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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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T20 屋敷の管理人

 ガラヴァーという要塞の中心に位置する皇帝の屋敷。その地下に奇妙な部屋があった。

 内装は質素な貴族が使う一室と言った雰囲気で、机や書棚など、事務仕事の用品もそろっている。内装は普通と言っていいだろう。

 問題はこの部屋と外界との境である。窓がないのは地下だから当たり前として、扉がない。外界とつながるのは、人が入れないような細い換気口だけ。風魔法の補助なしでは十分な空気が送られそうもないほど狭い。

 そんな出入り不可能な部屋の中央で、1人の老婆が安楽椅子に揺られていた。目を瞑っているが、寝ているのではなく、ここではない別の場所を見ていた。


「随分頑丈な侵入者だね。」


 ぽつりと呟いた小さな声。それは独り言だったが、まるでそれに返答するように、その封鎖された部屋の壁が爆音と共に砕けた。


「・・・・・・見つけた。」

「騒がしいね。仕事は静かにやるものだろう?」


 壁に開いた大きな穴から歩いて入って来たのはビャーチだ。両手に拳銃を持ち、さらに腰のホルスターに2丁の拳銃を備えている。

 壁を派手にぶち壊して入って来たビャーチに対し、老婆は驚いた様子もなくビャーチをたしなめた。


「・・・・・・確かに、あなたにはそう教わった。でも、この壁を壊すにはこれしかなかった。」

「おやおや、ここを見つけるなんてどこの手練れかと思ったが、まさか、セレスティナ。可愛い孫娘とはね。」

「・・・・・・やっぱり、あなたか。エステラ祖母ばあちゃん。」


 セレスティナ・ローリー。それがビャーチの本名。それを知るこの老婆は、エステラ・ローリー。ビャーチの実の祖母だった。


 生まれついて高い魔法の能力を示していたビャーチは、10歳のときに行われた検査で軍に目を付けられるまで、祖母から密かに魔法を教わっていた。

 魔法の習得のため、未だ教会が残る田舎まで連れ出されたり。魔法の修練に付き合ってもらったり。

 そして事あるごとに言われたのは、「慌てず、騒がず、落ち着いて。常に静かに事を成すこと。」


 そんな教えを授けたエステラは、若い頃、帝国屈指の土魔法使いだった。

 ライデン帝国が魔法廃絶を訴え始めた初期の頃、まだ内部では多くの魔法使いが活躍していた。その中でも、貴族の間で有名だったのがエステラ・ローリーだった。

 曰く、「帝国で最も優秀なメイド」、「1人で屋敷のすべてを管理するメイド」。そんな存在として知られていた。

 ただし、それが声高に語られることはなかった。エステラのメイドとしての能力が高かったのは、強力な土魔法によるところが大きかったからだ。魔法廃絶を主張している帝国では、褒められた存在ではない。

 だが、それでも彼女は多くの貴族から引く手あまただった。国の主張に反しても尚、喉から手が出るほど欲しい、そんな超有能メイドだったのだ。


 そんなエステラから教えを受けたビャーチもまた、優秀な土魔法使いである。ただし、メイドとしてではなく、暗殺に用いている。


 様々な過去を思い出しつつ、ビャーチがエステラに問う。普段は迷うように一拍置いてから口を開くビャーチだが、今この時だけは迷いなく素直に話す。


「祖母ちゃんは、私を助けるために皇帝に直談判しに行って、そのまま帰って来なかった。母さんからそう聞いたけど?」

「ああ、そうさ。帰る必要がなくなっちまったからねぇ。」

「何で?私のことはどうでもよくなっちゃった?」

「そんなことはないさ。ただ、教えることは教えた。後はあんたが自分で自分を鍛える段階だった。それだけさ。」

「ふうん・・・」


 ビャーチは表面上、なんでもなさそうにする。そうして、湧き上がる悲しみを抑え込んだ。

 今度はエステラが問う。


「セレスティナは何をしにここに来たんだい?」

「・・・・・・皇帝を倒しに来た。」


 やや返答に迷ったが、正直に話す。祖母に嘘が通じなかったことが思い出されたからだ。読心魔法とか、そういうのではない。多くの主に仕えたメイドとしての洞察力によるものだった。


「まあ、そうだろうねえ。ここまでの動きを見れば、そうだろうさ。」

「やっぱりずっと見てたんだ。」

「当り前だろう。私はこの屋敷の管理を任されてるんだ。屋敷の中のことは常に把握してて当然だ。」


 エステラが老眼鏡を弄る。その所作を見るとまるで目で見て把握しているかのようだが、そうではないとビャーチは知っている。

 エステラの能力は、自分の魔力が通った屋敷を自分の身体の一部として認識し、自在に操ることだ。屋敷の壁や床に伝わる振動や衝撃を感じ取り、触覚と聴覚で把握する。そして、好きな場所を好きなように変形させることができる。

 すなわち、ビャーチ達は、この居住区のエントランスから入った時点から、ずっとエステラの腹の内にいたのだ。


「しかし、なぜ陛下を倒すんだい?」

「あなたがわからないわけない。」


 ・・・祖母ちゃんは、私が自由に魔法を使って生きられるようにするために、皇帝に直談判をしに行ったはずでしょ。


 ビャーチはそう思い、それを口に出そうとしたが、エステラは先に読み取った。


「魔法を使いたいからか。」

「・・・・・・そう。」


 ビャーチが、祖母の相変わらずの洞察力に感心していると、エステラは安楽椅子を揺らして笑った。


「なら、陛下と敵対する理由なんてないさ。こっちに来な。」


 手招きするエステラに、ビャーチは戸惑う。


「なんで?」

「見ればわかるだろ。私はまさに今ここで魔法を使ってる。存分にね。陛下の直属になれば、お前も魔法を自由に使えるよ。まあ、おおやけにならないように工夫は必要だけどね。」

「・・・・・・」


 確かにエステラはこの屋敷で存分にその能力を発揮している。ビャーチの目的が堂々と魔法を使えることであるならば、皇帝に従えばいい。


 だが、ビャーチは銃を構え、エステラに向けた。


「おや、どういうつもりだい?」

「あなたが帰って来なかったのは、それが理由?好みの職場が見つかったから?」

「そうだね。ここならこそこそしないで私の能力が使える。これ以上の喜びはないよ。だから、お前も来なさい。」


 ビャーチは否定の意志を、首を振る代わりに、撃鉄を起こして示す。


「断る。私は自分だけが助かればいいなんて、思ってない!」


 ドドオオン!!


 ビャーチは引き金を引いた。実の祖母に向けて。

 殺し合いなどしたくはない。父が戦死し、母はまだ生きているが、革命組織に入った時点でもう会うことはないと決めている。祖母は数少ない肉親だ。そして、魔法の師匠でもある。

 だが、ビャーチはこの国を変えるという固い意志でここに来ている。魔法の才能があるというだけで人生が狂わされるような、自分のような者がもう現れてほしくない。

 その意志が情を上回って、引き金を引いた。


 それとほぼ同時。ビャーチとエステラの間に多数の石の柱が生えた。極太の石柱が、1秒にも満たない短時間で、床と天井を繋ぐ。

 ビャーチが放った弾丸は2発とも石柱に阻まれた。


 しかし、ここからが<魔弾>の二つ名を持つビャーチの真骨頂だ。

 着弾した2つの弾丸は、即座に大きな爆発を起こした。ビャーチが仕込んだ『エクスプロージョン』の魔法である。

 強力な爆発が石柱を吹き飛ばす。しかし、その破片はエステラまで届くことはなく、その奥にあった別の石柱に阻まれた。


「なるほど、壁を壊したのはそれかい。才能があるとは思ってたけど、私の石を壊すほどの出力とは。・・・それにしても銃とはね。愚息の真似かい?」

「これは父さんの形見。」

「おや、息子は死んじまったか。魔法の才には恵まれなかった愚息だけど、それは残念だね。」

「だったら、もうちょっとくらい、悲しそうにしろ!」


 ビャーチが続けて爆裂弾を放つが、いずれも新たに生えた石柱に阻まれる。


「それも教えなかったかい?セレスティナ。メイドはそんな簡単に感情を表に出すもんじゃないよ。」

「私はメイドじゃない。それに・・・」


 ビャーチは左手でもう1発撃ち込みつつ、右手の拳銃を一旦仕舞い、別の拳銃を取り出す。それにはすでに、発動準備が済んだ魔法が仕込まれている。


「もうその名前はいらない!今の私はビャーチだ!」


 右の銃を部屋の隅にあった鏡に向ける。エステラがそこに移っていた。


「『レーザー』」


 先の大声に隠れるように、小声で詠唱する。使い込んだ魔法ならば、小声でも発動可能だ。

 ビャーチの光適性では、発動まで数秒。エステラからは石柱で見えていないはずだ。

 しかし、その数秒をエステラは待ってくれなかった。


「じゃあ、もう孫として接しなくていいね?」


 無詠唱で壁、床、天井から石槍が飛び出す。ビャーチは大急ぎで跳び退き、辛うじてそれを回避した。

 だが、そのせいで狙っていた『レーザー』はあらぬ方向へ。壁にわずかな焦げ目をつけただけに終わった。


「おお、『レーザー』か。そういえば、光適性も高かったね。」


 そんな感想を述べつつ、次々と石槍を生やしてビャーチを攻撃する。ビャーチは辛うじて回避しているが、串刺しになるのは時間の問題だ。

 また、何とか回避し続けたとしても、どんどんエステラから離れてしまっている。すでに拳銃の射程ではなくなってしまった。


 ビャーチは回避と銃による迎撃で、どうにか石槍を躱しつつ、今まで抜いていなかった銃を取り出した。

 もう拳銃が届く距離ではない。『レーザー』を撃つ余裕もない。

 何をする気か、エステラも読みかねたそれは、銃口から大量の水を放った。

 エントランスでモリスに撃ったような鋭いものではなく、消防車の放水のような水流。


「なっ!?」


 思わずエステラは安楽椅子から飛び上がり、流れ込んで来た水を避けた。

 水は出口のない部屋に溜まり、数cmの水位で止まった。


 近くに川があるわけでもないのにこれだけ大量の水を出すのは、多量の魔力を消耗する。そんなリスクを負ってまで放った水流。だが、エステラにダメージはない。

 リスクに見合っていないように思える攻撃。だが、エステラはすぐにその意図を察した。


「逃げられたか。我が孫ながら策士だね。」


 エステラの注意が再度ビャーチに向いた時には、もうビャーチは屋敷にいなかった。おそらく1階まで駆け上がり、窓を破って脱出したのだろう。

 目いっぱい激情を露にしてから、即座に逃走。意図が読みづらい放水攻撃。エステラをして感心させる手並みだった。勝てないと見るや、逃げるまでの判断が速い。表面上は怒っているように見えて、冷静だったのだろう。

 そして何よりエステラが感心したのは。


「こんなに水浸しじゃ、掃除が大変だ。まったく、やってくれたよ。」


 万能メイドと謳われたエステラだが、使えるのは土魔法のみ。水害に遭ったときに濡れたものを乾かしたり、溜まった水を一気に除去するのは苦手だった。

 メイドとして汚れたままにしておけないが、すぐには片付けられない汚れ。それが発生したために、エステラの注意は、部屋に溜まった水に向けられてしまった。

 ビャーチはエステラの性格を把握したうえで、その注意を引くのに最適の攻撃を行ったのだ。



 エステラは溜息をつき、体をほぐす。この水を片付けるには、自分の身体も動かした方が早い。


「やれやれ。まあ、あの子はまた来るだろう。あんたが私を知ってるように、私もあんたを知ってるよ。負けず嫌いだもんね、セレスティナ。」


 そう呟きつつ、エステラは壁から大きなかめを作り出し、水をその瓶に手作業と『ウォータ』を併用して集め始めた。


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