202 領地防衛戦⑥-制空権-
大の字に倒れて動かなくなったヴォルギンを、ダンゾウは元の構えに戻して残心しながら見下ろす。魔力感知で敵の絶命を確認してから、構えを解く。
ダンゾウの拳法は、半ば独学である。魔獣であるダンゾウが大っぴらに人間から教わることはできない。それゆえ、書物を読み、人間の拳法家の動きを見て真似て、会得したものだ。きちんと道場で学んだヴォルギンの方が、正しい拳法を身に付けているだろう。
両者の差を生み出したのは、貪欲さである。
ヴォルギンは生まれながらに強かった。拳法を習ったのも、必要性に駆られてではない。ほとんど自尊心を満たすため、興味本位で、そんな感じだった。それでも元の強さも相まって、それで十分強かった。
逆にダンゾウは、それが必要だった。化け狸ならば当然持つはずの土適性がない。生まれつき他の仲間より劣った状態だった。だから、何かできることを作ろうと、自身の長所である木魔法を活かす道を探した。貪欲に本を読み、方法を考え、同族だけでなく人間からも学んだ。
その先で見つけたのが、小柄な者でも大きな敵を倒す、武術という技術だった。
直接習うことはできないし、そもそも人間用の技術だ。化け狸が二足歩行形態に化ければ人間に近い形にはなるが、細部は異なる。だから、人間の拳法を見て、真似たら、そのまま使うのではなく、自分用にアレンジした。
稽古に付き合ってくれる仲間がいたことも幸いだった。一人で鍛錬していたダンゾウの下に、キンジをはじめとした同年代の仲間が声をかけ、よくゴーレムを出して稽古に付き合ってくれた。
その結果、何年も鍛錬を続けた末、ダンゾウは素手でゴーレムを打ち倒すほどの技術を身に付けた。
自分より小さい相手を打ち倒して悦に浸っていたヴォルギンと、自分より大きなゴーレムを相手に挑み続けていたダンゾウでは、意識がまるで違った。それがこの勝敗につながったのである。
決着がついたことを確認したダンゾウは、キンジに声をかける。
「キンジ、あとは大丈夫そうか?」
「・・・ああ。すまん、手を煩わせた。」
「いや、気にするな。儂は急いで西側に戻らんと・・・」
そう言いかけたダンゾウは、気配に気づいた。
キンジはまだ気づいていない。木魔法で感覚まで強化しているダンゾウだから気づいたのだ。
咄嗟にダンゾウはキンジに飛び掛かり、突き飛ばす。
キンジは意表を突かれて、碌に受け身も取れずに地面を転がった。
「って!頭、何を・・・」
起き上がってキンジがダンゾウの方を見ると、そこには血塗れのダンゾウが倒れていた。
「頭!?」
「キンジ・・・上だ・・・!」
ダンゾウはどうにか声を絞り出し、上空を指差す。
その先、10m程上空に、3人の人影が見えた。
この世界には、魔導士という職業がある。
魔法を使うだけなら誰でもできるこの世界だが、やはり得手不得手があり、人一倍魔法を得意とするものが魔導士を名乗る。
その中でも特定の魔法を使う者は、個別の名称で呼ばれ、重宝される。
例えば風水魔導士。水適性と風適性が高く、天候を操る魔法が使える者がそう呼ばれる。それがいかに重要な役目かは言うまでもないだろう。天候は多くの事象に影響する。農作物の生育から、戦場での戦略まで。特に海戦ではその影響は顕著だ。
そして今、ダンゾウ達の頭上にいるのは、飛行魔導士と呼ばれる。その名の通り、空を飛んで行動することを得意とした者だ。
空を飛ぶ、というだけなら、風適性が一定以上あれば可能だ。それだけなら珍しくない。
だが、空を飛んで戦闘まで行うとなると、できる者は極端に限られる。
空中戦は地上での戦いとは大きく異なる。二次元から三次元へ。もはや別世界と言っていい。それに適応するには、二次元より段違いに広くなった空間を把握する能力や、どんな態勢でもどちらが上か把握する感覚など、多くの物を必要とする。
三次元の動きに適応するには、特別な才能か、年単位の長い訓練が必要だ。
そしてそれ故に、フレアネス王国では飛行魔導士が貴重だ。
獣人族には飛行魔導士が少ない。それは、先程述べた飛行に必要な感覚を人間族以上に身に付けづらいからだ。
獣人族は地を走る獣が進化した種族で、その獣の本能が色濃く残っている。そのため、生まれつき飛行への適性を持つ者はまずいない。
長い訓練に耐えれば飛行できるようにもなるが、獣人族の気質を考えると、それができる者は稀だ。
獣人族には、「できないこと」をできるようになる者は少ない。代わりに「できること」を最大限活かし、発展させる。欠点を埋めるより、長所を活かす考え方が主流だ。多様な種がいる獣人族だから、そう言った考えになるのだろう。多様な者がいれば、それぞれが尖った性能でも、組み合わせればうまく社会は回る。
だから獣人族は、「空を飛ぶ」という自分にない機能をわざわざ付け足そうとしない。空を飛ぶ鳥を羨ましく思うことはあっても、「自分に翼はないのだからできなくて当たり前」もしくは「そんなことをしなくても自分は地を速く走れるのだから問題ない」と考えて割り切る。
そんな事情から、獣人族の国であるフレアネスでは、空を飛ぶ者は少ない。
だが、人間は違う。
自分に無いものでも、欲しいと思えば求める。まるでできそうにないことでも、なんとかする。獣人族は浅ましい、と言うかもしれないが、その探究心は人間の強みだ。
その結果、人間の中にはそこそこ飛行魔導士がいる。
そして、今、ダンゾウ達を上空から見下ろしている3人は、人間だった。
それぞれ銃を持ち、今しがた撃った獲物を見下ろしている。
それを確認したキンジは驚く。
「人間!?」
あり得ない、と思った。ここまで襲って来ていたのは皆、獣人だった。どこぞのクロを嫌う有力貴族が、国内の傭兵をかき集めて来たのだろう、と思っていた。
だが、人間の傭兵まで来ている。そうすると、他国までクロを打ち倒すために声をかけたことになる。そして、他国の者までがそれに応えた。
それ即ち、ここは世界の敵と認識された可能性が高い。
上空の人間達が何事か会話し、また銃を構えた。その先は倒れているダンゾウだ。
距離はあるし、そう強力な銃にも見えない。しかし、真上からの撃ち下ろしだ。水平に撃つよりだいぶ威力が上がる。現に木魔法で強化されたダンゾウの肉体を傷つけている。
「『アースウォール』!」
キンジは地面に手を付けると、ダンゾウの近くから斜めに土壁を出し、降り注ぐ銃弾からダンゾウを守った。
そして人間達がリロードしている間に、ダンゾウに駆け寄る。
「頭!大丈夫か!?」
「ああ、致命傷じゃねえ。散弾で助かった。」
ダンゾウの傷は多く、出血はひどいが、深いものはないようだ。自分で治癒したのだろう。傷口は塞がり始めている。
しかし、血を多く失ったせいか、立ち上がるのも辛そうだ。
「なんで俺をかばったんだ!あんたは頭だろ!」
「これ以上、誰も死なせたくなかった・・・いや、身体が勝手に動いた、の方が正しいかな。・・・頭失格か?」
ダンゾウは自嘲気味に笑う。
確かに一族の頭目としては、軽々に自分の身を投げ出すのは褒められた行為ではない。一族を率いていく責任があるのだから。
だが、キンジは首を横に振る。
「そんなあんただから、俺らはあんたを頭に推したんだよ。」
キンジはダンゾウに肩を貸して立ち上がる。2度目の射撃で、頭上の土壁が崩れ始めた。
「くそ、間に合うか?」
キンジは急いでゴーレムを作り出す。キンジの力では、ダンゾウを抱えて走ることはできない。ゴーレムが必要だ。しかし、作るのに何秒かかかる。それまで頭上の土壁がもつだろうか?
その時、ダンゾウが左手の親指にはめていた指輪が光る。
それに気づいてダンゾウが笑う。
「ああ、キンジ。儂等は持ちこたえられたようだぞ。」
その言葉の直後、ダンゾウ達の目の前の空間に穴が開き、茶色の装いの男が現れる。
矢筒に目いっぱい黒い矢を詰め、手には大きな黒い弓を持つ。頭に一房だけ立った黄色い髪が目を引く。
その男が上空を睨むと、降り注ぐ銃弾は一つ残らず軌道を逸らして離れた地面に着弾した。
その現象に驚く人間達。それを地上から男が睨む。
「貴様ら、誰の許可を得てこの家の上空を飛んでおる?」
男は迸った魔力を操作し、10を超える数の魔力の塊が瞬時に上空の人間達を取り囲む。
「そこは拙者の場所だぞ!人間共!」
上空に閃光が奔り、落雷のような音が轟く。数秒後、黒焦げの人間だったモノが3つ、地面に落ちた。
それを確認する事も無く、敵を『サンダーボルト』で撃ち落とした男、ヤマブキがしゃがんでダンゾウ達を見る。
「遅参、お許しいただきたい。ご無事でござるか?」
「儂等は大丈夫だ。だが、何人かやられちまった。申し訳ねえ。」
「ふむ。その話は後程。敵はどうやら精強なうえに数が多い様子。さっそく武者働きをしてまいりましょう。」
ヤマブキは立ち上がると、ジャンプした。そのまま風魔法でその軽い体を高く高く運び、荒れ地の中央にそびえる「炭の大樹」の上に降り立つ。
軽く周囲を見渡し、戦況を把握。
「ふむ。まずはあれか。」
素早く矢を取り出し、弓を構えて、放つ。風魔法と雷魔法で加速された矢は軽々と音速を超え、荒れ地に近づこうとしていた増援の飛行魔導士の1人を貫いた。もとい、砕いた。
さらに2の矢。3の矢で残りの飛行魔導士も撃ち落とす。
そしてまた周囲を見渡し、ヤマブキは満足げに頷く。
「うむ。これで不届きな輩はいなくなったでござるな。」
クロの領地の上空は自分のもの。ヤマブキにはそういう自負があった。
こうしてこの戦場の制空権はヤマブキが握り、戦況は一気にクロ一党の方へ傾いていく。




