T15 盾と獣
ズヴェーリ(マック)は最後に獣たちに問う。
「お前ら、ここに来る前に聞いたな?命が惜しい奴はついて来なくていい、って。それで、お前らはついて来た。」
獣たちが頷く。
「条件を変えるぞ。・・・死にたい奴だけついて来い。」
獣たちが動きを止めた。彼らにとって、命懸けで何かを為すことは、野生ではよくあることなので大した忌避感もなかった。
だが、死にたいか、と問われれば、答えはノーだ。当然、決まっている。
彼らが命を懸けるのは、自分の命を犠牲にしてでも為さなければならないことがあるためで、死を望んでいるわけではない。
獣たちが、1匹、また1匹と後ずさりをし、逃げていく。
ここは帝都の中心だ。魔獣である彼らが街に出れば、当然騒ぎになるだろうし、兵士にも狙われるだろう。
だが、そこはここまで兵士相手に戦って来た魔獣たち。逃げに徹すれば、街を抜け出して山に帰るくらい造作もない。
ズヴェーリは彼らを引き止めはしない。むしろ、皆逃げてくれればいいとさえ思っていた。
この先は、嘘偽りなく死地なのだから。
だが、たった数匹だけ、ズヴェーリの足元に残った。
「お前ら・・・」
火炎放射魔法を操る狼、バーニングウルフ達だった。ズヴェーリの仲間の中でも古参で、群れがまとめてズヴェーリの仲間になった経緯がある。先程、狙撃で撃ち殺された狼の家族たちだ。
ズヴェーリが彼らと目を合わせれば、全員覚悟を決めているのが伝わった。
「わかった。一緒に行こう。」
「話はついたっすか?」
シチート(ウェン)は大盾を構えて、突撃の準備をしている。その間にも銃撃を受けていた。
「待たせたな。始めるぜ。ウェ・・・シチートも、覚悟はいいか?」
「とっくにできてますよ。」
「流石だ、相棒。行くぞ。『マジック・ギフト』」
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シチート、本名イ・ウェンは、センザンコウ系という、獣人族の中でも希少な種族である。
この種族が繁栄しなかった理由は、いくつかある。
1つは、容姿である。他の獣人族が、原始獣人を除き、人間族に近い姿なのに対し、センザンコウ系獣人は全身の7割ほどを鱗で覆われている。竜人族のように、ぱっと見ではわからないほど細かい鱗であれば別だっただろうが、センザンコウ系獣人の鱗は大きく、目立つ。
その容姿ゆえに、原始獣人と同類視され、軽視され続けて来た。
また、その能力が高かったのも一因と言われている。高い防御能力は実に実戦的で、竜鱗ほどではないが、魔法にも耐性が高い。それ故に、同族であるはずの獣人族からも疎まれたという。強さを善とする獣人族の気風を考えればあり得ない話にも感じるが、少し前まで、生物学の未発達故に竜人族の仲間だと思われていたのが災いしたのだろう。
そして、それらの差別からの衰退を助長したの理由が、温厚な性格である。容姿から来る差別に対し、毅然として立ち向かっていれば、あるいは長い時をかけて差別を払拭できていたかもしれない。だが、センザンコウ系獣人は、ウェンの先祖たちは、そうしなかった。差別に抗わず、逃げ続けた。
争わない、ということは、その時点だけを見れば平和的だが、将来まで見据えれば問題の先送り、現実逃避とも言える。結果として、繁栄する人間族からの差別に耐え切れず、センザンコウ系獣人は居場所をなくした。
結果、ウェンは生まれてからずっと、差別の目に晒されて生きて来た。
頭まで覆う鱗は、衣服で隠すには限度がある。故に、仕事を探せば必ずこの容姿を晒すことになり、差別は免れなかった。
唯一、働けたのが傭兵稼業であった。素性に関わらず、成果があれば適切な報酬を得られる。
もちろん、差別がなかったわけではない。組んだ他の傭兵に、囮扱いされたのは一度や二度ではない。それでも、「働かせてすらもらえない」よりはずっとマシだった。
そんなウェンの転機は、<夜明け>との出会いだった。リーダーに容姿を気にせず誘ってもらえたことが嬉しくて、ウェンは2つ返事で組織に加入した。
だからウェン、シチートは、リーダーを心から敬愛している。誰かのために全力を尽くしたいと思ったのは初めてだった。
そして今は、そんな相手がもう1人いる。
なんと贅沢なことか。ただ生き延びるだけだった人生が、目的を得た。命より大事なモノを見つけることができた。
だから、シチートは進む。大盾の隙間を縫う狙撃により、肩や爪先をすでに深く抉られていようと、関係ない。
「・・・『マジック・ギフト』」
ズヴェーリのその詠唱と共に、シチートの身体に大量の魔力が供給された。
容量を超える大魔力だが、受け取った先から消費するこの状況では、あふれる事も無い。
漲る力、昂る心に任せて、突進を開始する。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
温厚な種族特性はどこへやら。雄叫びを上げてシチートは突進した。狙撃が首を掠めようとお構いなしだ。
後方からのバーニングウルフ達の援護射撃と共に、走る。
「キャンッ!!」
鋭敏になった聴覚が、銃声の中でもバーニングウルフの悲鳴を捉えた。あの狙撃を受けたのだろう。振り向かずとも助からないことが確信できてしまう。
だが、覚悟の上だ。シチートもズヴェーリも、撃たれたバーニングウルフも。1歩たりとも前進を緩めない。
数秒で敵の前衛に接近。銃撃の弾幕が薄くなった。代わりに重々しい足元が近づき・・・
ドガアァン!!!
爆発でも起きたのかと思うほどの打撃音。敵前衛にいた屈強な傭兵が、手持ちの巨大ハンマーでシチートの大盾を打ち据えたのだ。
ハンマーという武器は、剣に比べて重くてかさばるため、あまり実戦に用いられることはない。だが、魔獣相手ならば、有用な武器だ。魔獣には名刀の刃も通さない毛皮や鱗を持つ者がいる。そんな魔獣を倒すため、鱗の上から内部を破壊するためにハンマーが使われる。
今も、ハンマーに叩かれた盾は壊れていないが、多大な衝撃がシチートの腕を襲った。
この威力。魔獣でも骨が折れるであろう一撃。
だが、シチートは折れない。止まらない。
「フン!がああっ!!」
「うおお!?」
ハンマーを叩きつけてきた敵に対し、そのまま突進。大盾で弾き飛ばした。
その反撃の刹那、僅かに広がった盾の隙間を、銃弾が射貫く。膝裏の鱗が少ない部分に着弾。肉が千切れ飛んだのが、見なくてもわかった。
・・・こんな小さな隙まで!どんな狙撃手っすか!
シチートはたたらを踏むが、供給される大量の魔力に任せて治癒魔法を全力行使。吹き飛ばされた膝を高速再生させて、再び床を踏みしめる。
「まっだまだあああ!!」
また1人、2人、3人、・・・襲い掛かる敵を盾で弾き飛ばして前進する。後方からの敵は、被弾覚悟で無視する。追い付かれなければ、それでいい。
そして、強引に押し通って到達したのは、広間の反対側。ガラヴァー中枢に向かう扉。ここを通ってしまえば、あとは何とかなる。こんな広間でもなければ、狙撃手は脅威ではない。
だが、当然というべきか、最後の扉は見るからに分厚く、鍵穴がついていた。
・・・ま、そりゃあ、施錠するっすよね!でも、押し通らせてもらうっす!
全速力の猛突進。人間大の砲弾と化し、鍵など関係なく、扉をぶち壊す。
防御力=攻撃力とでも言うべき、一撃。広間に轟音が響いた。
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轟音の後、静寂。
広間にいる全員が、その扉に目を向けていた。
そして、その扉の前で倒れるシチートを見ていた。
「はは、は・・・そりゃ、ないっす、よ・・・」
溢れる血と混ざった声は聞き取りにくかった。首が前半分、欠けていた。
扉は、壊れなかったのだ。
シチートの全力突進。戦艦の大砲もかくや、というような強烈な一撃を受けても、扉はびくともしなかった。
要塞ガラヴァーに抜け道無し。この要塞の壁は要所要所が魔法で強化されていた。それも並大抵の使い手ではない、神子クラスの土魔法使いの手によるものだった。
扉に激突し、破ることができず、跳ね返されたシチートを、正確に狙撃の銃弾が射抜いた。その結果が、この光景だった。
「八咫烏様、ありがとうございました。」
狙撃姿勢を維持したまま、強敵を仕留めた鈴三が、信奉する神に感謝を告げる。
出口の扉は彼が潜む場所のすぐ横、わずか数十mの位置。高低差こそあるが、こんな近くで、彼が外すわけもなかった。
敵を仕留めても臨戦態勢を崩さなかったのは、侍が行う残心のようなものか。ともあれ彼は外見的には気を抜いていなかったが、強敵を仕留めた直後の油断は、わずかにあった。
だから、彼の接近を許してしまう。
「つっ・・・!」
音もなく視界に飛び込んで来た男に、鈴三は驚く。機械的なまでに冷静な鈴三には珍しいことだった。
飛び込んで来たのはズヴェーリである。ズヴェーリはここまで闇魔法『ハイド』を使用して気配を消していた。
『ハイド』は初歩的な闇魔法で、ほとんどの魔獣が使用している魔法でもある。
効果は単純に、自身を周囲から認識されにくくすること。『ソリチュード』に似ているが、効力に大きな差がある。
認識されにくくなるだけであって、使えば敵に見つからなくなるような便利なものではない。せいぜい身を隠すときに補助として使うようなものだ。
だから、こんな突撃中に敵から気づかれないなどということは通常あり得ないのだが、様々な要素によりズヴェーリは成功させた。
まず、ズヴェーリの闇適性が高いこと。さらに、ズヴェーリが長年野生で生活していたため、使用頻度が高かったこと。魔法は使えば使うほど熟練して効果が向上する。
そして、囮役がいたことだ。大盾を構えて突進するシチート。派手に炎を吐くバーニングウルフ達。敵は皆、そちらに意識が向いてしまった。
千載一遇の好機を得たズヴェーリが鈴三へと走る。目の前で相棒を撃ち殺された。その仇を見逃すわけがない。いや、それだけではなく、ズヴェーリには確信があった。
「鍵を、寄こしやがれ!」
ズヴェーリが鈴三に飛びつく。わずか数歩の距離。一瞬で埋まる間合いだ。
鈴三が構えていた狙撃銃を持ちあげる。が、それをズヴェーリは掴まえた。
ズヴェーリはすかさずそれを引っ張る。引っ張って相手の態勢を崩し、殴り倒す。いつものパターンだ。
対する鈴三は冷静だった。引っ張られた狙撃銃をあっさりと手放し、腰の拳銃を抜く。
そして西部劇のガンマンのごとく早撃ち。正確に急所を狙うよりも、とにかく目の前の敵を止める。だから、敵の腹を目掛けて3発連射した。
1発は外れたが、2発は直撃。銃弾はズヴェーリの身体を貫いた。
内臓が大きく破壊されただろう。致命傷に違いない。木魔法が苦手なズヴェーリでは治癒もできない。
その通り、鈴三の反撃方法は正解だ。咄嗟の状況で行った点を鑑みれば、これ以上ない対応だろう。
十分に人間を仕留められる攻撃であり、実際に仕留めた。
だが、ズヴェーリを止めることはできなかった。
致命傷を負っても尚、止まらず、前進して鈴三の肩を掴んだ。
「ぐうっ!」
掴まれただけで肩が折れたような痛みを感じた。その一瞬の怯みの隙をついて、体勢を崩される。
何とか倒れまいとふんばった鈴三の顔面目掛けて、ズヴェーリの拳が振るわれる。
鈴三は吹っ飛び、床を転がった。すかさずズヴェーリが追いかけ、マウントを取った。
だが、それを大人しく周囲の傭兵が見ているわけもない。
ドドドドォン!
銃声が複数鳴り、その少し後に、ズヴェーリが倒れた。
「鍵、を・・・出せ、・・・よ・・・」
その最期の声は、自分の死を自覚していないのか、あるいは死んでも尚、前に進もうとしている強靭な意思を表しているのか、鈴三には判断がつかなかった。
駆け寄って来た傭兵たちがズヴェーリの死体をどけて、鈴三を立たせる。
「大丈夫か、リンゾウ。」
「すまん、隊長。助かった。」
隊長と呼ばれた男は、やれやれ、といった仕草をする。
「謝るのはこっちだ。我々の要である君を、我々は守り切れなかったんだから。」
「でも、最終的に助けられた。見ての通り、軽傷だしな。」
「軽傷?本当か?派手に殴り飛ばされていたが。」
「自分で後ろに跳んだだけだ。だがまあ、彼が万全の状態だったら、そんな小細工を弄しても、首が折れてただろうから、ギリギリだったけど。」
最後の一撃、ズヴェーリの殴打は、腹部を撃たれたことにより、踏ん張りがきかず、大幅に威力が軽減されていた。
もちろん、ズヴェーリ本人の意識としては、最高の一撃を見舞ったつもりだっただろう。痛みで拳が鈍った感覚はなかったはずだ。
だが、それでも、物理的に損傷した肉体が十全に働くはずもない。最後の一撃は、最高の一撃足り得なかった。
「ともあれ、依頼は完了だ。さっさと帰投しよう。ここは長居するには危険な匂いがする。」
「隊長が言うなら、そうなんだろうな。」
そうして傭兵団<RTB>は、報酬の受け取りも後回しで、その場を立ち去った。
これまで戦った中で最強の敵の遺骸を残して。
彼らには目的があり、ここで立ち止まる理由はなかった。




