M20 神聖国への潜入
3月28日昼。神聖国ノースウェルとイーストランド王国の国境からやや西に進んだ場所。神聖国の<人形達>に戦線を押し込まれた連合軍は、この地で必死の抵抗を繰り広げていた。
守る連合軍は、銃も魔法も併用して、とにかく<人形達>を近づけないように努める。
攻める神聖国側は、銃弾を受けようが攻撃魔法を受けようが、不死身であることをいいことに、構わず突っ込む。
連合軍の攻撃は、時間稼ぎにしかならない。並の兵士では接近して拘束などできないのだから。しかも、拘束してもまともな方法ではすぐに脱出されてしまう。いくら攻撃しても敵が減らない以上、明らかに連合軍が不利だった。
それでも持ちこたえているのは、偏に<大山>の二つ名を持つネームド、バク・シンのおかげだった。
戦場のど真ん中にそびえる山のような巨大なゴーレムを操り、<人形達>を押し返す。
近づこうとする<人形達>を圧倒的な大規模土魔法で吹き飛ばし続ける。大岩を飛ばし、地面ごとひっくり返し、地面から生やした石の大槍で串刺しにして、迫り来る神聖国の騎士たちを抑える。
「行け行け行け!止まるな!休む暇を与えるな!ネームドとて魔力は無限ではない!」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
それでも<人形達>は止まらない。すぐに突破できないならば、持久戦で。この点、厳しく鍛え抜かれた<人形達>は、皆一様にタフであり、有利だ。
こうなるとネームド頼りの連合軍は苦しい。シンの代わりがいない以上、彼が倒れれば一気に瓦解する。
・・・させるか!
シンはゴーレムの中から敵の騎士たちを見下ろし、敵が持久戦に切り替えたことを悟った。
突撃を続けていることには変わりないが、一部を後退させている。交代で攻め続ける準備を始めたのは明白だった。
持久戦になれば不利なのは、当然シンも理解している。
だから、休ませない。
シンは自身を包む巨大なゴーレムを動かす。
ゴーレムは、その巨体から想像もできないような素早い動きで右手を真上に振り上げた。そして腰を落としつつ、勢いよく背中側から振り下ろす。十分な加速をつけて振り下ろされた腕は、地面を大きく抉り、掻き上げた土砂を大砲のように打ち出した。
「「「------!」」」
まるで砲兵隊の全力制圧射撃。いや、弾がほぼ水平に飛んでいる分、被害はそれ以上だろう。
突撃していた騎士たちも、後方で休もうとしていた騎士たちも、全員まとめて声を上げる間もなく吹き飛ばされた。
・・・よし。これで数分は休めるだろう。
敵の騎士たちはまた数秒くらいで再生するだろうが、物理的に距離を広げた。またここまで来るのには時間がかかるはずだ。
ここまでやっても、稼げるのがたった数分というのが恐ろしいが。
・・・敵も馬鹿ではない。いつまでも守り続けることはできん。頼むぞ、マサキ!
シンは神聖国内に潜入した勇者マサキのことを思う。彼が単身、敵国に入ってもうすぐ丸1日。彼はどこまで進めただろうか。
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勇者マサキは幸いにもほとんど敵と遭遇せずに進行していた。シンに手配してもらった帝国製バイクのおかげで、行程の半分ほどを消化できていた。
ここまでは順調。寝る間も惜しんで走り続けた甲斐があったと言えるだろう。
しかし、事はそう順調にばかりはいかない。
開けた街道を走っている最中、バイクが急に異音を発し、速度を落とし始めた。
「くそっ、とうとうガス欠か。」
当然ではあるが、神聖国内に給油できる場所などない。バイクも自動車も、現状、帝国内でしか普及していないのだ。
そのため、走れるのは事前に入っていた燃料分だけ。こうなるのはマサキも予想はしていた。
だが、戦況を考えれば、ここで足止めは辛い。連合軍が神聖国相手に苦戦しているだろうことは、見なくても分かる。今こうしている間にも友軍がバタバタ死んでいるかもしれないのだ。
一刻も早く神聖国の首都マリナスに辿り着き、敵のトップを押さえて戦争をやめさせなければならない。焦りが頭を占める。
・・・ここから徒歩か?いや、それじゃ遅すぎる!
「動いてくれよ!もう少しでいいから!」
せめて近くの町まで。そこまで行けば、何らかの移動手段が見つかるかもしれない。
見える範囲に町はないが、ここは街道だ。これに沿って行けば、どこかの町にはたどり着けるはずだ。
縋る思いでバイクを弄っていると、ふと違和感に気が付く。
前世でもそれほどバイクに乗っていたわけではないが、明らかに使いそうにないボタンやレバーがあった。表記が記号であったため、用途がわからず放置していたが、何かの助けになるかもしれない。
手近なボタンを押そうとして、一瞬、躊躇。
・・・まさか、自爆ボタンとかじゃないよね?
しかし、仮にそうだったとしても、自分には『光の盾』があることを思い出し、思い切って押してみた。
ぷすん。
わずかに動いていたエンジンが止まった。
壊してしまったか。そう思ったが、よく見るとメーターやランプは正常に動作している。
・・・通電はしている。バッテリーは生きてるのか。
ふとバッテリーを見ると、妙に大きい。計器や照明を動かすだけにしては。
まさか、と思って操作してみると、動いた。ゆっくりとした加速だが、確かにバイクは走り始めた。
・・・驚いた。電気でも走れるようになっていたとは。
まさかのハイブリッド仕様。なぜそんな構造なのか疑問はあるが、とりあえず望外の幸運に喜び、マサキは進んだ。
しかし喜びも束の間、またバイクは止まった。
調べるまでもない。バッテリー残量を表していると思しきメーターが0になっていた。
「切り替えてからほとんど進んでないのに・・・」
やはり乗り捨てるしかないか?そう思ったものの、先程の例もある。幸運に期待して、また弄ってみる。
今度はハンドルに付いた奇妙なレバー。運転しながら握れるようになっている。握ってみたが、変化はなし。
・・・何のための物なんだ?
訝しんでレバーから繋がるケーブルを辿ると、なぜかバッテリーに繋がっている。
・・・なんでハンドルに通電するんだ?運転手を感電させたいのか?・・・ん?運転手が感電?
閃いた。が、閃いたものの、まさか、とも思う。それでも、ダメで元々、試してみた。
「『サンダーボルト』」
威力を加減して雷魔法を使う。すると驚いたことに、バッテリー残量のメーターに動きがあった。
『サンダーボルト』を使いながら、バイクを走らせてみる。
「・・・走った。」
動かなくなったはずのバイクが動いた。間違いなく、雷魔法で充電できている。
魔法で充電できるなら、もう故障でもしない限り、止まる心配はない。ガソリンで走るときほど速度は出ないが、進むことができる。
・・・助かった。でも、なぜ魔法で充電できるようになってるんだ?
ハンドルに充電レバーがあるあたり、明らかに雷魔法使いが充電しながら走ることを想定している。
魔法を否定しているはずの帝国で作られたバイクが、なぜ魔法の使用を前提とした造りになっているのか。マサキにはいくら考えてもわからなかった。
夕方。どうにか明るいうちに町に辿り着いたマサキは、宿に宿泊した。
バイクを珍しがられはしたが、連合軍の者だとは気づかれなかったらしい。問題なく宿泊することができた。
マサキは荷物を部屋に置くなり、食堂に赴いて料理を注文する。
そして待っている間、周囲を見渡した。
明るく談笑する男達。夫婦と思しき男女が向かい合って食事をしている。獣人と人間が肩を組んで酔っ払っているのも見えた。
・・・ここまで来ると、戦争の気配はないなあ。平和そのものだ。種族間の差別もない点では、イーストランドよりも良い国かもしれない。
マサキは神聖国が流れ弾に過敏に反応したことをほんの少し理解できた気がした。
きっとこの国は、今の世界では最も平和な国なのだろう。戦争はもちろん、差別もない。町を見た限り、貧困に喘ぐ者やストリートチルドレンなどは見られなかった。
この国の騎士たちはきっと、この平和を何としても守りたいと思っているのだ。やり方は過激に過ぎるが、それでも守りたいという思いはマサキには理解できる感情だった。
・・・どちらが悪というわけではないんだ。どちらも正しい。争っているのは、きっと不幸な行き違いに過ぎないんだ。この国のトップに、教皇に話を聞いてもらいさえすれば・・・
マサキがそんな期待を抱き始めた時のことだった。スッと音もなくマサキの対面に誰かが座った。
マサキはその人物が自分の顔を覗き込むまで、彼女に気が付かなかった。
油断していたつもりはない。ただ、本当に物音がなく、マサキがなんとなく横を向いている間に彼女はそこへ滑り込んだのだ。
「探し物ですかぁ?勇者さん~。」
「え。」
目の前の女性は、にやにやと笑いながら、マサキの顔を覗き込みつつ言う。
突然、目の前に現れたこと。その女性が日本人顔の猫獣人であったこと。そして、自分の正体をいきなり言い当てたこと。複数の驚きが重なって、マサキは固まってしまう。
そんなマサキに構わず、女性は眼鏡をくいっと上げてから話す。照明の光が反射して、メガネが光って見えた。
「お探しは~、教皇サマ?それとも不死身の原因かなぁ?」
「え、ええっと、きょ・・・」
混乱しつつも自分の目的を答えようとして、はたと気が付く。
マサキが探しているのは教皇だ。だが、目の前の黒猫は、まるで教皇と、<人形達>に不死を与えている者が別であるかのような話し方をしている。
疑問がまた増えてしまった。目の前の彼女は何者なのか?なぜ自分を知っているのか?教皇と不死の術者は別なのか?
どれから尋ねるべきか迷った。何故だか彼女は、全てには答えてくれないような気配がする。マサキはなんとなく、不思議の国のアリスに登場するチェシャ猫を連想した。
迷った末に、今、もっとも重要であろうことを先に尋ねた。
「不死身の原因は、教皇じゃないのか?」
質問の内容が内容だけに、マサキは声を落とす。周囲の神聖国民に聞こえないように。
黒猫はその小さな声を、頭上の大きな耳で拾い、にっこり、いや、にやりと妖しく笑った。
「そうですねぇ。YESともNOとも言えますぅ。」
「どういうこと?」
「一因ではありますが、主因ではないですねぇ。」
「・・・つまり、教皇を止めても、騎士たちの不死性はなくならない?」
「止め方にもよりますがぁ、ま、止まらないでしょうねぇ。」
「・・・・・・」
はぐらかすような言い方。だが、嘘をついているようではない。
「では、主因は?」
そう尋ねると、黒猫はにんまりと笑う。そしてどこからか取り出した紙に、素早く絵を描き始めた。
それは似顔絵だった。修道女のような服装をした、女性の絵。
ものの数分で描き上げると、黒猫はそれをマサキに渡す。
「名前はマリス。マリス・ノースウェルですぅ。彼女こそが木の神子。この国の真の創立者ですぅ。」
「なっ・・・!」
マサキの驚きを無視して、黒猫は続ける。
「彼女は教会で普通に働いていますぅ。もし戦争を止めたいなら、厳重に守られた教皇を何とかするより、彼女を止めるべきでしょう~。」
俄かには信じがたい内容ではあるが、もし本当にそうなら、教皇に単身強襲をかけるより余程現実的だ。試す価値はあると思った。
得た情報をマサキが整理しているうちに、黒猫はそっと席を立つ。
今度はマサキはそれに気づくことができた。彼女が去る前に、ダメ元でもう一つ尋ねる。
「なんで僕にこんな情報を?」
「・・・このままでは、帝国の思惑通りで面白くありませんから。」
最後に振り向かずにつぶやいた言葉だけは、間延びした口調ではなかった。
黒猫はそのまま振り返らずに宿を出た。マサキは追うべきか迷ったが、ちょうど料理が運ばれて来て、追う機会を逸してしまった。




