225 激化する戦況
最近、不定期に土曜日も出勤するため、執筆できる時間が短くなっています。それでも週2のペースはどうにか守る予定です。
3月30日。もしこの世が平和であったなら、人々は「明日から夏だ」などと服装を考えたり、四半期の末日として忙しく仕事をしていただろう。
しかし、この戦場にいる者達は、そんな季節の変わり目など意識をしている暇はない。
いや、もしも昨日までと同じ膠着状態であったならば、口には出さずとも意識はできたかもしれない。
今、この戦場の兵士たち、連合軍の者達は、そんなことを意識する余裕もないほどの絶望を目の当たりにしていた。
「嘘、だろ・・・?」
「「・・・・・・」」
連合軍がこの朝見たのは、昨日まで対峙していた神聖国の騎士たちが、数倍の数に増えている状態だった。
昨日までは、土の神子である<大山>シンを中心として防衛線を築くことで、どうにか神聖国軍を押し止めることができていた。
昨日まででもぎりぎりだったのだ。それが、一夜にして敵が増えた。それも数倍に。
屈強な兵士たちと言えども、絶望するには十分だった。
それはシンとて例外ではなかった。だが、シンが懸念しているのは、敵の数ではない。
シンは事前に敵本隊が後から来ることは知っていた。諜報部隊からそういう情報は得ていたのだから。
シンを驚愕させたのは、巨大ゴーレムの中にいて、視点が高いシンだから見えているモノが原因だった。
「まさか、竜、か?」
ゴーレムの中、誰にも届かない声が響く。10年以上戦場を経験した大ベテランのシンでさえ、初めて見る。
未知数の戦力。だが、強大であることには違いない。
・・・嫌になるな、まったく。
シンは溜息をつく。未知の敵など、本来、戦うべきではない。傭兵だったら、とっとと逃げ出している。
だが、シンは踏みとどまらなければならない。背後の町、イスダードにはまだ住民が残っている。
大きな町だ。どれだけ避難を急がせても、逃げ遅れる者はいる。今もまだ、2割程度の住民が残っていた。
シンはゴーレムの背部の通気口を広げて、地上へと大声で叫ぶ。
「皆の衆!正念場だ!」
「<大山>だ・・・」
「シン様・・・」
周囲の兵士がシンのゴーレムを見上げる。返す言葉に力はない。
「敵の数が増えた。確かに脅威だろう!だが、臆するな!」
「「・・・・・・」」
「やることは変わらん!とにかく近づけるな!何、いくら敵の総数が増えようと、一度にかかって来れる数は大差ない!」
シンが状況を整理してやれば、兵士たちの目に希望が戻り始めた。
「そうか!」
「確かに、束になって来るのは、変わらないな!」
「そうだ!面攻撃、面攻撃だ!隙間を作るな!」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
士気が回復したのを確認すると、シンは再び通気口を狭め、戦闘態勢に入る。
竜については、あえて触れなかった。あれを伝えたうえで、兵士たちに士気を取り戻させる言い訳を、シンは思いつかなかった。
・・・もはや、あの竜については、何もしてこないことを祈るしかない。・・・そんなわけないだろうに、まったく。
自分で考えながら、ありえないと思う。あの竜は明らかに神聖国の戦力。わざわざ戦場に連れてきて、何もしないはずがない。
だが、もうそれしか勝ち筋がないのだ。あの竜に動かれれば、どんな手を尽くそうが、容易に戦線は瓦解する。そういう確信があった。
そして、シンの演説が終わるのを待っていたかの如く、敵が動き出す。
隣の騎士に手が届きそうなほどの密集陣形で、それでも人間離れした高速で走って来る。
普通の軍なら、魔法で一網打尽にできる。だが、この騎士たちは、一網打尽にされても、一向にかまわないのだ。不死身なのだから。攻撃を免れた者は進み、受けた者は起き上がってまた進めばいい。
この不死身の軍を止めるには、強引に物理的に押し返すしかない。
「行くぞおおおおお!!」
シンはゴーレムの腕を大きく振りかぶり、アンダースローのように腕を振って、その速度で加速した『ソイルショット』の土弾を無数に放った。
被弾した騎士たちが、次々と後方に吹き飛ばされ、押し戻される。
それを見た連合軍の兵士たちは、シンに続いて攻撃を開始する。
「<大山>に続けえ!1人も撃ち漏らすなよ!」
「「「応!!」」」
兵士たちも、射程と威力に優れた魔法や、銃や大砲を撃ち始める。もう牽制用の軽い攻撃は無意味だと理解していた。とにかく敵を吹き飛ばす威力のある攻撃を、可能な限り高密度で。
そして待つ。彼らの希望、勇者マサキが、この戦争を終わらせてくれるのを。
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同日、昼。太陽は高く上り、上空を飛ぶ数羽の鳥の影が見える。
「今日は晴天じゃな。」
「ええ。」
教皇がそう呟くと、傍らの護衛騎士が短く答える。
「戦況はどうじゃ?」
教皇の質問に、別の護衛騎士が答える。彼女は光魔法による遠視で戦場を見ていた。
「やはり、<大山>が厄介です。奴の土弾の密度と威力が高すぎます。攻撃範囲も広いです。防衛線の中央に陣取って、端から端までカバーしています。」
「ほう。大した者だな。」
「町を目指す以上は避けられそうにありません。いっそ、あの町は迂回して、もう1つ奥の町を狙いますか?」
「いや、狙いは変えん。」
即答だった。教皇には一切の迷いがない。
「我らは彼らに恐怖を教えに来た。いたずらに死者を増やしに来たのではない。犠牲はあの町だけでよい。」
「かしこまりました。」
神聖国軍の目的は領土拡大ではない。あくまで、防衛のため。二度と神聖国に手出ししようなどと思わないように、周辺国に恐怖を植え付ける。そのために来たのだ。
前回のイーストランド王国との戦争では、王国軍を壊滅させた。それで十分だと思った。
だが、再び戦争は起きた。だから、今回は軍を壊滅させるだけでは足りない。
町を一つ潰す。それが教皇の目的だった。兵士だけでなく、市民にも恐怖を覚えさせる。
とはいえ、教皇も鬼ではない。あくまで未来の戦争を失くすための戦いだ。死者は少ない方がいい。
だから、教皇は今日まで待った。全力で移動すれば、もっと早く本体が前線に合流することもできた。今日まで待ったのは、目的の町の市民が「程よく」避難するのを待つため。
故に、他の町を狙っては待った意味がない。もしかしたら、次の町は碌に避難していないかもしれない。そうなれば、町を潰す際に多くの市民を斬らねばならない。それは避けたかった。
「とはいえ、このまま続けていても、埒が明かないようじゃな。」
「・・・このまま敵の消耗を待っても、突破は可能だと思われますが。」
「それで敵に何か策を弄されても困るからのう。」
教皇は顎を撫で、少し思案して、指示を出す。
「ルートリクス副騎士団長。<大山>を仕留められるか?」
教皇が声をかけたのは、竜の足元にいた、長い金髪を束ねた騎士。歳は30前後、爽やかな印象を受ける青年だ。
竜の背の上から声をかけた教皇に対し、ルートリクスは恭しく礼をして答える。
「教皇様の仰せとあらば、仕留めて御覧に入れましょう。ただ、同行する部隊を指名してもよろしいでしょうか?」
「構わん。誰を連れて行く?」
「レパルトスを。」
「ほう・・・よかろう。活躍させてやれ。」
「御意。」
ルートリクスは再度礼をした後、足早にその場を去る。
「レパルトス、ですか・・・」
護衛騎士の一人が呟いた。
「お主は苦手かな?レパルトスが。」
教皇が尋ねると、護衛騎士は少しの逡巡の後、頷く。
「正直に申し上げれば、彼を我々と同列に扱うのは、抵抗があります。信徒は皆平等。それはわかっているのですが・・・私には彼がヒトに該当するのか、疑問です。」
「お主の気持ちはわからんでもない。だが、レパルトスを始めとする彼ら原始獣人は、今の時代、そうやって軽んじられている。だからこそ、彼らはこの国に救いを求めて来たのだ。時間をかけていい。受け入れるよう努めなさい。」
「・・・はっ。」
「それに彼らは、なかなか強いぞ?」
「それは、身に染みて理解しております。」
護衛騎士が右腕をさする。そこに傷はない。だが、彼の記憶にはそこに深い傷があった。
ルートリクス副騎士団長を見送った直後、教皇のもとに伝令がやって来た。
伝令は無礼を承知で、竜の足元から教皇へと叫ぶ。
「失礼します!緊急です!」
「そこからでよい。何事じゃ?」
教皇の声は護衛騎士の風魔法で伝令に届けられる。ここからは伝令の声も護衛騎士が集音するので、伝令も叫ぶ必要はない。
「南東方面に<疾風>が突如出現!奇襲を受けました。」
「やはり再度来たか、<赤鉄>。あのまま終わるとは思っていなかったが・・・予想より早いな。」
教皇は顎髭をさすり、思案する。
教皇の予想では、<赤鉄>はまた何かしらの奇策を弄してくると思っていた。神聖国も閉鎖的とはいえ、外国の情報は集めている。これまでの<赤鉄>の戦績も把握していた。
そして、策を弄する以上、準備に少なくとも3日はかけるのではないか、と想定していた。しかし実際はドラゴンブレスで吹き飛ばした2日後にもう攻撃を仕掛けてきた。
「敵の現在位置は?」
「それが・・・不明です。」
「どういうことかね?」
攻めてきた相手の位置が把握できない。そんなことがあるのだろうか。
現在の教皇の周囲にはかなりの密度で騎士たちが配置されている。見失うなどということはないはずだ。
想定外の情報に、周囲の騎士もざわめき始める。
そのざわめきに負けないように、伝令は叫んだ。
「敵、<疾風>は、即座に撤退しました!その際、騎士を1名、連れ去られています!」
「なんと・・・」
教皇をはじめ、騎士たちに動揺が広がる。昨日、強引に本体に突っ込んできたところを見れば、<赤鉄>の狙いは教皇であることは予想できる。
しかし今回は騎士を1人連れ去った。その目的がわからない。
「我々を1人ずつ仕留めるつもりか?」
「どこに拘束するというのだ?」
「待て、<赤鉄>は我らの再生を阻害する術を持っている。教皇様の蘇生を受けられない場所でやられれば、あるいは・・・」
「しかし、奴の狙いは何だ?我らを1人ずつ殺したところで、戦況を覆せるわけが・・・」
確かに、5000人近くいる騎士たちを1人ずつ仕留めていては、時間がかかりすぎる。間違いなく、神聖国軍が目的を達する、すなわち、目前の町イスダードを滅ぼす方が早い。
騎士たちがざわめく中で、教皇がよく通る声で伝令に尋ねる。
「<疾風>が来た、と言ったな?<赤鉄>は?」
「確認できていません。」
「<疾風>が単独で来た、ということか?」
「はい!」
「なるほど。陽動か。」
教皇は合点がいった、と頷く。
「奴め、<疾風>を囮に儂を仕留める隙を狙っておる。」
「なるほど・・・」
教皇の予測を聞き、騎士たちが静まり始める。
「<赤鉄>を捜索せよ。守備は全方位、くまなく固めるのじゃ。」
「「「はっ!」」」
<赤鉄>の狙いを予測した神聖国軍は、その奇襲を潰すべく動き出した。




