215 「黒剣」
ようやく引っ越しが落ち着いてきました。
投稿速度を戻そうと思います。
クロが騎士に苦戦している時、少し離れた場所でマシロもまた別の騎士と戦っていた。
互いに双剣同士、速度と手数に物を言わせてひたすらに攻める戦法は似通っていた。互いの剣が激しく交差し、火花を散らす。
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双剣の騎士は高いレベルで剣術を修めており、かなり強い。だが、<疾風>マシロの常識外れな力に大いに苦戦していた。<疾風>の強さは耳にしていたが、ここまでとは思わなかった。
剣術とは、基本的に人間同士での戦いを想定する。流派によっては獣と戦うことを想定したものもあるかもしれないが、きっとそう言うのは少数派だろう。
そして、人間からも獣からも逸脱した、およそ生物には不可能な速度で戦う<疾風>に対応できる剣術など、存在しない。騎士は初めの2,3合の打ち合いでそれを理解した。
黒い剣による斬撃を、騎士が1本の剣で受け止める。鍔迫り合いになるかと思いきや、あっという間にその黒い剣は引かれ、即座に別方向から同じ剣が襲い掛かる。
剣を双剣で絡め取って武装解除を試みたが、剣が手を離れても<疾風>は些かの動揺も見せずに、剣の柄に繋がった糸を手繰って自らの手に剣を引き戻した。
終いには、前から斬りかかって来たかと思ったら、次の瞬間には背後に回り込まれている。既存の型通りの剣術では到底対応できなかった。
だが、それでも騎士は怯まない。型通りの剣術が通じないなら、その場で適切な対応を考える。
野生の獣と戦った経験や、戦場でのルール無用の殺し合いの経験、そして己の本能。それらを組み合わせて得られる勘。それによって視認困難なほど高速で動く<疾風>の動きに追いついて見せる。
もちろんすべて捌けるわけはない。防御の成功率は6割程度。残り4割は失敗し、騎士はその体を刻まれる。
だが、その4割程度の失敗は、許容可能だ。何しろ騎士は無限に再生する不死身なのだから。
そして、その6割だけ成功していた防御が、功を奏し始めた。
<疾風>の斬撃が、騎士の防御の隙間を縫って、騎士の体を切り裂く。が、浅い。明らかに切れ味が落ちていた。
その直後に<疾風>が距離を取ったことで確信。彼女が操る黒い剣に不具合が生じたのだ。おそらく刃こぼれか何か。
騎士は知らないことだが、マシロの「黒剣」は剣の形をしたチェーンソーである。刃の部分に極細の魔法強化炭素繊維が張られ、高速で回転している。これでもって、鉄すらも切り裂く切れ味を実現している。
だが、この構造は、魔法強化炭素繊維より硬い材質にぶつかると容易く壊れる脆さがある。今も騎士が持つ魔鋼製の剣を切ることができず、繊維の方が切れてしまった。それによって切れ味が著しく低下したのだ。
「どうした、<疾風>。剣の調子が悪いようだが。」
騎士は挑発する。如何に<疾風>が化物じみた速度でも、剣を失えば勝機があると踏んだ。そこで騎士は獲物を逃がさぬため、挑発した。
しかし<疾風>は眉一つ動かさずに答える。
「ええ。もう使えそうにないですね。」
そして予備動作もなしに突然、2本の黒い剣を投げつけて来た。
騎士はその行動に驚く。剣士である彼にしてみれば、やや切れ味が落ちた程度で剣を手放すなど考えられなかった。敵が剣を失うことを望んだとはいえ、まさかこんなあっさり手放すとは思わなかった。
「くっ!」
辛うじて飛来した剣を弾く。別に刺さってもすぐに再生できるが、ある事情から騎士はできるだけ攻撃を受けないようにしている。
そして剣に注目していた視線を正面に戻すと、<疾風>はすでにいない。
・・・背後か!
そう思って振り返ったが、そこにもいない。代わりに、やや離れた場所で地面から何かを拾う彼女を見つける。
<疾風>は斃れた兵士から、剣を取り上げていた。鞘に収まったまま、持ち主に使われることがなかった剣を抜き取る。次に、また別の兵士が手に持っていた、折れた剣を剥ぎ取った。
それを見た騎士は不快感を露にする。
「貴様、死者の装備を剥ぎ取るなど!」
「何か問題が?」
<疾風>は心底不思議そうに首を傾げる。
マシロは獣である。魔族化して獣人の姿を取り、ヒトらしい所作も学んだが、それでもやはり獣なのだ。戦いに勝ち、生き延びて目的を達するために、手段を選ばない。
もちろん、倫理についても、勉強はしている。日常生活や街中ならば、それを尊重もする。
だが、ここは戦場だ。生き死にが関わるこの場では、倫理を重要視する必要はない、と判断している。ましてや誇りや礼節などは脇に置いておくべきだ。そういうのを戦場でまで守れるのは、余程余裕がある者だ。
マシロは戦場でそこまで余裕を持てない。彼女の実力からすれば、余裕で勝てる相手でも、決して油断しない。
マシロに戦場で守る礼儀があるとすれば、手段を選ばず、一切の容赦なく敵を倒すことだ。勝ち方を選ぶことこそ、相手を舐めている無礼な態度とさえ思う。
対して騎士は、騎士道を重んじ、戦う相手にも倒した相手にも礼儀を重んじる。流石に今時の戦場で前口上を悠長に述べるようなことはないが、死者を辱めたりするようなことはない。
状況によっては野蛮な戦い方になることもあるが・・・闇討ちや暗殺などはせず、正面から戦うことに終始している。
考え方が異なる2人。だが、そもそも敵対している以上、わかり合う必要もない。
騎士は口で罵る代わりに、歯を食いしばって怒りを力に変える。そして前進。ここまでは<疾風>の速度に翻弄されて後手に回っていたが、ここからは攻めるつもりだ。
何しろ、<疾風>の今の武器は拾い物の剣だ。見るからに作りは粗く、一兵卒用の量産品だとわかる。どう考えても先程まで彼女が使っていた黒い剣より数段質が落ちる武器だ。騎士の魔鋼の剣と打ち合えば、1,2合でへし折れるだろう。
しかも片方は既に折れている始末。ここで攻めずして、いつ攻めるというのか。
・・・野蛮な獣に、騎士道の強さを刻み込んでやる!
「うおおおおおおお!」
正義は我にあり、とばかりに騎士が雄たけびを上げて襲い掛かる。
<疾風>は手に持った拾い物の剣を数秒、しげしげと眺め、軽く振って確認する。準備が終わると、騎士が間近に迫ってからようやく構えた。
回避する様子はなく、迎え撃つ構え。騎士はこれ幸いと、全力で双剣を振るう。
ガガキィン!
2つの連続した金属音が響く。騎士の全力の攻撃を<疾風>は正面から受け止めた。騎士の剛力を、更なる剛力で止め、微動だにしない。
そして受け止めたのは剣もだ。容易く折れると思われた量産品の剣は、なんと2本とも刃こぼれ一つなく魔鋼の剣を受け止めた。
「む!?」
騎士はその事実に驚くが、それで動きを止めるわけにはいかない。1撃で決められないなら、何度でも。騎士は双剣を縦横無尽に振るって<疾風>を攻め立てる。
それに対し<疾風>はその場を動くことなく、すべて受け止める。普段足を使って攪乱しながら戦う彼女には珍しい光景だ。
だが、それに何よりも驚いたのは騎士であった。その驚嘆は先程の比ではなく、思わず距離を取ってしまった。
「貴様、それは・・・!」
「感謝します。勉強になりました。」
<疾風>の今の防御の動きは、明らかに騎士の流派の動きだった。
この戦闘で騎士が型通りの動きをしたのは10回にも満たない。だから、彼の剣術全てを模倣したわけではないが、彼が見せた型は、全て模倣された。
「フレアネスの戦士からもある程度学んではいたのですが・・・やはり世界は広い。流派が違えばこんなに違う。先に学んだ流派は敵の攻撃を受け流すことに主眼を置いていましたが、これは正面から受け止める動きが多いですね。十分な膂力と強靭な武器がなければ、とても実践的ではありませんが・・・なるほど、私にも合いそうです。」
「ううっ!」
まさかこの短い間にそこまで分析されるとは思わなかった。思わず騎士の口から呻きが漏れる。
・・・まさか、見ただけであれらの型を模倣して見せるだと!?私があれを実戦でできるようになるまで、どれだけ鍛錬したと思っているんだ!あり得ない!
そんな騎士の内心の嘆きに構わず、<疾風>は攻勢に出る。
「その使い方を攻めに応用すれば、・・・こうですか?」
一瞬で<疾風>が視界から消える。また背後だろうと当たりをつけて騎士は防御。その予想は的中し、<疾風>の剣を受け止めることに成功した。だが、そこから先がここまでと違った。
防御されればすぐに退いていたこれまでと違い、<疾風>はそのまま押し込んできた。そのあまりの力強さに、騎士はわずかに態勢を崩す。
そしてその隙を見逃さずに一閃。騎士は太ももを切り裂かれてさらにバランスを崩した。
いくら再生できるとはいえ、崩れた態勢まではすぐには戻らない。そのまま<疾風>は一気呵成に攻め立てる。
騎士は必死に防御するが、力強さを増した<疾風>の剣は崩れた態勢では受けきれない。
そして足を斬り落とされたことで転倒。とても量産された剣とは思えない切れ味だ。
地面に倒れたところへ強烈な振り下ろし。騎士は双剣で防御を試みるが・・・その双剣ごと叩き潰され、自分の剣が自分の顔に深々とめり込んだ。
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マシロは最近、「黒剣」の脆さが気になっていた。
並の相手なら問題ない。銃も剣も切り裂く切れ味は、本当に頼りになる。
だが強敵が相手になると、それが持つ武器も尋常でない強度となり、打ち合えば大抵「黒剣」が折れてしまう。
「黒剣」は再構築可能だが、どうしても時間がかかり、少なくともその戦闘中に再使用することは不可能だ。
ではどうすればいいか。
マシロは考え、クロに相談し、そして一つ方法を見出した。
クロは面白い話をしてくれた。炭素繊維はそれそのものもなかなかの強度だが、他の材料と混ぜることで強度を増すことも可能なのだという。
クロが言う「プラスチック」という材料はよくわからなかったが、とにかく他の材料と組み合わせることで強度を向上させることができる、という考え方を得たことが重要だった。
その結果編み出したのが、『黒剣化』である。
新魔法とも言うべきそれは、マシロが手に取った武器を改造するものである。
手に取った武器に無数の極細の炭素繊維を刺し込み、編み込んで強度を飛躍的に向上させる。そのうえで刃の部分には従来の黒剣と同じように、チェーンソーのような炭素繊維の刃を回転させる。
一から「黒剣」を構築するなら時間がかかるが、これだけの行程ならそう時間はかからない。もちろん、器用なマシロだからこそ、時間がかからないだけだが。
何度か実験した結果、『黒剣化』を施した剣は、ベースが粗悪品でも魔剣のごとき強度を得た。もちろん切れ味も「黒剣」並。画期的な武器調達術が完成した。
これにより、今までできなかった戦い方が可能になった。
「黒剣」の破損を恐れて、マシロはあまり力を籠めずに剣を振るっていた。
だが、『黒剣化』した武器はかなり頑丈だし、万が一折れても適当な武器を見つければすぐに代わりが作れる。遠慮なく力を籠めることができるようになった。
その結果が、この戦闘である。
「黒剣」の刃が切れたとわかったマシロは、これ幸いと早速『黒剣化』を試した。
さらに、ちょうどいいことに力を適切に込める戦い方まで盗むことができた。
もともとマシロの膂力はクロ以上。いくら人外の膂力を得るまで鍛えた騎士だろうと、マシロはそのさらに上だ。
地面に倒れた騎士は無惨に叩き潰され、防御しようとした剣が自分の顔に食い込んだ。
そのあまりの衝撃に、『黒剣化』した剣が折れてしまった。
「おや、流石に全力には耐えられませんか。」
マシロは折れた剣を無造作に捨てると、剣が顔にめり込んだ騎士を見下ろす。
潰れた顔はやはり高速再生が始まっているが、マシロはあることに気がつく。
・・・この敵、今、意識がありませんね。
どうやら不死身ではあっても、頭が潰れると再生が完了するまでは意識を失うらしい。
この機を逃す手はない。マシロはアカリに連絡を取り、クロが作った対不死身用の道具を出してもらうことにした。




