025 スミレ先生の歴史授業
図書館を訪れた翌朝、自室で3人でスミレを待つ。
ムラサキは何をするでもなく、ベッドで丸くなっている。マシロは魔法で作った黒い糸を編んでいる。
「できそうか?」
「ええ。問題ありません。」
マシロが今作っているのは、クロのコートだ。今まで着ていたのはクロの自作で、遠目で見ると問題ないが、近づいて見れば編み方が歪で、隙間が目立つものだった。マシロが魔法強化炭素繊維による服作りが上達したので、練習に作りたいと申し出たのだ。クロとしても綺麗に出来上がるならその方がいい。
クロの目の前で黒い糸が複雑に動き、あっという間に布になっていく。
「器用なもんだな。」
「この工程はもう魔法で行っているので、半自動です。」
詠唱がなかったのは特に驚かない。術式が手元にあれば大声で詠唱する必要がないのだから、周囲に聞こえないような声で詠唱することも可能だ。だが問題は・・・
「術式はどこにあるんだ?」
こんな複雑な動きを指示する術式はかなりの長文になるはずだ。
「それなのですが・・・」
マシロは制作の手を止めずに説明する。
「私が使う術式は、マスターのような文字を使ったものではないんです。」
「・・・どういうことだ?」
「マスターから『ヒール』を教わった際、私がそれを以前から無意識にやっていたことは説明したと思います。」
「ああ。」
「その時、私の体を調べてみましたが、別に術式らしき文字は見当たりませんでした。そこで私なりに考えたのですが、術式とは対象にさせる動きを記したものですよね。であれば、文字である必要はないのではないかと。」
「ほう。」
「それで私が検証した結果が、この糸を編む魔法です。この糸に初めは手動で編む動きをさせます。それを何度か繰り返し、その動きに名前を付けてやると、糸は同じ動きをするようになりました。」
「マジで?」
「はい。この通り。」
マシロは糸の束を持ち、魔力を通すと、何事か呟く。すると糸は勝手に編まれて布を形作る。その間マシロはこちらを見ていて、手動ではないことを示している。
「・・・俺がちまちま書いてるのが馬鹿らしくなって来るな。」
「いえ、そうでもありません。この手法には制限があります。」
「ほう。」
「この術式は私が直接触れていないと発動しないようです。それに、動きを記憶させるには魔力を流しながら、何度かその動きを手動で実現させる必要があるわけですから、自分でできることを自動で繰り返させるだけです。例えば武器を狙った敵に飛ばすときは、文字で書いた『移動』の方が適切でしょう。拾った武器にも適用できません。」
「なるほど。」
しかし、術式に文字で書く以外の方法があったとは。長年研究していた魔族でも、解明できていない魔法が多数あった。今、魔族たちが使っている魔法はほとんどが初代魔族の置き土産の石板とそのコピーだ。石板には意味不明の文字が多数あったが、もしかしたらこの手法と関係があるのかもしれない。
・・・俺が理解できた部分なんて、術式の基礎中の基礎だけだったのかもしれないな。
そんなことを思いながら、クロは盾の改良を検討していた。2枚の盾を同時操作して動かす予定だったが、盾どうしが互いにもう一方の盾に向かって『移動』し続ければ、2枚同時操作は不要ではないか、と考えて、盾に術式を書いてみた。
結果は失敗。接合部分だけに適用したのだが、それでも盾の端同士がくっつくのではなく、互いに回転してしまい、轟音を立てて面と面がくっついてしまった。
その音にマシロは一瞬作業を止めてこちらを見る。
「すまん。失敗した。」
「気をつけてください。」
マシロは次に部屋の隅に目を向けると、ベッドにいたはずのムラサキがそこにいた。そういえば、目の端でベッドから飛び起きるムラサキが見えた気がする。
マシロは軽く鼻で笑うと、作業に戻った。
「てめ、笑いやがったな!?」
「ええ、笑いました。無様ですね。」
言い争う二人を見ながら、クロはトラバサミ的なトラップを思いついていた。実現するための術式を頭の中で練っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「おはようございますぅ、クロさん。おや、そちらの方は?」
相変わらずのんびりした口調でスミレが部屋に入ってくる。服装は昨日と変わっていない。
「二人とも俺の身内だ。問題ない。」
「はじめまして。マシロといいます。」
「オレはムラサキ。よろしく。」
マシロは立ち上がって礼儀正しくお辞儀をし、ムラサキは猫形態のまま、右足を上げる。
「喋ったぁ!すごーい。なんですかぁ、この猫ぉ。」
「それも合わせて説明しよう。」
「それは楽しみですぅ。おっと、私は川源菫。クロさんと同じく異世界人ですぅ。スミレと呼んでくださぁい。」
「国王の指示で情報収集をしているそうだ。能力に関しては信用できるが、情報に貪欲で、闇魔法で自白させようとしてくるから、油断しないように。」
「あっ、クロさん~。それを言っちゃあ、警戒されちゃうじゃないですかぁ。」
「わかりました。気をつけます。」
「マジかよ・・・ようやくまともな女性が現れたと思ったのに・・・」
淡々と答えるマシロと、何故か絶望しているムラサキ。
ムラサキはいつも通り置いといて、スミレに席を勧める。作業中の物を片付けて、クロも席に着いた。マシロが練習を兼ねてお茶を淹れてくれる。音を立てないスムーズな動きでお茶が出される。
「マシロさんってメイドなんですかぁ?」
「本職は傭兵だが・・・これならメイドとしてもやっていけそうだな。」
「恐れ入ります。」
マシロは席に着かず、クロの横に立つ。
「さて、これから話すのは極秘事項で、俺達の素性を知っているのは国王とヴォルフ爺さん。城内の兵士は、俺達を国王お抱えの傭兵としか認識してないはずだ。つまり、国王と爺さん以外には決して漏らさないこと。それができるなら、魔法なんて使われなくても話そう。」
「私を誰だと思ってるんですかぁ。口が軽かったら国王に声かけられたりしませんよぉ。」
「まあ、そうだな。さて、じゃあ、俺が魔族の集落を出たあたりから、順に話すか。」
クロは魔王になろうとしていた主を暗殺し、魔族から逃げていること。ムラサキはその時の協力者で、共に魔族であること。成り行きでカイ連邦と帝国の戦争に参加し、暴れた事を話した。続いてマシロも渋々ながら自身が魔族になった経緯を話す。そしてクロが国王と直接交渉して、3人そろって国王のお抱え傭兵になったことを説明して締めくくる。
「さっきも言った通り、俺達の素性は隠されている。国王が魔族を雇ってるなんて聞こえが悪いからな。」
「そうですねぇ。内乱が再発するかもしれないし、他の国からも難癖付けられるでしょうねぇ。特にカイ連邦は、100年前の勇者の教えを忠実に守ってる分、魔族を強く敵視していますからぁ。」
「とりあえず俺たちの話はこんなことろだ。満足したか?」
「ん~。まあ、そこそこ。クロさんの前世とか、魔族の魔法研究とか、いろいろ気になりますが、それはまた後日ってことでぇ。私の『ライブラリ』も1日に詰め込める情報は限りがありますからぁ。」
「そんな制限があるのか。」
「まあ、私が頭痛くなるだけですけどねぇ。入れるのは結構大変なんですぅ。出すのは楽ですけどぉ。」
ここで満足してもらえるなら、クロとしては有難い。開示できる情報だけ開示し、隠したい情報は隠すことができる。クロが闇の神子であることや、原子魔法のことは伏せておきたい。
「じゃあ、ついでだから、歴史について聞いてもいいか?その100年前の勇者ってよく話題に出るが、どんな奴だったんだ?」
「いいですよぉ。サービスでここ100年間の世界情勢も説明しちゃいましょう~。」
マシロがお茶を淹れ直し、ムラサキは興味ないとばかりにベッドで丸くなる。
「まず、この世界は人間族の他に獣人族と竜人族、それと魔族がいますぅ。」
「竜人なんているのか。」
「ええ。数が少なく、マイナーですけどぉ。それ以外は一般的に人間とは認められてないですぅ。獣、魔獣、あとは妖精もかなぁ?」
「魔族も人間扱いなのか?」
人間やめたくて魔族になったクロとしてはあまり嬉しくない情報だ。
「難しいところですねぇ。法的には人間扱いされませんが、外見と知能から人間として見られるのが一般的じゃないでしょうか。」
「ふうん。」
クロは内心、残念だった。もっと人外扱いで構わなかったのだが、クロ的には屈辱的なことに、人間として見られるらしい。これなら魔獣にでも転生した方が良かったかもしれない。
「ところで、聞き覚えない種族が出たな。妖精?」
「妖精についてはあまり詳しいことがわかっていないんですよぉ。実体がない存在なものでぇ。」
「実体がない?」
「はいぃ。外見上は魔力が局所的に集中したものですぅ。初めはただの自然現象かと思われたんですが、意志があるような動きが確認されましたぁ。それを気のせいと切り捨てる人もいれば、魔力だけの塊でも意志を持ち得る、これは確かに意志がある、という人もいましてぇ。果てはそれが魂の実在を示すものだという人もいますぅ。」
「・・・意志があるから、魔力が集まるんじゃ?それにその後者の説が正しければ、妖精というより幽霊だろ。」
「その通りですぅ。でも魂説が少数派なこともあって、妖精と呼ばれていますぅ。」
クロにとっては興味深い命題だ。魂が存在するか否か。それはおそらく、魔族がどういう存在か、自分がどのように転生したのか、それに大きく関わるはずだ。しかし、その考察は今日の本題ではない。
「ちょっと脱線しましたぁ。話を戻すと、この世界には魔族を除いて3つの人種がいるわけですぅ。110年前の勇者登場まで、人種間の抗争が激しく起きていたそうですぅ。いえ、正確には120年前の魔王出現までですかぁ。いくつも大陸が沈むほどの大規模魔法合戦だったらしいですよぉ。」
「どんな魔法だよ・・・」
「当時は魔法にリミッターがなく、魔力を注げば注ぐだけ威力が上がったそうでしてぇ。同時詠唱やチャージを駆使して滅茶苦茶威力を上げたそうですぅ。有名なのは、土魔法『メテオ』。上空に土を集めて圧縮、敵の頭上に落下させるだけの魔法なんですがぁ、視認ぎりぎりの遥か上空にちまちま集めて、街ほどの大きさになった大岩を作ったそうですぅ。大気摩擦で真っ赤に燃える岩が高速で落下して、巨大なクレーターを作る様は、まるで本物の隕石だったそうですよぉ。」
「へえ、面白いな。」
「真似しちゃだめですよぉ?その『メテオ』を戦争で何発も撃ち合った結果、大陸一つ沈んじゃったんですからぁ。正確には地表を削りまくって、海面以下まで標高が下がったんですがぁ。」
「できないようになってるんだろ?それに俺は土属性の適性低いしな。」
・・・金属で再現できると思うが。今度やってみよう。
「ええ。今は魔法に威力上限が設けられたようでぇ。一定以上チャージすると魔力が霧散してしまうそうですぅ。」
おそらくクロにかけられた魔法禁止の呪いと似たような原理だろう。特定条件を満たすと対象の魔力を霧散させるシステムだ。
「そうして争い続け、最後に残った大陸の覇権を巡って人間族と獣人族が争っていた時、漁夫の利を得るように魔族が現れましたぁ。」
「ん?竜人族は?」
「竜人族は、その頃にはもう争いをやめていたようですぅ。竜人族は数こそ少ないものの、身体能力・魔力ともに高く、さらに竜という強大な存在がありましたから、3つどもえの様相を呈していたのですがぁ。個人能力が高いゆえに、大陸を一番たくさん沈めたのは竜と竜人族なんですよねぇ。最後の大陸となり、これ以上自分たちが力を振るえば、世界を滅ぼしかねないと自重したようですぅ。もうちょっと早く気づいてもいい気がしますけどぉ。」
「人間なんてそんなものだろ。」
いくら危機を訴えようと、切羽詰まるまで対応を渋るのが人間というものだ。テスト直前まで勉強をしない。足の踏み場がなくなってから掃除を始める。地球温暖化を訴えても、本気で生活を改めるのはごく一部だ。
「魔族は300年前に狂研究者ライアン・バーナードに作られましたぁ。木魔法と闇魔法で創られたと言われていますが、当時の魔法はすべて神の管理下にあったはずなのに、どうやったんでしょうねぇ~。」
「・・・・・・」
クロの脳裏に黒い猿の姿が浮かぶ。闇の神ならばやりかねない。だが、何のために?メリットは?そもそも属性から言って、木の神も協力しなければできないはずだ。しかし、それの疑問は口にしない。言ってしまえば、目の前の好奇心旺盛な女性は、クロに自白魔法を使ってでも情報を得ようとするだろう。なぜ、闇の神に詳しいのか、と。
「しかしライアンはその魔族創造直後に当時の神子と神獣の連合軍に抹殺されましたぁ。そうしてその技術と共に抹消されたはずだったんですがぁ・・・120年前に突如として現れたわけですぅ。魔族たちはその驚異的な生命力と身体能力、加えてリミッターがかけられる前の強力な魔法を使用し、あっという間に西大陸を制圧しましたぁ。」
「で、10年後に勇者登場までじりじり押されるのか?」
「いえいえ、そこは人間も頑張りましたぁ。北大陸の海岸線と、西大陸との境界に防衛戦を敷き、人海戦術で何年も魔族の侵攻を食い止めましたぁ。」
「獣人族は?」
「西大陸の各地の森や山でゲリラ戦ですねぇ。魔族は竜人族以上に少数でしたから、山狩りも難しかったんでしょう。あ、アイビス山脈には潜まなかったそうですよぉ。当時から魔獣の巣窟だったそうでぇ。」
「そうか。」
「しかし、必死の努力もむなしく、110年前には人間族の防衛戦も崩壊、西大陸の半分の森を焼き払われた獣人族も大きく数を減らしましたぁ。そうして北大陸を魔族が蹂躙し始めた頃、現れたのが勇者ですぅ。」
スミレはこめかみをコツコツとつつきながら話す。その動作で『ライブラリ』から情報を引き出しているのだろうが、その動作のせいでよく眼鏡がズレる。
「勇者の本名は記録に残っておらず、仲間内からはカイと呼ばれていた、女性だそうですぅ。」
「女性?へえ。」
クロは勇者と聞いて無条件に男を連想していた。己の視野の狭さを少しだけ反省する。
「日本語も英語もできたそうですが、どちらもぎこちなかったそうで、日本人でも英語圏でもなさそうですねぇ。あ、これはヴォルフさん情報ですぅ。」
「あの爺さん直に会ったことがあるのか・・・何歳だよ。」
「120歳以上ですねぇ。獣人族の平均寿命は50歳のはずなんですがぁ・・・謎ですぅ。亡くなったら是非かい・・・おっと。」
・・・今、解剖と言おうとしたか?
「勇者カイは、北大陸南西部の町で勤勉に働く一般的な異世界人だったそうでぇ。いや、非常に優秀だったそうなので、一般的とも言えないかなぁ。まあ、ともかく兵士ではなかったそうですぅ。しかし、その街まで戦火が広がると、攻め入って来た魔族を討ち取り、一躍有名になったそうですぅ。」
「戦闘訓練も受けてない奴が魔族に勝てるもんなのか?」
「光の神子だったそうですし、スペックは高かったんじゃないですかぁ?どうやって倒したのかは記録がありませんしぃ。」
「余程強力な固有魔法だったのか?」
「それも記録に残っていません~。まあ、とにかくそれで有名になった彼女は対魔族軍に編入し、大活躍。戦線を押し返すと同時に西大陸の獣人族ゲリラと連絡を取って連携することで、数年後には西大陸に逆に攻め込みましたぁ。そうして獣人族と合流すると、半ば強引に人間族と獣人族を和解させましたぁ。既に対魔族軍の中心となっていた勇者が理詰めで説得すれば、断れなかったでしょうねぇ。それを契機に東大陸でいまだ人間族と小競り合いをしていた獣人族も海を渡って参戦。人間族も総力をもって魔王城を目指しましたぁ。」
「魔王城?」
「今、魔族の集落があるところですねぇ。」
クロは3年間滞在していた山奥の集落を思い出す。深い森に囲まれ、険しい山に守られた土地はさぞ攻めにくかろう。
「当然、魔王城の守りは固く、戦争は何年も続きましたぁ。しかし今から100年前、ついに開発中だった銃が完成。人間の数の力に銃が加わり、一気に魔族を攻めました。結果、魔王城もろとも魔王は滅ぼされましたとさ。」
まるで昔話のようにスミレは話を締めくくる。
「めでたしめでたし、か?」
「ええ。勇者カイが存命のうちは。」
スミレはマシロが淹れた紅茶を飲み、一息つく。クロも一口飲むと、またスミレが話し始める。
「対魔族戦争で世界は一つになりましたぁ。戦後も世界まとめてカイ連邦として、戦争のない平和な国、いや世界になりましたぁ。あ、北西の島に移り住んだ竜人族は相互不可侵で独立していましたが。しかし、勇者カイとその仲間が世を去った60年前、次々に国が独立しましたぁ。勇者という鎹がなくなれば、脆いものですねぇ。獣人族の国としてこのフレアネス王国が西大陸の南東部に建国。次に人間族至上主義の国が2つ。北の端に科学による魔法の排斥を謳うライデン帝国が、東大陸の北側にローマン魔法王国が現れましたぁ。」
「人種差別は根深いからな。」
「ええ。でも差別と闘う人もいますぅ。ローマン魔法王国は東大陸南部の獣人族を迫害しましたが、ある異世界人が獣人族と不満を持つ人間族とともにクーデターを起こし、国王を倒しましたぁ。それが約50年前。そこから10年くらいでいろいろあって、東大陸はいくつかの国に分かれましたぁ。大きな勢力は北のイーストランド王国。ここは獣人族に法的には寛容ですぅ。」
「法的に、ってことは・・・」
「住民の意識はまだ獣人族を下に見ているようですねぇ。あそこの調査もなかなかたいへんでしたぁ。」
インドア派に見えるスミレが、直接他国に調査に出向いているとは驚きだった。しかしスミレはそこの話は広げずに進める。
「次に中部のネオ・ローマン魔法王国。結局差別をやめられなかった人間族の国ですねぇ。ここは完全に人間至上主義ですぅ。で、最後は南端の東カイ連邦。国土は広いですが、ほとんど森です。切り拓こうとするネオ・ローマン魔法王国とよく小競り合いを起こしていますぅ。」
「結局100年前に戻ってるじゃねえか。」
「歴史は繰り返すって奴ですねぇ。あ、そういえば東カイ連邦の森には、森に適応した人間族の亜種がいるそうですよぉ。森人と呼ばれてますがぁ・・・異世界人的にはエルフを想像すると近いですねぇ。」
スミレが興奮気味に言う。このままだとまた話が脱線しそうだ。
「エルフ、じゃなくて森人の話はまた今度にしよう。で、50年前まで聞いたが?」
「そうそう、その3国の周りにいくつかの小国ができたり消えたりしたんですが、30年前、その小国の一つでとある新興宗教が生まれたんですぅ。それがあの神聖国ノースウェルの始まりです。」
その国の名はクロも聞き覚えがあった。何でも唯一帝国の侵攻を押し返したとか。いや、この間カイ連邦とフレアネス王国も押し返したから、もう唯一ではないか。
「木の神子が分け隔てなくあらゆる人を木魔法で治癒して回ったことで、それを慕う人々が集まったのだそうですぅ。そうして次第に宗教となり、木の神子を教皇とし、木の神を祀るようになりましたぁ。教義さえ守れば人種も身分も問わず受け入れ、仕事を与えるそうですぅ。主な産業は農業。軍は防衛のためだけに戦い、銃は待たないそうですぅ。」
「銃なしって・・・」
どうやって帝国を退けたのか。クロにはまるで想像がつかない。魔族でさえも、銃と数の暴力には敵わなかったのだ。クロも銃を使わないが、少数の敵を各個撃破しているから戦えているのだ。防衛戦となれば、そうはいかない。
「宗教が広まり始めると、その小国は国民をまとめるのに利用しようとノースウェルを国教にしましたぁ。国が認めれば、あっという間に国民のほとんどが入信。そこまでは国の思惑通りだったのでしょうが、なんと国民は国の意見を聞かず、教皇の指示にだけ従うようになりましたぁ。慌てた貴族たちはどうにか国民を取り戻そうとしますが、時すでに遅しぃ。武力を用いようとすれば、ノースウェルお抱えの軍が出てきて返り討ち。諦めた貴族たちは教皇の下につき、教皇を国のトップに据えることにしたのですぅ。」
「恐ろしい話だな。」
「これだけで終わりませんよぉ。ノースウェルが国一つ乗っ取った事件の噂は周辺諸国に広まりましたぁ。当時身分制度により虐げられていた平民は、宗教の下に平等を謳う神聖国に続々と移住しましたぁ。後は同じ流れで、周辺の小国もノースウェルに帰属。こうして神聖国は東の端に一大勢力を築きましたぁ。」
「その流れだと、神聖国はもっと広がっててもおかしくないんじゃないか?」
「それを食い止めたのが、イーストランド王国ですぅ。クーデターでローマン魔法王国を倒した異世界人の息子がなかなか優秀で、国民はわざわざ移住するほど不満を持っていなかったようですぅ。むしろ、次々と勢力を広げる宗教国家に危機感を抱いたようで、十数年前にノースウェルに戦争を仕掛けましたぁ。結果、イーストランドは惨敗。後に「悪夢」とまで呼ばれるノースウェル軍の圧倒的な強さにトラウマを刻まれることとなりましたぁ。」
「どんだけだよ・・・」
「今でもその戦争に参加した兵士や傭兵は、ノースウェルという単語を聞いただけで震え上がるそうですぅ。」
「どんな軍隊なのでしょうか?」
今までそばに控えていたマシロが口を挟む。流石に気になったようだ。
「私も聞き込みをしてみたんですが、誰も彼も思い出したくない、の一点張りでぇ。無理に聞き出そうとすると吐いたり気絶したりぃ・・・結局情報は得られませんでしたぁ。」
「そうですか・・・失礼しました。」
「いや、俺も気になったし。スミレ、続きを。」
「ああ、はい。で、その戦争で大きく国力を落としたイーストランドは、その隙を帝国に突かれることになりましたぁ。建国から約50年、ライデン帝国は皇帝が代替わりしながらも着々と魔法排斥派を集め、科学技術を発展させ、その頃には北大陸を制覇していましたぁ。」
「そういえば、帝国は人間至上主義なんだよな?人間は魔法が得意なはずなのに、あえてそれを捨てるとは。魔法排斥なんてむしろ魔法が苦手な獣人族が好みそうじゃないか?」
「いやいや、獣人族って結構信心深いんですよぉ?八神への信仰はもちろん、自然崇拝もありますぅ。まあ、それでもおっしゃる通り、帝国に流れる獣人族はいますぅ。建国当初は帝国も人間至上主義なので追い払っていましたが、領土を広げて土地に余裕ができ、皇帝が二代目になると、特区を設けて受け入れることにしましたぁ。もちろん、人間族と比べれば扱いは悪いですが、まあ生活はできる様ですぅ。」
「ふうん。フレアネス王国戦を考慮して、か?」
帝国を追い払われた獣人たちの行先は大抵フレアネス王国だろう。追い払えば追い払うほど、フレアネスが力を得ることになる。世界統一を目指す帝国としては面白くあるまい。
「さあ?あり得るとは思いますが、わかりませんね~。」
スミレはカップに残った紅茶を飲み干す。
「以上がこの世界の大まかな歴史ですぅ。何か質問はぁ?」
クロは腕を組んで考え込み、得た情報を整理する。そこで一つ気になる点に思い当たった。
「魔族を創った奴、ライアンっていったか。日本人じゃないのか?」
「ええ。ライアンは異世界人だったかどうかすらわかりません~。少なくとも日本人ではないでしょう~。」
「じゃあ、なぜ魔族の言語は主に日本語なんだ?」
「さあ?神子と神獣の連合軍なんて八神が本気で抹殺に向かったのに、どうやって生き延びたのか、それすらわかっていない、謎の人物ですからぁ。」
「そうか。」
「まあ、歴史家の仕事ですかねぇ~、その辺は。他にはありますぅ?」
「いや、特にないな。」
振り返ってマシロに目を向けるが、マシロは首を横に振る。一応、ムラサキも見てみるが、寝息しか聞こえない。
「じゃあ、今日はありがとうございましたぁ。」
「こちらこそ。本当に報酬とかいらないのか?」
「給料は国王から十分いただいてますぅ。あ、もし必要なら、クロさんの伝記でも書いて稼ぎますぅ。」
「おいやめろ。」
なぜ他人の伝記を書くのか。そもそも不完全な情報で勝手に書かれた伝記とか勘弁してほしい、とクロは思ったが、それを言ってさらに情報を聞き出されたら、たまったものではない。適当な注意だけして、クロはスミレを見送った。




