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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第7章 青い竜
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T10 正門突破

 帝都中で騒ぎが顕在化してきた頃、いよいよガラヴァー正門前広場にてクニーガ達が動き出した。

 クニーガはまっすぐに正門に向かい、他のメンバーが広場にばらばらに散る。そして大勢の観光客に紛れた。

 一切の迷いなく正門に向かうクニーガ。観光客たちがきっちり守っている停止線、「関係者以外立入禁止」の表示がある線を、堂々と踏み越えた。


「君、止まりなさい。」


 歩兵銃で武装した兵士がすかさず立ちはだかる。ここまでは平時でもよくあることだ。「立入禁止」の表示をしていても、見落として入ろうとしてしまう観光客はいる。大抵は周囲の観光客が止まっているところで空気を読んで止まるものだが、そういった空気が読めない輩は少なからず存在する。だから、警備兵の第一声は諭すように優しかった。


「この先は関係者以外立ち入り禁止だ。その線より内側に入ってはいけない。」

「ええ、もちろん知っています。私はこの中に用事があるのです。」

「では、身分証か、通行許可証を。」


 自分が把握していない来客か、それとも新たに採用された同僚か。そう思った警備兵はクニーガに身分証の提示を求める。

 だが、クニーガは何も取りださず、にこやかに言ってのける。


「いいえ、持っていません。招待はされていませんから。」

「何?」


 警備兵が担いでいた歩兵銃に手をかけて、警戒する。周囲の兵士も同様だ。


「しかしそれでも、私は皇帝に話があるのです。」

「馬鹿な。許可もなく陛下と話したりできるものか。下がりなさい。」


 警備兵の対応がやや粗くなる。警備兵はクニーガを手で押して下がらせようとした。

 だが、クニーガは踏ん張って耐える。


「私のような下々の者が許可を得られるわけがないでしょう。」

「その通りだ。だから・・・」

「だから、私はこうして入るしかないのです!」


 クニーガと警備兵の押し相撲が始まった。当然、周囲の兵士が傍観するわけもなく、銃を構える。


「貴様!何をする気だ!下がれと言っているだろう!」


 銃を向けられてもクニーガは怯まない。兵士と押し合いながら叫ぶ。


「このままでは、この国は戦争に負ける!私が改善点を皇帝に訴える!」

「い、言いたいことがあるなら、意見書でも書け!」

「そんなもの、皇帝まで届くわけがない!直に話す!」


 クニーガと押し合う兵士は、予想以上に力が強いクニーガに苦戦している。

 周囲の兵士は、銃を構えたものの、クニーガの背後にいる観光客が邪魔で発砲できない。

 周囲の観光客はと言えば、直近の者達は異常事態に気付いて離れようとするものの、それより少し離れた位置の観光客たちに阻まれてうまく離れられない。


 押し相撲が始まって1分くらい。ようやく広場全体に騒ぎが伝わり、観光客が離れられそうになった時に、動いた。


「それなら、オレだって言いたいことがあるぞ!」

「俺もだ!」

「そうだ!このままじゃまずいってことくらい、俺たちにもわかるぞ!」


 観光客に紛れていた他の<夜明け>メンバーだ。正門から離れようとする観光客の流れに逆らうように正門になだれ込む。それにより正門を離れようとしていた観光客はまた動けなくなった。


「あ、こら!」

「入るなと言ってるだろう!」


 正門になだれ込もうとする者達を止めるため、銃を構えていた他の兵士たちも押し合いに加わった。

 クニーガを先頭に、数十人の<夜明け>メンバー、そして混乱した観光客が混ざり合って正門に入ろうとする。それを止めようと、10人ほどの兵士たちが体を張って止める。

 もしかしたら、1発空に向けてでも発砲していれば、混乱した観光客は止められたかもしれない。しかし、どの兵士も無暗な発砲はしなかった。この場にいる、門番程度の権限では、それをやっていいのか判断ができなかった。


 やがて、騒ぎを聞きつけた他の兵士たちも正門に駆けつけて来る。10人程度の兵士では、この数の暴徒を押し止めることはできない。

 それを見たクニーガは内心ほくそ笑む。


 ・・・よし、陽動は成功だ。あとは可能な限り多くの兵士をここに引き留める!まあ、できればもっとスマートな方法で行きたかったが。


 当初の予定では、クニーガがその弁舌で広場に集まる民衆を扇動する予定だった。民衆の不安を煽り、解決策を提示し、自分が先頭に立って正門になだれ込む。それが成功すれば、この場の混乱はこんなものではなかっただろう。

 しかし、帝都各地で扇動を試みた同志の結果を見ると、どうも帝都の民衆は扇動しにくいらしい。現場を見ていない以上、クニーガにその原因まで察することはできない。

 ならば、とクニーガは陽動を確実に成功させる方法を選んだ。

 広場で演説して、それに民衆が応じてくれなければ、その場で兵士に抑えられてしまう。それよりは、こうして強引にでも場を混乱させた方が、囮として長く持つ。


 クニーガの想定通り、ガラヴァー内部からどんどん兵士が出て来る。


 ・・・いいぞ、もっと来い!その分だけ、内部が手薄になる!


 ところが、ここで想定外の事態が起き始めた。

 クニーガ達が、兵士たちに押され始めたのだ。

 不審に思ってクニーガは振り返り、愕然とする。


 ・・・ただの一人も、応じなかったのか!?


 クニーガの想定では、自分が先頭に立って訴え、他のメンバーがそれに続けば、集団心理で同調者が応じてくれると思った。この国の政治に内心不満を持つ者はきっといると考えていた。

 ところが、クニーガの周囲に今いる者は、<夜明け>メンバーだけ。巻き込まれていた観光客も離脱している。

 この状況は即ち、クニーガ達に同調した者がまったくいなかったことを示す。この広場にいる100人以上の民衆の内、1人も帝国の政治に不満を持つ者がいないということだ。


 国家というシステム上、その国民が国の政治に一切の不満を持たないなどということはありえない。大勢の人間が1つのルールのもと生活する以上、そのすべてが満足するということは考えられない。誰かしら不満を持ち、その不満を政治家に向けるはずだ。

 ましてや、この帝国は徴兵制によって軍役を義務としており、国民の暮らし向きも決して豊かとはいえない。不満がないはずがないのだ。


「そんな、馬鹿な・・・」


 クニーガとその仲間は、およそ30人くらい。対して次々と集まってくる兵士たち。鎮圧されるのは時間の問題だった。


ーーーーーーーーーーーー


「どうも旗色が怪しいな。」

「ですね。まさか誰も同調しないとは。」


 正門の混乱を横目に、セレブロ班はリーダー班とともに塀を飛び越える。全員が戦闘能力を持つ精鋭部隊だ。数mの塀くらいは楽々飛び越えられる。


「・・・・・・『ボーダー』があった。やはり、帝国は魔法を活用している。」

「やっぱ、そうかあ。」


 ビャーチが塀の根元に引かれた光る線を指さして言う。答えたのはテツヤだ。

 この線は境界魔法『メイク・ボーダー』で引かれた線だ。他国では国境線に用いられ、通過した生物の魔力を感知して記録、警報を鳴らす機能がある。セレブロの『ソリチュード』がなければ、警報が鳴っていただろう。


 一方、リーダーとセレブロは、クニーガ班の失策の原因を話していた。


「こりゃあ、仮説が真実味を帯びて来たな。」

「前に行っていた、皇帝が高レベルの闇魔法使い、っていう奴ですか?」


 セレブロ達は急がず普通に歩いて進む。彼らが本格的に行動を始めるのは、裏門のズヴェーリ班が動き出してからだ。


「それの一歩先の話だ。可能性は低いと思ってたんだが。」

「一歩先?」

「ああ。皇帝が首脳陣だけじゃなく、国民の大部分も洗脳している可能性だ。」

「そんなことが可能なんですか?」

「普通は無理だな。だが、可能性はゼロじゃない。」

「例えば?」

「皇帝が異世界人で、大勢の洗脳を可能とする新規の固有魔法を持っている、とかな。」

「・・・なるほど。」


 十分に考えられる可能性だ。大勢の同時洗脳が困難だという見解は、既存の魔法に沿った推論でしかない。新規の魔法まで考慮すれば、理論上は不可能ではないのだ。


「ただ、これはないと思ってたんだがなあ。」

「なぜです?」

「八神だって馬鹿じゃない。そんな固有魔法を一個人に与えた時の危険性くらいわかるだろう?」

「そうですね。彼らと話したのはごくわずかですが、それほど人間の感性から離れた存在にも見えませんでしたし。」


 八神は新たに作成した魔法を、実験的に異世界人に与える。そう考えれば、この世は八神の実験場に過ぎないのかもしれない。

 だが、そうだとしても、その実験場を破壊しかねない実験など、実行するとは思えない。流石の八神も、替えの実験場を持っているとも思えない。


 そして、ほとんどのこの世の人々は知りえないことだが、八神はこの世とこの世界の人々を大切にしている。

 与える固有魔法も、異世界人を送り込むのも、この世界の繁栄を願ってのこと。他意が全くないとは言えないが、そんな危険な魔法は与えていない。

 現に、危険と判断した魔法は、汎用魔法でも使用禁止にするなど、様々な措置を行っている。


「だが、現にそんな魔法の存在が示唆されちまった。警戒は必要だろう。できれば、その魔法の発動条件とか確認してから攻めたいところだが・・・」

「今更、仕切り直せませんね。」

「そうだよなあ。はあ。腹をくくるしかねえか。」


 不安そうなリーダーに対し、後ろを歩くメーチが刀を持ち上げて見せて主張する。


「心配すんなよ、リーダー。どんな魔法だろうと、俺が斬ってやるさ。」

「斬れる奴ならいいけどなあ。」


 そんな話をしながら、セレブロ班とリーダー班はガラヴァーの奥を目指す。


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