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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第6章 碧い竜
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224 作戦会議

 3月28日、夕方。<ノースウェルの人形達>の包囲を辛くも逃れたクロ達は、半日ほど逃げ続けてようやく落ち着いたところだった。

 マシロが万全であれば、あっという間に撒くことができたのだが、敵の竜のブレスで重傷だった。そのためクロが走って逃げたのだが、クロの走力では敵との速度差が小さく、撒くのに多くの時間を費やしてしまった。

 それでも何とか振り切れたのは、何故か敵がクロに対して恐怖心を持っており、本気では追って来なかったことと、クロの持久力が無限に近かったおかげだった。疲労知らずの魔族の体は本当に便利である。


 適当な林の奥で焚火を囲む4人。クロはじっと焚火を見て考え込み、ようやく動ける程度に回復したマシロは食事中だ。食べているのはこの林で捕らえたイノシシっぽい獣である。アカリは『ガレージ』に保管していた携帯食料をかじり、ムラサキはアカリの膝の上で欠伸をしている。


「マスターも食べてください。かなり負傷したでしょう?」

「・・・そうだな。」


 一旦思考を止め、マシロからイノシシ肉を受け取る。

 マシロの言う通り、クロも竜のブレスで大きなダメージを負った。その後の騎士との戦闘でも、内容は覚えていないが、負傷はしたはずだ。<人形達>と違って、再生に材料が必要な以上、食べて補給しておく必要がある。


「いただきます。」


 律儀に手を合わせてから、クロは食べ始める。

 一口食べてから、ムラサキに調味料を要求。塩胡椒だけかけて残りを食べた。


 ・・・そういえば、真白は調味料使わないんだった。


 マシロは肉を食べるのに塩すら使わない。生で食べることもあるほどだ。いや、野生の犬、もとい狼であったことを考えれば、その方が当然なのだが、普段、獣人形態で過ごしていると、うっかりそれを忘れがちである。

 だから、当然マシロから受け取った肉に調味料が付いていないのは、食べる前からわかっていたはずで、それに気づかなかったあたり、クロはだいぶ思考に没頭していたらしい。


 とりあえず食べることに集中し、黙々と食事をすること十数分。

 アカリが配ったお茶を飲みながら、ようやく作戦会議が始まった。


「正直、見積もりが甘かった。すまん。」


 まずクロが反省と謝罪。

 先程の状況で1人も欠けずに撤退できたのは類まれな幸運だ。敵の強力な攻撃を受けて、一時的とはいえ、その場にいた全員がまともに機能しない状態になってしまっていた。

 敵のブレスを受けたとき、クロは指輪を守るために指輪を外し、マシロの指輪は敵のブレスの影響で壊れてしまっていた。

 そのため、アカリとムラサキはクロ達の様子がわからず、援護どころかクロとマシロの生死すら確認できない状態だったそうだ。

 そんな状況下でマシロが戦闘不能。クロも意識を失っていた。敵軍に囲まれた状態で、だ。

 2人とも死んでない方がおかしい状況である。幸運にもクロの『呪い人形』が上手く働いたおかげで、奇跡的に生き延びたに過ぎない。


「・・・あんなのがいるなんて、普通、想像もできないですよ。」

「竜は想定外だよなあ。」


 アカリとムラサキは慰めるようなことを言うが、クロはそれに甘える気はない。


「いや、<人形達>のトップがいる本隊なんだから、何がいてもおかしくはなかった。少なくとも、大量破壊兵器みたいなものがあるくらいは想定すべきだった。」

「確かにあの威力は、大量破壊兵器ですねえ。」


 唯一、クロ以外に前世の知識があるアカリには、「大量破壊兵器」の具体的イメージができているようだ。


「マスター。それで、対策は思いつきそうですか?」


 マシロがすぐに先の話に移る。

 反省は重要だが、ここはまだ敵地である。また、こうしている間にもあの竜が率いる敵本隊は前線に向かっているのだ。あれが前線に参戦すれば、国境を守る友軍はひとたまりもないだろう。悠長にしている時間はない。


「いくつか、考えたが・・・現実的な案がない。どれもリスクが高すぎるか、時間がかかりすぎる。」


 クロ達は少数である以上、軍隊相手にできる戦法など限られている。奇襲による斬首戦術だ。すべての敵を倒せない以上、敵の要をピンポイントで攻撃するしかない。

 しかし、今回ばかりは敵の守りが硬すぎる。手練れで不死身の騎士が千人単位で守り、その中央に竜。しかもその竜に守られているであろう敵のトップは未だ姿さえ見ることができていない。敵の情報がない、というのは、奇襲において大きなリスクだ。


「では、撤収も視野に入れるべきでは?」


 マシロの進言。確かにそうだ。クロ達はあくまで傭兵。命を懸けてまで戦う必要はない。

 だが、クロは首を横に振る。


「そうしたいのは山々だが、ここで連合軍が壊滅するとジリ貧だ。」


 先も想定した通り、ここで連合軍が敗れれば、東大陸は瞬く間に帝国に蹂躙されるだろう。

 今回の神聖国戦では、帝国も被害はあるだろうが、帝国は物資と兵士は豊富にある国だ。十分補充は可能だろう。それに対して連合軍は今出張っている分で精一杯だ。予備兵力はあるにはあるだろうが、とても帝国を押し返せるレベルとは思えない。

 そして東大陸の占領を終えれば、帝国は間違いなく万全の態勢で西に、クロ達が住む土地まで攻めて来るだろう。


「ここで何とかするしかないってことか・・・」

「クロさん、具体的に案を聞かせてもらっても?」

「そうだな・・・」


 クロはいくつかの案を説明する。大半が奇襲作戦だ。だが、どれもこれもハイリスクで、何より共通した問題があった。


「退路がない、ですか・・・」

「そうだ。」


 どんな方法で奇襲したにせよ、退路は必要だ。もし奇襲が成功して、敵の頭を潰せても、そこは敵本隊のど真ん中。大人しく帰してもらえるわけがない。


「一応、ないわけじゃないんだ。アカリの『ガレージ』に入ればいいんだからな。」

「でも、それの問題点は、今も言ってただろ。」

「そう。まず1つが、『ガレージ』を敵に知られる。これは切り札を1つ失うに等しい。ただ、これはもう仕方ないと思ってる。さっき、敵にちらっと見せちまったしな。」


 ブレスの後の撤退時、負傷して動けないマシロを『ガレージ』に回収したのは、敵に囲まれた状況で、だった。間違いなく見られただろう。


「申し訳ありません、マスター。」

「謝らなくていい。元々は俺の作戦ミスで真白に重傷を負わせちまったんだからな。」


 謝罪するマシロを抑えて、クロは説明を続ける。


「2つ目の問題点が、『ガレージ』を退路に使う場合、奇襲に行けるのは俺か真白のどちらかだけだ。」


 『ガレージ』の仕様上、全員が同時に入ってしまうと、戦場に戻れなくなってしまう。誰か1人は必ず戦地に出ていなければならないのだ。

 アカリやムラサキを戦場に出しっぱなしにするなどもっての外。そうなれば、クロかマシロが1人は留守番に残らなければならず、奇襲は1人だけとなる。

 あの布陣の敵に対して、果たして1人で突破できるか?ほとんど不可能に思える。


「誰か呼びましょうか?」


 アカリの提案は戦力の追加だ。

 確かにヤマブキあたりが加われば、取れる手段も増える。

 しかしクロは首を横に振る。


「いや、先日の一件があったばかりだ。家の守りを薄くしたくない。」


 勇者救出作戦の時、主要戦力が出払ったタイミングを狙われて、犠牲者が出てしまった。同じてつを踏むわけにはいかない。



 その後も4人で散々頭を捻ったが、全ての問題をクリアするような名案は出なかった。


「仕方ない。折衷案だな。」


 結局、危険は少ないが時間がかかる策を試しつつ様子を見て、奇襲の機会を探ることになった。

 話が決まった頃には日は沈んでいた。4人は各々休憩を始める。


「交代でこっちに出てる必要があるな。」

「マスター、先にお休みください。私は先程まで休んでいましたから大丈夫です。」

「じゃあ、頼む。・・・せっかくだから家まで戻るか。」


 ・・・疲れたからアカネをモフモフしたい。


 アカネの温かいモフモフの毛並みを思い出しながら、クロは帰宅準備をする。


「アカリはどうする?」

「私はムラサキさんと『ガレージ』内で待機しますよ。ムラサキさんと交代で仮眠を取れば大丈夫です。」

「流石にもう寝ぼけて反応が遅れることはないだろ。」

「それは言わないでくださいよぉ・・・」


 ムラサキがアカリをからかっている。アカリも嫌そうな顔はしているが、とりあえず戦場の空気で気が滅入っている様子は見受けられない。


 ・・・これならまあ、任せても大丈夫か。


「じゃあ、任せる。家まで送ってくれ。」

「はい。『ガレージ』」


 アカリが開いた穴に入り、家に向かう最中に、クロはふと気がついた。

 いつの間にやら、クロはアカリに結構気を許していた。人間相手に「任せても大丈夫」などと考えるとは。


 ・・・丸くなった、っていうのかね。こういうのは。


 なぜアカリに対してこれほど寛容なのか、自分でもよくわからない。アカリ以外の人間への憎悪は変わらず、ある。アカリに対してだけ許容できているのは、クロがアカリを仲間として認めたからか、それとも失われた前世の記憶が関係しているのか。今のクロにはわからなかった。


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