023 真白の気持ち
王都の城には医務室があり、その奥には手術室がある。国王を初め、国の重要人物が急病の際、いち早く対応するために設置されている。それだけここの王政は国王の存在に依存しているということかもしれない。火の神子というわかりやすい圧倒的な武力のもとにまとめられていると言える。
今日はその手術室をクロが国王の許可を得て使用させてもらっている。やっているのはもちろん手術。ただし、対象は自分だ。
「・・・これで最後ですか?」
「ああ。」
助手を務めてくれているマシロが確認する。最後の施術部分、頭皮を塞いで、完了だ。切り裂いた頭皮が再生していく。クロは魔族の集落にいたときに散々実験台にされた経験で、解剖される程度の痛みなら耐えられるようになっている。そのおかげでセルフ手術も可能だ。もっとも、医学知識はほとんどないため、自身の改造くらいしかできないが。
そう、今回やったのは改造。体中に魔法で強化したチタンの薄い板を仕込んだ。動きを阻害しにくい位置を試行錯誤しながら設置した結果、大部分は骨を補強するような形になった。特に重要なのは心臓と肺の周辺と、頭蓋骨だ。魔族は体のどこを失っても再生可能だが、心臓や肺を失うと運動機能が著しく低下するし、脳が損傷すると気絶する。戦闘中にそうなったら危険だ。故にこれらは重点的に補強した。
「何時間も付き合わせて悪かったな。背中とか後頭部は見辛いから、助かったよ。」
「・・・・・・」
クロは礼を述べたが、マシロは黙ってクロを睨んでいる。
「悪かった、ですか。」
「え?」
ぼそりと呟いた声が、普段の低い声よりもさらに低く聞こえて、思わず聞き返した。しかしマシロは答えずに立ち上がる。数秒、目を閉じ、小さく溜息を吐く。
「せっかくだから中庭で耐久試験でもしますか。」
「あ、ああ。」
そう言うと、マシロは返事を待たずに歩き出す。クロは後片付けをすべきだと思ったが、真白のマシロを言わさぬ雰囲気に押されてついていく。
服を着て中庭の中央に立つと、マシロが距離を取った。
「・・・今から殴ります。避けないでくださいね?」
「お、おう。」
いつも無表情のマシロが、笑っている。いつもは上機嫌になっても表情を変えず、僅かに雰囲気が変わる程度だし、ムラサキをからかう時もここまではっきりとは笑わない。
一般的な人間の視点で見れば、見惚れるレベルの美人だろうが、クロは不気味に見えた。その様子に戸惑っている間に、マシロはわずかに姿勢を低くし、大地を踏みしめ、右の拳を固く握る。随分と人間の体の扱いも板についたなあ、などと感心していると、マシロの体内の魔力が激しく巡り始めるのが見えた。木属性の身体強化魔法だ。呪文も唱えず、術式も知らないはずの魔法が、何故使えるのか?という疑問が浮かぶが、今はそれどころではない。
「あの、真白・・・さん?」
「マスターの・・・」
「へ?」
「馬鹿野郎おおおおおおおおおお!」
ゴン!
マシロの姿がぶれたかと思うと、左側頭部に強烈な衝撃を受け、吹っ飛ぶ。反射的に思考が加速される。
・・・避けるなって、これ避けられねえよ。まるで見えなかった。いや、多分、思考加速で見えたとしても躱せる速度じゃなかった。首から上が吹き飛ばなかった分、補強した甲斐はあったのか・・・
気がつくと、中庭を囲む壁の一つに寄り掛かる体制になっていた。意識を失うなど、いつ以来だろうか。おそらく、高速で殴られた際、脳が頭蓋の内壁にぶつかって潰れたのではないだろうか?何秒くらい気絶していたのか?そう思って顔を上げると、マシロが歩いてくるところだった。
見れば、マシロの右拳が再生中だった。おそらく気絶していたのは数秒程だろう。近づいてきたマシロはクロのすぐそばにしゃがんで、壁に寄り掛かって座っているクロに視線を合わせた。
「マスター。私は、決めました。犬としてではなく魔族として、好きなようにするようにします。」
「・・・出ていくのか?」
「いいえ。逆です。マスターが初めに言った通りにします。」
「俺が言った?」
「ええ。主従ではなく、対等に、と。あの時私は同意しましたが、本心では主従の間柄を望んでいました。私はまだ犬であり、主を・・・ハヤトの代わりを求めていました。だから、不満があっても命令ならば、と飲み込んでいました。でも、もうやめます。不満があれば、隠さず言うことにしました。」
「さっきみたいに?」
「ええ。どうも口で言っても理解されていないようでしたので。・・・私はあなたが傷つく姿を見たくない、と言ったのですよ?」
「あー・・・」
・・・成程、そういう意味なら、傷つく姿どころか、解剖の手伝いをさせてしまった。ぶん殴られても仕方ない気がする。
「その、悪かった。あ、いや、本当に申し訳ない。」
正座に座り直して頭を下げる。
「ご理解いただけたなら、いいんです。頭を上げてください。こちらこそ申し訳ありません。」
マシロも同じように頭を下げる。
「本当のところを言えば、マスターが自分を傷つけるような行動をとる理由も察しはついているのです。マスターが人に会うたび、湧き上がる怒りを抑えつけているのは、感知していたので。そのやり場のない怒りを自分にぶつけていたのも、わかっています。」
「・・・・・・」
図星だった。クロは人間に相対すると、クロ自身も訳が分からないほど、激しい怒りが涌いてくるのだ。その根源が、腹の底に溜まっている根深い人間への恨みであることはわかっている。だが自分でもその恨みの原因が思い出せない。理由もわからない恨みが、晴らすこともできずにずっと溜まっている。
その怒りのままに暴れられれば、どんなにすっとするだろうか。だから戦場ではつい頭に血が上ってしまう。そして、一人残らず斬り伏せてしまう。だが、戦場以外ではそうはいかない。国王との面会や、前線基地での連絡、そんなところで暴れたら、王国と孤立無援で戦うことになってしまう。だから、抑える。無表情の下で歯を食いしばり、拳を握り締め、怒りをこらえる。
その溜まった怒りをどうにか発散したくても、身内にあたるなどもってのほか。物にあたるような真似もしたくない。結果、すべて自分に向く。そうして自分にあたって、傷つけて発散してきた。自分が相手なら、誰にも迷惑をかけないと思って。ところが、自傷もまた、仲間を心配させていたらしい。
クロが否定しないことを確認して、マシロが続ける。
「ですから、マスターも不満があれば、我々に言ってください。対等なんですから。相談に乗る、なんてできないと思いますが、聞くだけならできます。もう少しだけ、信用していただけませんか?」
・・・ああ、そうだ。俺は信用していなかった。仲間と認めても、悩みを打ち明けるようなことはしなかった。どうせ誰も聞いてはくれないと。そう、前世では思っていた。その延長で、こちらでも誰かに相談するようなことはなかった。
「・・・ありがとう。いや、本当、聞いてくれるだけでいいんだ。悩みなんてのは、話してる間に自己解決してしまうのが大半なんだ。無理に意見を言わなくてもいい。ただ、聞いてくれれば。」
「わかりました。それならできそうです。」
「助かる・・・あ、さっきさらっとムラサキを巻き込んだだろ。」
・・・我々に言ってください、って。
「ええ。あれにもどうぞ愚痴を言ってやってください。」
「くっくっく。わかった。」
お互い姿勢を崩して、笑いあう。
「ああ、じゃあ早速、一つ。」
「ええ、何でしょう?」
「いいパンチだった。身体強化魔法なんて使えたんだな。」
「ああ、あれがそうでしたか。感情が高ぶったときに時々起きるのですが。では、あの感覚を思い出して、使いこなせるようになっておくべきですね。」
・・・本当、真白は勉強熱心だ。見習わないといけないかな?
「ああ。で、そのいいパンチをもらったおかげで、作ったばかりのチタン装甲が凹んじまった。」
「え!?も、申し訳ありません!」
珍しくマシロが慌てる。クロはこれを見られただけでも殴られた甲斐があったような気がした。
「大丈夫だ。ちょっと苦労するけど、直せる。・・・悪いけど、また手術、手伝ってくれ。」
「もちろん。手伝わせてください。やりすぎた私の責任ですし。」
その後、手術室に戻って、また頭皮を切り開くことになってしまった。2回目なので手術はスムーズにできたが、一度強化してしまったチタン装甲の再加工の方が問題だった。結合強化で耐熱性も上がっているので、『ヒート』で3000℃くらいまで上げないと加工できなかった。元通り加工したチタン装甲を冷まして再手術。どうにか元通りにできた。
そして、手術室の片付けも終わって日が暮れ始め、今日はさっさと寝よう、と思っているところで、ヴォルフに呼び止められた。
「中庭の壁に大きな亀裂ができていたんですよ。朝はなかったのに。ご存じないですか?」
と尋ねつつも、もう犯人の目星はついているようで、強烈な冷気を発してきた。即座に謝罪し、日が沈むまで修復作業を手伝った。もっとも、城の壁は土魔法で作られたものなので、修理は国王お抱えの魔導士が行い、クロ達が手伝えたのは資材の運搬だけだった。急に呼び出されたその魔導士にも謝罪した後、国王にも謝罪してようやく解放された。その間、執事はずっと冷気を発し続けていた。
貸し与えられている部屋に着くと、マシロともども床に座り込む。
「あの方は、手強いですね・・・」
「手強いどころじゃねえ。勝てる気がしない。逆らっちゃいかんタイプの人だ・・・」
「何があったお前ら・・・」
呆然とするムラサキを放置して、その日はさっさと寝ることにした。
読んでくれてありがとうございます。
ストックが減って来たので、ここからは週1~2くらいの投稿になります。




