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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
233/457

204 領地防衛戦⑧-アカネの戦い3-

 東側で先代が槍使いの傭兵を倒した頃、西側の壁の外で戦っているアカネは、まだ狩人を追っていた。

 狩人は森の木々を利用して身を隠しながら逃げ、隙を見ては矢を射て来る。

 逃げる速度は獣人の中でも速いほうだが、アカネのゴーレムで追いつけない速度ではない。しかし、件の狩人以外の傭兵たちが絶え間なくアカネを狙うため、まっすぐに狩人を追えない。そのせいで未だに狩人を捕らえることができずにいた。

 接近しさえすれば、アカネが操る、自身の母を模した巨大ゴーレムで捻り潰せる。だが、接近できない。

 近づけばアカネが有利であることは当然狩人も理解しているのだろう。絶対に近寄らない。それどころか、可能な限り姿を隠して逃げ続けている。しかし、クロの家がある荒れ地から離れる様子はない。

 アカネを引き付けたままこの場を離れるのも一つの手かもしれないが、この狩人がいなくなれば傭兵側に勝ち目がなくなる可能性が高い。狩人はそう考えているようだ。


 狩人がこの場を離れる選択肢を捨てたのは、遠目に飛行魔導士が撃ち落されるのを見たからだ。

 狩人はそれだけで傭兵側が劣勢に傾いたことを理解した。

 狸達が構築した防壁。それを突破しうる戦力の一つが失われた。こうなった以上、あの壁を突破できる戦力は、ここには自分しかいない。もし自分がここを離れれば、味方の傭兵たちは手詰まりとなり、狸達のゴーレムに一方的にやられてしまう。

 傭兵側が優勢なら、持久戦でもよかったが、劣勢になった以上、持久戦で勝てない。あの飛行魔導士を撃ち落とした敵がここに来れば、それで終わりだ。


 そもそも、傭兵たちにすれば、この戦いは完勝以外に道がないものだった。

 勝っても負けても、敵を全滅させられなければ、クロから報復される。撤退は死を意味する。

 だから、劣勢を理解しても撤退しない。あの燃え盛る恐ろしいゴーレムから逃げ続けても、この場を離れることはしない。


 そして、逆転を狙い、狩人はわずかな隙を突いて矢を放つ。振り向きながら弓を構え、同時に矢筒から矢を1本抜き取る。素早く番えて、狙いをつけて放つ。それらの動作の間に、矢の威力を高める風魔法も唱えておく。この動作にかける時間は1~2秒。それ以上は接近を許してしまう。

 そんな大急ぎの射撃でも、狩人は的を外さない。矢は木々の間を抜け、目にも留まらぬ速度で一直線にアカネに向かい・・・ゴーレムの手に刺さる。


 アカネは狩人の射撃に対応できるようになってきた。

 アカネの動体視力ではその矢を捉えることはできない。魔力感知でもアカネにはまだ無理だ。

 だが、発射のタイミングと、敵の位置だけはわかる。それさえわかれば、射線もわかる。あとは、射撃のタイミングに合わせて、その射線上に盾を置けばいい。

 幸い、如何に強力な射撃でも、速射では十分な威力が出ないのか、アカネのゴーレムの手を貫かれる様子はない。


 ・・・あの矢はもう怖くない!あとは、追いつけさえすれば!


 アカネは野生の本能に従い、敵を縄張りから追い出そうと戦っている。

 しかし同時に、クロ達と生活するうちに芽生えた人間的な感覚では、その狩人の実力に感心してもいた。

 まるで森に棲む獣のように、鬱蒼と茂る木々や草をものともせず、高速で走り回っている。しかもただ逃げるだけでなく、目視で負えないように隠れながら。そのうえで隙を見て矢を放ってくる。この魔獣の森に棲む魔獣でも、ここまでできる者はそうはいない。

 ヒトにも、こんな者がいるのか。アカネは感心した。

 だが、見逃す気はない。惜しいかもしれない。しかし、それ以上に「脅威である」と本能が告げるのだ。生かしておいては、自分の命が危うくなる。


 ドドオン!


 複数の銃声が響く。もちろんアカネはその銃撃も先読みしており、危なげなく回避した。

 しかし、その回避動作のために、アカネの追い足が緩んだ。その隙に狩人が構えた。

 これもアカネは見えている。すぐに射線上にゴーレムの手を配置した。


 ・・・これを防いだら、炎魔法で狙撃してみよう。母さんみたいに・・・


 そう、矢を防御した後のことを考えた時だ。


 ドスッ


「ぎゃっ!?」


 アカネの悲鳴が森に響き渡る。

 アカネは何が起きたか、一瞬理解できなかった。少し遅れて、脇腹に痛みを感じた。

 一瞬、熱した串でも刺さったんじゃないかと思うような痛み。見れば脇腹に矢が刺さっていた。

 ふと気が付けば、周囲の把握を忘れていたこと思い出す。慌てて感知を再起動すると、傭兵たちが近づいて来ていた。

 そして我が身を顧みれば、動きを止めてしまっている。矢が命中し、怯んだ自分に、敵が止めを刺そうと殺到している、という状況がようやく理解できた。


 ・・・なんで矢が!?ちゃんと防御したのに!いや、まずは逃げなきゃ!


 負傷したら追い打ちをかけられる。野生でも戦場でも常識だ。生き延びるには、逃げるしかない。やせ我慢でどうにかできる状況ではないことは明白だ。

 ゴーレムを反転させ、家に戻ろうとする。だが、ゴーレムの動きが鈍い。


 ・・・う、動かない!?なんで、なんで?


 焦るアカネは気づかないが、アカネの魔力はほとんど底をついていた。

 アカネは間違いなく天才だろう。1歳にしてベテランの傭兵を倒し、ネームド級の狩人を追い詰める実力。高度な魔法を数多く操り、魔力感知で敵の攻撃の先読みすらやってのける。

 だが、まだ子供なのだ。いくら天才的な才能に恵まれようと、魔力容量だけはどうにもならなかった。

 魔力容量、すなわち体内に貯蓄できる魔力の最大量は、魔法を使って戦う者にとっては体力・持久力と同義だ。そして魔力容量は、大雑把に体の大きさに比例する。もちろん例外もいるが。

 それゆえ、魔力容量は、鍛えて伸びる幅よりも、体の成長による伸び幅の方が大きい。つまり、まだ体が小さいアカネは、魔力容量が小さい。すなわち継戦能力スタミナがないのだ。

 にもかかわらず、身の丈に合わない高レベルな魔法を使い続けた。そのせいで、このわずか10分程度の戦闘で魔力が枯渇してしまった。


 戦場のど真ん中で動けなくなった者の末路は決まって悲惨なものだ。殺到する敵に対し、アカネはどうすることもできない。焦ろうが願おうが、ゴーレムは動かないし、火の玉一つ出ない。

 それでも逃げようとアカネはゴーレムから飛び降りて走る。しかし、走る足にも力が入らない。

 脇腹の矢が邪魔なのもあるが、魔獣は身体能力を魔力で補助している。魔力がなければ、体に力も入らない。


 そうこうしているうちに、狩人がまた弓を構えた気配を感じた。

 ここまでか。こんな体たらくでは、回避などままならない。集まってくる傭兵たちよりも早く、彼の矢が自分を貫くだろう。

 そう考え、絶望よりも諦めがアカネの頭を占める。


 ・・・それならせめて、母さんのように!


 アカネは逃げる足を止め、狩人に向かって振り向く。

 かつて見た、飛来する無数の大岩を、真正面から撃ち落してみせた母を思い出して。

 自分にあの矢を撃ち落とすことなどできないだろう。それでも、その誇らしい姿だけでも真似て。

 弱々しい炎を口に灯して、アカネは狩人がいる方向を向いた。


ーーーーーーーーーーーー


 その狩人に、名前はない。

 稼ぎが足りず、町を追い出された両親は、彼を産んでから間もなく飢えで死んだ。

 子供を産む余力などなかったはずなのに、両親は彼を産んだ。何か意地でもあったのか、両親と話すこともなかった彼には知る由もない。

 彼は、両親が身を寄せていた埋立場で、どうにか生き延びた。そこには同じように街を追い出された者達が住んでいて、比較的余裕がある者達が、彼を養ってくれた。

 どうせ助けてくれるなら、親も助けてくれればよかったのに、と彼は思ったが、大人2人助けるより、子供1人助ける方が楽だったのだろうと、彼は勝手に納得した。


 成長し、体が大きくなって、埋立場の者たちがだんだん助けてくれなくなってくると、彼は自分で食い扶持を探し始めた。

 身寄りのない彼が仕事に就くのは容易ではなく、結局、登録基準が緩い傭兵ギルドに行って、狩人になる他なかった。

 名前がなかった彼は、埋立場で呼ばれていた記号を名乗った。「ネズミ」と。そう呼ばれていた理由は単に、彼が珍しい鼠系獣人だったからだ。


 伝手も碌な住処もないネズミは、森に住み着いて狩りを行った。

 初めは粗末なナイフ1本で小さな獲物を狩った。少しずつお金を貯めて、1年後には弓矢を買った。矢は使い回してできるだけ節約するつもりだった。

 しかし、初めて使う弓矢でうまくいくわけもなく、矢は簡単に折れた。

 仕方ないので、買った矢を見本に、森で採った材料で矢を作った。幸い、手先は器用だった。


 他の狩人の動きを盗み見て学び、必死に弓矢の腕を磨いた。

 それを続けて10年も経つと、いつの間にか彼はBランクになっていた。戦争が始まってからは戦場に行く傭兵が増えて、獣だけを狩る狩人が減って競合が少なかったのもあっただろう。戦場の方が稼ぎがいいので、狩人が本職の者さえも皆戦場に行っていた。ネズミが戦場に行かなかったのは、ただ戦争が始まっていたことすら知らなかっただけだった。彼は単に、生活費さえ稼げればよかったのだから。


 そんな彼が今回の作戦に参加したのは、知り合いの狩人に頼まれたからだった。


「頼む、ネズミ!今回の依頼は絶対に失敗できねえんだ。あんたの腕が必要なんだよ。」


 誰かに必要とされたことは初めてだった。ネズミがこの危険な作戦に参加したのは、単に頼られたことが嬉しかっただけだった。

 しかし、事ここに至っては。


 ・・・我ながら、馬鹿なことをした。


 頼られて有頂天になっていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。なぜ、依頼の詳細を確認しなかったのか。なぜもっと情報を集めていなかったのか。

 巨大な燃えるゴーレムに追われながら、ネズミは後悔した。

 とはいえ、今更後戻りもできない。ネズミは素早く矢を放つ。しかし、矢はゴーレムの手に刺さるだけだ。


 ・・・完全に読まれてるな。この距離でも読まれるとは。


 魔力感知による先読みは、ネズミも知っているし、できる。ただし、もっと近づいていれば、の話だ。

 しかし、ネズミは先読みの限界を知っている。魔力感知では、考えている内容までは読めない。


 ・・・ならば、これでどうだ。


「『ウィンドブースターショット』」


 いつも通りの風魔法。しかし、作用する方向を変える。

 これは、ネズミが自ら見つけた使い方だ。

 ネズミが風魔法を覚える前、風に煽られて矢の軌道が曲がるのを何度も見ていた。当然、曲がってしまえば矢は目標に当たらず、射撃失敗だ。

 しかし、ネズミはただ失敗と捉えず、それを活かす方法を考えた。矢の起動を曲げることで、まっすぐでは届かない場所も射ることができないか、考えたのだ。

 普通の射手は初めから射撃補助の魔法を習得するので、風の影響で矢が曲がることなど、気にしたこともないだろう。特に『ウィンドブースターショット』は加速だけでなく、風の影響も排除してくれる。

 そして、風魔法を習得したネズミは、魔法でそれを再現できないか試した。その結果、意図的に射線を曲げる方法を見出したのだ。


 思惑通り、ゴーレムの手は直線の軌道上にあり、矢はそれを避けて、曲がった軌道で狐本体に命中した。


「ぎゃっ!?」


 狐の悲鳴が聞こえた。命中はしたが、即死とはいかなかったようだ。軌道を曲げて射ると、どうしても威力が落ちる。急所に当たらなければ仕留められない。そういう意味では、外したと言えた。

 もう1発、止めを放とうとしたネズミは、矢筒に触れて一瞬動きを止めた。

 矢が残り少ない。思えば、逃げながら何本も無駄撃ちしてしまった。狐を仕留めた後まで考えれば、できるだけ節約したい。

 ネズミは風魔法で指向性を持たせて声を送る。


「『センド・ボイス』。狐に当たった。止めを頼む。」


 周囲の味方に声をかければ、返事はなくとも傭兵たちが動き出すのが聞こえた。確実に仕留めるべく、接近していくのがわかる。


 ・・・遠くでも銃で撃てばもう仕留められるんだがな。


 ネズミは自分の説明不足を棚に上げて、傭兵たちの対応に不満を覚える。

 傭兵たちからすれば、ついさっきまで銃も魔法もすべて回避されていたため、遠距離攻撃が当たらないことを刷り込まれていた。確実に仕留めるなら接近戦、と考えてしまうのも無理からぬことだろう。

 そこに気付かないネズミは、焦れて結局、自分の矢で止めを刺すことにした。

 今度はまっすぐ、しかし、生半可な土の盾では防げない威力で。たっぷり魔力を込めた矢を番え、放った。

 風を纏い、矢はこちらを向く狐の頭部に向かって飛ぶ。その脳天から尾まで貫かんとする勢いで。


 しかし、そのネズミの渾身の一矢は、突如飛来した黒い矢に撃ち落された。


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