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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第6章 碧い竜
281/457

241 魔王殺し

 勇者マサキが不意を突いてマリスの首をはねた瞬間から、複数の事が動いた。


 まず、マサキ。


 未だ思考が混乱しつつも、自分の仲間、イーストランド王国、それらのために最善と思われる行動をとった。

 自分の行いの善悪をマリスに問われ、その答えは出ないまでも、今ここで動かなければ、仲間を守れないと直感が感じた。それが、悩み動けない思考を置き去りにして体を動かし、マリスを斬った。

 マリスを仕留める最大の好機であったこともそれを後押ししただろう。


「間違っては、いない・・・仲間を、守るには、仕方がない・・・」


 ぶつぶつと呟いては、どうにか自分の精神を繋ぎとめる。

 自分の中での正義を基準に生きて来たマサキにとって、自分の行いを悪と認めることはできなかった。だから、苦しい言い訳だとしても、正当化して自分に言い聞かせる。


 そんな思考に没頭していたのは、何秒間だったか。

 だが、確かにその数秒、マサキは周囲のことが目に入らず、それを見落とした。

 マサキが気がついたのは、マリスの身体に首が戻ってからだった。


「え?」


 一瞬、マサキは事態が飲み込めなかった。自分がマリスを斬ったことが夢だったのではないか、とさえ思った。

 だが、確かにマリスの首には継ぎ目があった。


「あ、あ~、うん。」


 マリスは慣らし運転のようにかすれた声を出す。声は次第に正常に戻り、首の継ぎ目も消えていく。


「ようやく覚悟できましたか?勇者マサキ。・・・いえ、まだできてはいないようですね。しかし、その1歩が重要なのです。覚悟はいずれできるでしょう。」


ーーーーーーーーーーーー


 その頃、クロ達。


 クロとマシロはそれぞれ双眼鏡でマサキとマリスのやり取りを見る。


「勇者が動きましたね。」

「ああ。だが、詰めが甘い。奴が魔族化してることぐらい、予想できそうなもんだが。」


 マシロは戦闘開始前のマサキとマリスの会話を部分的にだが聞いていた。

 その中にあった情報、マリスが100年前の勇者カイと面識があるという話。マシロはそれに嘘がないことを含めてクロに伝えていた。

 100年以上前に転生したにもかかわらず、外見年齢が20歳代となれば、魔族化していると考えれば辻褄が合う。


「不意打ちだからこそ一度は首を飛ばせたようですが、もう無理そうですね。」

「ハナから期待してねえよ。それよりも、問題はアイツの立ち位置だ。あれじゃ邪魔だ。」


 クロは次の段階の攻撃を用意していたが、それにはマサキが邪魔になる。


「もう少し待ちますか?」

「いや、教皇がフリーになったら意味がない。始めよう。」


 降って来る「黒棺」はあと十数個。これに教皇が対応しているうちに、マリスを仕留めなければならない。

 クロは掌を遠方の中庭に向け、手を握ると同時に詠唱する。


「『圧殺』」


ーーーーーーーーーーーー


 その時、教皇アペティは。


 上空から飛来する鉄箱に対処しつつ、後方のマリスとマサキのやり取りを耳で聞いていた。


 ・・・一時はヒヤリとしたが、勇者の詰めの甘さに救われたか。


 マリスは首を飛ばされたくらいなんでもない、という風に装っているが、結構ピンチだった。

 クロの予想通り、マリスは魔族化している。

 アペティに出会う前から、とある理由で半ば魔族化していたが、アペティの手で完全に魔族化させた。


 魔族であるがゆえに、首を切り離されても意識は残り、魔法が使える。だがらマリスはあの状態から『リバース・リペア』で首を治した。

 だが、もし、首を斬るのではなく、脳を破壊されていれば、マリスは気絶し、魔法も使えなかった。

 さらに言えば、マリスが自然治癒するまで、今も前線で戦う騎士達にかかる『リバース・リペア』も途切れていただろう。危ういところだった。


 だが、もう心配ない。マリスが面と向かってマサキを見ている以上、もうマサキに勝機はない。

 そして、アペティの目には、飛来する鉄箱の数がもうすぐ打ち止めだと見えていた。


 ・・・あと10!それ以上は気配なし。凌げる!


 こちらもギリギリだった。竜の身体をさらに木魔法で強化したアペティの肉体でも、1つ防ぐたびに腕が砕け、骨が折れた。それを大急ぎで再生させて、どうにか持たせていたのだ。

 再生のためのストックも限界が近かった。だが、あと10個なら耐えきれる。


 その時、アペティの鋭敏な耳が、別角度からの攻撃の気配を感じ取った。

 動き出したのは、アペティが弾き飛ばし、地面にクレーターを作って埋まっていた鉄箱。周囲に散らばっていたそれらすべてが、再度動き出した。

 速度は、上空から落下するのに比べれば遅いが、それでも十分な破壊力を持つ程度の速度はあった。ヒト1人を殺すにはあまりあるほど十分な威力があった。

 今まで叩き落とした約100個すべてが、同じように動き出し、全方位からマリスへと向かう。


「おのれ、<赤鉄>!」


 アペティは悪態をつくが、アペティは上空からの攻撃を防ぐので手いっぱい。足元を通り過ぎる鉄箱を遮ることすらできない。


ーーーーーーーーーーーー


 マサキと向かい合っていたマリスは、すぐにその鉄箱の動きに気がついた。

 加速しつつマリスへと集まって来る鉄箱達。全方位から押し潰されるまでおよそ数秒。

 先程、上空から飛来した際に高精度の追尾をしてきたことから、避けても無駄だと判断したマリスは迎撃の態勢を取る。

 マリスの体術は、威力も速度も十分あり、クロが操るだけの鉄箱なら、叩き落として追尾を無効化することも可能だろう。


 ただし、全方位から来るのでは捌ききれない。

 そこで、マリスは、傍にいたマサキを利用しようと考えた。マサキを捕まえて盾にすれば、その『光の盾』で鉄箱を容易に防げる。


 マリスはすばやくマサキに手を伸ばした。

 その行動は、その場にいる全員が見ていた。

 アペティから見て、それが唯一マリスが助かる手段であり、クロにとって一番取ってほしくない行動だった。

 マリスの速度にマサキが反応できるわけがない。マサキは容易に彼女に捕まって盾として利用される



 ・・・はずだった。

 それを見ていた誰もが驚愕した。

 マサキが素早く後方に飛び、マリスの手を回避したのだ。


 この反応の速さは、マリスにとっても全くの予想外。マリスはほんの一瞬、その事態が飲み込めずに固まってしまった。


 その一瞬が致命的だった。

 次の瞬間には、マリスの身体を全方位から鉄箱が挟み、打ち付け、潰していく。


 あるいは、マサキを当てにせず、自身の力で防御に専念すれば、ある程度捌けたのかもしれない。もしくは、一旦回避して場所を変え、追尾してくる鉄箱が一方向から来るように誘導すれば、生き残れただろう。


 マリスの身体は、自前の木魔法で再生を試みるが、一度当たった後も何度も押し潰してくる鉄箱による破壊に追いつかない。

 これこそは、クロがかつて魔王を目指した魔族を屠った術式。魔力とストックがある限り再生し続ける魔族を確実に殺すために作り上げた魔王殺しの魔法。

 その魔法『圧殺』による攻撃は、マリスの意識が途絶えて、再生が止まっても続いていた。


ーーーーーーーーーーーー


「・・・終わりか。」


 クロは追撃のために構えていた「鳥頸」を仕舞った。

 『圧殺』で仕留めきれなかったとしても、それで動きが止まっているところに「鳥頸」による大火力を叩きこむ予定だったが、不要だったようだ。

 「鳥頸」による攻撃は、復讐魔法発動状態のクロの所有魔力のほとんどを放出してしまう攻撃であるため、撃たずに済むならそれに越したことはない。


「仕留めたかどうか、確認しますか?」

「いや、それは勇者に任せよう。まさか、自分で殺そうとした奴を今更助けたりもしないだろうし。それに・・・」


 クロが中庭を見る。それは双眼鏡を使わなくても見えた。


「グオオオオオオオオーーーーー!!!」


 竜が吠えている。悲しみと怒りが入り混じった咆哮だった。


「アレに見つかると怖い。撤退だ。」

「了解です。」


 マシロはすぐさま犬形態に『変化』し、クロがそれに飛び乗ると、全速力で駆けだした。


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