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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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024 王城での日常

今回ちょっと長いです。

 マシロが吹っ切れ、クロが己の行動を改めることを決めた次の日。いつも通りの日常に戻っていた。

 クロとマシロは日の出直前に起き出し、訓練用の武器で打ち合う。ムラサキが起きてきたら終了だ。

 訓練の後は、必要な時に限り朝食だ。昨日はクロは手術でかなり負傷したし、マシロはクロをぶん殴ったときに派手に右手を壊したので、朝食をとる。ムラサキは必要ないが、食がムラサキの楽しみの一つらしいので、無理に禁止はしない。

 場所は城内の食堂。城に詰めている兵士向けの施設だ。獣人族には肉食獣も草食獣もいる。そのため、メニューはバリエーション豊富だ。クロは草食獣向けの野菜のみの定食に、卵や鶏肉を焼いた料理を一皿つけた、野菜メイン。マシロは肉食獣向けの定食。肉メインだが、少量野菜もついている。ムラサキは好き嫌いなく何でも食べるので、気分で変える。

 ムラサキは食が楽しみというだけあり、結構味にうるさい。今日も鳥肉を炒めた料理を批評している。


「香辛料ケチってるなあ。もっと胡椒多めの方がうまそうだ。」

「そうか?素材の味を活かしてて十分うまいと思うが。」


 クロも同じものを食べており、クロはこれで十分だと思っている。

 ちなみに胡椒と呼ばれているものの、ここの胡椒は、クロの前世の胡椒とは違う。かつて異世界人が元の世界の胡椒と似た調味料をそう呼ぶようになっただけらしい。実際、この世界の胡椒はつる状ではなく背の低い木に生り、トウガラシのような実の種の部分を使って作られるそうだ。


「いや、胡椒を使えばもっとうまくなるはずだ!」

「ムラサキ、今は戦時中です。高級品の香辛料をそう多く使えるわけがありません。」

「そうか・・・つまり帝国のせいだな!許すまじ、帝国!」

「「そうだ!そうだ!」」


 ムラサキが叫ぶと、聞いていたらしい周囲の兵士が同意の声を上げる。一応、クロたちは秘匿戦力なので、目立つ行動は避けるべきなのだが、この城内では国王に直々に雇われた凄腕の傭兵として知られている。国王に要求した家の建築が済むまでは城内に住んでいるので、隠す意味もないらしい。執事のヴォルフが言っていたのだから、問題ないのだろう。

 食事を終えると、夜まで自由行動だ。クロ達は仲間ではあるが、基本的に独立独歩の精神である。戦場では共闘するし、必要なら協力するが、生きるために必要なことは自分でやる。傭兵の報酬も均等に分けている。

 ムラサキは食後はさっさと猫形態に戻って散歩に出かける。どこに行っているのかはクロもマシロも知らない。

 マシロは城内で勉強している。以前ムラサキに女らしくないと言われたのが癇に障ったのか、メイドたちの所作を見て人間の女性らしい動きを学んでいるらしい。その結果、食事も言動も礼儀正しくなり、時々出ていたため口も減って、常に敬語口調になった。人間形態の時に来ている真っ黒な服はメイド服を参考にしたらしいが、マシロが不要と判断したパーツを次々省いた結果、似ても似つかないシンプルな服になった。作った当初は半袖に膝丈のスカートだったが、それだと腕や脚にある無数の銃創の跡が丸見えなので、クロの指示で長袖ロングスカートになった。ちなみに、戦闘時はスカートがズボンのような形に変形する。

 そしてクロはというと、午前中は城内で防具を作成した。廃材の中から適当な素材を集めて、盾を作った。魔法で操作すれば手が塞がらないので、有用なはずだ。今までは攻撃を食らっても回復すればいい、と投げやりな考えだったが、昨日マシロに注意されたことで、真面目に防御を考え始めたのだ。

 そうして今、クロの目の前には、2×1mの鉄板が浮いている。訓練場で銃を借り、鉄板に向かって撃つ。


 ドン!キィン!カン!


「・・・危ないな。」


 撃ち込んだ銃弾を、魔法で強化された鉄板は凹むこともなく弾いた。それはいい。強度は十分だ。しかし、弾かれた銃弾は跳ね返り、壁に小さな穴を開けた。他の兵士が近くにいなくてよかった。

 だが、これは逆に有効かもしれない。跳ね返る方向を調整すれば、撃って来た敵兵を跳弾で倒せる可能性がある。それに、跳弾が跳ね返る方向をある程度調節できないと、味方に当たる危険もある。

 すぐに鉄板を再加熱、加工して、反りをつける。イメージは前世の警察が使っていた盾だ。残念ながらのぞき窓は付けられないが。それに、使う時の向きも警察の物とは表裏逆になる。ついでに、2mも高さがあると運びにくいので、1×1mの2枚に切り分けた。戦闘時にはくっつけてまとめて操作する。

 ・・・この2枚を別々に操作できれば、より便利だろうが、俺はそこまで器用じゃない。

 出来上がった鉄板に再度銃を何度か撃ち、自分に跳ね返ってくることを確認する。マシロに見られたら、また怒られそうだ。


 完成した鉄板を自室に運ぶと、昼になっていた。昼食は不要だが、休憩としてお茶を入れる。出かける準備をしつつ一服したら、午後は外出だ。

 城内では自由に動けるが、外出時はそうはいかない。口止めできる兵士には知られてもいいが、住民に噂が流れ、帝国に知られては問題だ。故に、クロ達が城から出る姿は決して見られてはいけない。ムラサキは見た目ただの猫なので、普通に出て行ける。マシロは犬形態だとその巨体で目立つし、人間形態でも綺麗な真っ白の長髪が目立つ。そのため、マシロは外出をあきらめている。なお、どうしても出なければいけないときは夜にこっそり出る。で、クロはというと・・・


「『変化』」


 自室で大きな黒い鳥に化け、服を詰めた荷物袋を嘴にくわえる。窓から飛び立ち、適当な高度を取ったら、城下町のとある屋敷に向かう。ヴォルフの屋敷だ。こうしてクロはヴォルフの屋敷と城の間で荷物を空輸する宅急便に扮して外出するのだ。

 ・・・毎度思うが、ヴォルフ爺さんは本当に執事なのだろうか?立派な屋敷を持ってるし、普段城にいて使わない屋敷なのに、大勢の使用人に管理させているし。かなり地位が高そうだけれど。

 借りている部屋に着地すると、変化を解いて服を着る。部屋を出たら使用人の一人に挨拶をして、屋敷を出る。向かう先は、王立図書館だ。調べ物をする場所を聞いたところ、ヴォルフのおすすめが王立図書館だった。そこの司書をしている異世界人を訪ねるといい、と言われた。

 王都は平屋の家が多く、背の高い建物は大木を利用したものが数十軒まばらにある程度だ。その中にある5階建てくらいの建物が図書館らしい。

 入口で傭兵ギルドのカードを見せる。ヴォルフが身分証明のために、と用意してくれたものだ。普通の傭兵はギルドで依頼を探すらしい。いきなり傭兵になっても伝手がなければ普通は仕事なんて見つからない。そのために仕事を斡旋するのが傭兵ギルドらしい。依頼する側からしても、傭兵を探す手間が省けて助かるのだろう。もっとも、現在は戦場に行けば仕事はいくらでもあるのだろうが。しかし、クロはそのギルドに行ったことはない。登録時には普通本人が行って、名前とか年齢とか書くらしい。もちろん種族も。そして虚偽がないかどうか魔法で調べられる。クロたちが行けば、当然大混乱だ。魔族が職に就けるわけがない。そこでヴォルフが、どうやったのか知らないが、登録してきてくれたのだ。

 図書館に入ると、まず長い机に椅子が並び、その長机と椅子のセットが10くらいある。読書スペースだろう。その奥が本棚だ。棚には分類番号が書かれている。見たところ、前世のものと類似している。件の異世界人の司書の仕業だろうか?入口から右に目を向ければ、カウンターに職員が数人いる。貸し出しも行っているらしい。利用者は少ないようだが。

 ・・・読書は割りと好きだし、帰りに何冊か借りてみるか。

 とりあえず、分類番号にしたがって、目的の資料を探す。しかしなかなか見つからない。既に午後になっており、無駄に時間がかかると、すぐに閉館時間になってしまう。カウンターに向かい、職員に尋ねることにした。


「すみません。探している本があるのですが・・・」

「はい。どういった本でしょう。」


 黒髪の落ち着いた青年が礼儀正しく答える。頭には角があり、形からして山羊のようだ。


「アイビス山脈とその周辺に関する情報をまとめた本とかないでしょうか?」

「あー、アイビス・・・あそこは危険な地域のため、調査が進んでいないはずです。地理の棚にはなかったと思います。」


 それはクロも確認しているので、頷く。


「あるとすれば、伝記でしょうか?腕のいい狩人や冒険家が入ったことがあるそうで、冒険家の手記をまとめたものならあると思います。もちろん、個人の主観でかかれたものですから、正確とは言い難いですが。」

「いえ、それで十分です。ありがとうございます。」


 礼を述べて伝記の棚に向かおうとしたところで思い出した。


「あ、そうだ。知人の紹介で異世界人の司書を尋ねるように言われていたんでした。いますか?」

「・・・もしかしてスミレのことでしょうか?」


 ・・・その司書の名前はスミレというらしい。日本人かもしれない。しかし、なぜ目の前の職員は笑顔が引きつっているのだろう。


「確かに彼女なら、本を探すこともなく、必要な情報を集められるでしょう。しかし・・・とても、なんというか、お客様に対応できるような者ではないので・・・」


 ・・・異世界人なら固有魔法を持っているはず。口ぶりから情報処理系の能力だろうか?興味がある。が、この職員の反応を見る限り、問題児らしい。


「せっかく紹介されたのですし、会ってみます。」

「わかりました。ご案内します。・・・ああ、先に非礼を詫びておきます。彼女が失礼な対応をするかもしれませんが、何卒ご容赦ください。」


 職員が頭を下げる。

 ・・・事前に非礼を詫びるとか、どんだけだ。

 職員に案内されて階段を上る。どうやら地下もあるらしいが、目的の司書は上にいるようだ。3階まで上がり、奥に進む。スタッフルームにでも連れて行かれるのかと思いきや、辿り着いたのは1階と違って一人分の机と椅子が間隔をあけて並んだ読書スペースだった。その一番奥、窓からの日光が当たりにくい席に、そいつはいた。



 黒い真っ直ぐな髪が長く背中まで伸びている。頭には猫と思しき耳。姿勢よく椅子に座り、机に広げた本をじっと見つめている。眼鏡をかけているので見辛いが、目はひたすら本の字を追っているようだ。眼鏡をかけているのは初めて見た。獣人族は身体能力に優れ、目が悪いということはほとんどない。目が悪い者がいたとしても、代わりに聴覚や嗅覚が発達し、わざわざ眼鏡をかける者は少ない。

 おそらくこの少女が職員が言うスミレだろう。職員とクロがすぐ横まで歩いて来ても、まるで気がつく様子がない。不用心だとは思うが、その集中力は大したものだとも思う。

 そして近づいたことでクロは気がつく。スミレは魔力を動かしている。つまり、魔法を使用している。ただ本を読んでいるだけなのに。魔力は彼女の頭を巡り、どこかへ消えていた。人間が魔法を使用する際に魔力を神に捧げる時の流れに近い。情報処理系の固有魔法だろう。読んだ内容を異空間の何かに記録していると推測する。

 職員はスミレのすぐ後ろに立つと、トントンと彼女の肩を軽く叩く。しかしスミレは微動だにしない。


「少々お待ちください。」


 職員がこちらに顔を近づけて、ぼそりと静かに言う。

 数十秒後、スミレの魔力の流れが止まる。しおりを挟んで本を丁寧に閉じる。ふうと溜息を吐いて片手で首を押さえ、首を前後左右に動かしてから、両腕を上げて伸びをする。そこまでしてようやく振り向いた。


「なんですかぁ、ニキスさん。」


 さっきまで本を食い入るように見ていた眼と違って、眠そうな目でニキスと呼ばれた職員とクロを交互に見る。シンプルなシャツにズボンと動きやすさを重視した服装。黒い尻尾が背後でゆらゆらと揺れている。素材は悪くなさそうだが、化粧も手入れもしていなさそうな顔と髪。清潔にはしているし、不健康でもないが、美人とは言い難い。身長はやや小柄で、体形は標準的。見栄えより実利を取る、研究者タイプに見える。


「来客だ。・・・すみません。見ての通りです。」

「いや、まあ、大丈夫です。必要な情報が得られれば。」

「情報?ははぁ、私の『ライブラリ』が目当てですかぁ。」

「『ライブラリ』?」

「私の固有魔法ですぅ。簡単に言えば、見聞きしたものを忘れず、いつでも思い出せる、って感じですかねぇ。便利でしょう?」

「そりゃすごいな。」


 実際クロは記憶力に自信がない。必要なことを完璧に覚えられれば、と前世でどれだけ思ったことか。


「おお、この能力の素晴らしさがわかりますかぁ。もしかして異世界人?しかもまさか、日本人?」

「まあ、前世はそうだな。」


 クロとしては前世のことはあまり思い出したくない。名前を捨てたくらいだ。前世のことは忘れて今生を楽しみたいと思っている。


「おお~。異世界人は何人か会いましたが、日本人は珍しいですぅ。お名前はぁ?仲良くしましょうね?」

「あっ。」


 スミレはさっとクロの手を取ろうとしたが、クロは反射的に避けた。クロは用心深いため、余程気を許した相手にしか体に触らせない。失礼かとは思ったが、この回避行動は体に染みついてしまっている。

 それよりも、スミレが動くと同時に声を上げたニキスが気になった。そのニキスはホッとしたように胸を撫で下ろしている。


「悪いが、用心深い性格なんで、初対面で握手はちょっと勘弁してくれ。名前は、クロと呼ばれてる。」

「え~。クロさん、いいじゃないですか、握手くらい~。」


 不満そうにスミレが睨むが、ニキスが口を挟む。


「はあ。避けて正解です。・・・スミレ、『フォース・コンフェス』を使おうとしたでしょう?それの私的利用は犯罪ですよ?」

「え~、違いますよぅ。私は国王の命で情報収集を指示されていますからぁ。これは公務ですぅ。」

「おいおい・・・」


 苦笑いしか出ない。『フォース・コンフェス』は対象に嘘も黙秘もさせなくする闇魔法だ。すなわち自白剤と同様の効果。闇魔法を成功させるには対象の抗魔力を突破しなければならない。突破できるかどうかは、術者の魔法出力と対象の抗魔力の大きさだけでは決まらない。例え抗魔力が高くても、状況によっては突破されることがある。例えば、距離。この場合、スミレはクロに触れることで『フォース・コンフェス』を成功させようとした。


「申し訳ありません。やはり面会させるべきでは・・・」

「いや、構わない。俺は情報が欲しいんだ。」


 ニキスは頭を下げて面会中止を勧めるが、クロは止める気はない。むしろ、少し面白くなってきていた。敬語ももうやめている。

 ・・・考えてみれば、情報処理系の固有魔法とか、完全に闇属性じゃねえか。闇魔法を使うのに何の不思議もない。しかも初対面で平然と精神操作を試みて来るとか、思考が人間より魔族に近い。こんな危険人物なのに国王とヴォルフ爺さんが認めてるってことは、それほど有能ってことだ。対場的には俺に近い物があるだろう。面白い。


「俺が欲しいのはアイビス山脈の情報だ。地理や歴史、住んでる魔獣とかの情報が欲しい。」


 スミレは一瞬驚いた顔をするが、すぐににやにやと笑いだす。


「ふふふ・・・私が闇魔法使いと知っても全く動じず、情報収集ですかぁ。いいですねぇ。・・・あなた、本は好きですかぁ?」

「まあ、そこそこ。読書は趣味の一つだな。獣人では本を読む奴が少ないのか?客もあまりいないようだし。」

「そうなんですよぉ。せっかく増築して蔵書を増やしたのに、碌に客が来ないんですぅ。たまに来たと思えば、雑に扱って、元の棚に戻すこともしないしぃ。本に折り目が付くのも日常茶飯事なんですよぉ?」

「まったくです。ほとんどのお客様がそんな感じなので、貸し出しは量産可能な印刷された本に限定することにしたほどです。」


 ニキスも話に混じって来た。彼も客の本に対する粗雑な扱いは腹に据えかねているようだ。


「そいつはひどい話だな。本を雑に扱う奴には碌なのがいない。」

「その通りですぅ!本を破けた状態で返してくる奴とかいるんですよぉ!」

「最悪だな。」

「ええ!万死に値しますぅ!今度会ったら、『パラライズ』で動きを封じたうえで『フォース・コンフェス』を使い、大通りで性癖や黒歴史を大声で叫ばせてやりますぅ!」

「それはやめてください。はあ、だからスミレに来客対応はさせられないのですよ。」

「まあ、気持ちはわかる。」


 ・・・やり方はどうかと思うが。とはいえ、確かに不愉快な奴にいちいちキレていたら、接客なんてできないだろう。ニキスも正論だ。


「でしょう!?やはりあなたとは仲良くなれそうですぅ。」


 スミレがさりげなく握手を求めるが、当然クロは取り合わない。


「隙あらば自白させようとするんじゃない。というか、俺から何の情報が欲しいんだ?」

「ふっふっふー。私の眼は誤魔化せませんよぉ。その目を合わせただけで相手を射殺すような目つき!ただ者じゃありません。間違いなく波乱万丈の人生を送っているはずですぅ。是非聞かせてください!」

「え?俺、そんな目つき悪いのか?」


 一般人であろう、ニキスに聞いてみる。


「まあ、穏やかとは言い難いですね。でも、射殺すと言うほどではないと思います。」

「ちっちっち。ニキスさんじゃあわかりませんよぉ。この感覚は、何というか、そう、戦場とか野生とか、命の奪い合いを経験した者でなければわからないんですぅ。これは、あれです。死がすぐ間近にあるということは自覚させられる、というかぁ・・・」

「はあ。」


 ニキスは納得いかないようだ。クロは思い返すと、確かに森を歩くとき、目が合っただけで逃げていく獣が随分いたことを思い出した。前世でもよく犬に吠えられた記憶がある。しかし、それよりも気になることがあるので、一応確認する。


「じゃあ、スミレはそういう経験があるのか?」

「私もここに至るまでに波乱万丈の人生があったということですよぉ。聞きたいですかぁ?」

「いや、また今度で。」

「そうですかぁ。じゃあ、あなたのを聞かせてください。」

「んー、俺個人としては話してもいいが・・・俺も国王の命でいろいろやってるから、盗聴されないところで、できるだけ情報が広まらないようにしてほしいかな。」


 ちらっとニキスを見る。国王の名前が出たことで緊張したようだ。


「万全を期すなら、後日王城に来てくれ。執事のヴォルフ爺さんは知ってるか?」

「ええ!あの方も面白い人生ですよぉ。ふふふ・・・わかりました。明日にでも伺いますぅ。」

「じゃあ、話を戻そう。アイビス山脈についてだ。」

「ええ、ええ。ちょっと待ってくださいねぇ。『ライブラリ』」


 スミレは両手の人差し指をこめかみに当て、目を閉じる。魔力がスミレの頭と異空間を高速で行き来しているのが見える。魔法制御力はかなり高そうだ。

 20秒ほどでスミレは目を開ける。


「はい、出ましたぁ。アイビス山脈はですねぇ。」


 間延びした声でのんびり説明された内容をまとめると、アイビス山脈は西大陸の南東部を南北に走る山脈で、高いところで標高6,000m程。高い山は雪に覆われ、低い山には活火山もある。特に活発な山は南端の海に面した山のようだ。植生は標高に応じて変わる。麓には無数の洞窟があり、魔獣が掘ったとされている。その洞窟のうちのいくつかは山を貫通しており、昔、それを通って西側に抜けた冒険家が数人いたそうだ。麓には一様に森が広がっているように見えるが、東西では植生が大きく異なる。さらに、住んでいる魔獣の影響か、森のところどころに妙な地形があり、高い木が少ないサバンナのような土地や、砂漠化した土地、沼地に塩湖まであるらしい。ただしいずれも数十年前に冒険家が一度見ただけで、正確な位置は不明。一応スミレが情報をまとめた大雑把な地図を描いてくれたが、正確な情報は自分の足で確かめるしかなさそうだ。確認されている魔獣の名前や特徴、判明している特性が書かれたリストももらった。


「ありがとう。助かった。しかし、絵が上手いな。」

「そうですかぁ?普通でしょう?」


 自覚はないらしい。しかし、クロから見れば十分上手かった。


「しかし、何に使うんですかぁ?こんな情報。」

「それは、明日話そう。」

「そうですねぇ。ではクロさん、また明日。私は読書に戻りますぅ。」


 スミレは適当に挨拶を終えると、さっさと本に向き直る。が、ニキスに止められた。


「スミレ。もう閉館時間ですよ。」

「・・・私は明日までここで読書していても問題ありませんよぉ?」

「貴女に問題がなくても、我々にとっては問題です。閉館業務くらい手伝いなさい。」

「はぁ~い。」


 渋々スミレは本を抱えて立ち上がる。黙っていれば、大人しい文学少女に見えるだろう。

 クロはニキスに礼を言う。


「ありがとうございました。おかげで必要な情報が得られました。」

「そう言っていただけると助かります。見ての通り問題児ですが、役に立てたのであれば。」


 ・・・まるでスミレの保護者だ。


「私はわりと気に入りましたよ。」

「スミレもクロさんを気に入ったようで・・・ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします。」

「いや、こちらこそ今後も情報が必要な時は頼らせてもらうと思うので。」


 挨拶を終えると、仕事で忙しいニキス達を横目に図書館を出る。ヴォルフの屋敷に戻り、『変化』して飛んで城まで帰る。

 日が沈みかけたころ、自室に着いた。


「おかえり~。」

「ただいま。」


 ムラサキが既に戻っていた。『変化』を解いて、服を着る。お茶を淹れてくつろいでいると、マシロも戻って来た。ついでにマシロの分の茶も淹れる。


「おかえり。お茶いるか?」

「ただいま戻りました。いただきます。」


 マシロは部屋の入口から机まで歩き、椅子に座る。その何気ない動作が、城に来たばかりの頃に比べると綺麗になっており、何よりまったく音がしなかった。これはすごいことだ。実はマシロは見た目よりかなり重い。元が3m弱の巨体であるため、体重が100kgを超えているのだ。その体重で音もなく移動するとは。


「随分、動きが変わったな。」

「ええ。見栄から始めた勉強でしたが、想像以上に有用でした。人間としての生活方法はもちろん、暴力に頼らず情報を引き出す話し方、そして何より気配を消す技術は目を見張るものがあります。」

「へえ、なら暗殺任務も受けられそうだな。」

「おい、それはオレの役目だろう?」


 隠密行動はムラサキが一番得手だ。能力も暗殺向き。それはマシロが鍛えても変わらないだろう。


「もちろん暗殺のメインはムラサキだ。だが、今後は任せっきりにならずに済むだろう。対象が複数なら手分けしてもいいし、万が一の時、ムラサキの近くまで俺達も潜入できていれば、逃走もしやすいしな。」

「まあ、それならいいが。」

「そうそう、今日図書館に行ったんだが・・・」


 クロは今日の経緯を簡単に話し、地図を見せる。マシロにも見せて、誤りがないことを確認する。


「過去の情報をまとめて、地図を即興で描くとは、優秀ですね。」

「ああ。で、そのスミレが明日ここに来る。二人も同席できるか?」

「問題ありません。」

「いいぜ。」

「よし。じゃあ、いつも通り夜間ランニングにいくか。」

「では私も。」

「いってらー。」


 夜、日が沈んでからクロとマシロは城の裏庭を走る。裏庭は中庭と違って森のように木が多く、走りにくい。そんな裏庭を気配を消して走り回る鍛錬だ。いつ夜間行軍が必要になるかわからないから、とクロが提案した。この鍛錬の後に体を洗って就寝するのがいつものパターンだ。

 しかしクロは、部屋を出ようとしたところで気がつく。


「あ。」

「どうした?」

「本借りてくるの忘れた。」


 ・・・寝る前の楽しみの読書時間が・・・やはり記憶能力が欲しい。


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