209 神聖国の介入
後半に過激な描写があります。
訝しむクロに、マシロは説明を始める。
「まず、この町の地理ですが・・・」
ここ、イスダードは、イーストランド王国の北東端に位置する。去年まで帝国の占領下にあり、去年の秋に連合軍が取り返した町だった。奪還直後に降雪で停戦。冬の間に町の活気も戻っていたらしい。
帝国の占領下では、住民はだいぶひどい扱いを受けていたらしく、奪還した連合軍は住民に諸手を挙げて歓迎された。
春の戦闘再開に備える拠点として軍関係者も多くこの町に逗留し、町は活気を取り戻した。
そうして今に至るわけだ。クロの記憶では、勇者不在の間にも東部戦線は維持できていたわけで、最も戦場に近いこの町でも戦火に巻き込まれる心配はなかったわけだ。
それに、先の話を聞く限り、帝国軍は町を戦場とするほど分別がないわけではなさそうである。そういう事情もあって、戦地付近にありながら、町は機能していた。
そこへ唐突に現れた「ノースウェル」という国名。今まで戦争には関わらず、専守防衛の構えをとっていた国が、なぜここまで攻めて来るのか。確かに地理的には近い。世界地図を思い返せば、東部戦線、すなわちサンシャン山脈の東端は、ノースウェルとの国境が間近にある。
「なんで傍観を決め込んでた神聖国が、急に攻めて来るんだ?」
「それなのですが、まず話は私たちが勇者を救出した翌日に遡ります。」
3月14日。この町にノースウェルから使者が来たそうだ。その使者はこの町にいた軍関係者を訪ね、なんと急な宣戦布告をしてきたらしい。
理由は、戦争の流れ弾がノースウェル国内に被害をもたらしたため、とのことだそうだ。
「噂話ですから、本当にそれが宣戦布告だったかは不明ですが、使者が訪れたのは事実のようです。」
「いくらなんでも唐突過ぎるだろう。戦火が及んだ報復にしたって、早すぎる。」
本当にノースウェル国内に被害があり、その報復で宣戦布告するとしても、その被害の情報が国の中枢に届くまでにも数日はかかるはずだ。ノースウェルは小さい国ではあるが、国境から首都まではそれくらいの距離はある。
「ええ。ですから実際は本格的な布告ではなく、警告程度だったと思われます。」
布告だったにせよ警告だったにせよ、連合軍の者たちはノースウェルの介入を恐れた。
特にイーストランド軍は十数年前に軍を壊滅させられたトラウマが残っている。その実力を知る彼らは、ノースウェルが介入すれば、せっかく勇者を救出して好転しそうな状況が覆ってしまうと懸念した。
そこで、イーストランドはすぐに抗議の使者をノースウェルに送った。ノースウェルの首都マリナスまで赴き、「自分達は貴国の恐ろしさをよく理解している。戦闘中、決して貴国に流れ弾が出ないよう、細心の注意を払っていた。流れ弾など何かの間違いだ。」と教皇に訴えた。
ところがノースウェルは、「現場を見た騎士によれば、国境付近の畑は確かに焼けていた。痕跡から炎魔法によるものだと判明している。魔法を使うのは連合軍であろう。」と抗議を突っぱね、その場で正式な宣戦布告をしたとのことだった。
「魔法だから連合軍の仕業、ねえ。帝国にも秘匿戦力がいるだろう?<雨>みたいな。」
「ええ。私もそう思います。マスターを担いで森に入った時に見かけた戦闘も、魔法の撃ち合いでした。連合軍の仕業に見せかけるための工作でしょう。」
「連合軍は秘匿戦力のことを知らないのか?」
「いいえ。そんなわけはないでしょう。ですが、帝国に魔法を使う秘匿戦力がいる、というのは噂話に過ぎません。証拠がないのです。」
ノースウェルに出向いたイーストランドの外交官はだいぶ粘ったらしい。だが結局、宣戦布告を取り下げさせるには至らず。その外交官が帰還したのが昨日。そして帰還の道すがら、この町に避難を促して行ったらしい。
「色々と怪しいが・・・情報不足だな。」
「ええ。アカリも頑張って町で情報を集めてくれましたが、これ以上は関係者でもないと。」
「スミレは?」
彼女なら裏ルートから詳細な情報を得ていそうだ。
「残念ながら、この1週間は家を訪ねてきていないようです。」
「そうか・・・」
そうこうしているうちに料理が届き、クロはまた食べ始める。
30分ほどかけて大量の食事を胃に納めると、2人は代金を支払って宿を出た。
「ともかく、戦争に巻き込まれる前に、軍のお偉いさんから報酬を巻き上げて帰るか。」
「そうですね。」
そうして2人は町を出て、ホン将軍がいる軍司令部本部へ向かった。
イスダードから司令部本部まではかなり離れているが、犬形態のマシロが全速力で走れば、数時間で到着する。
ワン副官からもらった地図に従い、それらしき場所を見つけたのだが。
「誰も居ねえな。」
「そうですね。」
土魔法で作られた簡素だが大きめの建物。その中を見てみるが、人も物も何もない。
「匂いで追えるか?」
「辛うじて、可能です。数日は経っていますね。」
マシロの鋭敏な嗅覚で、どうにか痕跡を追うことはできそうだ。
「東に向かっています。もしかしたら、より戦線に近い場所へ移動したのかもしれません。」
「そうか。やれやれ、面倒だが探すか。」
そこで、クロの指輪が光り、そのすぐ後に空間に亀裂が入った。それが広がって穴になると、そこからアカリが顔を出す。その肩にはいつも通りムラサキが乗っている。
「クロさん。お目覚めですね。」
「やーっと起きたか。」
「おう。今回も世話かけたな。」
「世話したのはマシロさんですけどね。」
穴から出て地面に降り立ったアカリは周囲を見渡す。
「ここは・・・連合軍の司令部ですか?誰も居ませんけど、まさか・・・」
アカリは恐る恐るクロを見る。
「全員殺っちゃいました?」
「違う。報酬の交渉に来たらもぬけの殻だったんだよ。・・・俺を何だと思ってるんだ。」
「人間嫌い、ですよね。」
「殺人鬼。」
アカリはおずおずと答え、ムラサキは断言する。
「間違っちゃいないが、俺は見境なしじゃないぞ。」
「あ、否定はしないんですね・・・」
「で、アカリ。何の用だ?」
クロに尋ねられて、ようやくアカリは本題に入る。
「そうでした。クロさんが起きたのがわかったので、状況をお伝えしようと。あ、もうマシロさんから聞きました?」
「東部の戦況はお伝えしましたが、家についてはまだです。」
「ああ、そうだ。俺が寝る前に家が襲撃されてたよな。山吹が行ったから大丈夫だとは思ってたが、どうだった?」
「えーと、ですね・・・」
「言葉を選べよ、アカリ。」
ムラサキが注意を促しつつ、アカリがクロに家の方の状況を説明する。
敵は全滅させ、3人を捕縛したこと。しかし、ヤマブキが助けに来るまでの間に3人の化け狸と半数のスイーパーが犠牲になったことを伝えた。
それを聞いたクロは、戦果など気にも留めずに、やはり犠牲になった者達のことに憤った。その怒りは内心に留め、顔には出さない。しかし、その場の全員がクロの怒りを感じ取っていた。
「・・・もう弔ったか?」
「ああ。すぐに済ませたぜ。」
「そうか・・・すまん、マシロ。一旦俺だけ戻ってもいいか。」
「いってらっしゃいませ。その間に交渉相手は見つけておきますので。」
「頼んだ。」
そうしてクロはアカリに連れられて家に帰還した。
戻ったクロはまず荒れ地の端に作られた簡素な墓に手を合わせる。
ここに家を建ててから、この場で犠牲になった者達はここに墓を作っている。場所はマシロの母親の墓の周辺だ。自然とここが墓地になっていた。
遺体はすべて鳥葬したため、遺骨などは埋まっていない。故に形式的なものであるが、クロは手を合わせる場所が必要だろう、とここを作った。
小さな石に名前を掘っただけの墓。そこに皆で手を合わせる。個別の名がなく、死者数も不明瞭なスイーパーは申し訳ないが共同で1つの墓だ。
黙祷を終えたダンゾウがクロに話しかける。
「クロさん。ウチの部下に手を合わせてくれてありがとうございます。」
「いや、ここに受け入れた時点で家族みたいなもんだ。悼むのは当然だよ。」
クロは大きく息を吐き出す。その溜息には多くの感情が込められていた。
勇者など放っておいて、襲撃の知らせが来次第、皆で戻っていればよかったかもしれない。そうすれば彼らも救えたかもしれない。
だが、もしそうして勇者の救出が間に合っていなかったら、以前に想定していた通り、東部戦線の崩壊、その果てに帝国がここまで攻めてきていただろう。
自分の判断は間違っていない、と思う。そう思いたいだけなのかもしれないが。
だが、間違っていたとしても、やり直しは効かない。もう済んだことなのだ。
それでもやりきれない気持ちは残る。後悔、悲しみ、自分への苛立ち等をその溜息に込めた。
しかしやはり一番大きい感情は怒りだ。抑えきれなくなりそうな怒りを、溜息とともに吐き出す。それだけで収まるようなものではないが。
そしてクロは振り返って家に向かう。家に入るのではなく、その裏に繋がれた3人の捕虜のもとに向かった。
「こいつらはまだ依頼主を吐いてないのか?」
「なかなか強情でしてねえ。」
3人の傭兵は疲労は見られるが、傷は多くない。どうやら人道的な尋問で済んでいるらしい。
クロは特に腕の立ちそうな傭兵の前にしゃがむ。
「誰に頼まれた?」
「話すわけないだろ。」
「悪魔に喋ることなんかねえ!」
「そうだ!」
正面の奴以外も反抗的な態度をとる。
クロはそれを気にも留めない。既に怒りは十分に溜まっている。
「傭兵としては立派だな。何をしても話す気はない、と?」
「当然だ。」
「拷問したって屈しねえぞ!」
クロの正面にいる傭兵は静かに答えるが、両脇の2人は元気だ。それもそのはず。クロの正面にいる傭兵だけは、クロと目を合わせているのだ。
彼は必死に死の恐怖と戦っていた。死と隣り合わせの戦場は何度も経験した。だがら毅然とした態度ができている。だが、平気というわけではない。心臓を握られているような恐ろしさがあった。
クロは溜息を吐いて立ち上がる。
「じゃあ仕方ないな。もうお前らに用はない。」
「「「え?」」」
意外な反応に傭兵たちは目を丸くする。脇で見ていたダンゾウもだ。
「あの、クロさん?」
「・・・・・・」
呼びかけるダンゾウの声を無視して、クロはその場を歩き去る。
助かったのか。解放されるのか。そんな期待を3人の傭兵が抱いたのは数十秒のことだった。
戻って来たクロは、何か丸い金属板を持っていた。その表面は妙にザラザラしている。
「クロさん。それって・・・」
「見ての通りグラインダーだ。」
クロはそのグラインダーの刃を宙に浮かせた。それはゆっくりと回転を始め、徐々に速度を増し、高速回転を始める。
そしてそれを宙に浮かせたまま、クロはしゃがんで傭兵の1人の首を掴まえた。拘束されたままの傭兵はもぞもぞと動くが抵抗できない。
「お前らにはもう用がないから、俺の八つ当たりに付き合ってもらおうか。」
「ちょ、ちょっと、待て!」
「お前はさっきにやついてたのが気に入らないから、顔面からな。」
「待て、待って!やめろ!」
傭兵の声を無視して、クロはがっちりと彼の顔を掴まえたまま、グラインダーを近づける。
「待て、嫌だ!離せ!ああああああーーーーーー!!」
叫び声は途中から鈍い肉を引きちぎる連続音に変わり、血飛沫が飛び散り続ける。
10秒以上かけてじっくりと削り、クロが手を放して、彼の体が地面に倒れた時、彼の頭は前半分がなくなっていた。
クロがその死体から離れると、スイーパー達が集まって食べ始める。
「うっ・・・」
「ああ・・・」
残る傭兵2人は声も出ない。必死に吐き気をこらえることしかできない。
そうしているうちに、クロは次の標的に近づく。相変わらずグラインダーは高速回転を続けている。
「じゃあ、お前は足からな。」
「ま、待ってくれ!話す!話すから!」
その訴えを無視して、クロはグラインダーを近づける。
それを見た傭兵は慌てて話し始めた。
「い、依頼主は伯爵だよ!アルバリー伯爵!あの鉱山都市の貴族だ!」
「へえ。」
クロはその言葉に関心を示すが、手を止めない。
「おい!?話しただろ!?やめてくれ!」
「何言ってる?これは八つ当たりだって言っただろ。」
「そんな、ぎゃああああああーーーー!!」
数十分後、3人の傭兵は飛び散った血だけを残してすべてスイーパー達の腹に収まった。
血まみれで立つクロが、背後のダンゾウに振り向かずに声をかける。
「向こうでまだ仕事がある。アルバリーへの報復はその後だ。」
「・・・わかりやした。」
クロはそのまま川に向かい、服や体を洗った後、アカリに送られてまた東部へ戻った。
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クロを見送ったダンゾウは、あれほどの惨殺をしても、まだ収まらないクロの怒りを感じ取っていた。
・・・恐ろしい方だ。功績を上げてもヒトから忌み嫌われるのもわかる。だが、それも仲間を大切に思うが故。恩義ある儂らはクロさんについて行くさ。
それはクロが帰還する前に話し合っていたことだ。
襲撃してきた傭兵に人間が混じっていた。それは、誰が呼びかけたにせよ、クロ達を殺すことに応じた傭兵が他国にまでいたということだ。
もしかしたら、クロと共にいれば、世界中のヒトを敵に回すかもしれない。
だが、それでも自分たちは拾われた恩がある。野に帰るしかなかった自分たちに仕事をくれた恩義がある。何より、自分たちを本気で守ってくれる。たとえ世界中敵に回しても、クロを裏切れない。化け狸達はそう決めたのだった。




