M03 勇者という生物
イーストランド王国、対帝国最前線基地の会議室。勇者マサキは作戦会議を終えてアリスと共に会議室を出た。マサキとアリスの担当は、帝国の戦車部隊の迎撃だ。現状、戦車に対抗できるのがマサキしかいない故に当然の采配であった。
マサキは歩きながら戦車の構造を思い出す。戦い始めて一月半、何度か戦車を潰したことがあった。マサキの『光の盾』は戦車の突進すら止め、当然、砲撃も効かない。マサキが戦車を止めている間に隙を見てアリスが特大の炎魔法で焼く。もしくはマサキが強引に戦車に乗り込んで敵兵を倒した。
今回は複数の戦車が相手だが、やり方さえ間違わなければ倒せるとマサキは思っている。
準備を整え、出陣。友軍と別れ、2人だけになって歩き出したところで、アリスが話し始めた。
「戦車部隊、ですか・・・」
「ああ。でも、大丈夫だよ。」
マサキはアリスを安心させるつもりでそう言った。アリスが不安そうな顔をしているのにはマサキも気づいていた。だが、何を思っているかは気づいていなかった。
アリスは立ち止まり、俯く。マサキも足を止めてアリスを見ると、アリスは涙目で睨んできた。予想外の反応に驚くマサキへ、アリスが叫ぶ。
「なぜっ・・・!そんな、平気なのですか!」
「え?」
「恐ろしくないのですか!?あんな、大きな鉄の塊が突っ込んでくるのに、なぜ、一歩も引かずに正面からっ・・・!」
マサキは戸惑うしかない。恐ろしいと思ってはいる。だが、戦わなければならない、という意志で恐怖を抑え込んでいた。何より、アリスを不安にさせないために、自分が恐れている様子など見せるべきではないと思っていた。
返答に迷うマサキにアリスは捲し立てる。
「私は、恐いです・・・!あんなのの正面になんか立てない!いくらあなたの魔法で守られているからって・・・恐いものは恐いんです!今までは任務だと思って、すくみそうになる足を無理やり動かして戦いました!でもっ、今度は、部隊!?あれが、あんな恐ろしいものがたくさんいるところに行くんですか!私は嫌です!誰だって嫌です!なのに、なぜあなたはっ!平然とそこへ向かえるんですか!あなたには恐怖というものがないんですか!?」
「ぼ、僕だって、恐いよ。でも、僕がやらなきゃ・・・」
「ええ、わかってますよ!あなたは勇者ですもんね!勇者は勇気で恐怖なんか抑え込めるんでしょうよ!でも、私は普通の人間です!私には、そんなこと、できない・・・」
「アリスさん・・・」
叫び疲れたようにアリスはまた俯く。そして、ポツリと呟いた。
「あなた、本当に人間ですか・・・?」
それはマサキには結構ショックだった。マサキは自分が特別だとは思っていなかった。特別な能力をもらっただけの、ただの人間だと思っていた。
・・・僕が、異常?人間らしくない?考えた事も無かった。
マサキはショックを受けつつも、自分でも意外なほど早く立ち直る。
「アリスさんが嫌なら、今からでも戻っていいよ。僕一人で行くから。」
アリスを心配しての言葉だったが、アリスはそう受け取ってくれない。
「私は、やっぱり足手まといですか・・・」
「そ、そうじゃないよ!ただ・・・」
そこまで言ってマサキは躊躇う。何と言ってやればいいのか。アリスの必要性を訴えるべきか?でもそれで無理に連れていくことになっても困る。マサキとしては穏便に帰したかった。しかし、躊躇っているうちに、アリスが結論を出してしまう。
アリスは一つ大きな溜息を吐き、顔をゴシゴシと両手で擦ると、いつもの表情に戻して顔を上げた。
「すいません。わがままを言いました。忘れてください。」
「しかし・・・」
「どの道、命令ですから。今から帰ったら敵前逃亡でどんな罰を受けるか。選択肢なんてないんですよ。行くしかないんです。ほら、行きましょう。」
「・・・うん。」
表情を取り繕っているのは、マサキにもわかった。今後どうアリスと接して行けばいいのか、悩みながらの行軍となった。
数十分後、マサキたちは一度の戦闘もなく歩き続けていた。時折、ちらりと敵兵が見えるのだが、こちらに気付くとすぐに逃げてしまう。
・・・流石に僕を倒すのは不可能と気づいたか?つまり、無駄に兵を損耗させないために徹底的に僕との戦闘を避ける方針か。人を殺さなくて済むのは有難いけど、このしわ寄せが友軍に行っているとしたらまずいな。
つまり、目的の戦車部隊もマサキたちを避けて行軍している可能性がある。もしそうなら、戦車部隊を追わなければならない。しかし、先のアリスを考えると、追うとは言いにくい。結局マサキは歩き続けるしかなかった。
そして、そんな余計なことを考えていたために、罠に気がつかなかった。
しばらく歩くと、帝国軍の司令部がある砦まで来てしまった。まだ2kmくらいの距離があるが、戦車が並んでいるのが見える。戦車部隊とすれ違っていなかったことにマサキは安堵する。
「よし、あの戦車を破壊したら、戻ろう。」
「はい。」
そうして走り出したマサキは、数歩目を踏んだところで地面の違和感に気付き、反射的に飛び退いた。地面が不自然に柔らかいと感じたのだ。
マサキは落とし穴だと思った。マサキは穴に落ちたくらいではダメージを受けないが、落ちれば一時的にアリスと分断されてしまう。アリスには戦場では常に『光の盾』で囲む防御陣を展開しているが、離れれば消えてしまう。それを恐れての回避行動だった。
だが、それが仇となった。飛び退いた直後、地面で大爆発が起こる。罠は落とし穴ではなく、地雷だった。
爆風も石も砂埃もマサキには届かない。マサキはすぐにアリスがいた場所へ、砂埃をかき分けて向かう。しかしそこにアリスの姿はなく・・・10mほど離れた位置にいた。
「アリス!」
『光の盾』は、オートでマサキ自身を守るものはマサキの体表に発動しているが、任意発動のものは板状にしか出せない。そのため、アリスを囲う『光の盾』は側面に3枚、上に1枚の三角柱型だった。したがって、地面からの攻撃には無防備だった。
アリスに駆け寄るマサキの後方から、複数の砲撃音が鳴り響く。
「『光の盾』!」
マサキは『光の盾』を追加し、アリスを守る。砲弾は『光の盾』によってアリスに届く前に空中で止まり、跳ね返されて地面に落ちる。数秒のうちにそれをいくつか繰り返すと、ようやくマサキはアリスのもとに辿り着く。真っ先にアリスの容体を確認する。
意識はない。そして・・・下半身はもう原形を留めておらず、内臓がはみ出している。
・・・落ち着け。この世界には魔法がある。僕も使える。治せる。治せるんだ。
マサキは必死に自分を落ち着かせる。高度な木魔法を用いれば、部位欠損も治せる。内臓を修復する魔法もある。いずれも高度で習得の難しい魔法だが、マサキは習得している。だからマサキには今のアリスを助けることができる。だが、今のマサキは祈るしかない。早く砲撃をやめてくれ、と。
砲撃は間断なく撃ち込まれ続けていた。砲撃が続く限り、『光の盾』を解除できない。そして、マサキは『光の盾』と高度な木魔法の同時行使ができなかった。
・・・落ち着け、落ち着け!今焦って治癒しようとしたら『光の盾』が消えるかもしれない。そうなったら終わりだ。焦るな。砲弾は無限じゃない!いつか止む!
しかし祈れども砲撃は止まない。
・・・くそっ!いつまで撃ち続ける気だよ!・・・移動すべきか?いや、こんな状態で動かしたら・・・
そして数分後、ようやく砲撃は止み、代わりに砦から歩兵が出てきた。
・・・歩兵なら問題ない。銃は僕の体で防げばいい!近づいてくるまで時間もある。今だ!
マサキはアリスの『光の盾』を解除し、自身の体でアリスを敵兵から隠しながら治癒を始める。
「『リペア・リバー』!『リペア・バウル』!・・・」
損傷した臓器を順番に治し、脚を半ばまで治した。敵兵が接近する数十秒の間にこの高度な集中力を要する魔法を成功させたのは奇跡と言えるだろう。
マサキは枯渇寸前の魔力を振り絞って『光の盾』を再展開し、アリスを背負って走る。もう戦闘する魔力は残っていない。撤退しかなかった。
「大丈夫、大丈夫だ。大丈夫・・・」
マサキはぶつぶつと呟きながら走る。そう呟きながら、もうわかっていた。アリスの心臓が動いていないことは。
翌日、勇者撃退に成功した帝国軍が戦車部隊を進軍させるも、単独で現れた勇者一人に壊滅させられることとなる。逃げる戦車を追って破壊する様は無慈悲にも見え、勇者マサキはその力を帝国にも、今まで戦争に加わっていなかった周辺諸国にも示すことになった。




