M19 勇者の奮戦
イーストランド王国と神聖国ノースウェルの国境、その南側。ここでは勇者マサキが襲い来るノースウェルの騎士たちに対して奮闘していた。
「こっ・・・の!」
マサキの身を守る『光の盾』で攻撃が弾かれ、態勢を崩した騎士にマサキが掴みかかり、足を払って地面に倒す。柔道の大外刈りだ。前世で警察官をやっていた時に身に付いた技である。
騎士たちは無限に再生するだけでなく、身体能力も高いため、殴ろうが剣で斬ろうが魔法で焼こうが、なかなか態勢を崩さない。やむなくマサキは投げ技で強引に倒した。
倒れた騎士はすぐに起き上がろうとするが、マサキがすぐに覆い被さり、頑丈なロープで拘束する。騎士は反撃を試みるが、マサキの体表にある『光の盾』にすべて弾かれ、衝撃すら与えられない。マサキは騎士を掴めるのに、騎士はマサキに触れることすらできない。騎士からすれば理不尽極まる能力だ。
生半可な拘束では自爆してでも騎士は抜け出そうとするため、マサキはこれでもかとぐるぐる巻きにする。口にも猿轡をして魔法を使わせない。
拘束する作業だけで数分。この態勢に持って行くまでも合わせれば、1人騎士を拘束するだけで十数分かかってしまった。
もがく騎士を見下ろしながら、マサキは一息だけ休むと、すぐに走り出した。少し離れたところでまだ別の騎士が暴れているのだ。
次の敵に向かいながら、マサキは周辺の味方に声をかける。
「僕は次に行く!こいつを見張っててくれ!」
「了解しました!ご武運を!」
味方の兵士が数人がかりで、マサキが経った今捕まえた騎士を確保する。
・・・これでようやく3人目。こんな化物みたいな騎士が1万人?とても守り切れない!
すでに被害は甚大だ。何しろ、この付近ではマサキ以外に騎士に対処できるものがほとんどいない。他の者にできるのはわずかな時間稼ぎだけだ。戦線は徐々に後退し始めていた。
マサキは、味方の兵士に襲い掛かっている長剣を携えた騎士に接近する。やはり他の兵士ではまったく対処できていない。見ている間にもどんどん味方が斬り倒されていく。
「くそっ!」
疲労し始めた体に鞭を打って、マサキは走る。そして、腰の剣を抜いた。
この戦いに赴くに当たり、国王から送られてきた聖剣だ。国の命運をかけた戦いのため、国王が宝物庫から引っ張り出した国宝である。
聖剣と呼ばれているが、魔剣と性質は変わらない。所有者の魔力に呼応して独自の魔法を行使する武器である。
「『輝け、クレイヴ・ソリッシュ』!」
キーワードと聖剣の銘を詠唱し、魔力を送れば、聖剣が光り始める。
「光の剣」の名を持つこの聖剣は使い手を選ぶ。
魔剣は元々、自我を持って所有者を選ぶが、この剣、クレイヴ・ソリッシュはそれだけではない。この剣が行使する魔法は、2段階の使い道があり、所有者の力量に応じて、2段階目が使えるか否かが変わる。
所有者が力量不足だと、この剣はただ光るだけだ。暗い場所では照明になるし、目くらましにも使えるので地味に便利ではあるが、それだけではこの剣の真価を発揮できているとは言えない。
2段階目の機能を使うには、所有者に高い光適性が求められる。マサキはその条件に合致していた。
聖剣が放った光は、拡散することなく刀身に集束。マサキはその輝く刀身を敵の騎士に叩き付ける。
騎士は当然、長剣で防御。だが、驚くべきことに騎士の長剣はあっさりと切断され、騎士の胴体もほぼ無抵抗に両断された。
マサキはすぐさま剣を仕舞い、斬り倒した騎士の拘束に取り掛かる。近くの兵士から縄を受け取り、縛り上げていく。
クレイヴ・ソリッシュの2段階目の機能は、高出力レーザーによる切断だ。
光魔法『レーザー』で放出した光線を、反射魔法『リフレクトミラー』で刀身周辺に留める。そうして何発分もの『レーザー』を収束させることで、その光熱によってあらゆるものを切り裂く光の剣となる。
当然、消費魔力は多く、1回切れば収束させた『レーザー』は消費してしまう。燃費が悪い必殺剣なのだ。
だが、効果は絶大。たとえ相手が持つ武器が名刀や魔剣であろうと、問答無用で切断するため、この機能を知らない敵は高確率で一太刀目に倒せる。
4人目を拘束して一息ついたマサキのところへ、急報。
「勇者様!拘束した敵の下に、別の敵が!ご助力願います!」
「ええっ!?わ、わかった!すぐ行く!」
せっかく拘束した敵を解放されてしまえば、苦労が水の泡だ。大した休憩も取れずにマサキは次の敵へと走る。
数時間後。ようやく第1波を乗り越えた、というところだった。
敵の騎士は、不死身とは言え、疲労しないわけではないらしい。遠視の魔法で見れば、離れたところで携帯食料を齧る敵の集団が見えた。
その隙にマサキ達も食事をとり、休憩する。
マサキの奔走のおかげで、戦線崩壊を防げたものの、被害は甚大だ。マサキは数十人の騎士を捕縛したが、味方の被害はその10倍以上だろう。すでに国境よりイーストランド側にだいぶ後退している。
・・・このままじゃ、イスダードまで攻め込まれるのも時間の問題か。
マサキは西の方へ振り返る。まだ見えるほどの距離ではないが、一番国境に近い町であり、軍の司令部があるイスダードはそう離れていない。
イスダードの住民には避難を促したが、全員が避難できたわけではない。敵が街に到達すれば、町が戦場になり、逃げ遅れた住民が巻き込まれる可能性が高い。マサキとしては、それだけは看過できないことだった。
とはいえ、できることは少ない。できるだけ多くの敵を捕縛して、可能な限り敵の進軍を遅らせる。それしかない。
だが、加えて問題なのが、捕縛した敵の管理だ。捕縛した敵が増えれば増えるほど、奪還しに来た敵への対処が難しくなる。
考えれば考えるほど、不利な条件ばかり。マサキは頭を抱えた。
悩むマサキの元へ、大柄な男が近づいて来た。
「マサキ。」
「ん?・・・あれ、シン?」
<大山>の二つ名を持つ土の神子にして、マサキの仲間の一人、シンであった。
「どうしたんだ?シンは帝国側に睨みを利かせてるはずだろ?」
「ああ。だが、こちらの方が深刻なのでな。」
シンが言うには、帝国側は既に神聖国に大きく押されており、こちらにまで攻める余裕はないだろう、ということだった。
そこで、戦闘がなさそうな場所にシンを腐らせておくわけにはいかないので、こちらへ来たらしい。
「最悪、帝国が攻めてきても、この位置からでも駆け付けられる。ヴェスタに儂を運んでもらえればな。」
「あんまりヴェスタに無茶させたくないんだけど・・・」
「なに、移動だけだ。戦わせはせんよ。それに、帝国が来なければヴェスタの出番もない。」
「そうか。なら、助かるよ。手が足りてなかったんだ。シンもいるなら、どうにか守り切れるだろう。」
マサキの頭の中で、地図が描かれる。
南北に伸びた神聖国との国境。兵士たちが防衛し、ネームドが遊撃することで防衛線を維持する。
ここまでは南側をマサキ。北側をクロ達が遊撃して守っていた。当然、広大な防衛線に対してネームドが2組だけでは手が足りず、現状はじりじり後退している。
しかしここで中央にシンが入れば、どうにか維持できるだろう。
しかし、シンはマサキのその考えを首を振って否定した。
「いや、守るだけでは無理だ、マサキ。」
「どういうこと?」
「全員で守っていても、いずれは突破される。何しろ敵の数が多い。神聖国に潜んだ味方の情報によると、敵はまだ本隊が到着していないらしい。これから敵はもっと増える。」
「・・・・・・」
マサキは絶句した。いや、言われてみれば、敵が5000人いるという割には、襲ってくる敵がまばらだとが思っていた。
「本体到着は明日か明後日、と見積もられている。そうなればこちらはどうやっても手が足りん。壊滅だ。」
「どうすれば・・・」
絶望するマサキの背中を、ばしんとシンが大きな手で叩く。『光の盾』で守られているので衝撃は伝わらないが、マサキを励まそうというシンの気持ちは伝わった。
「気を落とすな、マサキ。手はある。」
「・・・どんな?」
「守ってダメなら、攻めるしかなかろう。」
シンの言いたいことはわかった。敵の数に押され、対処しきれていないのは、戦闘範囲が、守るべき場所が広すぎるからだ。
こちらから攻め込み、相手に防衛を強いれば、攻めてくる敵の数は減る。
幸い、マサキやシンは孤立しても戦えるほどの実力がある。おそらくクロ達もそうだろう。
だが、その提案にマサキは顔を顰める。マサキの考えとしては、この戦いは冤罪だと思っている。
神聖国は連合軍が神聖国領土に攻撃したから、その報復に来ている。しかし、現実には連合軍は攻撃していないし、おそらく帝国の策略だ。もっとも、この策略で帝国も甚大な被害を受けているのだから、帝国は策士策に溺れた状態だが。
帝国のことはさておき、ここでイーストランドが神聖国に攻め入ってしまえば、冤罪は事実になってしまう。攻め込まれたことに対する反撃、と言い訳できそうではあるが、マサキとしてはやりたくないことだ。
「攻める、か。それしかないかもしれないけど・・・何というか、気乗りはしないな。」
「何を言う、マサキ。気乗りしなくとも、それしかないなら、やるしかなかろう。」
シンの言う通りだ。マサキが気乗りしないからと言って現状を続ければ、いずれ瓦解する。そうなった時に被害を受けるのはイーストランドの国民だ。
マサキの信条と多数の国民を天秤にかけるなら、どちらが重いかは言うまでもない。少なくともマサキにとっては後者が重要だ。
「しょうがない。やろう。」
「うむ。では、守りは儂に任せろ。その間にマサキは神聖国に入り、敵を攪乱、あわよくば敵の頭を取れ。」
「頭・・・」
神聖国ノースウェルは、木の神を信仰するノースウェル教を中心とした宗教国家だ。そのトップと言えば、教皇だろう。
ノースウェル教の創始者は、人々を治癒して回った木の神子と言われている。おそらく教皇がその木の神子だろう。
その逸話を考えるならば、教皇は聖人と呼ばれてしかるべき人物だ。それに刃を向けるのは、マサキとしては正直気が引ける。
だが、とマサキは頭を振って思考を切り替える。
・・・人々を救った聖人。確かにそうかもしれない。だが、報復のためにこんな戦争を起こすのは、間違っている。そうだ。僕はそれを正すだけ。間違っていない。
自分が正しい。そう言い聞かせる。
「わかった。行ってくるよ。守りは任せた。」
「うむ。任された。」
「・・・今回は1人でいい。」
「・・・そうか。」
トンネルから救出される際に、同行した兵士が犠牲になったのはシンも聞いている。無茶な任務にもう味方を巻き込みたくない。そうマサキが思っていることは、シンも察したようだ。
シンはポケットから紙を取り出し、マサキに渡す。
「神聖国の地図だ。それと、イスダードの司令部に帝国軍から鹵獲したバイクがある。ホン将軍に断って借りるといい。」
「ありがとう。」
神聖国はイーストランドなどに比べれば小さい国だが、教皇がいるであろう首都まではそれなりに距離があり、徒歩で移動するのは時間がかかる。
神聖国内で足を調達できる保証がない以上、移動手段は必須だ。敵国内ではどこで戦闘になるかわからないので、ヴェスタを頼るわけにもいかない。幸い、バイクならマサキは前世の知識で運転できる。
「神聖国の通貨はイーストランドと同じだ。手持ちの金がなければ貸そうか?」
「はは、大丈夫だよ。」
マサキは預かった地図を丁寧にたたんで仕舞いながら、シンの冗談に笑って返す。少なくともマサキは冗談だと思った。
実はシンは半ば本気で心配したのだが。実はマサキはこの世界に来てから旅などしたことがない。移動はいつでも誰かしら同行していたし、大抵のことは軍が面倒を見ていた。
だから、マサキが単独で異国を移動するということに不安を覚えたのだ。とはいえ、ついて行くことはできないし、同行者はマサキが拒否している。シンはマサキを信じる他ない。
「じゃあ、行って来る。」
「うむ。できるだけ早く決着をつけてくれると助かるぞ。」
「・・・わかってる。」
そうしてマサキは一旦イスダードへ向かった。それを見送ったシンは迎撃準備を始める。
「さて、派手に行くとするかのう!」
気合を入れつつ、シンは周辺の地面に魔力を通し始めた。




