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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第6章 碧い竜
244/457

211 神聖国ノースウェル

今回、短めです。

 神聖国ノースウェルの首都マリナス。規模こそ大きいが、華美な装飾はなく、質素な印象を受ける都市。道行く人々も同様で、清貧という言葉がふさわしい様子だ。

 この国は既に貴族制度が完全になくなっている。他の国では、法的には撤廃されていても民衆の意識に身分差が残ることが多い。特にかつて貴族だった者たちは、急に生活を平民と同じにはできない。どうしても元平民を見下す意識が残る。

 しかし、ここノースウェルでは、元貴族も元平民も等しく木の神の信徒である。その信仰心によって差別意識を抑制し、戒律によって諫めて来た。それが数十年も続けば、こうなるというわけだ。


 さらにこの国は銃を禁止し、軍に相当する騎士団ですら銃を持たない。そのおかげか、殺傷事件はほぼゼロ。万が一、喧嘩や刃傷沙汰が起きたとしても、巡回の騎士がすぐに駆け付け鎮圧する徹底ぶりだ。

 ついでに言えば、この国のトップである教皇が布いた政策により、国民全員に漏れなく職が与えられている。他国からの難民も、事故で親を亡くした孤児も、分け隔てなく農地や仕事の道具が与えられ、畑を耕したり、家畜を育てたり、農具を作ったりする。

 そんな平等な富の分配が可能なのも、信仰心の賜物だ。ここの国民は他者に分け与えることに躊躇しない。「自身の最大幸福ではなく、他者と合わせて最大幸福を追求せよ」という戒律を守っているのだ。ここの考えでは、100の富を独り占めしても100の幸福しか得られないが、富を2人で50ずつ分ければ幸福は60、70にも増え、総じてより幸福になれる、としている。

 論理的に考えてみれば、自分の幸福が減っているのだから、損をしているではないか、と不満を持つ者もいそうだが、現状、この戒律に反する者は出ていない。宗教国家の強みだろう。


 そんな国の首都の入口に民衆が集まっていた。様々な国の難民を受け入れて来たこの国には人間族も獣人族もいる。彼らが差別なく寄せ集まって、首都入口の前に立つ大きなものを見つめていた。

 それは非常に大きく、体高だけで3mはある。体長は10m以上あるだろうか。太い四肢に太く長い尾。体の形はトカゲに近い。

 だが、明確にトカゲではないと言える。その理由は、体表を覆う鮮やかな緑色の鱗だ。

 それは竜だった。およそ200年前に遥か北西の孤島に竜人族と共に引き籠り、それ以来この大陸では見られなくなったはずの生物。それがここにいた。

 四肢を折り曲げて座り、目を閉じている。眠っているように見えるが、本当に寝ているかは確認しようがない。その威容に気圧けおされ、誰も近づくことができないのだ。


 しかし、そんな竜を前にしても、民衆は恐怖を感じているようには見えない。あるのは畏怖と尊敬の念。民衆の視線は竜よりもその背の上にいる人物に注がれていた。

 竜の背にいるのは、法衣を身に纏った老人。年齢は60歳くらいに見える。老いてはいるが、背筋を伸ばし、周囲を見下ろすその姿は威厳がある。

 彼こそがこの国のトップ。ノースウェル教の教皇だった。本名は知られていない。ただ教皇と呼べば彼のことを指す。

 教皇は町の入口に集まった民衆を見下ろし、声をかける。傍に付く神官の風魔法でその声は拡大され、町の仲間で届いた。


「信徒たちよ。これより我らは戦に向かう。騎士たちの大半が留守になるが、敬虔な信徒である皆ならば、我らがいなくとも町を守ってくれると信じている。」


 教皇の声を聞いた民衆は、一斉に跪いて祈りをささげる。

 それを確認した教皇は、町の外の方へ振り返った。そこには一角馬に騎乗した騎士団が整列していた。

 一角馬は長距離はもちろんのこと、短距離走も得意とする優秀な馬だ。

 強力な魔獣が棲息するこの世界では、草食獣も武器を持たなければ生き残れない。一角馬は頭部に太い角を備え、天敵から逃げきれないと悟った時はこれで反撃する。その際、その走力を武器に変え、角を突き出して突進するのだ。そのための短距離走力である。また、付随して通常の馬よりやや首が太い。


 騎士団は全員がその一角馬に跨り、それぞれ異なる武器を携える。双剣、弓、長槍、短槍、戟。複数武器を持つ者も珍しくない。そして騎士という割にはそれらしい鎧を着ているものは1人もいない。防御力よりも動きやすさを重視した軽装が多い。ただし、兜だけは頑丈なものを採用している。

 整列した騎士団を見下ろし、教皇は声をかける。


「諸君、我らは等しく木の神の信徒だ。故に慈愛の心を最善としている。諸君らも日々それを念頭に置き、民を守ってくれていると思う。」


 騎士たちは微動だにせず、教皇の言葉を聞く。


「民に諍いが起きれば極力傷つけることなく制圧し、獣が街を襲えば殺さずに追い返すことに努めてくれていると思う。」


 教皇の言葉を聞く騎士たちは動かないが、代わりに反対側の民衆は頷いてその言葉を肯定する。


「戦争は無益だ。競い合い、高め合うことは必要だが、傷つけ合う必要はない。それを世界中の人々が理解してくれれば、世は実に平和になることであろう。」


 民衆はうんうんと頷く。


「しかし、悲しいことにヒトとは皆が皆、平和を望む生物にはなれない。ヒトには欲があり、欲があれば他者から奪おうとする。奪おうとして、傷つける。如何に教えを広めようと、この争いを根絶することは困難だ。」


 民衆は悲しげに俯く。


「なれば、我らがそれを抑えねばなるまい。どれほど欲深き者共でも、忘れえぬように教えねばならん。争い、奪うという行為が、いかに益の無いことであるかを。」


 民衆が顔を上げ、声を上げる。


「「そうだ!」」

「「ノースウェル万歳!」」


 教皇は背に受けるその声が収まるまで少し待ち、それから再度口を開く。


「騎士たちよ。我らの国土を侵した者たちに、我らが守る民たちを危険に晒した者たちに、教えに行かねばなるまい。欲深き彼らは、言葉による説得には聞く耳を持たぬ。なれば何を持って教える?」

「「「剣を持って!」」」


 騎士たちが一斉に武器を掲げる。武器種はそれぞれ異なるが、動きは統一されている。


「欲深き者たちが、欲に突き動かされぬようにするには、何を与えればよい?」

「「「恐怖を!」」」

「そうだ。恐怖は如何な者にも共通だ。教えを聞いて受け入れられぬ者には、その体に教え、恐怖と共に刻み込んでやらねばならん。欲深き者共に容赦の必要はなし!我らには木の神の御加護がある!」

「「「はっ!!神の御加護を!」」」

「征くぞ!」


 教皇の声と共に、騎士たちは一斉に馬を反転させ、走り出す。

 教皇は竜の背に備え付けられた椅子に腰かける。同時に竜が目を開き、立ち上がった。立ち上がるとさらに体高が高くなり、教皇が座る椅子は地上から4m近い高さになる。そして竜は馬に劣らぬ速度で走り出した。

 それを民衆は手を振り、歓声を上げて送り出す。


「教皇様!お気をつけて!」

「騎士様~!」

「欲深き者共に、天誅を!」




 そんな民衆から、1人の獣人がそっと抜け出した。黒い猫耳と黒い尾を揺らし、音もなく歩いて群衆を離れる。


「やれやれ、開戦しちゃいましたねぇ。これでは帰国もままなりません~。どうしたものか・・・」


 そのまま黒猫は迂回して人目を避けながら、首都を抜けた。


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