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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第6章 碧い竜
249/457

216 不死身対策

 ガギイィ!


 金属同士は激しく打ち合い、擦れる音が響く。

 クロはまだ騎士と斬り合っていた。

 騎士の剣術によって剣を絡め取られるのには対応できるようになってきた。

 あれはクロの握力を振り切って引き剥がしているのではなく、剣を扱う時に無意識に力を抜くそのタイミングを狙っているのだと理解した。

 だから、あとは意識してしっかり握っていれば問題ない。

 ただし、そうすると剣を振る動きが硬くなり、攻めにくくなる。そのため、戦闘は長期化していた。


 力と速度はややクロは上。技術は圧倒的に騎士が上。クロが重い一撃を騎士に入れる間に、3回、4回と騎士の剣がクロを切り裂く。中にはクロのチタン骨格の間を縫って内臓に達する一撃もあった。

 それでも両者倒れない。互いに不死身のような回復力。決着はなかなかつかなかった。


 だが、この時間は無意味ではない。クロは何度か騎士を攻撃して負傷させ、それが治癒する様子を観察していた。


 ・・・やはり、普通の木魔法による回復とは原理からして違う。そしてこの治癒に使われている魔力は、この騎士の魔力とは別物だ。


 魔力視は鍛えれば、色の違いという形で魔力の詳細な情報を読み取れるようになる。

 まず、大雑把に属性で色分けされる。そのうえで、同じ属性の魔力でも、誰の魔力かで色が微妙に異なる。

 クロは色だけ見てそれが誰の魔力か判別することはできないが、治癒を行っている魔力がこの騎士の魔力の色と違うことだけはわかった。


 ・・・この治癒魔法がコイツ自身のものじゃないなら、誰かがこいつを何らかの方法で見ていて、負傷するたびに遠隔で治癒を行っているってことだ。普通は治癒魔法は対象に接触していないと行使できないが、例外があったな。


 クロは依然戦ったフロウレンスという森人を思い出す。『イングリィイン』という、契約によって離れた者にも木魔法を行使できるようになるという森人の秘術だ。

 それを使っている可能性は高い。だが、そうすると、その治癒魔法の術者がどこにいるか、が問題だ。少なくとも目に見える範囲にはいない。隠れていてもマシロが見つけるだろう。

 マシロに意識が向いた点で気づいた。


 ・・・マシロなら、遠隔治癒の魔力を嗅覚式魔力感知で嗅ぎ分けて追えるんじゃないか?


 そうと決まれば、これ以上分析する必要はない。とっととケリをつけて、術者の追跡に移るべきだ。


 クロは騎士の剣をを力任せに弾きつつ後退し、強引に距離を取る。

 そして深呼吸と共に愛剣「黒嘴」を上段に構えた。次の一撃で決める算段である。

 クロの必殺の覚悟を感じたのだろう。騎士も剣を構えて待ち受ける。


 かなり広めに距離を取ったので、10m程離れている。

 これだけ離れていれば、クロはもっと簡単に目の前の騎士を行動不能にする手段をいくつも持っている。

 銃を使ってもいい。魔法で無数の武器を操って翻弄してもいい。だが、クロはあえて剣で倒すことに拘った。

 他の手段は、いずれもアカリに頼んで武器を取り出してもらう必要がある。それをするということは、クロはアカリの助力なしにこの騎士を倒せない、ということになる。

 クロは己の独力でこの騎士に勝ちたかった。下らない意地ではある。だが、これはクロにとって重要なことだった。

 クロは「誰かに頼らないと生きられない」というのが心底気に食わない。クロが他者と協力するのは、「そのほうが効率的だから」というだけで、「そうしないと生きられない」ということであってはいけないと思っている。


 だから、クロはアカリへの連絡は取らず、剣だけを持って走り出した。

 1歩、2歩、大きな歩幅で一気に近づく。一見すると無策の突進。もちろんクロはそう見えるようにしている。

 だが、迎え撃つ騎士に油断は見られない。

 クロは騎士と目を合わせる。恐怖の魔眼が発動。騎士に死の恐怖を想起させる。

 これにも騎士は動じない。きっとこの騎士はあの特殊な治癒魔法により、死と再生を幾度も繰り返している。すなわち、死に慣れている。死への恐怖は慣れたものなのだろう。

 しかしクロが目を合わせたのは、騎士を怯ませることが狙いではない。

 クロは対象と目を合わせたときだけ、ある程度思考を読める。本当に大雑把だが、それでも真剣勝負においてその情報は重要だ。

 そしてたとえ正確な思考が読み取れなくても、敵が自分が仕掛けたフェイントにかかっているか、くらいはわかる。


 ・・・いけるな。


 そして、うまく敵が自分の思惑に乗っていると確信したクロは、一気に距離を詰める。

 間合いに入るまで、あと3歩。というところでクロは急加速。騎士が驚愕したのが読み取れた。

 動きに緩急をつけるくらい、珍しい行動ではない。騎士も対応できてしかるべきだ。

 だが、クロの動きにはそれを悟らせない仕掛けがあった。

 この残り3歩まで、クロは本当に全力疾走だった。ここまでの戦闘で、騎士もそれに気づいていただろう。だから騎士は、「これ以上の速度はない」と思ってしまった。仮に身体強化魔法でブーストするにせよ、魔法による強化には詠唱が必要だ。それを聞き逃すわけがない。

 だがクロは詠唱もなしに急加速。残り3歩を1歩で埋めた。仕掛けは単純。自身の体の中のチタン骨格を魔法で『移動』させただけ。

 直線の加速しかできず、下手をすれば態勢を崩して自爆しかねない加速方法だ。だが、クロはこの「まっすぐ突進して剣を振り下ろす」という動作だけはひたすら練習してものにしていた。


 不意を突かれて反応が遅れた騎士に、頭上から勢いよく剣を振り下ろす。

 防御しようとした騎士の剣を弾き飛ばし、騎士を縦に真っ二つにした。決して綺麗な切り口ではなく、兜も頭蓋もひしゃげていたが、完全に真っ二つだ。

 無茶な加速で筋繊維が千切れ、関節が軋むのを感じながら、それらを無視してクロは指輪に魔力を込める。そしてハンドサインでアカリに指示を出す。

 カタカナの「コ」の形のサインは、クロが用意した対不死身用のアイテムを示す。

 指示を受けたアカリは、サインを返す暇を惜しみ、指定されたものを『ガレージ』から飛び出させることで返答とした。


 虚空に開いた穴から跳び出したるは、鋼鉄製の箱。大柄な人間でも容易に入るであろうそれは、死体を入れる棺によく似ていた。クロもこれを「黒棺」と呼んでいる。

 仮に敵が本当に不死身だった場合。殺せないなら拘束するしかない。しかし、不死身の怪物が、果たして縄で縛ったくらいで封じられるだろうか?

 そう考えたクロは、徹底的に敵を隔離する方法を選んだ。

 魔法で強化された鉄製の棺は、並大抵の衝撃では壊れない。魔剣で斬られれば危ういかもしれないが、中に入った敵は、剣を振りかぶるスペースもないから、内側から破壊するのは至難の業だ。

 故に、重傷を負わせて動けなくなった敵を、この「黒棺」に詰め込んで封じれば、事実上倒したことになる。

 真っ二つにした騎士はすでに再生を始めているが、再生が終わるまで動く気配はない。


 ・・・よし、再生が終わる前に、まとめて「黒棺」に突っ込めば・・・


 ドスン!


 クロが思考している間に、虚空の穴から飛び出した「黒棺」は、クロの目の前に落ちて来た。


「え?」


 クロは唖然とする。そこへ穴の中からアカリが声をかける。


「ほら、クロさん!速く蓋を!それ、閉じ込めるんでしょう?」

「お、おう。」


 クロが驚いたのは、「黒棺」が落ちた場所と、落ち方だ。

 クロのイメージとしては、棺の扉を上にして、敵の脇に置いてくれると思っていた。

 ところがアカリは、扉を開けた状態の「黒棺」を、扉を下にして敵の真上に出した。しかも加速をつけて出したため、「黒棺」は勢いよく地面に落下。敵の体をクロが運ぶ必要もなく、棺の中に納めてしまった。

 勢いよく落とした際に、地面と棺の縁に挟まれた敵の腕が千切れ飛んだが、気にしている場合ではない。

 クロは魔法で棺の蓋を操作し、巻き込まれた地面諸共敵を「黒棺」に封じた。


「『ヒート』」


 そして蓋を溶接してしまえば、もう開くことはない。

 蓋をした直後に敵が暴れて、内側から「黒棺」の破壊を試み始めたが、「黒棺」はびくともしない。


 クロは敵を封じ込めた棺に腰かけて、ふう、と息を吐き出す。

 周囲に敵がいないことを確認したアカリが、穴から顔を出した。


「お疲れ様です。どうでした?<人形達>。」

「いやあ、難敵だな。こりゃあ、なりふり構っていられなさそうだ。次からはどんどん武器使ってくから、サポートよろしく。」

「はい!あ、マシロさんもさっき敵を棺に詰め込みましたよ。」

「流石だな。やっぱマシロの方が強いよなあ。」

「それ、まだ言ってんのか、お前。」


 アカリの肩にいるムラサキが呆れる。クロとマシロ、どちらが強いか、という議論は以前もやった。クロとマシロ自身は、互いに相手の方が強い、と謙遜し合っているが、結局のところ、状況や条件によって違う、としか言えないのである。


「アカリ、「黒棺」はあと何個ある?」

「1030個です。御自分で作ったでしょうに。」

「いや、無我夢中でありったけ作ってたから。」


 クロは参戦の依頼を受けてからほとんどの時間を「黒棺」の量産に費やしていた。万が一に備えてのことだったが、どうやら思った以上に「黒棺」の出番は多そうだ。


「マシロさんが敵を封じた棺は『ガレージ』に仕舞いましたけど、これも入れときますか?」

「ああ、頼む。」


 クロが棺の上から退けると、暴れる騎士を入れたまま、「黒棺」は下に突然開いた穴に吸い込まれる。

 クロはそこで、地面に転がっていた、千切れた騎士の腕が、棺にくっついて一緒に入るのを見た。どうやら隔離されてもなお再生しようと、棺越しに騎士に向かって移動し続けていたらしい。


「ふむ・・・」


 クロはその異常なまでの再生機能に考えを巡らせる。

 そういえば、この治癒魔法が騎士本人ではなく、他の術者によるものだということはわかったが、どんな魔法かは未だにわからない。


 ・・・聞いた事も無い高性能な治癒魔法。異世界人の固有魔法の可能性が高いが・・・そうすると固有魔法を使う術者が騎士全員に付かなきゃいけないから、1万人いることになるが・・・いや、2~3人1組で行動しているならもっと減って・・・いやいや、それでも何千人も必要になる。・・・まさか、1人で1万人の騎士全員を遠隔治癒?いやいやいや、どんだけ魔力があればそんなことが・・・


 思考がまとまらないうちに、マシロが戻って来た。


「マスター、無事ですか?」

「一応。結構ダメージ貰ったから、ちょっと休憩だ。」

「承知しました。幸い、付近に敵はいません。」

「そうだ、マシロ。」


 クロは敵を観察して得た推測をマシロに話し、術者を追えないか尋ねる。

 それに対し、マシロは首を横に振った。


「どうやら、敵の治癒魔法の魔力は別空間を経由して供給されているようです。辿ることはできません。」

「そうか・・・」


 考えてみれば、クロの魔力で強化された「黒棺」に密封された騎士ですら問題なく再生していたのだ。普通に空間を魔力が飛んできて再生させていたのなら、その魔力はクロの魔力に弾かれて騎士には届かないはずだ。


「ですが、治癒に使われている魔力の臭いを覚えれば、術者を発見した時に識別は可能です。捜索して見ますか?」

「・・・そうだな。」


 クロが受けた依頼は防衛だが、不死身の騎士5000人をただ迎え撃っていても、限界がある気がする。それよりは敵の不死性を封じる策を講じるべきだ。

 そのためにはまず術者を発見し、倒すなり弱点を見つけるなりしなければならない。


「防衛は軍の連中に任せて、俺達は敵の術者を探しに行こう。」

「承知しました。」

「私たちもサポートしますね。」

「おう、よろしく。」


 そうしてアカリはガレージに戻り、マシロは犬形態に『変化』。クロはマシロの背に乗って、移動を開始した。


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