭から見た時点でそれはあきらめた。
天窓はなく、窓があるのは中庭に面した廊下だけ。どの部屋も窓がないような作りだった。
あまり快適でないように見えるが、狙撃を警戒したためにこうなったのかもしれない。
尚、実際には、普段はこんな構造ではない。
皇帝の指示を受けて、管理人が今日はこんな構造にしていただけだ。
屋敷の構造を自在に変える能力者がいるなど、セレブロは知る由もない。
ともかく、セレブロは狙撃を実行した。
皇帝が初めの位置から動いていなければ、命中したはず。扉越しだったので逸れた可能性もあるが、問題ない。
案の定、異常に気付いたメイドが扉を開けてくれた。
セレブロの想定では、メイドが「いつの間にか空いた扉の穴」に気づいてから動く、と思っていたが、メイドの反応は予想より速かった。
・・・でも、問題ない。扉さえ開けば、外すことはない!
リロード済みのアンチマテリアルライフルを構えて、スコープ越しに部屋を覗く。
だが、部屋の中の光景は、セレブロの想定より悲惨だった。
「え?・・・え?」
思わず声を漏らしてしまうほど、信じ難かった。
被弾していたのは、リーダーだった。
皇帝の机から見て、メーチ、リーダー、側近2人の順に、一列に並んでいた。
側近2人は首や胸が吹き飛び、血肉を撒き散らして絶命していた。
そしてリーダーは背中から銃弾を受け、それが深々と食い込んでいた。しかし、貫通はしていない。
リーダーが傷口と口から血を溢れさせて倒れる。
大柄なリーダーが倒れて、メーチの身体が見えた。メーチは無傷だ。そしておそらく、メーチの身体の影に、机に皇帝はいる。初めの位置から移動していない。
「なんで、射線上にいるのよ・・・しかも、並んで・・・」
リーダーに狙撃位置を知らせてはいないが、状況から十分察せられたはずだ。
いや、問題はそこではない。わざわざ一列に並んでいたのだ。明らかに狙撃に対する盾として利用された。
部屋に入ってからわずか30秒で、4人を無力化し、かつ、闇魔法で従属させる。そんなことが可能などと、考えたくもなかった。
セレブロは、自分がなすべきことを考える。
きっと皇帝はメーチの向こう側にいる。今撃てば、メーチを貫通して、皇帝を倒すことが可能ではないか?
・・・そうだ。ここまでの犠牲を無駄にできない。リーダーの犠牲も!撃たなければ。撃たなきゃ・・・
そう思って引き金を掛けた指に力を入れるが、何故だが引けない。
わかっている。仲間を殺すとわかっていて、そう簡単に撃てるものか。
だが、それでも撃たなければ。
深呼吸をし、頭の中で無数に言い訳を考え、最後には頭を真っ白にして、引き金を引いた。
撃った直後、一瞬、目を閉じてしまったのは、セレブロ自身、恥ずべき失態だと思った。
ともかく、目を開き、結果を見る。
メーチは無傷だ。
外してしまったか?
いや、違う。メーチの前に白髪の男が立っていた。どうやったかは不明だが、彼が弾いたのだ。
男がこちらを見て、何事か喋った。内容はわからなかったが、その表情から怒りが見えた。
・・・失敗だ。これ以上は無理!
完全に位置を知られて、防御の態勢も整えられた。もうどこから撃っても当たらないだろう。
悔しさに歯を食いしばりながら、銃を担いで走り出す。
だが、遅かった。
「陛下にぶっ放しといて、ただで帰れると思ってんの?」
行く手には、先程扉の前にいたはずのメイド。彼女は皇帝の部屋に駆け込んだように見えていたが・・・どうやらセレブロが2発目を撃っている間に回り込んで来たらしい。
ほんの数十秒でここまで到達する速度は驚嘆すべきものだが、魔法使いならあり得ないことではない。身体強化魔法を使った獣人族なら、そのくらいはやってのける。
ただ、それ以上に驚くべきは、彼女がここまで担いで来たモノだ。
そのメイドがセレブロの下に持ってきたのは、リーダーの死体。いや、辛うじて生きている。かすかな呼吸が、胸の動きで見えた。
その虫の息のリーダーに折れたナイフの刃を突きつけつつ、セレブロを脅す。
「こいつはあんたらのリーダーでしょ?私らが全力で治療すれば、まだ蘇生できるわ。今すぐ降伏したら助けてあげる。」
「・・・・・・」
『ソリチュード』は確かに発動している。そのうえで認識されているということは、彼女が相応の手練れであることを示している。正面切って戦える相手ではない。
・・・ここで降伏?それは嫌ね。まだ希望を捨てたくはない。それに、リーダーもそれは望んでいないはず。
まだテツヤがエントランスで戦っているはずだ。ビャーチも姿は見えないが、まだ生きているはずだ。
そう考えたのに合わせるように、中庭から窓ガラスが割れる音がした。チラリと視線を向ければ、ビャーチが飛び出して来た。高速で木を駆け上がり、ジャンプし、そのまま何らかの方法で空を飛んで逃げた。
一瞬の逃走劇。それにセレブロもメイドも目を奪われた。
先にこの好機に気づいたのはセレブロ。このメイドを倒すことはできないが、逃げる事なら可能かもしれない。
素早く拳銃を抜き、メイドに向ける。
気がついたメイドは回避。セレブロはそれを追うように銃口を動かす。
が、その際に、リーダーがこちらに手を伸ばしているのに気がついた。
・・・リーダー!何を?
最期に何か、伝えることがあるのか、それとも渡す物があるのか。いずれにせよ、重要でないわけがない。
メイドに発砲しつつ逃げるつもりだったが、行先を変えて、リーダーの元へ走る。幸いにもメイドは回避のためにリーダーから離れている。
セレブロが近づくと、リーダーは小さな声で何かを懸命に喋っていた。
銃でメイドを牽制しつつ、耳を近づけてそれを聞く。
そして、確かにそれを聞き終えると、セレブロは発砲しながら走り、中庭に飛び降りた。まだエントランスにいるはずのテツヤを迎えに行かなければならない。
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逃げる狙撃手を見送るメイドが溜息をつく。
そして、自分の服装を見回し、銃弾が当たってほつれたところがないか確かめる。
・・・まあ、だいぶ血で汚れたから、新調した方がいいかもしれないけどね。
すると、急に背後から声をかけられた。
「やあ、ベレッタちゃん。御苦労さん。」
「急に後ろに現れないでください、ライオ様。」
「あーあ、あんまり驚いてくれなくなっちゃったな。寂しいねえ。」
「もう何度もやられましたから。」
その能力を使って、メイドの背後に突然現れては脅かすのが彼の趣味の悪い遊びだった。
ライオは半ば怒りの混じったままの笑顔で問う。
「で、かかった?」
「おそらく。陛下の命でしたからやりましたが、正直さっさと殺してしまった方が、楽で安全でした。」
「まあ、そう言わないの。あの能力は使えるよ。」
メイドであるベレッタとしては、気配を完全に消してどこへでも侵入する狙撃手など、危険で仕方がないと思う。だが、殺すには惜しい能力だというライオの話も一理ある。何より、皇帝がそう指示したのだから、否と言えるはずもない。
「で、これの処遇はどうするのですか?」
ベレッタは虫の息の<夜明け>のリーダーを指差して尋ねる。
「そうだなあ。生き延びたら使う予定だったらしいけど・・・」
ライオはポケットから銃を取り出した。リーダーの側近が使っていたものだ。
「これはもう使い物にならないでしょ。」
そう言って無造作に発砲し、とどめを刺した。
「じゃ、ベレッタちゃん。後片付けよろしく。」
そんな捨て台詞を残して、ライオは消えた。
「御意・・・・・・片付けさせるなら、撒き散らさないでよね、もう。」
ベレッタはまず、ライオが撃ったとどめのせいで飛び散った肉やら何やらの回収から始めた。




