214 不死身vs不死身
クロとマシロが待ち受ける場所に走って来る騎士は2人。クロとマシロは声をかけることなく二手に分かれ、それぞれ1人ずつ対処することにした。
騎士の装備を見ると、防具は共通している。動きやすさを重視した軽装鎧。重要な急所だけを金属でカバーし、それ以外はやや頑丈なだけの普通の服だ。それに比べて兜は立派なもので、かなりの強度がありそうである。デザインも統一されており、これが神聖国における騎士の目印なのかもしれない。
一転して武器は様々だ。剣を持っている者もいれば、槍や弓を持つ者もいる。マシロの相手は双剣。クロの相手は1本の長剣を持っていた。
名乗り合う事も無く、すぐに戦闘は開始された。
「『ファイアバレット』」
素早い詠唱と共に騎士は走りながら炎弾をクロめがけて連射する。クロは背負っていた盾を魔法で操作して前面に展開してそれを受けた。
炎弾の大きさ、温度、飛来した速度から、魔法の練度が高いのが察せられた。
だがこの騎士は間違っても魔法を主体とした魔導士などではない。今のは明らかに牽制。接近し、剣で戦う距離に持ち込むための布石だ。もし攻撃目的なら、もっと強力な魔法を使うはず。少なくとも、今察せられた敵の実力か考えれば、それができるはずだ。
クロの予想通り、騎士は魔法を撃ちながらも足を止めない。
そして互いの距離が5mくらいになったところで、クロの反撃。炎弾の威力はそこそこあるが、1、2発程度なら受けても問題ないと判断し、盾の脇から愛剣「黒嘴」を投擲した。
初手で剣を投擲するという、剣士からすればあり得ない所業。クロはそれをもって意表を突けるかと思った。
しかし騎士は冷静に対処。自身の剣で飛来する「黒嘴」を払う。
が、失敗。騎士が払おうとした「黒嘴」は、軌道を逸らしきれずに騎士の肩に当たった。その強烈な威力により「黒嘴」は彼の肩を貫き、騎士は衝撃で転倒した。
タネを知っていれば当たるのは当然である。クロの投擲はただ投げたのではない。金属操作の魔法により、狙った標的に正確に進むようになっていて、ただ回避しただけでは軌道を変えて追って来る。逸らすにはクロが「黒嘴」に込めた魔力を弾き出してその魔法をキャンセルさせなければならないが、それは容易ではない。そのうえ、「黒嘴」は見た目以上に重く、物理的にも軌道を逸らしにくい。
だが、クロは驚いていた。当たったのは予想通り。だが、狙いは心臓だった。それを騎士は逸らしたのだ。「黒嘴」に込められたクロの魔法をキャンセルしたわけでもないのに、力だけで逸らして見せた。
・・・こりゃあ、膂力も大概だな。こいつら、実は魔族なんじゃないか?
もし彼らが魔族ならば、その不死性にも納得がいく。何らかの方法で無尽蔵の魔力を確保しているのならば、材料さえあればいくらでも再生できる。
そして騎士は起き上がり、再びクロに接近を試みる。肩はもう治癒していた。
「『黒嘴、戻れ』」
クロは投擲した「黒嘴」を魔法で引き寄せる。ついでに戻る過程で騎士を背後から狙ってみたが、騎士は振り返る事も無くサイドステップで回避した。
・・・聴覚式感知?それとも空気の流れを読み取って?はたまた俺が背後から魔法で狙うのを読んだか・・・
いくつか可能性が思い浮かぶが、結論は出ない。ただ今は、この騎士に背後からの不意打ちは通用しない可能性がある、とわかっただけでいい。
彼我の距離はもう約3m。クロは盾を2枚に分け、1枚を敵に向けて飛ばす。
至近距離からの攻撃だが、騎士は最小限の動きでそれを回避。そしてそのまま流れるような動きで剣を振るう。クロもまた残りの盾は脇にどけて、剣を振りかぶる。
ガキイィン!!
金属が激しくぶつかり合う音。驚くことに、いや、クロはある程度覚悟していたが、騎士はクロの攻撃を受け止めて見せた。今まで生半可な剣は叩き折り、その剣ごと敵まで真っ二つにしてきたクロの攻撃を止めた。
騎士の膂力はもはや人間離れしている。また、携える剣もきっと魔剣かそれに類する名剣だろう。でなければ、この1合で折れている。
鍔迫り合いの形になったクロと騎士。それでも力ではややクロが勝り、騎士は少し押される。
すると急に騎士が力を抜いた。クロが押す力に任せて後退するのかと思いきや、くるりと剣を回し、クロの力を受け流した。それどころか巧みに剣を操って、クロの手から剣を手放させた。
さすがにこれにはクロも驚愕せざるを得ない。剣をしっかり握っていたはずなのに、気づけば手を放していた。握力には自信があった分、ショックは大きい。
おそらくクロの力を利用したのだろう、とは思うが、具体的にどうやったのか、見えていても理解できなかった。
・・・これが技術、剣術って奴か。こんなことをされたら、馬鹿にできんな。
クロは今までも剣士を自負する敵と戦ったことはある。だが、すべて力でねじ伏せて来た。故に、技術は力で押し潰せると思っていたが、力で拮抗された途端、その技術は実に有効な手段としてクロに襲い掛かった。
剣を失い、隙ができたクロに、騎士は容赦なく斬りかかる。反応が遅れたクロは逆袈裟に切り裂かれた。
間違いなく必殺の一閃。騎士にとっては敵の刀を奪う技から繋ぐ連携技として幾度となく繰り返した型。仕損じるなどあり得ない。
だが騎士はその手ごたえに違和感を感じた。その違和感から危険を察知して後退する。
だが、ダメージを受けた際の反射的な行動として、クロが行った反撃は、去り際の騎士の腹部を切り裂いた。
「くっ、仕込みか・・・」
騎士が初めて喋った。それにクロも答える。
「そうだな。真っ当な剣の勝負じゃなくて悪いが・・・そっちも大概だろ?」
クロは腰から反対側の肩まで大きく斬られており、血も出ているが、浅い。腹部に仕込んだ金属と、魔法強化チタン製に置き換わった胸骨が内臓を守っていた。
そして、左手首から飛び出した刃。これで跳び退る騎士の腹を抉っていた。
クロの傷はすぐに血が止まり、治癒が始まる。そして腹を抉られた騎士はと言えば、やはり数秒で腹の穴が塞がった。
これで互いに無傷の状態に戻る。そして騎士は再び間合いを詰める。今度は歩いてゆっくりと。
「なるほど、<赤鉄の悪魔>の不死性は聞き及んでいたが、その通りのようだ。」
「そりゃどーも。」
「だが、再生速度は我らには及ばないと見た。」
「・・・・・・」
事実だ。クロの再生はこの騎士たちの再生に比べればずっと遅い。これでも魔族の中では最速なのだが。
「ならば、深手を与えれば仕留めることもできよう。」
「そう簡単にいくかな?」
「問題ない。やや奇怪ではあるが、少々変わった甲冑を着ているとでも思えば、やりようはあるとも。」
これもまた正解。クロは全身いたるところに魔法強化チタンを仕込んでいるが、体の動きを阻害しないようにするため、どうしても仕込めない部分はある。
「行くぞ!」
騎士は踏み込み、クロの急所を狙って連続で突きを放つ。クロはそれを素手で払う。かなり強めに払っているが、騎士は態勢を崩す様子はない。
さらに騎士がフェイントを織り交ぜ始めると、クロは捌ききれなくなり、何発か貰った。金属があるところならば、深く刺さることはないが・・・4発目でついに隙間を縫うように腹に深々と刺さった。
しかしクロは怯むことなくその剣を掴んだ。腹だけでなく指からも血が出る。
「馬鹿、め!?」
騎士は剣を引き抜きつつクロの指を切断しようとしたが、剣は動かなかった。クロの指は多少切れてはいるが、切断はされず、がっちりと剣を掴んでいる。
「まさか、指もか!」
「当然!」
剣を抜こうとして抜けなかった騎士が隙を晒した。それをついてクロは、空いた右手で攻撃。手首から刃を出して、騎士の首を狙う。
騎士は左腕で首をかばった。クロの手首の刃が騎士の左腕を深々と抉る。
「ぐ、おおおおお!」
騎士は気合の声と共に、クロの腹を蹴り、反動で強引に剣を抜いた。
騎士はどうにか剣を取り戻したが、引き際に左腕が斬り落とされた。
一瞬、騎士の左腕から血が溢れるが、それは急に止まり、逆再生のように腕に戻り始めた。そして、地面に落ちていた左腕が浮き上がり、騎士の元へ飛ぶ。
「こいつは・・・!」
クロは反射的にその左腕を捕まえた。だが、なんとその左腕に体を引っ張られそうになる。
・・・こいつ、何て力で引っ張ってやがる!
クロの握力でも捕まえておくのがやっとの引力。次第にその左腕は千切れ始め、最終的にはバラバラになってクロの手から逃れた。そして騎士の下で再構築され、元通りの左腕として繋がった。
それを見てクロは確信する。
・・・こいつは、魔族とは違う!だが、木魔法による治癒とも違う。なんだこれは?
魔族の再生は、高速の細胞分裂によるものだ。寿命がない魔族細胞だからこそできる荒業。だから、魔力だけでなく材料が必要になる。
木魔法による治癒も実は大まかには同じだ。『ヒール』は自然治癒を促すから、つまりは細胞分裂である。『リペア』系でさえ、自然治癒では不可能なレベルの細胞分裂をさせているに過ぎない。材料はやはり被術者の体から賄われる。
だが、今の騎士の再生方法は全く違う。まるで時間を巻き戻すように体が元通りになるのだ。原理からして異なる。
しかも、今の再生はかなりの魔力を消費しそうな動きだったが、目の前の騎士の魔力が大幅に減ったような感じはしない。
加えて言うなら、この再生方法なら材料が要らない。魔族なら魔力があっても材料がなくなれば再生できなくなるが、この騎士にはその心配がない可能性が高い。
つまり、いくらダメージを与え続けても、再生限界が訪れない可能性があるのだ。
・・・この再生方法の仕組みを理解しないと、勝つのは難しそうだな。
クロは「黒嘴」を手元に引き戻し、再度剣を構えて騎士と相対した。




