217 理不尽な暴力
平原を白黒の影が疾駆する。神聖国ノースウェルとイーストランド王国の国境を越え、神聖国に入ったクロ達は、<ノースウェルの人形達>に不死を与える術者を探し回っていた。
1時間ほど走り回ったが、今のところ接敵はない。どうやら敵の騎士はかなりまばらに配置されているらしい。
「5000人って言っても、広範囲に布陣すればこんなものか?」
「いえ、明らかに少なすぎます。・・・おそらく急な開戦だったため、敵の本隊はまだ前線に到着していないのでは?」
「戦力の逐次投入は愚策だが・・・いや、騎士たちの不死性を考慮すれば、問題ないって判断か。」
戦力の逐次投入は各個撃破される恐れがあるため、愚策とされる。だが、ここの騎士たちは不死身なうえ、拘束も困難。撃破される心配がない戦力なら、投入できるところから投入した方が効果的だ。
もっとも、クロ達はその撃破困難な騎士を捕縛する手段を持っているわけだが。
「それにしても、これだけ走り回って術者が見つからないとは・・・結構遠隔地から治癒魔法を使ってるのか。どうやって騎士たちの負傷具合を見てるんだ?」
「私たちが使っているペアリングのような魔道具があるのかもしれませんね。」
「あり得るな。・・・そうすると、もっと奥まで探しに行ってもいいかもしれん。」
「了解しました。」
遠隔で味方の様子を把握できる魔道具。クロ達がペアリングで似たようなことをしている以上、そう言ったものを使っている可能性は十分にある。
もしそうなら、距離はほぼ関係ない。むしろ術者は危険な前線から離れているべきだろう。
クロ達は進路を東に取った。マシロの足なら、捜索のために蛇行しながら進んでも、3日もあれば東端の首都マリナスまで行くことができる。
・・・勇者もいるし、3日くらいはもつだろ。
とクロは見積もっているが、実際には勇者も進軍しているため、かなり厳しいだろう。勇者も進軍しているなど、クロは知る由もないのだから、仕方ないことだが。
接敵する事も無く、ただひたすら走り回る。
クロにとっては、戦場でマシロの背に乗って移動するのはもはや慣れたものだ。だから、周囲を警戒しつつ、頭の片隅で思考に耽ることもできる。
考えるのは、先の襲撃で犠牲になった化け狸3人とスイーパー達。
過去のことを過度に思い悩んでも仕方がない、と割り切っているが、後悔は残る。
思えば、ダンゾウからの救援要請があった時点で、かなりピンチであることは予想できたはずだ。犠牲が出ることも、予想できたはずだった。
しかしクロは楽観的に考えてしまった。残った戦力で対処できる、と。防衛のために準備したあれこれがあるのだから、大丈夫だろう、と。
だが、結果的には犠牲者が出てしまった。クロの見積もりが甘かったと言わざるを得ない。
であれば、救援要請が出た時点で、急ぎ全員で帰還していればよかっただろうか?
確かにそうすれば犠牲は出なかったかもしれない。クロもマシロも疲弊していたとはいえ、まったく戦えない状態というわけでもなかったし、アカリとムラサキが参戦していれば、それだけでも大きく変わったはずだ。
しかし、それをしていれば、勇者は救出できなかったかも知れない。そうなれば、以前想定した通り、東部戦線の崩壊。ひいては将来的にクロの領地は戦力を拡大した帝国と対峙することになり、更なる窮地に立たされていた可能性が高い。
もちろん、一旦家に戻って襲撃に対処した後、改めて勇者を救出する、という手もあった。それがベストの結果だろう。
だが、あの時点で既にクロの作戦は開始していて、やり直しは効かない状況だった。改めて救出に挑戦する場合は、別の作戦が必要になっただろうし、敵が警戒する分、成功率は極端に下がっただろう。なにより、クロは二兎追う者は一兎も得ず、ということわざを信じている。あそこで作戦を中断していれば、間違いなく勇者救出は不可能になっていただろうという確信があった。
だから、あの犠牲は仕方ないことだった。間違いなくそうだと思う。
だが、それでも、悔しい。もしかしたら、両立させるうまい方法があったのではないか?そう思わずにはいられない。
しかし、ここがクロの限界なのだ。クロは天才ではない。もしかしたらもっといい方法があったかもしれないが、クロには思いつかなかったのだ。
たとえ人間をやめても、「できることしかできない」のだから。自分にとっての最善を尽くすしかない。
「マスター、敵です。」
マシロの声が、クロの意識を思考の海から引き上げる。
前方を見ると、遠くからこちらに向かってくる騎士が4人ほど。距離はまだあるが、明らかにこちらに向かって来ている。
クロはすぐに意識を戦いに切り替える。
「よし、マシロ、止まれ。迎撃準備だ。」
「了解。」
マシロはクロの負担にならない程度で急減速。停止した。
すぐさまクロはマシロの背から飛び降り、アカリに連絡する。その間にマシロは『変化』で獣人形態へ。
クロはハンドサインでアカリに指示を出し、アカリは『ガレージ』から「それ」を取り出した。
『ガレージ』の穴から巨大な金属製の物体が出て来て、重厚な音を立てて地面に落ちた。
精緻かつ頑丈な構造の機関部から、6本の長い筒が平行に延びる。機関部の横には銃弾が並んだベルトが繋がっていて、ベルトは非常に長く、その先は『ガレージ』に繋がっている。
機関部の下には太い金属製の脚が付いていて、機関部を人の腰当たりの高さに固定している。そして6本の筒、砲身の反対側には簡易な椅子があった。
これこそはクロがかつて吹っ飛ばした戦艦オーラムに搭載されていた重機関銃、ガトリング砲である。参戦するに当たり、ヤマブキが未だ野に打ち上げられたままの戦艦に赴き、アカリが『ガレージ』に入れて持って来て、クロが適当に整備してみた代物である。
クロはこんなガトリング砲など残世でも触った記憶はないが、構造を見て何となく使い方を把握。とりあえず使えるようにしていた。こんなとき、金属操作の魔法は便利だ。解体せずとも中身を調べ、操作できた。
試運転もしてあるので、準備はスムーズに進む。
本来、戦艦の甲板に固定して使うガトリング砲だが、こんなところに持ってきた以上、別の方法で地面に固定しなければならない。いくらクロが人外の腕力を有していても、手に持って反動を抑えるのは難しい。
そこで、地面に長く太いアンカーを何本か打ち込んで固定。後は安全装置を外して、銃座に座れば準備完了だ。
敵はもう4人とも目視で見える距離まで近づいている。それでもクロは慌てず砲身の向きを調整。
敵はおそらく、ガトリング砲など見た事がないのだろう。まっすぐ向かってくる。自分たちの不死性に自信があることが見て取れる。
だが、このガトリング砲が相手では分が悪い。
「アカリ、弾送るの頼むぞ。」
「ありったけ持って来てますから、遠慮なくどうぞー。」
「じゃあ、遠慮なく。あ、耳栓したか?」
「あ、ちょっと待ってください。・・・はい、大丈夫です。」
「じゃあ、撃つぞー。」
淡々と発射。砲身が回転し、6本の筒が順番に高速で弾丸を発射する。
その連射速度と威力は、帝国兵が携行する連射銃の比ではない。加えて、全ての弾丸にクロは魔法を付与。「目標に向かって移動」するだけの魔法だが、それによりさらに弾丸は加速。その結果がこれだ。
ドドドドドドドドドドドドド!!!
「「ぐわああああ!?」」
騎士たちの悲鳴が上がる。流石にこの威力は想定外だったらしい。
秒間50発もの速度で撃ち出される弾丸1つ1つが、掠っただけで人体を木端微塵に吹き飛ばす威力を有する。しかもクロが付与した魔法のせいで、命中精度が段違いに向上している。その弾速のせいで必中とはいかないが、軌道が修正され、半数以上は命中している。
その結果、わずか数秒で4人の騎士は細切れの肉片になった。それを確認し次第、クロは発射を停止。砲身は徐々に回転を緩め、ゆっくりと停止した。
クロの発砲停止を確認すると、すぐにマシロが走る。そして再生しようとする騎士の肉片を、アカリが事前に出しておいた「黒棺」に次々と放り込んでいく。4人の区別などせず、まとめて詰め込む。
マシロの見事な手際により、2つの棺に4人分の肉片が10秒もかからずに詰め込まれた。蓋をすれば、もう出てくることはない。
棺同士が引き合っていることから、どうやら別々の箱に入ってしまった者もいるようだ。だが、入れ直す気などない。まとめて『ガレージ』に放り込む。
敵が片付くと、クロはガトリング砲を整備し始める。安全装置をオンにして、砲身などの摩耗を確認。アンカーを外して『ガレージ』に戻す。
その作業をしながら感想を一言。
「いやー、やっぱ近代兵器って理不尽な暴力だよな。」
きっと向かってきた騎士たちは、何年も鍛錬してそれぞれの武器の扱いを極め、魔法も習熟していたことだろう。
そんな騎士たちが一切力を発揮できずに、一方的に蹂躙された。
しかも、この兵器はコストはかかるが、用意さえできれば、誰でも使える。使う側も使い方さえ学べば、一般人でも使えてしまうのだ。
もちろん、敵にちゃんと当てるには技術が必要だろう。しかし、その技術を身に付けるのに必要な時間と労力は、騎士たちとは比べるまでもなく小さいだろう。
この兵器一つで、努力が報われない事実を作ることができてしまう。兵器開発者の苦労まで含めれば、一概にそうは言えないかもしれないが、それでも理不尽を感じずにはいられない。
ガトリング砲の片づけを手伝うアカリがクロの感想に答える。
「まあ、こういうのを見ると、帝国の人たちが魔法を捨てて科学に頼るのも、わかっちゃいますね。」
「科学は魔法と違って、誰でも使えるところがメリットだからな。」
魔法は確かに便利だが、高度な魔法程、習得には才能が必要である。属性適性はもちろんのこと、制御に高い集中力が必要なのも、一般人にはネックだ。魔法を自然に使えるようになるには、実は結構修練がいる。クロも意識せずに自然と魔法が使えるようになるまで1年かかった。これでも早い方である。
アカリも魔法を使うだけなら教会で手続きをしてすぐにできたが、自然にできるようになるまでにはかなりかかった。それに比べれば、道具を手に入れて説明書を読めば使える、科学がもたらす道具はとても便利だ。
だが、クロは思う。科学は確かに便利だが、それだけに頼って自分を鍛えることを忘れてしまえば、堕落する、と。
そして誰でも使える道具は便利だが、それが行き過ぎれば、無個性な集団ができあがる。誰でも使えるということは、誰が使っても同じ。つまり誰でもいいわけで、常に代わりがいる状態だ。
集団を統率する者からすれば、それは理想的だろうが、クロはそれをつまらないと思う。
それぞれに個性があり、それを活かして生きる、戦う。統率する者も、それを尊重し、それぞれの個性を活かすために創意工夫を凝らす。それがクロの理想である。
科学を否定はしないが、魔法を捨てるのはつまらない。クロが帝国と敵対する理由の一つだ。
だが、科学を拒み、発展する気がないのもまた面白くない。だから、科学と魔法を組み合わせて、もっと面白く発展すればいいと思う。今、クロがガトリング砲でやったように。
そして、その発展にヒト以外も参加できれば、クロの望み通りだ。魔獣がヒトと対等になる。クロが理想とする世界である。できれば、魔獣でない獣たちも尊重されると尚良い。
そんなことを考えているうちに、片付けが終わった。アカリが『ガレージ』に戻ろうとしたところで、マシロが報告。
「マスター、今捕らえた敵についてですが・・・」
「何かわかったか?」
「治癒魔法の魔力は、どの騎士も同じでした。」
「・・・マジか。」
「マジです。」
そうなると、これらの騎士達に不死性を与えている術者は、単独ということになる。もちろん、グループ分けして数十人で分担している可能性もあるが、この治癒魔法が固有魔法である可能性が高いことを考慮すると、1人の術者が膨大な魔力でもって1万人の騎士達を治癒し続けている可能性が高い。
「そうすると、普通に考えて、術者は木の神子である教皇だよな。」
クロの予想に、アカリが首を傾げる。
「え?ノースウェル教の教皇って、木の神子なんですか?」
「ん?違ったか?ノースウェル教は、人々を治癒して回った木の神子を慕う者たちが集まってできた宗教って聞いたが。」
「へえ~。」
単にアカリは知らなかっただけらしい。
木の神子のとんでもない力にクロが困惑しているのに対し、マシロは些かの動揺もない。
「しかし、マスター。術者が一人なら、話は簡単なのでは?その教皇さえ倒してしまえばいいのでしょう?」
「それもそうだな。」
マシロの言う通り、1万人の騎士に1人ずつ術者がいた場合の方が、術者の始末が面倒になるところだった。1人倒せば解決するなら、だいぶ楽である。
クロはパンと手を打って話をまとめる。
「よし。じゃあ、捜索再開だ。狙いは教皇。治癒の術者の魔力を追うことは変わりない。行くか。」
「了解です。」
そうして再び犬形態になったマシロに跨り、捜索を再開した。




