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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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T17 テツヤ対モリス

 ガラヴァー内皇帝居住区エントランス。そこで、雷の神子、逆神哲也テツヤと帝国軍軍師、モリス・アージが1対1で戦っていた。

 テツヤはその身をくまなく覆う機動鎧を操作し、ひたすら攻める。超重量の金属で覆われた拳が、高速でモリスを襲う。

 モリスは回避に徹し、テツヤの攻撃をすべて回避している。しかし余裕はない。心胆寒からしめるような、紙一重の回避が何度もあった。


 テツヤはモリスに休む暇を与えない。それはモリスの『ラプラス・システム、バトル・カスタム』による先読みが長続きしないということを見破ったわけではない。モリスの目を見て直感するものがあったからだ。

 モリスはその引き締まった肉体から、一見若く見えるが、よく見れば中年と呼べる程度の年齢とわかる。少なくともテツヤより10歳以上年上だろう。だが、テツヤがそのモリスの目を見て感じた年齢はそれ以上に上だった。

 テツヤが感じたのは、モリスの老獪ろうかいとでも言うべき狡猾さだ。目的のために手段を選ばず、物理的・精神的に罠を張り、力では敵わない相手を絡めとって倒す。そういう相手だと感じた。だから最初にメーチ達が仕掛けた時、テツヤは不用意に仕掛けなかった。


 老獪な敵と戦うならば、相手に罠を張る余裕を与えてはいけない。テツヤはそう判断した。

 だから攻め続ける。幸いにも、当たりそうな攻撃が時々ある。このままスタミナを削れば、いずれは当たるように思えた。


 ・・・こいつには何もさせちゃあいけない!このまま攻め切る!


 テツヤはこのまま押し切って勝ちたい。しかし、何度か当たりそうな場面があっても紙一重で躱される。

 このままでは埒が明かないのではないか。そんな焦りがテツヤの脳裏をよぎり、テツヤは拳以外の攻撃手段を試そうとした。

 テツヤが腕に仕込んだブレードを出そうと、一瞬動きを止めた。本当にただの一瞬。1秒あるかないかの短い時間。

 だが、そこでモリスが動いた。回避に徹していたモリスが、急に距離を詰めてきた。

 不意を突かれたテツヤは、モリスの動きに反応が遅れる。

 そしてモリスはテツヤに近づいて、テツヤの鎧の胸部に触れた。


 嫌な予感がして、テツヤは後方に大きく跳ぶ。どんな手段を使って来るかわからない敵に触れられたというのは、途轍もない恐怖を産んだ。


 ・・・な、なんだ!?何をされた!?


 触られた部分を触って確認しようとするが、鎧を付けたままでは肌で触れることができないので、よくわからない。見た感じは何もないが、相手が相手だ。不安が急激に膨らんでいく。

 そうして慌てること数秒。ハッとしてテツヤは敵を確認する。


 モリスは後退したテツヤに追い打ちをかけるでもなく、懐を探っていた。

 何か武器を出すのか、と警戒するテツヤを他所に、モリスがのんびりと取り出したのは、安っぽいタバコだった。

 悠々とそれをくわえ、魔法で着火する。

 たっぷりと煙を吸い、大きく吐き出した。


「・・・あんた、何してる?」


 思わずテツヤは問うた。臨戦態勢は崩していない。

 その問いに、モリスは悠々と答える。


「見りゃわかるだろ。疲れたから一服してるんだよ。」

「いや、そうじゃなくて・・・」


 なぜ、今、戦闘中に一服し始めたのか、そう言おうとしたテツヤを遮り、モリスが話し続ける。


「魔法ってのは便利だよなー。ライターがいらねえ。なあ、お前も異世界人ならわかるだろ?」

「・・・俺はタバコはやらねえ。」

「なんだ。残念。でもまあ、異世界人ってのは否定しないんだな。」

「うっ・・・」

「で、お前が聞きたいのは、なんで俺が急に戦闘中にタバコ吸い始めたか、か?」

「まあ、そうだが。」

「さっきも言ったが、疲れたんだよ。命のやり取りってのはすげえストレスだからな。こういうもんに縋りたくなるのさ。戦場で兵士が薬物に頼るのだって珍しくないんだぜ?あ、前世の話な。」


 そうしてモリスは本当か嘘かもわからない話をし始める。


「こっちの世界じゃ、見た限り兵士が薬を使ってる様子はねえんだよなあ。なんでだろうな?頭の構造がもう戦場向きになっちまってるのか、それともそれも魔法でどうにかしてんのか。闇魔法とかでありそうじゃねえか?ストレス緩和魔法とかさ。」

「・・・おたくの国は魔法禁止だろ?」

「そうだけど、無意識に魔法を使ってるってのは実際あるんだよ。ウチのベテラン兵士とか、よく見ると無意識に身体強化の木魔法使ってたしな。」


 テツヤはついついモリスの話に乗ってしまう。研究好きのテツヤにとっては、あまりにも興味深い話題だった。


「しかしそれも含めて、やっぱ魔法は便利だよな。なんでウチの国はそれを禁止するのかね。」

「じゃあ、なんであんたは帝国にくみしてる?」

「そりゃ、お前、勝ち馬に乗るのは当然だろ。」


 喋りながら、モリスはタバコの灰を携帯灰皿に落とす。

 その動作をきっかけに、ようやくテツヤはモリスを休ませてしまっていたことに気付いた。


 慌ててテツヤはレールガンを構える。この武装の中で最も威力が高く、弾速も速い。弾数は限られるが、この強敵を倒すには惜しくないと思えた。


「やめとけ。」

「・・・・・・!」


 しかし、レールガンを向けられてなお、動揺を見せないモリスの言葉に、テツヤは動きを止めた。そのモリスの目は、いかにレールガンの弾速が速かろうと、先読みで回避できる、と物語っていた。


「当たらないのはわかってるだろ。弾の無駄だ。それに、万が一、壁なんか破壊しちまうと、おっかないのが来るぜ。」

「なんだよ、おっかないのって。」

「知らん。だが、以前に窓を壊した奴が速攻で死んだことだけはわかる。こんな場所だ。警備員も一級品、いや、化け物さ。」

「あんたよりもか?」

「さっきも言ったぜ。俺なんか可愛いもんだってな。」


 そこでテツヤはふと気が付いた。


「なあ、なんであんたは攻撃してこない?」

「なんでって、お前、そんな装甲、俺にぶち抜けるわけないだろ。」


 モリスの攻撃手段で最も威力が高いのは、デザートイーグルに似た拳銃による射撃である。それがテツヤの鎧に通じないことは、モリスは初めから悟っていた。


「どっからそんなもん調達したか知らんが、その鎧、アダマンタイトだろ?しかも関節部はミスリルだ。俺のちんけな銃が通じるわけがない。」

「見ただけでわかるのか。」

「目がいいんでね。」


 もちろん、このモリスの分析は『ラプラス・システム』の補助機能によるものだ。

 そして、アダマンタイトとは、この世界で最も硬い、破壊不可能とさえ言われる魔法金属だ。他の魔法金属と比べてもさらに希少であり、それを用いた武具はいずれも国宝級の貴重品として扱われる。イラガ博士が伝手を最大限駆使して少しずつ集めたものだった。

 確かにこの鎧は、拳銃はもちろん、魔法も砲撃も効かない。アダマンタイトがもつ特性として、断熱、絶縁、耐衝撃、とにかくあらゆるものを通さず、防具であれば何としても装備者を守る。意志持つ金属、魔法金属であるからこそ発揮できるチート性能だ。


 しかし、テツヤが聞きたかったのはそこではない。


「そうじゃない。あんた、俺の攻撃を避けられるんなら、俺を無視してリーダーたちを追うこともできるだろ?」


 テツヤにとって、この戦闘の目的は、モリスの足止めである。先行したリーダーたちを追わせないために戦っている。

 その問いに対し、モリスは首を傾げた。


「なんで?」

「は?」

「なんで俺があいつらを追わなきゃいけない?」

「なんで、って・・・」


 テツヤはモリスの行動を思い返す。皇帝を討ち取るためにここに来たテツヤ達。それを阻むようにモリスはここで待ち構えていた。だから、その目的は皇帝暗殺阻止だと思っていたのだが。


「あんたは皇帝を守るために戦ってるんじゃないのか?」

「は!笑かすな。俺が守るまでもねえよ、あんなバケモン。」

「じゃあ、なんで・・・」

「そりゃ、仕事だからだ。意味がないからって、何もしなかったら、俺の首が飛んじまう。これもさっき言ったか。」


 そう言いながら、モリスは吸い終わったタバコを潰して仕舞う。


「だから、俺はここでお前と遊んでるだけでもいいんだ。お前を足止めしてました、で十分だろ?」


 テツヤはその言葉でようやく気付いた。テツヤがモリスを足止めしていたのではない。モリスがテツヤを戦力分断のために足止めしていたのだ。

 そして、雷の神が言っていた言葉が思い出される。「テツヤがいなければ、<夜明け>の勝率はほぼ0」「相性の問題だ」と言っていた。皇帝を倒すために、テツヤが持つ何かが必要なのではないか?

 このままでは、仲間が為すすべなく皇帝にやられてしまうかもしれない。そう思ったテツヤはリーダーたちに合流するべく走り出す。


「くそっ!」

「おっと、そんな慌てんなよ。」


 前に進もうとするテツヤの前方に、モリスが回り込む。


「どけ!」

「はい、どうぞ。」


 テツヤが鎧の重量に任せた体当たりで押し通ろうとすると、モリスはあっさりと避けた。そしてすれ違いざまにテツヤの膝裏を体重をかけて踏む。


「うお!?」

「あーあ、慌てるからだぜ。」


 バランスを崩したテツヤが転倒する。それをモリスはにやけながら見下ろした。

 テツヤは素早く起き上がった。


「くっ!邪魔すんな!」

「だから、さっきも言ったろ?俺はお前を邪魔するためにここにいるんだって。まあ、ゆっくりしていけよ。そんな重いの動かして、疲れてんだろ?」


 モリスの言う通り、テツヤのアダマンタイトの鎧は、非常に重い。

 先に述べた通り、アダマンタイトで作った防具は、万能とも言うべき鉄壁の性能を誇る。ならば、いかに希少だろうと、それを持った者が戦場でもっと活躍していそうなものだ。

 それがいないのは、ひとえにその重さのせいである。その重量は、同じ体積の鉄の、実に約2.5倍。こんな鎧を着て動くのは、とんでもない怪力が必要であり、動けたとしても速度とスタミナが犠牲になる。とても実戦的ではない。


 テツヤがこれを動かしているのは、内蔵したモーターで関節を動かしているからだ。丸ごと動かすよりはだいぶ魔力の消費は少ない。だが、それは比較的少ないというだけで、結局、莫大な消費であることに変わりはない。

 それにいざ戦闘となれば、モーター駆動による歩行だけでは遅すぎる。必然、全身を浮かせたホバー移動も駆使しなければならず、そうなるとさらに消費は大きい。テツヤが天才的に魔力容量と魔法回復力が優秀だったとしても、10分も戦えないだろう。


 だから、テツヤの戦闘は消耗が激しい、というモリスの見立ては正解だ。

 だが、テツヤが疲労している、という見立ては誤っている。


「うるせえ!」

「うお!?」


 モリスを振り払うように振るわれたテツヤの拳は、まるで疲労を感じさせなかった。予想が外れたためにモリスは反応が遅れ、紙一重の回避となった。


「驚いたな。どんなスタミナしてんだ?」

「教える義理はねえな!」


 消耗の激しい鎧を連続稼働して尚、テツヤが疲れを見せない理由は、彼の固有魔法にある。

 テツヤの固有魔法は、『マジカル・バッテリー』。転生時、雷の神から提示された固有魔法を選択せず、テツヤから提案した魔法だ。

 効果は単純。単なる蓄電である。いわば魔法電池だ。

 しかしこれに雷の神は興味を示し、転生を遅らせてまで開発して、テツヤに授けた。

 そうして出来上がったのは、いつでもどこでも好きなだけ充電・放電でき、ロスもない超性能の電池だった。


 仕組みとしては、とんでもないものだ。

 まず、光の神の協力で作り出した異空間を2つ用意する。そして、充電のために送った魔力で、その異空間の狭間で電子対生成を起こす。そして、一方の空間に電子、もう一方の空間に陽電子を貯め込み、対消滅しないように保管する。

 放電の際にはその電子を取り出して、電流として利用する。これらの挙動をすべて魔法で制御すれば、ロスはない。

 光の神の協力が必要になったため、結果的に神意代行魔法になった。故に、これはテツヤが身に着けた指輪を媒介にして行われている。テツヤはこの指輪に魔力を注げば充電でき、呪文を詠唱すれば、指輪から電流が放電される。放電された電流を制御するにはコツが必要だったが、テツヤはそれを難なく成し遂げた。


 そしてテツヤは、転生してからこれまで、ずっと充電を続けてきた。充電の限界がないため、いくらでも貯めることができた。

 その結果、テツヤは無限ともいえる電池を手に入れ、いくら膨大なエネルギーを消費しても疲労しないシステムを作り上げた。

 これがあったからこそ、テツヤはこんな無茶な全身鎧を作ったのだ。


「なんとしても押し通らせてもらうぜ!」

「参ったな・・・」


 再度突進するテツヤに、モリスは呆れたような、諦めたような表情だ。しかし退くつもりはないらしい。

 エントランスでの戦いは、まだ終わりそうになかった。


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