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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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026 王城での日常(白)

「おはようございます。」

「ああ、おはようございます、マシロさん。」


 スミレの訪問の翌朝、マシロは王城のメイドたちがいる控室に来ていた。今日もまたメイドたちについて回り、その所作を学ぶつもりだ。初めは見て動きを盗むだけだったが、隠れもせずに堂々とついてくるマシロを見たメイドたちが親切に教えてくれるようになった。

 いつも通りマシロは朝のミーティングに参加する。と言っても聞いているだけだが。しかし、今日は少し様子が違った。


「メイド長、今日のヴォルフ様から依頼されていた書類整理の件ですが、昨日帰りに増員を頼まれました。」

「3名の予定だったと思いますが・・・何名増員ですか?」

「6名に増員だそうです。大至急、今日中にまとめなければならなくなったそうで。」

「・・・清掃は誰か抜けられますか?」

「無理です。手が回らなくなってしまいます。巡回係はどうでしょう?」


 王城のメイドは専属を除けば、清掃係、巡回係、炊事係などいくつかの係に分かれてローテーションを組む。そしてそれぞれに余裕を持った人数を配し、急な要件にも対応できるようにしている。しかし6人となるとそうそう抜けられない。さらに清掃係は今日、有給休暇を取っている者がいて、余裕がなかった。

 結局捻出できるのは巡回係と炊事係から1人ずつで、あと1人足りない。メイド長は悩んだ末、決断する。


「すみません、マシロさん。巡回係に入ってもらえませんか?」

「承知しました。」


 話の流れから予測済みだったマシロは即答で了承する。巡回係は王城を回り、警備と急な雑用を担う。マシロは警備はお手の物だし、雑用くらいならできるだろうと思った。


「ありがとうございます。わからなければ他のメイドを呼んでください。」

「はい。」


 メイド長としてはマシロに任せるのはまだ不安があるが、巡回係ならば何事も無ければ一日歩き回るだけで終わることもある。ただ、雑用と一口に言っても、依頼内容によっては技術が必要なものも多い。だからわからなければ呼ぶように言った。


 そうしてミーティングを終え、各々の仕事に向かう。マシロは記憶していた巡回コースを歩いていく。歩くのもまた訓練だ。不自然でない程度に素早く、それでいて音は立てずに歩く。マシロの体重では難しいが、だからこそ鍛えがいがあった。

 しばらく歩いていると兵士の一人に声をかけられる。


「あれ、マシロさん、今日は一人?」


 マシロの服装はメイド服を簡略化しすぎて、黒のワンピースにベルトを巻いているような形になっており、とてもメイドには見えない。しかし最近メイドについて回って手伝いをしている様子から、兵士たちにはメイドとして認識されていた。また、長身で眼光鋭く、朝の鍛錬を見た者から人づてに聞いたその戦闘力から、兵士たちには畏敬の念を抱かれ、さん付けで呼ばれていた。


「はい。今日は人手不足でして。用事があれば承ります。」

「あ、じゃあ、食堂で何かもらってきてもらえないかな。お代は後で渡すから適当に。」

「朝食ですか?」

「うん。ちょっと寝坊しちゃって、あと10分後に訓練に出発なんだ。今日は朝食抜きで行くしかないかとあきらめてたんだけど、とってきてもらえると助かる。裏口辺りに持ってきてもらえないかい?俺はこれから装備を取りに行ってくるから、5分後くらいで。」

「承知しました。」

「頼むよ。」


 そう言って兵士は武器庫へ向かう。それを確認したマシロは移動を開始した。音を最小限に抑えたうえで、高速で移動する。魔力感知で人がいないルートを選んで走り、食堂に辿り着く。


「マリーさん。」

「あら、マシロちゃん。どうしたの?」


 マリーはメイドの一人で、40歳くらいの小太りの牛系獣人だ。結構大柄で、マシロより少し背が高い。


「食料を所望している兵士から頼まれまして。これから訓練に出るので急ぎだそうです。」

「あら、訓練?集合時間まで10分もないじゃない。」


 うーん、とマリーは唸ると、食糧保管庫に向かう。マシロはそれについていく。


「その兵士は肉食?」

「ええ。犬系でした。」

「じゃあ、これでいいわね。」


 マリーは大きめの干し肉を1つ取り、適当な袋に入れてマシロに渡す。


「ありがとうございます。代金はいくらでしょう?」

「別にいい・・・と言いたいところだけど、今の時勢じゃきっちりしないとね。でもちょっとおまけして3ドルでいいわ。」


 フレアネス王国の通貨はドルとセントだった。紙幣はなく、いずれも硬貨だが、軽量化と小型化が進み、小銭を貯めこんだりしない限りそこまで嵩張らない。光属性の刻印魔法で魔力が刻まれており、光に当てると複雑な模様が光って浮かび上がる。その模様の原板は厳重に保管されており、偽造するには複雑な原版を自作することになるが、そこまでしても刻まれた魔力を調べられれば、偽造はすぐにわかってしまう。その魔力の鑑定も、一定以上の魔力感知が使えれば手に取っただけでわかるので、容易にできる。感知能力が高いものならば、鑑定する気がなくても手に取っただけで違和感を感じ取るほどだ。

 この魔力刻印貨幣は、偽造の困難さから世界中で普及しているが、デメリットとして刻印は一人で行わなければならない点がある。なかなか刻印者になりたがる者はいないし、一度なったらそうそう辞められない。刻印者が交代するときは、国が貨幣の更新を通達する必要が出て来るし、経済全体に大きな影響を及ぼすからだ。

 そんな背景がある貨幣だが、大昔から使われているため、一国民はそういうものだと思って気にしていない。マシロはポケットから財布を出し、1ドル硬貨を3枚マリーに渡す。

 マシロはマリーに礼を言って食堂を出ると、来た時と同様に無音走行で裏口を目指す。そして問題なく裏口に到着した。所要時間は依頼されてから約2分。ほとんどがマリーとの会話と食べ物の選定の時間だった。

 数分後、装備を整えた例の兵士がやってくる。


「おお、早いね。」

「どうぞ。」

「おお、ありが・・・とう。」


 兵士が袋をのぞき込むと、一瞬固まり、苦笑いで答える。

 兵士が所望したのはサンドイッチのような軽食だったのだが、袋の中には豪快に肉塊が詰め込まれていた。いくら肉食の獣人でも、朝っぱらからこれはきつい。彼が欲していたのはどちらかというと炭水化物だった。

 こうなった原因は、マシロがマリーに「食料」と言ったせいだった。そう言われたマリーは、てっきり兵士が望んだのは訓練中に食べる食糧だと思った。訓練では高カロリーの糧食が配られる。しかしその量は最低限であり、足りないと思う者は各自自己責任で食べ物を持ってきていいということになっていた。嵩張るし重いから持って行かない者もいるし、意地でも持っていく大食いもいる。マリーは依頼した兵士は後者だと思ったのだ。

 そしてマシロにとっては朝食で干し肉という選択肢に何の疑問も抱かなかった。野生では食える時に何でも食べるし、肉はマシロにとって主食だった。

 それでも素直に喜べずにいる兵士の心情を察したマシロが謝罪する。


「申し訳ありません。間違えましたか?」

「あ、いやいや、大丈夫。本当ありがとう。」


 兵士は慌てて代金を確認して3ドルを渡すと、袋を抱えて去っていく。今からまた食堂に取りに行ってもらっては間に合わないと判断したようだ。実際、マシロの足なら間に合うのだが、彼がそれに気付くことはない。

 結局マシロは何をミスしたのか悩んだまま、巡回に戻った。



 11時を回った頃、マシロは訓練室に巡回に来ていた。通常、訓練は外でやるが、雨天時などはここで格闘訓練を行う。銃撃戦が戦場の主流になっても、接近戦で物を言うのは体術だ。

 今も訓練室の中央で派手に殴り合う男たちがいた。周囲にはそれを見守る者たちもいる。その見学者たちに怯えの感情があるのが不思議だったが、マシロはいつもの訓練風景と判断し、通り過ぎようとする。

 すると、マシロに気付いた見学者の一人が呼び止め、慌てて走って来た。


「ちょっとちょっと!メイドさん!?」

「なんでしょう?」


 どうやら新人らしく、マシロを知らないようだ。マシロのどこを見てメイドと判断したかは不明だが、切羽詰まった様子から、メイドでなくてもよかったのかもしれない。


「ちょっと誰か呼んできてくれない?あいつら本気でケンカし始めてさ。」

「格闘訓練ではないのですか?仕事の合間に軽く運動しているのでしょう?」

「違う違う!あんな本気のどつき合い、訓練じゃないよ!」

「あれが?」


 マシロは改めて殴り合う男たちを見るが、マシロには本気には見えなかった。確かに殴り合う2人からは結構な怒気を感じるが、(マシロ基準で)大した威力がないパンチ、蹴りも投げもあまりせず、目潰しも使わない急所も狙わない戦いが、マシロにはどうしても本気とは思えない。

 しかしマシロはメイドとしての心構えを思い出す。相手の立場に立ち、相手の考え方を理解すること。あの2人が本気には見えないが、目の前の新人が困っているのであれば、それに答えるべきだ。


「あれをどうするといいのですか?」

「止めるに決まってるじゃないか!だから早く誰か腕の立つ人を・・・」

「戦闘行為をやめさせればいいのですね。承知しました。」

「えっ?」


 迷いなく訓練室に入るマシロ。新人からすれば、身長180cmを超える筋骨隆々の男たちの殴り合いを、大柄とはいえメイドの女性が止められるとは思えない。慌てて新人はマシロを引き留めようとする。


「ちょっと、危ない・・・へ?」


 マシロを引き留めようと新人がその腕を掴むが、新人はマシロを引き留められず、逆にマシロに引きずられた。そのうえでマシロはまるで歩く速度を落とさず、姿勢も崩さない。新人は思わず手を放し、呆然とマシロを見送る。

 マシロは殴り合う2人の猫系獣人のすぐそばまで来ると、平然と勧告する。


「お二人の戦闘行為の抑止を要請されました。休戦を要求します。」

「うるせえ!女は、すっこんでろ!」

「そうだ!これは漢の戦いだ!」


 組み合った2人が押し合いながら拒否する。怒鳴れば去ると思っていた2人の予想に反し、マシロは微動だにしない。

 マシロは考える。あの新人の依頼を遂行するなら、実力行使で2人を止めればいい。マシロの実力なら容易い。だが、それでいいのだろうか?メイドたるもの、初めに依頼してきた新人だけでなく、目の前の2人の考えも考慮すべきではないか?そうしてマシロは男の戦い、というフレーズから一つの結論に至る。


「ああ、交尾の権利を争う決闘でしたか。失礼しました。」

「え?」

「は?」


 そう言い放ったマシロは、遠慮なくどうぞ、と言わんばかりにスッと一歩を引き下がる。男2人は組み合ったまま固まってそのマシロを見る。その反応に、マシロが首を傾げる。


「め・・・女性を巡る男の戦い、ですよね?違いましたか?」


 マシロが至った結論がそれだった。男の戦いと聞き、それを雌を巡る雄同士の決闘のことだと解釈した。なるほどそれなら2人が手加減して戦っているのもわかる。野生の獣がその決闘をする際、無闇に殺し合いをすることはない。まずは戦うことなく互いを比べる。大きさであったり、速さであったり、比べるものは種によって様々だ。それで決着がつかなかったとき、初めて戦闘開始だ。だが、それもすぐに殺し合いになることはない。種の存続を目的とした行為で同族を殺しては意味がない。もっとも、力が拮抗し、エスカレートした場合はその限りではない。つまり、この2人の殴り合いも、体格が近い2人が大きさ比べで決着がつかなかったから、重症にならない程度の殴り合いで力を比べているのだと理解した。

 そうして力を比べ、勝った方が雌、もとい意中の女性と交尾をしに行く。そうしてより強い遺伝子が引き継がれていく。ならば自分が介入する必要はない、自然な行為だとマシロは判断し、介入を中止したのだ。

 そんなマシロを見て、2人は顔を見合わせる。この2人の喧嘩の理由は、単に気に食わなかったから。元々何かと衝突の多い2人が、格闘訓練中のちょっとした接触で互いに因縁をつけ、喧嘩に発展しただけだった。

 一方がもうやめようか、と思った瞬間、もう一方が急にニヤリと笑い、腕にさらに力を込めて来た。


「そういやキャシーについてもお前と争ってたよなあ?」

「な、なんでキャサリンが出て来るんだよ!?」

「決めたぞ。俺は今ここでお前に勝ったら、告白しに行く!」

「な!?なら、俺だって!」

「はっ!俄然負けられなくなったぜ!」

「こっちのセリフだあ!」

「「うおおおおおおおお!!!」」


 一瞬、収まるかと思われた喧嘩は、方向を転換して逆にヒートアップし、決闘に発展してしまった。

 しかしマシロは納得したようで、普通に歩いて戦う2人のそばを離れる。当然、喧嘩を止めるよう依頼した新人は困惑する。


「ちょ、ちょっと!?逆にエスカレートしてるじゃないか!」


 訴える新人に、マシロは首を横に振る。


「あれは止めるべきではありません。正当な決闘であり、自然の摂理です。」

「ええ~・・・」


 頭を抱える新人をよそに、マシロは颯爽と訓練室を後にした。



 午後は特に何事もなく、淡々と巡回して過ぎた。16時になり、控室に戻ってメイド長に報告する。


「・・・以上です。」

「お疲れ様でした。今日は助かったわ。」

「いえ、私も勉強になりました。失礼します。」


 マシロは控室を辞して、クロの部屋に向かう。

 ・・・そういえば、あの朝食は何が問題だったのでしょう?マスターならわかるでしょうか?

 結局1日考えても理解できていなかったマシロであった。


ストレス発散に好きに書いた小説でも、ブックマークが増えて、読んでくれる人がいるって思うと嬉しいものですね。前に週2回投稿って言いましたが、ちょっとペース上げるかもしれません。

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